2-7.魔物の考え方
ザベスが先頭を歩き、ケンイチ、シユ、リーベが後ろから歩いた。
倒壊した家、歩くには少々神経を使う穴だらけの地面-―ケンイチたちがいまいる場所は、ラロット村の半分だ。
「ここ何かあったんですか?」
その質問をしたのは、リーベである。
ケンイチは、風景を見ることに集中するあまり喋ることができなかった。
「つい2日前、ゴブリンの襲撃が起きたんだ」
ザベスの後姿は、悲壮感があった。
「たまたまアタシたちと他の冒険者が居たおかげで村は壊滅しなかったけど、もし居なかったら今頃この村は無くなっていたかもな」
見ての通り、家とは呼べない破壊された建物は、当時の状況を鮮明に映し出していた。
「結構、酷かったんですね」
リーベが気まずそうに目線を下ろす。
「まぁな。半分で運が良かった」
幸運――災害のように壊されたラロット村がそう言えるのなら、この世界は魔物による被害が甚大ではないか、とケンイチは考える。そもそも、実際に魔物によって破壊された国はいくつもあるし、それは教習のとき沢山習っていたはずである。ただ、忘れていた。
王都ルティーナが平和すぎたためか、それともこの世界をゲームのように感じていたためか、ケンイチはこの世界が残酷であるという常識をすっかりと落としていた。
「魔物なんて居なけりゃ、こんなことにはならねぇんだけどな」
ザベスは背を伸ばしながら、言った。
「そうですね。どうして、魔物が居るのか……居なければ本当に」
リーベの言葉の端に、棘がある。鋭くて触れでもしたら刺される尖りは、魔物に向けてなのだろう。
ケンイチは、この世界に馴染めていない。けれど、魔物に対して憎しみを抱いている人の気持ちは実際にわかるし、何度も聞いている。それは教習のときも、プライベートのときも、沢山沢山きかされていた。
だから魔物に対する怒りは知っているけれど、幸か不幸かまだ実感が湧いていない。
この世界の色に染まっていなかった。
「さて、着いたな」
そうこうしているうちに、ザベスの足は止まった。彼女の前にあるのは、藁でできた簡易的なテントである。周りを見渡すと破壊された痕跡はなく、どうやらここは村のもう半分――つまり、生き残ったところらしい。男女問わず、働ける者は自分のできることを精一杯にしていた。
「この木を切ってくれー」
「これは、そこに集めて」
「縄ができましたー」
などと、報告と連絡が飛び交っている。
ザベスは村人たちに手を振った後、垂れ下がった布を上げた。
「ここの村長だ」
座布団に座った1人の老人。年齢を表すかのように浮き出た顔の皺。目はうっすら開かれており、寝ているのか起きているのかわからない。
服装は年相応であり、上下繋がった黄色の服。頭に深く被ったピンクのニット帽は、荒く生えた白髪を抑えていた。
老人は、前に立ったザベス達を見て「おやまぁ」と声をあげた。
「帰ってきたんだね。お帰り」
「サブさん、ただいま。客人だよ。それと……」
シユの肩を抱いて、前に出す。
「あなたの孫だよ」
半分に開かれていた目が、大きく開かれた。目ん玉が飛び出て、口をあわあわと動かす。
「し、シユ!」
大きな涙を1つ1つ両目から落とす。
「顔をよく見せておくれ」
シユはサブの元に寄った。
「あぁ良かった。本当に良かった」
シユの頬を撫でるその手は、優しく暖かい。
撫でられるシユは言葉を発することができなかった。しかし、その表情、雰囲気はこう言っている。
「ただいま」
と。
祖母と孫の再会をケンイチはじっと見ていた。もし現実世界に戻れるとしたら、もし生き返ることができるとしたら、あんな感じで優しく受け止めてもらえるのだろうか――と、考えている。でも、少女と自分の決定的な違いは、生きているか死んでいるかと言う話で、現実的に考えれば死んだ人間を優しく迎えてくれる人は居ないだろう――もし居たとしても、それが両親とは言えない。きっと死んだ人が突然目の前で表れでもしたら、人はこういう。
<気持ち悪い>
って。
そう考えれば、あの世界に戻りたいと願うのは、考えるのは不自然ではないけれど、決して賛成できる話ではない。
タイガは、どう思っているのだろうか――右わき腹を突かれる。
何かと思い、その方向を見ると、眉間に皺を寄せた金髪の美女――リーベが顔を近づけていた。
「良かったね。あの子が帰れて」
そのあとすぐに、リーベは笑顔になった。
なぜあんな気難しい顔をしていたのかわからない。ただそれでも、今は喜ぶべきだ。
「そうだな。ほんと冒険者していて良かったぜ」
最初は魔物が狩れなくて残念だったけど、今は違う。想定していた未来よりもだいぶ落差があるけど、自分たちの行動により、喜んでくれる人が居るのなら、今日を生きていけるのなら頑張ろうと思えた。
「収穫……」
ケンイチはポツリとつぶやいた。
リーベが怪訝そうな表情で居るのが見え、親指を立て、ニッコリ笑顔で、
「頑張ろうな」
小声で言った。
「もちろんよ」
リーベも同じように親指を突き立てる。




