第10話 山下りはご安全に
グリフォンとの戦いから翌日、横穴から外に出たピーコッドは深い呼吸を繰り返す。
山にかかる朝靄が流れる中、冷たい空気が頭をすっきりと晴らした。
「今の状況的に大丈夫そう……か?」
ピーコッドは周囲と空に目を凝らしながら状況を頭の中で整理した。
自分たちがいるのは、帝国とエリウムの境界線に位置する山岳地帯。
幸いにも通ってきた山道はここから近く、エリウム側に近い位置。
このまま山を下って警備兵たちに助けを求めるプランを考えていた。
ただし、問題が三つ浮かび上がる。
一つ目。山岳地帯に生息するグリフォン以外にも、危険なモンスターは生息している。遭遇すれば戦闘は避けられない。
二つ目。自分たちには食料がない。持ち込んだ回復薬で体力は戻っているが、昨日から何も食べていない。
山の天気は変わりやすいために、時間が掛かるほど危険な状況になる。
三つ目。警備兵に助けを求めるプラン自体が運が絡む。出会えないことすらあり得る。
今日の陽が落ちるまで──。それが三人が無事で戻るためのタイムリミットだった。
できる限り戦闘は避けて山を下らなければならない。
それまでに温存した体力を使い、救助を求める。
下手な消耗は一切できない。
「とにかく、さっさとここから降りなきゃな」
整理したプランを頭に刻んだ後、ピーコッドは三人に合図を送って山道を下り始めた。
出発した三人は通ってきた道に沿って歩いていくと、やがて見覚えのある場所へと辿り着いた。
昨晩、グリフォンと戦闘した場所。
ピーコッドの鼻が動き、手前で止まるとリリーたちに岩の影に隠れるよう指示した。
「う~わぁ~……。とんでもねぇな、これ……」
岩陰から覗き見る光景。リザードバックの死体にブラットウルフたちが群がっている。
これだけ離れた場所からでも死臭が漂ってくる。
死臭に惹かれたのか、優に十匹以上いる。
貪られた死体は肉塊と化し、もはや昨日の出来事を知らなければ何かすらわからない。
「昨日のアイツらが戻ってきたってことか……」
肉を食らい、千切り、音を立てて咀嚼する。
脚の部位を取り合って喧嘩する個体も現れた。
食わない個体もいた。おこぼれを貰うため、隅でただじっと待っている。
獣臭と死臭が入り混じるおかげで、こちらにまだ気が付いていない。
(しかしすげぇ数だな。隅っこのやつがいるせいで、こっそり抜け出せる気がしねぇ……。……たしか帝国兵もグリフォンにやられてたよな? つーことはよ、ここを突破してもこの先に別のコイツらがいるっていう可能性もあるってことだよな……?)
「こりゃ無理だな。一旦戻るか」
三人は来た道を引き返し、出発した横穴を起点にエリウム方面へ降りられる道を探し始めた。
「あそこは?」
「うん? う~ん……」
リリーが指差した先、道は細いが下りられそうな感じもある。
少し遠回りになるが、太陽の位置はまだ真上にある。
悩んでいても仕方ないと判断したピーコッドは彼女の提案に乗ることにした。
細い道を順調に進んでいると、ここでも問題が発生した。
「うっ、これは……」
細い道にずらりと並んだ丸い石。
我が物顔で道を塞いでいるのは【イワムカデ】の群体だった。
自分たちの腰ほどの大きさで丸い胴体が連なり、全体としてかなりの長さがある。
岩のコケを主食にする草食性で大人しいが、刺激すれば防衛本能で襲ってくる。
「イワムカデめっちゃいるんだけど……。こっち側はこいつらの生息地だったのか」
モゾモゾと顔を動かしているのを見て、食事中だと分かる。
どんな生物も、食べている最中を邪魔されたくはない。
下手に刺激すれば、連鎖的に周囲の個体にも『敵』だと認識されてしまう。
途方に暮れる中、ピーコッドに閃きが生まれる。
「……そうだ! たしかラティムっていったよな? お前さ、あのドラゴンに今なれるか? ドラゴンになれたらココを飛んで降りられるじゃん! ……っていうか、なんでそのことを俺は忘れてたんだ?」
「…………」
「あ、あれ? お~い? 聞いてっかぁ~?」
ピーコッドはラティムにそれを聞くが、返ってきたのは戸惑う反応だけだった。
しばらくすると、ラティムは体に力を込め始めた。
「……!!」
体を震わす彼に二人は期待して見守る。
