第11話 エリウムの竜騎兵
ピーコッドの期待を裏切るように、歩いても歩いても森の景色は変わらなかった。
茜色の空の下、照り付ける日差しで喉が渇きを訴えてくる。
体が鉛のように重く、じわじわと気が滅入っていく。
森のほうから黒い気配を感じた。
「……!」
木の陰から蝙蝠型のモンスター【ジャイアントバット】がふいに現れる。
数は二匹。小さな胴体から翼を広げると、全長はリリーの両腕を足し合わせた程度になる。
彼らの体格は見かけ倒しで、さほど脅威ではない。本来であれば──。
「やっべぇ……」
空腹で疲労困憊。歩くだけで精一杯の三人。
気を緩めるだけで倒れてしまいそうな、最悪の状態だった。
ピーコッドは歯を食いしばって前を見据える。
羽音を立てて飛んでいるジャイアントバットは、じりじりと攻撃の機会を窺っている。
先手を取るなら今しかない。
僅かに残った体力を振り絞り、手に魔法陣を展開させた。
「くらえ──……って、あれ……?」
展開した魔法陣が一瞬で砕け散り、同時に足元から力がすっと抜けていく。
地面にへたり込み、朧げな思考で原因を探った。
答えはすぐに見つかった。魔力が空っぽの状態で無理やり引き出そうとしたからだ。
それが状況をさらに悪化させ、冷や汗がつぅっと垂れる。
「ピーコッ!」
視界が霞み、リリーの声とジャイアントバットの影だけがかろうじてわかる。
奴らの目がぎらりと光る。
『やっちまった』と、身の丈に合わない行動を悔やんだ──、その時だった。
「──ッ!!」
襲い掛かるジャイアントバットたちの頭上から、二本の光が突き刺さった。
頭から胴体にかけて貫通し、地面に串刺しになる。
光は青白い矢の形をしていた。
「……っ!」
「えっ、上……?」
リリーの隣にいたラティムが何かを感じ取ったのか空を見上げると、彼女もつられてその視線を追った。
そこには赤いドラゴンと、その背中に乗る金髪の青年がこちらを見下ろしていた。
「こんなところに子供……? アイリス、このまま降りてくれ」
「グァ!」
青年はアイリスの名を呼びながら声を掛けると、地上にいるリリーたちに向かって高度を下げていった。
「わわわっ!」
「……っ!」
全身を真紅の鱗が覆い、首から胴体まで細長く、華奢な体格をしていた。
四本の脚で静かに降り立つ姿は、貴婦人のような優雅さがある。
強靭な肉体を二本の脚で支えるラティムの猛々しさとは対照的な佇まいだった。
「あの紋章とドラゴンってもしかして竜騎兵団……!? た、助かった~」
青年の胸に刻まれた竜と剣を交えたデザインのエンブレムを見て、ピーコッドの体からどっと力が抜けた。
ふにゃふにゃになる彼をリリーたちが支えると、青年はアイリスから軽やかに飛び降りて駆け寄った。
「危ないところだったね。大丈夫かい?」
「あっ、えっと……。はい、大丈夫です」
「それはよかった。僕は竜騎兵団のクロード。それで君たちは……?」
「リ、リリーって言います。こっちがラティムで、あっちはピーコ……」
「ピーコ? 変わった名だね……」
「……俺の名は、ピーコッドだ……」
枯れた声で言い直すピーコッドにクロードは苦笑する。
「それにしても、まさか迷子がいるなんてね。ともかく近くに僕らの拠点があるから、まずはそこに行こうか。アイリス!」
「グアッ!」
クロードの声にアイリスは鳴いて返事をした。
彼女の背に疲れで動けないピーコッドを先に乗せて、次にリリーを抱えて乗せる。
最後はラティムの番になった。
「…………」
「…………?」
細い目でじっと睨むアイリス。
彼女の様子にラティムも戸惑うばかり。
そんな彼にアイリスは鼻先で額を小突いた。
「……!」
「ラティム!?」
「え、なに?」
唐突にされた事にラティムは額を手で覆いながら目を見開く。
「こらっ、アイリス! ……すまないね、この子はちょっと気難しいんだ。ちゃんと言い聞かせるから安心してね」
「は、はい」
「アイリス、一体どうしたんだ? 何かあったのかい?」
