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魔法道具で得たものは。  作者: 透迷(とうめい)/東容 あがる
第七章 セトゥムナ連合編
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第百四十二話 ずっと、やりたかったこと

 ――????視点――



 最初のきっかけは、将来の夢を話したときに親からあざ笑われたことだった。


 何人もいる兄弟のなかで一番不出来なのが私だった。

 どんくさく、弱気で、

 そして星空を眺めるのが好きな少年だった。


 いつか星の世界を知ることが将来の夢だった。

 しかしそれは現実的なものではなかった。


 だから親に失望されたのだと思う。

 家は貧しかった。

 親兄弟たちは夢や希望を語ることにバカバカしさを感じていたのだろうと今になって思う。


 しかしそんなことが当時分かるわけもなく、

 やがて私は、自分の好きなものをあまり話さない子どもになっていった。




 大人になってから、少しづつ世界は私に厳しくなっていった。


 生きれば生きるほど、好きだったこの世界が嫌いになっていった。


 星空が一番よく見える丘にはいつの間にか見知らぬ民族が住み着いて、入れなくなった。


 身を粉にして他者に尽くしても報われないことが増えた。

 世界には人の優しさを食い物にする連中がいる。

 そう理解するのにひどく時間がかかった。


 自分のやりたいことをついに誰にも話さなくなった。

 熱意を利用されたり、嘲笑されるのが嫌だった。




 まだだ……まだ終われない……。


 夢があるのだ……。


 それを叶えるために、何もかも足りない……。




 だから私は、まず権力を手にするところから始めた。


 目指すのは、ルールを決める側に立つこと……。

 あらゆる手段を使って人心を掌握し、集団をまとめ上げ、

 生み出した組織を『天樹会』と名付けた。


 そして、芸術的な決闘システムを作り上げた。


 セトゥムナ連合に根付いていた伝統に手を加え、

 勝った者は負けた者からなんでも奪える。そんな空気を作ることに成功した。


 すべては、空の向こうの世界を知るため……。


 競争に明け暮れる民たちから吸い上げた資源を費やして、

 私は、ほんとうの目的を知られることなく、それを果たすための準備を整えていった。


 どうせ誰もが、他人を食い物にしてどうにか生きている。

 私ひとりが加わったところで、大した違いはあるまい……。




 すぐに自分ひとりでは使い切れないほどの金が入ってくるようになった。

 欲しいものはほとんど手に入るようになった。


 しかし今度は時間が足りなくなってきた。

 天樹会という大組織を維持するために、大きな労力と金が必要になったからだ。

 せっかく手に入れた莫大な資金も、このためにほとんど使えなかった。


 自分で作り上げた天樹会という組織が、邪魔に感じてきた。


 だからといって簡単には逃げられない。

 大組織の長としての立場もある。

 この権力は手放すには惜しい。


 ある日、子どものころに隠れて描いていた星空の地図が

 無駄に広くなった自室の隅でほこりをかぶっているのに気が付いた。




 ――老いを意識する年齢になった。

 身体の自由が前より利かなくなっているのを感じる。

 体力も落ちた。

 頭のキレも、鈍くなっている気がする。


 このころ、天樹会への反乱を企てる連中が現れた。

 すぐに動いて鎮圧に成功したが、代わりに金や人材等、諸々の資源が失われた。


 安心して夢の実現へ向かうために用意していたものばかりだ。

 これを取り返すために、また何年も費やさないといけなくなった。

 天樹会の内部からも、組織の方針に異を唱えるものが出始めた。


 私は頭を抱えた。

 やりたいことをやるための完璧な準備が、いつまでたっても整わない……。





 決闘システムによってあらゆる資源と人材を集めているなか、

 イストリアという異世界の存在を知った。

 そこには、不老不死の力さえあるという。


 これしかないと悟った。

 この理不尽な世界に抗える、唯一の力。


 これさえ手に入れば、後のことはどうでもいい。


 天樹会を動かして、イストリアに向かうために必要なものをかき集めさせた。


 多少の悪事には目をつぶった。

 どれだけ人の道を外れていようが構わなかった。


 たとえ罵詈雑言を浴びせられたとしても、それはほんとうの私ではない。

 あとは不老不死になりさえすれば……。




 そして、その力に手が届いた……!





