幕間――5.寝るとこなし!!
「家が無い!?」
ケンイチは、驚きのあまり大きな声が出た。
「しーっ。声が大きい」
口元で指を立て、静かにするようジェスチャーするリーベ。
「わ、わるい……」
ケンイチが残した気がかりはこれではない。しかし、今はそんなことを考えられないほど重要な問題の前に立ち尽くしていた。
家が無い――どうしようもない問題である。
パーティーを終えた冒険者たちは、自分たちの帰るべき場所へと歩き始める。酒に酔い、肩を組み、自分たちが行くべき場所へ進んでいる大群の端で2人は話していた。
「じゃ、じゃあ今までリーベはどうしてたんだよ」
「それは、宿暮らしとか野原で……」
「まじ?」
家が無いよりも重大な問題――野原って。
こんなかわいい人がよく今まで無事に過ごせていたものだ――奇跡に近いのではないだろうか。
「とにかく家が無いんだけど……ケンイチの反応からして、アナタもそうみたいね。今までどうしてたの?」
あるんだけど……この世界には無い。
別の世界にケンイチが帰るべきホームがある。ただもう帰れないだろうけど。
「それは、まぁ……いろいろな方法で」
「ワタシと同じような?」
「そんな感じ」
「ならビックリする事でもないでしょ」
それが事実ならばそうなんだけど――ケンイチが言ったことは、まるっきり嘘。
混乱を避けるためそれを言わなかった。
リーベが巾着袋の中を数える。
「………今日は草原で決定かしら」
お金が無いのか――今日のワイバーンに対する報酬金はまだ支払われていない。そもそも、ケンイチは本物の冒険者になれてないから受け取ることは不可能だ。
とにもかくにも、男女2人は宿に泊まれるお金を持っていない。
そのためこれからどうするか考えるケンイチ。まず、冒険者になる前に働き口を見つけたほうがいいのではないか。
「……何よその顔」
「?」
「アタシ一応お金は持ってるからね。ただちょっと、今月使いすぎて旅費が足りないだけで……そのうち入ってくるんだから」
「はあ」
「バイトしてるんだから」
それならバイト先に止めてもらえばいいのではないだろうか。
いや、そもそもの話バイトってできるの? 住所不定で身元確認ができないのは、雇い主からすればリスクしかないから、現実的に考えればほぼ無理ではないか。
ケンイチが納得してないのに気付いたのか、「もういい」と言ってバッサリ切られた。
「まぁとにかくアタシたちは、明日から野宿ね」
「はあ」
とりあえず明日から住み込みで働ける場所を探そう――冒険者になる道をいったん諦めた……が、案外そうしなくていいのかもしれない。
「ケンイチさーん。リーベさーん」
ローナが手を振りながら走ってくる。
2つの暴力を揺らして。
「ローナさん。どうしました?」
「リーベさん。家が無いんですよね」
「えっどうしてそれを……」
「あなたの雇い主から聞きました」
リーベがギョッとした表情を見せ、「バレてたの……」と声をあげる。
「そこである方が名乗りを上げました」
どうぞ、彼女の背中からひょっこりと顔を出した幼女。
首元まで伸びた紫色の髪は、ウェーブしている。黒紫のクマで支えられた半開きの瞳。ふてくされたように口先を尖らせているが、人助けに対する情熱もうかがえた。
ひざ下まで伸びた黒の服は、いかにもワンピースで、さらに幼女みが増す。
リーベがある一言を言うまでは――。
「店長っ!」
て……店長……!?
