第12話 初めての夜散歩
ベッドの上、リリーの瞼が開いていく。
ぼんやりとした視界の中、顔を横に向けるとラティムが眠っていた。
近くのベッドからピーコッドの寝息が聞こえ、外の様子が騒がしいことに気が付く。
少しずつ鮮明になる意識に好奇心がじわりと燻っていった。
「ちょっと行ってくるね」
隣でぐっすりとしているラティムの頭を撫でると、ベッドから降りて外に向かう。
休憩所から顔を覗かせると、更けた夜の下で人が忙しなく出歩いている。
そこにはリリーの知らない世界が広がっていた。
「ちょっとだけ……」
膨らむ好奇心と冒険心が小さな足を動かす。
拠点内は人の多さも相まって思いのほか窮屈に感じられた。
すれ違う竜騎兵たちは、歩き回るリリーに構う余裕はないようだった。
「いたいた。アンタでしょ、この辺うろついているの」
リリーの背後から声が聞こえる。
振り向くと、リリーよりも少し背が高い程度の少女が立っていた。
黒と紫を基調としたローブを羽織り、頭には大きめのとんがり帽子を被っている。
自分と近い歳に見えるが、凛とした風貌はどこか近寄りがたがった。
「なんか子供がここを歩き回っているって聞いてたけど、それってアンタのことでしょ? そういうことしていると他の人の邪魔よ」
「ご、ごめんなさい……」
「全く、クロードは一体何をしているのよ。アイツが保護したんだから、ちゃんと見なさいよね……」
「…………」
「……何? アタシに何かあんの?」
じっと見つめるリリーに少女は両腕を組みながら話しかけてくる。
言葉に棘がある彼女にリリーは少し身を縮めた。
「えっと……ピーコと同じ服だったので……」
「ピーコ? 保護された一人のこと? 別にこれ、学院の制服だけど。そんなに珍しかった?」
「う、うん……」
「……その反応、かなりの田舎に住んでいたのね。まぁいいわ。アタシの名前はヴィヴィネル。皆からはヴィヴィって呼ばれているわ。覚えておいて損はないわよ?」
「リリーっていいます」
「リリー……悪くはない名前ね。そういえばリリー、アンタたちを連れてきたクロードっていう奴、見なかった?」
「いえ……」
「そう……。全くどこにいるんだか。とりあえずここにいても邪魔だから戻るわよ」
「わわっ!」
ヴィヴィはため息をつきながらリリーの手をとると、休憩所の方へと歩き始める。
彼女に引っ張られながら進んでいると、道中でクロードの姿が目に入った。
「ヴィヴィさん! あそこに!」
「ん……?」
リリーが彼女を呼びながらクロードを指さして知らせる。
道具が詰まった木箱を運んでいる彼にヴィヴィたちは近づいた。
「こ、こんばん……」
「いたわねクロード!」
木箱が山積みになった場所で道具を整理しているクロードにヴィヴィが声を掛けた。
「ん? その声はヴィヴィ? それにリリーも。こんなところでどうしたの?」
二人に気が付いたクロードは少し惚けたような顔に、ヴィヴィはむっとする。
「この子が迷子になってたから、元の場所まで送っていく最中だったのよ。アンタが保護したんだからちゃんと見なさいよね」
「それは申し訳ない。こっちもいろいろ大変でさ」
「……で、アンタはここで何してんの?」
「僕かい? 僕は雑用を頼まれてね……」
「頼まれた? 誰に?」
「他の皆からだよ」
「……別にそれってアンタがやることじゃなくない?」
「まぁでも、僕はまだ新参だからね……。これくらいのことはしないと……」
クロードの言葉にヴィヴィは少し呆気に取られる。
当の本人はさほど気にしていない様子で、それがかえってヴィヴィの苛立ちを募らせた。
「はぁ……。まぁいいわ。好きでやっているようだし。それじゃあこの子を連れていくけど、今度はアンタが面倒見なさいよ」
「ははっ。それは助かるよ」
「ふん……。ところで、もう一つ聞きたいことがあるんだけど。アンタたしか団長と一緒に行動してたわよね? 戻ってきてないの?」
「いやそれがね……」
団長という言葉を聞いたクロードは道具を整理する手を止め、少し困ったような表情をして話し始めた。
「途中まで一緒にいたんだけど、急に何かの異変を感じたみたいで、僕を置いて行ったんだよね……」
「なにそれ。ここで起きていることと関係あるの?」
「わからない……。何せ唐突だったから……」
「あの……何かあったんですか?」
重苦しい空気の中、リリーはおずおずと話の内容に触れてみる。
自分の村が襲われたことに関係があるかもしれないと、心の中で期待が高まる。
「アタシたちはね。この付近の魔染の影響を調査していたのよ。近頃見ないモンスターもいるっていう話だし。ここだと【トロル】の集団が移動をしているっていう目撃もあったわ」
「トロル……?」
「図体がでかくて、生命力と馬鹿力しか取り柄のないモンスターよ。一応は温厚で攻撃性もあまりないんだけど、この一帯じゃあほとんど見かけない。そんなのが自分たちの生息地を離れてここに現れるなんて、よっぽどのことでしょうね。まぁどうせ、帝国のせいだろうけど」
「最近は魔染の影響でさらに凶暴になったモンスターによる被害も増えてきている。ここにいるのはその報告を受けたからだよ」
「そう、ですか……」
リリーは自分の身に起こったことをまだ話してはいなかったが、関係のない話題に肩を落とした。
「あ、あの……!」
「ちょっと待って。今、あっちから何か聞こえなかった?」
リリーが村で起きた出来事を話そうとしたその時、暗がりからがさりと音が聞こえる。
三人は注意深くそちらを見ると、その影が飛び出した。
「ラティム!?」
「……っ!!」
暗がりから現れたのはマントを羽織ったラティムだった。
リリーは一目散に駆け寄ってくる彼を両腕で受け止めると、寂しさでいっぱいの気持ちが流れ込んできた。
どうやらリリーが外に出た後で目覚めたらしく、迷いながらも探しに来たらしい。
「なにこいつ……。アンタたち姉弟なの?」
「えっと~……たぶん!」
「たぶんって……。ていうか、このマントって学院のやつじゃない」
「もう一人の、ピーコがくれたんです」
「ピーコ? ああ、さっき話に出てきた奴ね。なんで学院の生徒がこんなところにいるのか全然意味わかんないけど……。まぁいいわ。とりあえず戻るわよ」
「……!」
「えっ? なに?」
ヴィヴィに連れられて歩き出したとき、リリーの胸の中にラティムの言葉がふいに流れ込んでくる。
付近に何らかの違和感を覚えて、目が覚めたらしい。
その違和感は今も消えておらず、まるで拠点全体を何かが囲んでいるかのようだった。
「……え? この辺に……いっぱい……大きいのがいる?」
「ん? 何だって? 今なんて言った?」
「えっと……ものすごく大きいのが、いっぱいこっちに来ているってラティムは言ってます」
「大きいの……。それって……まさか」
リリーの言葉を聞いてクロードとヴィヴィが思わず顔を見合わせる。
二人はその言葉の意味を理解した瞬間、拠点の周囲から闇夜を揺るがすほどの足音が響き渡った。




