第百四十一話 協力要請
「なんだ、あのジジイ、いなくなっちまったのか。
ちっ……勝ち逃げされた気分だぜ」
麻袋をかついだデューイが、戻ってくるなり不服そうにつぶやいた。
仕返しをする機会でもうかがっていたのだろうか、不完全燃焼といった面持ちだったデューイは気だるげに魔法道具を掲げて見せる。
「ほらよ。
お前の弓だ」
「探してきてくれたの?」
「スロウの頼みでな。
ぜんぶきれいに保管されてたから楽勝だった」
エフィールの愛用していた大弓が本人に投げ渡される。
続けて麻袋から他の魔法道具もごろごろと出てきた。
まだ目元が赤いエフィールは、鼻をすすりながらもそれらの装備を確かに受け取った。
裁判の際に取り上げられていた魔法道具はとりあえずこれで戻ってきた。
それ以外の諸々の荷物に至るまできれいに保管されていたというが、おそらくヘンリーさんのおかげだろう。
エフィールを拘束したときにまとめてくれていたに違いない。
エフィールの裁判から、まだ数時間ほど。
ジェドが矢面に立ち、ヘンリーとともに姿を消してまだ間もないが……。
セトゥムナ連合国にただよう空気は徐々に変わり始めていた。
まず、大森林のいたるところで物事の良否を話し合う場が設けられはじめた。
議題のほとんどは決闘の仕組みや、もろもろの資源の配分の話。
それとあわせて天樹会の行いも槍玉に挙がっているようだった。
エフィールの裁判を通して、人々は「悪はいつか正される」と理解し始めていた。
そして彼らが理不尽だと心の奥底では思っていたが、ずっと口に出せず悶々と従っていた物事について、ぽつぽつと、しかし確かな熱を持って話し合うようになった。
ジェドが罪を被るという結末に終わったあの裁判だが、
そこから芽生えたものは、この国に変化をもたらしつつあるように思えた。
だが、まだ問題もある。
魔物だ。
水の太陽が落とした異形の魔物の大群が、まだ大森林に残っている。
それを知ったのは、目の前の人物が教えてくれたからだった。
「よお」
「…………」
「お前ほどの実力者、『結晶洞窟』送りにしても抜け出すだろうとは思ってたが……。
それで終わらなかったってな。
さすがだな。異世界人」
座っているのは、白虎のような半獣人だ。
見事に鍛え抜かれた上半身を露わにした野性的な出で立ちには見覚えがある。
序列第二位『猛虎』のアジュラ。
かつてツク、イズミルと並んで自分とセナを奴隷の立場に陥れた一人だ。
あれ以来一度も姿を見なかった男だが、いまの彼の様子はひどいものだった。
「お前……その怪我どうしたんだ」
ふさふさの白い体毛はいたるところが血に染まっており、
大木のように図太い両腕には引っかかれたような跡がいくつも確認できた。
さらに目に至っては、片方がつぶれて開いていない。
まさに満身創痍といった様相だった。
「別に。魔物退治なんていうつまらねえ仕事を押し付けられてただけさ」
「魔物って……異形の魔物か!」
以前の出来事を思い出す。
自分たちもこの森で魔物の大群に襲われたことがあった。
水の太陽は尋常ではない数の魔物たちを落としてくる。
あの時はどうにかしのげたが……別の場所にも群れがいたのだろう。
アジュラは、それの対処をずっとしていたというわけか。
「ひ、一人で魔物の進行を食い止めてたのか……?」
「最初はな。
途中からは他の決闘者たちと共同だ。
道具に頼る軟弱野郎どもの力なんざ借りたくなかったが……
いかんせん数が多すぎた。
戦う力のない連中に怪我させるわけにはいかねえし、苦肉の策さ」
そう言って面倒くさそうにため息をついたアジュラに、エフィールが何も言わずに近づいていった。
彼女は傷口の深そうな箇所に応急処置を施し始め、
それを一瞥したアジュラが、感謝するでも、まして抵抗するでもなくすぐにこちらに視線を向けて来た。
話を続けるつもりらしい。
この、使用人に自身の世話を任せる貴族のような立ち振る舞いに、
序列二位という立場の高さが垣間見えた。
「ここに来たのは少しでも実力者をかき集めるためだ。
今も他の連中が対処してる。
とにかく人手が欲しい。お前も手貸せ」
「……なら、あたしが行くわ」
「は? お前みたいな小娘が?