 ――はずだったのに……!!








 近くにあった樹の幹に背中を預け、そのままずるずると座り込む。


 手にしていた『破壊の槌』をボトリと地面に落とし、慎重に息を吐いた。


 全身が裂けるように痛い。

 視線を下げると、身体が真っ二つになるのではないかと恐怖するほど深い切り傷が上半身に走っている。

 さっきまで静かだったはずの心臓が激しく脈打ち、激痛を訴えていた。



 ……あの女、ミラとかいう女剣士が、

 槌の魔法道具を奪って私に使ったのだ。


『破壊』の槌を、私に……。



 かろうじて槌の魔法道具は取り返せたが、

 状況はすこしも良くない。


 はっきりと分かる。

 私の中にあったはずの半不死の力は、破壊された。

 治癒の力も機能していない。

 先の戦いで負った傷が逆戻りしている。

 このままでは……。


 ……なぜだ……。

 なぜ、この世界は私の邪魔ばかりを……。




「――誰だ……!?」


 目の前に立っていたのは、見覚えのあるフラントール族……。


 あの厄介な異世界人と一緒に現れて、舟の鍵を奪った娘だ。


「……ハッ……なにを、しに来たんだい……。

 負けた私のことを笑いにでも……?」


 口元をゆがめながら視線だけを上げた。

 憎たらしい思いを込めてにらんでやったが、

 彼女は致命傷を負った私を見てただ息を呑んでいる様子だった。


「……あなたは、どうして不死になろうとしたんですか?」


 いったい何を思ってそんな疑問を口にしたのか。

 判然とはしなかったが、聞かれた瞬間に胸の奥がひやりとするような感覚を覚えた。


 笑われる。

 正直に答えてはいけない。

 いつものように、相手がすぐに納得してくれそうな言葉を組み立てた。


「……異世界を、征服するためさ。

 今のセトゥムナにある資源だけじゃ足りない。

 もっとやりたいことがある。

 そのためには不死にでもならないと、向こうへ侵略しにいけないだろう」


 ものを誤魔化すのに最も効果的なのは、真実を混ぜて話すことだ。

 あとは相手に合わせるだけ……。

 天樹会のトップである私に、他人が抱いているイメージなんてこんなものだろう……。






「それ、嘘ですよね」





 息が止まった。


 胸の奥を暴かれる恐怖が、傷口の痛みすら忘れさせる。


 騙されるな、いつもの通り、隠し通すんだ……、




「……嘘じゃない。何を根拠にそんなことを」

「なら、どうしてそんなに辛そうなんですか……」

「見て分からないかい……?

 斬られた傷が痛くて痛くて仕方ないんだ……」

「…………」



 やめろ……。

 そんな目で見るな……。


 話を切り替えるんだ。相手に、質問を……。


「君はなんのために来た?