ケンイチは二度見した。いや、それだけでは足りない。足のつま先から頭頂部まで舐めるようにくまなく見た。
「ようリーベ。もうそろ家があったほうがいいんじゃないか?」
彼女が下手に出る気持ちもわかる。
店長と呼ばれた幼女からは、トップからしか感じない威厳と佇まいがあった。
それでも信じられないけど。
「そ、そうなんですけど……。まぁそのなんて言うんでしょう……?」
リーベがしどろもどろになる。
「まぁいいや。人のプライバシーには、興味が無いからね。ところでリーベ、元気か?」
「もちろんです」
ローナが間に入って説明した。
「彼女の名前は、道具屋カヤの店長――カヤコです」
すっごい日本名――ケンイチはある意味感動し、親近感を感じる。
「で、今回の話と言うのはですね、彼女が宿を提供してくれます」
「「おおっ」」
ケンイチとリーベの目が輝く。
良かった、これで野宿しないで済む。
「ただし、条件があります」
ローナがカヤコに目で合図する。
「その条件と言うのが、店の片付けと住み込みで働いてもらう事。それが条件だ」
なんだ安い物じゃないか。ケンイチは、頷いた。
「働きます!」
ケンイチは宣言したが、リーベは違う。彼女はそこで住み込みで働くことをためらっている。
ためらう理由がどこにあるのか、ケンイチはわからなかった。
「リーベ。ここは、カヤコさんの家に泊めてもらおう。ぜってぇに草のシーツで寝るよりマシだって」
「そうだけど…………」
「どこに迷う必要があるんだよ。フカフカのベッドがあるんだぞ………たぶん。えっありますよね、カヤコさん?」
「もちろんだ」
腰に手を当て、さも当然のように言った。
「な? 疲れを癒せるんだぞ。これ以上の好物件はないって。それとも、働きたくない……とか?」
「そんなんじゃないわよ………」
ケンイチの真っすぐな視線を受け止めることができず、リーベの視線が床に落ちる。何に迷っているんだろう。
「…………ケンイチがそこまで言うのならわかったわ」
リーベは、落とし込むように頷いた。
それから1歩前に出て、
「今まで通り働かせてください!」
と、頭を下げた。
カヤコは頷き「わかった」と一言だけ。そこには、余裕が見える。
そして、そのまま視線は彼に注がれる。
「あとケンイチくんだったかな」
「はい」
「店を助けてくれたお礼として、冒険者研修にかかる費用を負担しよう」
あっお金かかるんだ――そんな疑問を抱きつつ、深く頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「元気が良くてよろし。それじゃあ2人を貰うぞ」
「どうぞ」
ローナが軽く会釈をし、見送ってくれた。
◆◇◆◇◆◇
ケンイチ、リーベ、カヤコは徒歩で歩き十数分、立ち止まる。
「ここだ」
そこは道具屋カヤ――ケンイチが守った店だ。
至る所にクレーターや破壊された家などがある。この状態で店は続けられるとは、考えられない。
「さぁ入れ」
ケンイチは「お邪魔します」と言った。
店内を踏み入り、状況を確認する。
思ったよりも散らかっていない。
割れたガラスの破片、倒れた植木鉢、青色の液体――などが地面にあるけど惨状ってほどでもないし、これぐらいなら1日以内で解決できそうであった。
「ケンイチくんは、教習に集中してくれ。このかた付けは、カヤコとリーベがするから」
「それは、悪いですよ。俺も手伝わせてください」
ここを住まわせてもらう手前なにか手伝いたい。
できることがあるなら、なんでもしたいとケンイチは思っていた。
しかし、
「ケンイチ。ここはアタシたちに任せて。アナタは教習に集中して」
「でも――」
「でももなかろうが、ケンイチくん、きみは客人なんだ。客に手伝わせるのは商売人としてのプライドが許さん……。っと言いたいけれど、どうやらそれだと気が済まないようだね」
「自分だけ何もしないって、ちょっと嫌です」
「きみは、グループに所属していた人間っぽいね。じゃなきゃそんな気持ち湧かないだろうに」
カヤコがケンイチの前に立つ。
「この店はな、代々受け継がれているいわば宝なんだ。それを守ってくれた恩人を働かせると、婆ちゃんが怒っちまう」
「…………」