「グァ……」
「……え? この子が自分と似たような匂いがする……? でもこの子は……。ともかく今は彼らを保護しなきゃいけないんだから、ちゃんと言う事聞いて」
「グルル……」
「ごめんねラティム君。もう大丈夫だから」
アイリスはまだ納得していない様子だが、クロードの説得で渋々と背中にラティムを乗せる。
全員が彼女の背中に捕まったのを見て、クロードが合図を出して飛翔させた。
「わぁ……」
アイリスの背中から空の景色を見てリリーは声を漏らす。
眼前には夕焼けの暖かい色が広がり、森全体をそれに染めていた。
影が長く伸び、やや暗さが増したおかげで、空の色彩がより鮮明に映った。
しばらく飛んでいくと、森の中に作られた拠点が姿を現した。
アイリスは真上まで飛ぶと、ゆっくりと降り立った。
「す、すげぇ……ドラゴンをこんなにたくさん見たの初めてだ……!」
拠点内の風景に疲れを忘れてピーコッドは興奮気味だった。
常駐している者も、戻ってくる者も合わせると、たくさんのドラゴンと竜騎兵がいた。
「ここまでくれば大丈夫だよ。はい、これ水ね」
「あ、ありがとうございます」
クロードが三人分の水の入った容器をリリーたちに手渡すと、三人はそれぞれ勢いよく口をつけていく。
渇ききった口と舌に冷たく刺さるように広がり、喉を潤いが染み渡る感覚に全身が震えた。
「ぷはーっ! ……あれ? あの子って確か……」
容器を空にしたリリーはクロードを見ると、彼の後ろに小さなドラゴンがパタパタと飛んでいることに気が付く。
「なんか小さくなってます!」
「ああ、アイリスの事かい? これは幼体化といってね、この子たちは体力温存のために小さくなれるんだよ。ほら、可愛いでしょ?」
「グァ!」
「わぁ……」
アイリスは小さな羽を動かしてリリーの近くまで飛んでくる。
小さくなったアイリスの頭を指で撫でると、鱗でつるつるとした感触が伝わる。
そのまま頬、顎下に指を動かすと、気持ちよさそうに目を瞑ってなすがままにされていた。
「おお~。あのアイリスがこんなに懐くなんて珍しい。それに撫で方も結構うまいね」
「えへへ」
「グゥ……」
森にいたモンスターたちと同じような撫で方だったが、アイリスにも通じている。
それを隣で見ていたラティムも体をうずうずとさせながら、アイリスに向かってゆっくりと手を伸ばした。
「…………。……ッ!! ガウッ!!」
「……っっ!!!」
気配を察したのか、アイリスは瞑っていた瞼が勢いよく開く。
触れそうになるラティムの手に、思い切り口を開けて威嚇し、睨みつけた。
危うく噛まれそうになったラティムは咄嗟に手を引いて、リリーの後ろへと隠れてしまう。
「ラ、ラティム?」
「お前……あの子になんかしたのか?」
「……」
「あちゃ~……。こっちの子は全然ダメだね……」
クロードもアイリスの気性の荒さに手を焼いているようだ。
だが当の本人は気にすることもなく、撫でられて満足したのかリリーからクロードの肩に戻っていった。
「あのさアイリス、何もそこまでしなくても……」
「……フン!」
「なんていうか……ドラゴンって結構すごいものって聞かされてたけど、意外と気が荒いのもいるんだな。……うぅ、なんか、急に瞼が重い……」
「大丈夫かい? とりあえず僕たちが使っている休憩所で一旦休んだほうがいいね。僕はこのことを報告しなきゃいけないから、しばらくそこで横になるといいよ」
「ありがとうございます……。ふわぁ……」
休憩所に案内すると、クロードは「何かあったら他の人を呼んでくれ」とだけ言い残してこの場を去っていく。
中はまだ誰もおらず、三人は空いたベッドにそれぞれ横になった。
シーツは冷たく、背中に硬さが伝わるベッドだったが、ふとリリーの隣から温もりを感じる。
顔を向けるとラティムが潜り込んでいた。
軽く触れる程度の距離。だがそれが心地よい。
全身がベッドに沈んでいくような重さを感じながら、リリーはラティムと一緒に瞼を閉じていった。