 そんなことを聞きに、わざわざここに?」

「いえ、えっと、その魔法道具を使わせてほしくて」


 娘が指さしたのは、かたわらに落ちていた槌の魔法道具だった。

 私の半不死の力を砕いた武器だ。


「『破壊』の能力を、何に使うつもりだ……?」

「わたしです」

「意味が分からない……。

 ハッ……自殺でもしようと?」

「んー、そういうことになるんでしょうか」


 ……何を言っているんだ、この娘は。

 腹の底が読めず様子をうかがっていると、

 呑気にうなり声をあげていたフラントール族とふと視線が合った。


「いやあ、あはは。

 わたし、今まで好き勝手やってきちゃったんですよ。

 周りのことなんて気にせず動いて、その時々での自分のやりたいことに夢中になって……。

 そういう生き方、すごく楽しかった」

「……………」

「でも、さっき、とある裁判を目のあたりにして……

 気が付いちゃったんです。

 わたしが好きにやっている陰で、別の誰かがとばっちりを受けているって。

 やりたいことはだいたいやれましたし、

 今度は自分だけじゃなくて、周りの誰かのために生きてみよう。

 そう思ったときに、すごく心が軽くなりました」

「ハッ……幸せな娘だな……。

 きっと、小さいころは愛されて育ったんだろう……」

「あはは、その時のこと何も覚えてないんですけどね」


 訝しげな視線を送ると、彼女はあっけからんと笑って答えた。


「あ、ごめんなさい、意味わかんないですよね。

 記憶喪失なんです、わたし。

 前の『セナ』さんと、いまのわたしは別人みたいで。

 それもあってこの身体を返そうと思ってるんですけど」


 絶句した。

 嘘ではないのか。

 いや、それにしては自然体すぎる。


 なぜ、そんなにあっさりと開示できるのだ。

 私など、誰にも本心を明かせなかったのに……。




 ……私は……。


 彼女よりもっと長い時間を生きているはずの私は……?


 ……いったい、何をやってきたんだ……?




「だから、スノスカリフさん。

 教えてくれませんか?

 あなたが不死を求めたほんとうの理由。

 せっかくだったら、消える前にあなたのことも知りたいんです。

 ほら、どうせわたしはいなくなる人間ですから!

 誰にもバレる心配はありません!」


 気休めのつもりなのだろうか。

 胸を叩きながらこれでもかと安心材料を提案する彼女を見ていると、

 警戒している自分のほうが滑稽に思えてきた。


 きっとこの娘は、ほんとうに善意で言ってくれているのだろう。

 こんな、セトゥムナの森をめちゃくちゃにしたこの私なんかに。


「……バカだな……」

「えへへ、ぐうの音も出ません」


 ほんとうに、途方もないバカだ。

 ……私も、こんなふうになれていたら……。





「……夢が、あったんだ……」


 気が付けばそう呟いていた。

 もう全部どうでもいい。

 そんな諦観が過半を占めていた。


「星空を、ずっと眺めていたかった……。

 それを叶えるために、不死になろうとした……。

 異世界にでもいって超人的な力を手に入れれば、

 何も心配することなく好きなように生きられると……」


 あまりの情けなさに笑ってしまいそうだった。

 こんな、子どもが口にするような願望をこの歳で言うなんて。

 しかも相手は親子ほど歳の離れた娘だ。


 なんと、頭が悪いものか。

 星空なんて、ちょっと顔を上げればいつでも見られたのに……。


 こんなもの、笑われて当然だ……。





「あなたはきっと、失望されるのが怖かったんですね。

 自分の好きなことが『価値のないもの』って決めつけられるのが怖くて……

 だから、ちょっと隠してただけなんでしょう?」




 ――もしかして、なんですけど……。


 たぶん、夢を叶える前に、

 夢を叶えるための資格かなにかを手に入れようとしてたんじゃないですか?


 おーっきな組織を作って、一番偉い人になったり。

 それこそ、みんながやってる競争で勝ったり……。


 お金とか、『居場所』とか、

 生きるために必要なものを揃えてから、

 思いっきりやりたいことやろうって思ってたんでしょう?