「でも、それじゃあ納得しないんだろうな、キミは。意外と頑固っぽいし……わかった。手伝うことを許可しよう。ただし条件がある。よく聞いてくれ」
「はい」
「まず冒険者教習を受け、試験に合格する事――これは推薦状によるものでもいいし、とにかく犯罪に触れなければなんでもいい。次に手伝うのなら休日で何もない日。勉強もしなくていい、体も疲れていないならカヤコ的にオーケーだ。わかった?」
「はい!」
ケンイチの返事にニヤッとした表情を見せる。
「よろしい。さーて案内するから2人とも付いてきな」
店奥のカウンターを抜け、左側の階段をのぼる。そして、右側の扉を開けた。
「ここがお前たちの部屋だ」
そこは2つのベッドが隣同士に設置され、クローゼットが1つ部屋の角でポツンと置かれている素朴な部屋である。しかし、住む場所が無い2人にとってこれは贅沢に感じた。
寝る場所がある――それがどれだけ素晴らしい事か。幸福だ。
「部屋って分けられないんですか?」
リーベは一応さりげなく聞いた。
カヤコは満面の笑みで、
「ないぞ」
と、きっぱり言った。
◆◇◆◇◆◇
その夜、
「ケンイチ。こっちを向くんじゃないわよ」
隣同士に置かれたベッドを離し、2人は背中を向ける。
「わかってるって」
シャワーも浴び、青の寝巻へと着替えたケンイチとリーベ。晩御飯はパーティーで済ませたから、腹が膨れている。
幸いにも、ケンイチは眠気があった。あくびもでるし、瞼が重い。にもかかわらず、寝たくないという意識がくすぶっていた。
この状況に興奮していると言うのか――つばを飲み込んだ。
「………すぴー」
隣から聴こえる微かな寝息を確認し、顔を上げた。
下心は持っていない。ちょっと寝顔を確認できればいいかな、とは思っているけど、下品な気持ちは微塵もない。
隣のベッドで寝ているリーベへと目線を向ける。
「あっ」
彼女は起きていた。バッチリと赤面した顔で、ラピスラズリのような青い瞳を向けている。
「アタシの寝顔を見ようとしたでしょ?」
「してません」
「じゃあなんで目が合うのよ。しかもにやけ顔で」
ギクッ。
ケンイチが目を逸らすと、「信じられない」と言葉を漏らす。
一応、反論を試みる。
「これから一緒に冒険するなら、寝顔の1つや2つ見られても問題ないだろ」
ただの開き直りだ。
「……そうだけど、それは見られない所でやってよ」
ごもっとも。
こんな自分が情けなくなり、布団にもぐった。
「………」
「…………」
2人の間に沈黙が宿る。
寝ているところ話しかけるわけにはいかないし、かと言って、このまま黙っているのもなんだかなぁと思っていた矢先、
「ねぇケンイチ」
と、彼女から話しかけてきた。
そんな気にする事でもなかったらしい。なら話しかければよかった。
「ん。なにー」
「いや、さ……率直に聞くけど、どうしてアタシと組んでくれたのかなと思って」
「あぁそれはね……」
この世界に来てすぐの事、リーベに話しかけられてすぐの事を思い出し、言葉を選ぶ。
へたなことを言わないよう気を付けながら口を開いた。
「それは、優しく話しかけてくれたのがリーベだけだったから」
「…………」
「俺この街に来てそれほど時間が経ってなかったから、わからないことだらけで怖くてしかなかった。そんな中、初めて声をかけてくれたのがリーベで、もしあのとき喋ってなかったら路頭に迷っていただろうし、なんならワイバーンの襲撃で死んでたかもしれないんだ」
リーベのほうへと目を向ける。
「だから、俺にとっての命の恩人だから一緒に行動したいと思って」
「………そう」
「それに、常識を馬鹿にすることなく『それは、こういうことだよ』って丁寧に教えてくれる優しさを持っている。これってすげぇことなんだぜ」
「………わ、わかったわ。聞けて良かった、ありがとう」
恥ずかしそうに、リーベは無理やり終わらせる。
「俺も話せてよかった」
「じゃあ、おやすみケンイチ」
「あぁおやすみ」
ケンイチは目を閉じた。
これから生きるこの世界に胸を躍らせ、どんな教習があるのかドキドキしながらゆっくりと眠りに誘われる。
そうして、始まるこの世界は意外とあっという間に時を過ぎて行った。
明日から新章です。




