第9話 一夜を共にして
パチパチ、と乾いた音が鳴る。
意識を引き戻される感覚と共に、リリーの瞼がゆっくりと開いた。
「…………」
少しずつ覚醒する意識。熱と乾いた音、それと隣から聞こえる寝息。
首を動かすと、隣にはラティムがリリーの手を握ったまま眠っていた。
「おっ、気が付いたか?」
声のする方に顔を向けると、ピーコッドが焚火の前に胡坐をかいていた。
ブレザーの制服。黒と藍色が混じるデザインが焚火の光に照らされていた。
彼の服装を隠すために羽織っていた灰色のマントが、毛布の代わりに自分たちに被せられていた。
リリーはラティムを起こさないように慎重に手を離すと、上半身を起こしてピーコッドと目が合う。
「……ここって?」
「山道にあった横穴だよ。お前、あの後に倒れちまったからな。コイツがここまで担いで運んでくれたんだぜ?」
「そう、なんですか……?」
「近くに休める場所があってよかったな。いや~、マジで焦ったわ。ただの疲労だと思うけど、コイツめちゃくちゃ焦っててさ。まっ、俺が持ってきた回復薬を使ったから大丈夫って言い聞かせたけど」
「あ、ありがとうございます……」
「いいってことよ」
(……これで持ってきた魔道具が全部なくなっちまったな。はぁ~、それで帝国内をやりくりしようって思ったけど……まぁ、仕方ないか)
焚火をじっと見つめる二人。時折、外から夜風が吹き込んで炎を揺らしていく。
長い沈黙が、穴の中をしんと包んだ。
それに耐えかねたのか、ピーコッドはおもむろに口を開いた。
「あのよ……。その、リリーたちはどうしてあそこにいたんだ? てか、なんで攫われてたんだ?」
理由を聞かれたリリーは、一瞬だけ目を見開いた後に俯いた。
気まずそうな様子を見ても、ピーコッドの内に溢れる好奇心が抑えきれなかった。
「…………。わからないです……」
「あの森に迷って帝国の奴らに見つかって、連れ去られたってことか」
「住んでたところも、あの人たちが来て、それで……」
「……んんん? あそこって森しかなかったはずだけど。人が住んでるなんて聞いたことないぞ」
「本当にあるんです。それと……お友達とお話できるのも本当……」
「…………」
(うーん……。やっぱり俺の記憶だとあの付近は森一帯だけどな。それにお友達って、たぶんそれってモンスターのことだよな? ラティムっていう奴もドラゴンに変身したし、コイツらって何か特殊な能力を持ってるってことか? だから人の目が届かない場所で暮らしてて、そんで帝国兵に捕まった……。……いや、さすがに出来過ぎな気がすんなぁ……)
ピーコッドは腕を組み、低い声で唸った。
そんな彼に上目遣いでリリーが声をかけた。
「あの……」
「ん……?」
「ピーコはなんであそこにいたんですか……?」
「ピーコッドな。お前、覚える気ないだろ……。まぁいいや、リリーは自分のこと話してくれたし、こっちのことも話すのが筋ってもんだよな」
今度はピーコッドが自分の事情を静かに話し始めた。
「俺はね。先生を追うために帝国に行こうとしたんだ」
「先生?」
「そう。あー、先生って言うのはな、物事を教えてくれる人のことかな」
「お爺ちゃんも色んなこと教えてくれたから、先生?」
「いや、それはどうだろう……。ごほんっ、ともかく俺の先生がウチの学院から急にいなくなってさ。いろいろ聞いて回ったら、帝国の方面で姿を見たって知ったんだ。だから俺も追いに行ったって感じ」
「さっき言ってたミツニューコク?」
「んっ、まぁ……、そんな感じ……。ホントは行っちゃダメだからな、帝国には。でもそれ以外に行く手段が無かったから、それをしたってこと」
彼の表情が少し曇った。焚火に照らされた顔の影が広がる。
二人を挟んだ焚火がパチリ、と大きく音が立った。
「リリーは帝国のこと、知ってんのか?」
「ううん……」
「何も知らないんだなお前。田舎モンどころじゃないぞ」
「ううぅ……」
首を振る彼女に少し呆れ、ため息をついた。
「帝国ってのはこの山を越えた先にある国だよ。ここは【エリウム】とちょうど境目の場所だな。帝国とエリウムは前まで戦争しててね。今は休戦状態だけど、そういう事情があるから簡単に行けないのさ」
「喧嘩してたってこと?」
