第8話 ラティムvsグリフォン
グリフォンの目の前に風が渦を巻き、一点に集約されていく。
限界まで圧縮した塊を解き放とうとした──その時だった。
ラティムの体が光を帯び、輝きが強まる。
「な、なんだ……? 何が起こっているんだ……?」
「これって……」
青い光が彼を包み込む。
シルエット越しに、人の身体が別の形へと変化していく。
唖然とする二人。だがリリーはこれを知っていた。
青い光を散らして現れたラティム。
その姿は森で目にしたドラゴンそのものであった。
「ド、ドド、ドラゴン!? なんでぇ!?」
「あの姿って……」
「――――ッ!!」
グリフォンも相手の異変に気が付き、目つきを変えた。
獲物だと思っていた相手は強者に変貌したからだ。
魔力を込めた風の塊を撃ち込む。
吹き荒れる周囲。地面を削りながら迫ってきた。
暴風が闇夜に轟く。
迫る脅威にリリーとピーコッドは思わず抱き合い、目を瞑って耐え抜くしかない。
ラティムは二人の前に立って両手を突き出した。
「……──ッ」
グリフォンは心の中でほくそ笑んだ。
【ウィングブラスト】──極限まで圧縮した風の塊を着地点で破裂させる技。
暴風を起こし、爆発の衝撃で相手を葬る。
たとえ相手が強固でも、ここは山道。地形を変えるほどの威力で相手の足場を崩せる。
耐えたとしても、こちらが有利なことに変わりはない。
破裂し、吹っ飛べ──。
「……──ッ!?」
爆発が起きない。
グリフォンは目を凝らした。依然として風の塊は目の前にある。
──ならば、なぜ破裂しない?
グリフォンはようやく気が付いた。
膨らんで破裂するはずの風の塊が、縮んでいく──。
魔力で圧縮した塊が緑の粒子となって四散し、ドラゴンの腕に吸い込まれた。
音がやみ、リリーとピーコッドは閉じていた瞼をゆっくりと開いていった。
「ど、どーなってんだよ……。なんでドラゴンがここに……?」
「ラティムがまたこの姿になっちゃった……」
「え? このドラゴンってあいつなのか!?」
「グルル……」
ラティムが低い唸り声を上げる。
脅威はまだ去っていない。
グリフォンは翼を大きく広げて宙に浮き、風を纏いながらラティムに襲い掛かる。
「……ッ!」
グリフォンの前足が覆いかぶさるように眼前まで迫り、ラティムは両手で受け止める。
自身を纏う風の勢いが体を重くし、ラティムの踏ん張る足を絡め取っていく。
気を抜けば、瞬く間にマウントを取られてしまう。
だがグリフォンの狙いはそれではない。
嘴から小さな風の塊を生み出した。
「やべぇぞ! またあの攻撃が来る!」
「ラティム!」
吹き付ける風にリリーたちは身動きが取れない。
ラティムの眼前で塊がどんどん膨れ上がっていく。
──牙で嘴ごと顔を嚙み砕くか? だが目の前の塊が邪魔過ぎる。
振りほどこうにも、グリフォンの爪が手の甲に食い込んで離さない。
相手は翼を使って宙に浮いている。位置をずらすことも、叩き落とすこともできない。
ふと、横目からリリーたちが映った。
怯える二人の表情が心臓の鼓動を一つ上げた。
自分がやらなければ、皆が危ない。
その瞬間、ラティムの全身から脳天にかけて衝撃が突き抜けた。
本能が「それをやれ」と告げている。
猶予はない──。
「……ッ!!」
ラティムは瞳に力を込め、全身を青く発光させた。
「なんだ……? あいつの体がまた光ってる……?」
離れた場所から見ていたピーコッドが呟いた。
青い光が溢れている──。だが、それはラティムだけではなかった。
周りを見渡すと、散らばった魔鉱石も光っていた。
そこから発生した青い光は“気”となってラティムに向かっていく。
(魔鉱石が反応してる……? てかあのハゲ、こんなに詰め込んでたのかよ。それが全部……あのドラゴンに吸い込まれてんのか?)
(凄い……。ラティムの中で、何かが大きくなってる……!)
「……ッ!!」
ラティムの口が大きく開く。
青い光は口内に集約され、熱が生まれる。
それに呼応して魔鉱石の反応も強まった。
「──ガアァッ!!」
一手早く、ラティムは蓄えた力を解き放つ。
吐き出されたのは青い業火。
グリフォンも咄嗟に風の塊を放った。
「────ッ!!!」
「うおおおっ!?」
「きゃあっ!?」
火と風が激しくぶつかり合った。
互いの魔力が拮抗し、衝突で轟風と火炎が散る中、グリフォンの目が見開かれた。
「────ッ!?」
グリフォンが生み出した風の塊。どんな相手でも切り裂き、吹き飛ばしてきた。
威力はこのドラゴンと互角。ならば勝敗は注ぎ込む魔力量で決まるはず。
だが、風の塊が大きくならない。それどころか相手の息吹がさらに大きくなっていく。
均衡が崩れた。
青い業火がグリフォンを襲う。
「──……ッ!」
火炎が包み込み、グリフォンの胴体が焼かれていく。
グリフォンはラティムの手を振り払って距離を取り、風を巻き起こして即座に炎を消し去った。
「…………」
「…………」
翼を羽ばたかせて宙に浮くグリフォンと地に足をつけるラティム。
二者は静かに睨みあう。
やがてグリフォンはこちらに背を向けると、夜空へと飛び去っていった。
「た、助かったぁ~……」
「はあぁぁ~……」
二人は安堵の息を漏らしてへたり込んだ。
深く呼吸を繰り返して生を実感していると、ラティムの体が再び光り始めた。
人の姿へと戻った彼は、二人のほうを向くと駆け寄った。
するとリリーが突然倒れ、隣にいたピーコッドが咄嗟に抱きかかえた。
「んっ? えっ? お、おい。大丈夫か!?」
自分の腕の中から、彼女の静かな寝息が聞こえる。
「すぅー……すぅー……」
「…………寝てる?」
「……! ……!」
「だ、大丈夫だって。疲れたからこうなっただけだよ。たぶん」
ピーコッドが落ち着かせようと言葉を掛けるが、ラティムの顔は不安を拭えなかった。
(これって心配しているんだよな? てかこいつ本当にしゃべれないのか?)
自分の胸で眠るリリーの手を握りながら、じっとラティムを見つめた。
青い粒子がふわりと三人に降り注ぐ。
仄かな光が暗闇の山道を静かに照らしていく中、ピーコッドは頭に浮かぶ疑問を抱きながら考え込んでいた。
(こいつ……ドラゴンになれるのかよ……。だから帝国に連れてかれてた……みたいな? そんな奴って今までいたか? いやでもドラゴンってそもそも……。待て待てピーコッドさんよ、今はそんなこと思ってる場合じゃないよな……。とにかくこの場をなんとかしないと……)