……いや、待て。
その赤い髪……まさか」
慣れた手つきで最低限の治療を終えたエフィールが、自身の魔法道具を確認しながら立ち上がった。
「いいのか?」
「人の対処はあんた、魔物退治はあたし、そうでしょ?
あんたはあたしを裁判で助けてくれた。
今度はあたしが役に立つ番よ。
それに……ジェドがくれた言葉、無かったことになんてしたくないもの」
「やっぱりお前、エーデルハイド族か……!
ジェドのじいさんとは、知り合いなのか」
大弓を強く握りしめたまま、エフィールは静かに頷いた。
「……もう顔を隠して戦う必要ないものね……。
うん、本気でいける。
……そうだスロウ。
この剣、使っていいと思う?」
エフィールが腰をひねって示してきたのは、ぼろ布に包まれた剣だ。
思えばセトゥムナ連合に来てから一度も出番のなかった魔法道具である。
――ベレウェルの黄金剣。
最強の範囲攻撃を誇る伝説の魔法道具だ。
魔物の大群を相手にするにはこれ以上なく心強い武器だろう。
「ああ。
『エーデルハイドの魔人』のほんとうの腕前、
思う存分見せつけてやれ」
「……うん……!」
「そうだ、デューイも手伝いに行ってくれ。
討ち漏らしの処理役がいるだろうし」
「マジ? オレもう休みてえんだけど」
「泣き言言わない」
おそらくだが、この国で自分たちができることはこれで最後になるだろう。
セトゥムナ連合の諸問題が終わりを迎え始めている空気がある。
寄り道は、これでおしまいだ。
「俺も他の協力者を見つけたら戦線に戻るぜ。
序列第二位があぐらかいてるわけにはいかねえからな……」
「……さっきから気になってたんだけどよお、お前オレの口調真似してね?
聞いててすげー痒くなってくるんだが」
「は? 知るかよ、剣士のおっさん。
剣術に自信がありそうだが、どうせジェド様よりは格下なんだろ。
一般人にまぎれて後ろのほうでその板切れでも振っとけ。
どうせ魔法道具に頼ってる時点で雑魚なんだからよ」
「は?」
「は?」
「……それで、スロウ。
あんたはどうするつもり?」
いがみ合う大男二人から目を外し、エフィールと向き合った。
「……スノスカリフを捕まえてくる」
天樹会のトップにあたる人物であり、今のセトゥムナの混乱を引き起こした張本人だ。
こいつを確保しないと、セトゥムナ連合のごたごたはおさまらないだろう。
何より……こいつは半不死の呪いを手に入れてしまった人物でもある。
自分の最終目的地であるイストリアに私欲を持って近付こうとしているなら、無視はできない。
「分かった。
それじゃ、お互い無事でね」
「ああ」
三人と別れ、開けた場所を探してエフィールの大弓の能力を再現させる。
矢を引き絞る動作を行い、遮るものが何もない頭上へ向けて光の矢を放つと、すぐに不思議な駆動音が近づいてきた。
空を飛ぶ舟だ。
これでスノスカリフを追う作戦である。
舟を操舵しているフラントール族の人たちと事前に決めていた合図に、彼らは即座に気付いてくれた。
まだ操作に不慣れらしく、不安定な挙動で着陸した舟にすぐさま乗り込んだ。
事情を説明し終えると、探すまでもなくスノスカリフのところへ向かってくれるそうだった。
彼らは空の上にいる間にずっと情報収集をし続けてくれていたらしい。
魔物の大群の位置、
天樹会を含めた人々の動向、
そしてスノスカリフのいる場所も把握してくれていた。
「そういえば……セナもスノスカリフのところに向かっているようでしたが」
「セナが?」
驚いて聞き返すと、彼らはやや自信なさげに言葉を濁した。
「本人だとちゃんと確認できたわけではないですが、
あの子だとしか思えない移動速度でしたので……」
……どういうことだろう?
実際、セナには「すこし寄り道させてください」とは頼まれていた。
タイミングとしてはヘンリーとジェドが去った後である。
二人が洞窟から出ていった直後。
まずは仲間たちと合流しようと思って外に出たときに、
その入口の影で妙に考え込んでいた彼女とばったり目が合ったのだ。
その時に「寄り道させてください」と、重たそうな口調で頼み込まれた。
あれから数時間が経ったが……
……とにかく、スノスカリフのところに行ってみるしかない。