「まぁそういうことだな。なんか帝国側から汚染された魔気……通称“魔染”ってやつがたくさん流れてきてな。それはもう作物を枯らすわ、モンスターは凶暴化するわで大変だったんだ。それを帝国に文句言ったら、国を巻き込んで喧嘩が始まった」
「その、仲直りはできたんですか?」
「できなかったね、仲直りは。ただ、エリウムが誇る竜騎兵団の活躍で休戦条約を結ばせるまでこぎつけた」
「そう……なんですか……」
リリーの顔にも影が広がり、腰にかかったマントをぎゅっと握った。
「ともかく帝国が一方的に悪いことしたってことさ。正義はこっちにあるって感じだけど……まっ、リリーにはちょっと難しかったかな? とりあえず今は横になっとけよ。夜が明けたら来た道戻らなきゃいけねぇからさ。体力はいっぱい回復しといたほうがいい」
「帰れる……んですか……!?」
「さすがにそこに帰るのは難しいかな。どの辺にあるのかもわからねぇし。ただ、ここは境界線だからエリウム側まで行けば周辺を警備してる兵士に会える。その人たちに俺を保護してもらうってことよ。リリーの住んでたところに戻るのはその後かな」
リリーはマントを握った手を緩めると、起こしていた体をゆっくりと横たえていった。
隣には横向きになって眠るラティムがいた。
一度離した彼の手にそっと触れると、瞼を落として眠りについた。
隣同士で眠る二人は髪の色も肌の色も、何もかもが違う。
それでもどこか仲の良い姉弟のようだとピーコッドは思いながら、欠伸をしながら夜が明けるのをじっと待ち続けた。
◇ ◆ ◇
「ん……」
穴の入り口から差し込む陽の光が、リリーたちをじんわりと温めた。
瞼の裏に熱を感じると、リリーはゆっくりと体を起こした。
眠る前に溜まっていた疲労がきれいに消えていた。
隣にいたラティムも目を覚ました。
「ふわぁ~……。おはよう~、ラティム~……」
二人で示し合わせたように大きく欠伸をした。
朝の空気が肺に満ちて、全身に広がっていく。
ラティムはまだ寝ぼけているようで、薄目を開けてこちらを見ている。
乱れた白紫の髪を手で整えてあげた。
「……~~~」
「バンディちゃんみたい……」
毛づくろいをするようにそっと梳いてやると、ラティムの顔がほころんだ。
眠気が覚めたのかラティムの瞼がぱちりと開くと、リリーを見てはっとした。
「……っ! ……っ!」
「わわわっ!」
昨日の出来事を思い出したのか、ラティムはリリーに向かって両手を伸ばした。
どこか異常がないかと、入念に彼女の体をペタペタと触っていく。
「ラ、ラティム! も、もう大丈夫だよ!」
上から下まで触ろうとするラティムの肩を優しく掴んで、落ち着くように言い聞かせた。
止められてもなおラティムは心配そうな顔をしていた。
逆にリリーがラティムの体を隅々まで見て、どこか異常がないか確認した。
「見たところケガとかは……なさそうだね。ドラゴンさんになっちゃってたけど本当に大丈夫?」
「……」
「そう! よかった!」
「…………」
「……? どうしたの?」
ドラゴンになったことを心配するリリーに、彼は頷いてすぐに顔を逸らした。
今度は自分が心配される立場になったことに気が付いたラティムは頬をうっすらと赤くした。
「よ~ぅ……おはよう」
お互いが問題ないことに胸を撫でおろしていると、枯れた声が聞こえてくる。
振り向くと、ピーコッドが丸まった姿勢でこちらを見ていた。
目の隈は深く、顔はげっそりと憔悴していた。
「だだだ、大丈夫ですか!?」
「あぁ……大丈夫、だいじょーぶ……。ちょっと緊張してあんま眠れてないだけだから……。それよりもすぐにここを出るから準備できたら来いよ」
体を起こしたピーコッドは新鮮な空気を吸いに外へと歩き出す。
リリーもついていこうと立ち上がりかけた時に、ふとラティムに視線を向けた。
彼の体、裸に近い格好に気が付く。
「そのままだと風邪引いちゃうね」
毛布の代わりにしていた灰色のマントを彼に着せてやると、立ち上がって外へと向かう。
ラティムのほうは服というものに慣れていないのか、マントを纏った状態は少し動きづらそうだった。
マントの裾に足を踏んでバランスを崩し、転びそうになる。
そんな彼の手を取って、ぐっと引き上げながらピーコッドと合流していった。