全身が青く光り、ドラゴンに変身する──、なんてことは全く起きない。
「…………」
「……え、失敗? おいおい、じゃあなんで昨日はドラゴンになれたんだよ?」
「…………」
「お、お~い?」
「あ、あの……ラティムは体の奥から熱いものが出てきたからって言ってます。たぶんそれが今はないから……かも」
「そうなの? というかリリー、俺の言葉に全然反応しないんだけどリリーはラティムの考えていることわかるのか?」
「え? ラティムは喋ってますよ。聞こえないんですか?」
「いや……何も聞こえないけど」
「?」
「……?」
リリーとピーコッドは顔を見合わせながら首を傾げると、ラティムも二人につられるように真似をした。
(やっぱりリリーには何か〝そういう能力〟があるっぽいな……。だからラティムと会話できる……みたいな。それだったらラティムは何か特別なモンスターなのか? 上の方は人だけど下の方は鱗まみれだし)
(……っていうか! 我ながらいいアイディアがすぐ潰れたのは痛すぎる……。かといって帝国側に今更行くにはもっとヤバそうになってるかもしれないし……あー……もうどうすればいいんだよ……)
頭を抱え、髪の毛をむしゃむしゃと掻くピーコッド。
そんな彼を余所にリリーはイワムカデへと近寄った。
好物のコケをひたすら食べ続けるイワムカデにしゃがみ込み、挨拶をする。
「イワムカデさん、こんにちは!」
「…………」
「あのね、この道をね、通りたいんだ。ご飯食べている途中でごめんなさいだけど、ちょっとの間だけ道を開けてくれる?」
「お、おい……」
リリーが昨日グリフォンにしようとしたことを、今度はイワムカデに試みているのを見てピーコッドは思わず声を掛ける。
そもそもモンスターと対話するという発想すらピーコッドにはなかった。
モンスターが跋扈するこの世界でそれができたら、どれだけ人の生活が楽になるだろうか。
そんなことを思っていた、その時だった。
もそもそ……っと、イワムカデが動き出す。
「え……? 嘘だろ……?」
初めはイワムカデを刺激しただけかと。
だが動き出した一匹につられるように、他のイワムカデもコケを食べるのをやめて、ゆっくりと足を動かした。
道の端まで動くもの。崖側の壁に張り付くもの。
閉ざされていた細い道が徐々に拓けていく。
「本当に道ができた……」
「わぁっ、ありがとう! ……あっ、ピーコ! この子たち、通っていいって言ってます!」
「あ、ああ……そうか。やったな……うん」
リリーのおかげで三人は道を通っていく。
その間にイワムカデたちはぴくりとも動かない。
集団を通り過ぎると、リリーたちは大きく手を振ってお礼を言った。
しばらく細い道を進んでいくと、無事に山から下りられた。
「なんとかなったけど……」
下り立った先の景色を見てピーコッドは思わず苦い顔をする。
遠回りの道を選択した結果、見覚えのない道に出てしまった。
目の前には広がる森の道だった。幸いにも見通しは悪くない。
このまま進めばどこかの街道に出るかもしれない。だが──。
「もう夕方か……」
傾く太陽。夜の時間が迫ってきている。
下り坂とはいえ、遠回りした代償として疲労が三人の体にずっしりとのしかかる。
ここが正念場──。ピーコッドは自分の頬を両手でぱんと叩いて気合を入れた。
「うっし! とりあえずここまできたな! 警備兵がいる感じはしねぇけど、ここを真っすぐ行けばどこかの道に繋がっているはずだ。そうすれば俺たちは助かるぞ!」
「ほ、本当ですか? よかった~」
リリーはホッとした表情と共に疲れた足に力を入れる。
ラティムも彼女の様子に安堵したのか、顔をぱっと上げた。
だがピーコッドは違った。口にした言葉とは裏腹に不安が心を包む。
この場所がどこまで続いているのか。仮に出られたとしてどこの道に通じているのか見当もつかない。
偽りの希望で活力を与えるという行為が、ピーコッドの心を痛ませた。
それでもリリーたちを元気づけるにはこの方法しかなかった。
(この先がどこに繋がってるかなんてわからねぇ。でも、街道まで出ちまえばこっちのもんだ。誰かに見つけてもらえばいい。巡回している兵でも、荷車を運んでいる商人でも、きまぐれな旅人でもいい。今はそこに賭けるしかないんだ……!)