「……ああ……」




 きっと、自分の好きなこと、ないがしろにしてたわけじゃないですよね。

 誰にも言ってないだけで、ほんとうは何度も本気で向き合ってたんですよね。

 だって、そうじゃなきゃ、ここまで悩んで来れていないはずですから。



「…………ああ…………」





 ただでさえ全身が痛くて痛くて仕方ないのに、

 追い打ちをかけるように喉元に熱が集まってくる。


 ずっと心のどこかにあった泥のような感覚が、

 ようやく静かに消えていってくれるようだった。


「…………君はまだ、死ぬのはもったいないだろう……。

 もうすこし、長く生きるべきだ……」

「それはだめです。もう決めましたから。

 いまのわたしがやりたいことは、いまじゃないとできないんです」


 目の前にしゃがみこんできたその娘と、視線を合わせる。

 思わず見とれてしまうほど美しい琥珀色の瞳が、優しくこちらに向けられていた。


「スノスカリフさん。

 わたしたちが死ぬまでに、

 この世界に残しておけるものって何だと思いますか?」












「――セナ!!」



 突然、現れたのは、

 見覚えのある異世界人の男だった。


 長く彼女と行動をともにしてきたのであろう彼は、

 自分たちの間に割って入るように飛び込んできた。



「セナ、怪我は?

 何もされてない?」

「スロウさん!

 ぜんぜん大丈夫ですよ。

 ただ、あの人と話をしていただけで……」


 警戒するようにこちらに剣を向ける異世界人。


「…………」


 しかしこちらにはもう、逃げたり戦ったりする気はなにも起きなかった。




 ……そういえば、私が行こうとしていた異世界は、彼の故郷でもある……。


 ……そうか……。

 いつの間にか、私も、誰かを食い物にする存在に、なっていたのだな……。







「……おい、どこ行くんだ」

「……もう、やめだ……」


 ゆっくりと立ち上がって、ふらふらと歩み始める。


「なんだって?」

「イストリアに行くのは、もうやめだ……。

 天樹会は解散させる。

 不死の力も、もういらない……。

 ……お前の勝ちだ……異世界人……」


 ……方向は、こっちであっているはずだ。

 あの、自分でも悪趣味だと思う、あの建物へ行かなければ……。



「……」


 ふと立ち止まって、彼女のほうに振り返った。


 スロウと呼ばれた異世界人にかばわれる形で佇んでいたフラントール族の娘に、

 例の魔法道具を示してやった。


 本人が欲しがっていた、槌の魔法道具を。


「……その魔法道具……。

 使い方は、ただ、両手で持って振り下ろすだけでいい。

 そうすれば、君の望んでいることはできると思う」

「あ……ありがとうございます!」


 頭を下げた彼女に背を向けて、また歩き出した。




 私には、彼女のように、この世界に残しておけるものなんてない。


 けれど……残していてはいけないものを、壊しておくくらいは……。




 ぼたぼたと滴り落ちる赤い血を、必死で抑えながら、

 一歩、また一歩と目的地へ進んでいった。











 ――それから数日と経たないうちに、

 天樹会のトップであるスノスカリフの遺体が発見された。


 彼がセトゥムナ連合にもたらした悪影響は計り知れず、

 死後であっても彼に罰を求める声は止まなかった。


 長い時間をかけ、スノスカリフの犯した罪はほぼすべてが暴かれ、

 彼の遺体は、極刑として、大森林のもっとも風下に位置するところに吊るされることとなった。


 立ち寄る者が誰ひとりいないうっそうとした樹海の奥深くで、

 スノスカリフの遺体は数十年をかけて風に煽られ、鳥や獣に死肉をついばまれ、

 骨の原型が残らなくなるまで、放置されることとなったらしい。





 ――余談ではあるが。


 彼の遺体が発見されたとき、

 スノスカリフは、なにかの魔法道具を完全に破壊した状態で、横たわっていたという。


魔法道具名:小人の宝物庫


真鍮で彩られた小箱の魔法道具。


世界にいくつも存在する量産型魔法道具の一種であり、

中に入りきるものであれば、どんなものでも完全な状態で保存しておくことができる。

ただし、箱そのものに大きな損傷が加えられると、中に入れていたものも完全に破壊される性質がある。



天樹会の創設者、スノスカリフが今際の際に破壊した魔法道具として有名となった。


彼によって砕かれた『小人の宝物庫』の周囲には、

古い地図と、小瓶の残骸、そして、うごめく謎の肉塊がごく少量、散乱していたという噂がささやかれている。


ルーン文字:「不可侵の思い出のために」

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