第7話 強者の風格
「おい! そこで何をしてる!」
ブラッドウルフを退けたピーコッドだが、背後からの声に三人はびくりと体を震わせた。
振り向いた先では、こちらに気が付いた帝国兵が銃口を向けていた。
「ガキ共が逃げてんぞ! お前らそこを動くんじゃぁ……、──うわぁっ!」
近づいてきた帝国兵に移送車が激突し、そのまま押し潰された。
リザードバックが奇声を上げながら、繋がった移送車ごと激しく暴れていた。
衝撃で移送車がバラバラになると、塞がれていた道が一気に広がった。
視界の先、帝国兵と対峙するグリフォンが翼を大きくはためかせていた。
「風が強すぎる……! お前ら伏せろ!」
ピーコッドは咄嗟に二人の体を押さえて、一緒に地面に伏せた。
突風が吹き荒れ、空気を切る音が響く。
帝国兵の重装甲ですら、この風で動きを鈍らせている。
少しでも体勢を低く保っていなければ、体が宙に放り出されるのは確実だった。
「もっと撃て! 攻撃の手を緩めるな! 風で吹っ飛ばされるぞ!」
「ダメだ! 全然怯まねぇ! どうなってんだ!?」
風の音に魔導ガンの射撃音が混じる。
しかし強い風で射線がブレており、弾はことごとく逸れていく。
さらにグリフォンの周囲に風の壁を展開し、到達しそうな弾すらはじき返していく。
「もっと攻撃しろよ!」
「これ以上は無理だ! リロードしねぇと!」
「後ろに下がれねぇのか!?」
「リザードバックが暴れてんだよ! できねぇよ!」
「じゃあ、どうしろってんだよッ!」
「知るかよッ!!」
風と共に広がる混乱が帝国兵たちを飲み込んでいく。
攻撃の勢いも弱まり、魔導ガンからも音が無くなり始めた。
焦り喚く獲物たちを、グリフォンはただ静かに観察していた。
グリフォンが翼を靡かせて巻き起こす風は相手の動きを封じるほどの勢いを生み出す。
これは対象を警戒するときの技。
このまま相手の体力を削り取るもよし、動きを封じたところで仕留めるのもよし。
次の一手をじっくりと考えていた。
「何か……何かが来ます……!」
「な、なんだって?」
「あれっ!」
グリフォンの様子を見上げていたリリーは思わず言葉を漏らす。
彼女が指し示す先をピーコッドも目で追う。
向こう側にいるグリフォンは前足をぐっと屈ませて、全身に力を込めていく。
靡いていた翼はふいに動きを止め、その内側に緑色の粒子を蓄え始めた。
「……──ッ!!!」
直感だった。
ピーコッドの脳裏に過る“ヤバい”という感情。
心臓が縮むような感覚に、思わず呼吸が途切れる。
すぐに二人の頭を地面に押し付け、その上に自分が覆いかぶさった──その瞬間だった。
「────ッッ!!!」
猛禽類特有の劈く声と共に轟風が吹き荒れる。
空気の塊。目に見えぬうねりが自分たちを襲う。
強風で息がうまくできない。
ピーコッドは片目の瞼を薄く開けた。
重装甲の帝国兵も、移送車に繋がれていたリザードバックも、どちらも宙に浮いていた。
うねりと共に放たれる風の刃がリザードバックと移送車、運び屋の荷車をずたずたに切り裂いていく。
荷物が飛び出し、周囲に散らばる中、一人の帝国兵と目が合った。
「た、助け──」
ヘルメット越しの視線が一瞬、交わる。
轟音の中からかろうじて聞こえた言葉だったが、最後の部分は聞き取れない。
存在ごと夜の闇に吸い込まれていった。
風が収まり、見上げる三人。
あたりがしんと静まり返った。
微かな風が通り過ぎ、落ちたランタンからぱちぱちと爆ぜる音だけが聞こえる。
生きているのは自分たちだけ。
先ほどの戦闘が嘘のようだった。
ランタンの代わりに月と星の光が山道を照らす。
肉が切り裂かれたリザードバックの亡骸の上にグリフォンが立っていた。
「…………」
グリフォンの鋭い視線が三人を刺す。
まだ邪魔な奴がいたのか、と言わんばかりの目。
その風貌は、山岳地帯に上位種として君臨するモンスターそのものだった。
(目が合っちまった……! ど、どーすんだよこの状況~……)
睨まれたピーコッドは息を呑むだけで、指一本すら動かせなかった。
このままどこかに去ってくれと願うしかなかった。
その時、自分の下にいたリリーが立ち上がるとグリフォンのほうに近寄っていく。
「お、おい。おいって! 何してんだよっ!? 攻撃されるぞ!」
「大丈夫です。あの子、ただお腹が空いてただけだから、お話すれば平気なはずです!」
「はぁ~!?? おまっ、頭がおかしくなったのか!?」
「ねぇ、そうなんでしょう? ただ、お腹が空いてただけなんだよね?」
モンスターと話そうとしている、常識では考えられない行動。
気が触れたとしか思えなかったが、ピーコッドは自分の目を疑った。
歩み寄るリリーに対して、グリフォンは攻撃を仕掛けてこなかった。
ピーコッドの胸に小さな希望がじわりと広がった。
(もしかしたら、これで助かるのか?)
両者は向き合い、あたりに静寂が訪れる。
その時、ピーコッドは月明かりに照らされるグリフォンの瞳を見て違和感を抱いた。
赤黒く濁った瞳。興奮による血走ったものではない。
明らかに異常なものだった。
「やっぱりヤバいかも……っ!」
固まった体を強引に動かして自分も立ち上がる。
それと同時に、グリフォンが雄たけびを上げて翼を大きく広げ、突風を巻き起こした。
「きゃあっ!?」
「あっぶねぇ!!」
風が襲いかかる前にピーコッドは彼女の手を掴んで引き寄せ、庇うように背中を向けた。
空気の塊が二人を押し出し、ピーコッドの背中がざっと切り裂かれた。
「おおおおっ!?」
背後から切り裂かれる音と共に、風に押された二人はラティムのいる場所まで吹き飛び、そのまま一緒に転がる。
二人で土まみれになりながら、ピーコッドは自身の状態を確認していく。
マントのおかげで風の刃が背中まで届かなかったことに安堵した。
「あだだっ……。つーか、なにやってんだよお前っ。意味わかんねぇことすんなよ!」
「で、でもいつもならお話できるんです! だってそうやって皆と仲良くしてきたから……」
「はぁ~!? なんだそれ!? っていうかそれ、ダメだったじゃん!」
言い合う二人をよそに、前方から強い気配が迫ってきた。
顔を向けた先、グリフォンが翼に風を集めていた。
(また、あの攻撃が来る……!)
それがわかっていても三人の体は萎縮し、動けない。
ピーコッドは歯を食いしばり、腕を前に翳して魔法陣を展開させると魔術を放った。
いくつもの青い礫が真っすぐ飛んでいく。
しかしそれも、風の壁によって軌道を逸らされた。
(あっ、無理だ、これ……。今のでわかったわ。俺とあいつの魔力量が全然違うわ。さっきうまくいったから、なんとかなるかもーって思ったけど……。自惚れてたんだ、俺って……)
「はっ、ははは……」
腹の底から震えが来て、乾いた笑いが込み上げて顔が引きつった。
打つ手なしと悟った彼を横目で見たリリーは沈むように目を瞑り、ラティムの手を握った。
眼前から放たれる殺意に、リリーとピーコッドは絶望していた。
するとリリーの手から何かが伝わり、ラティムの中で一つの想いがこみ上げた。
──二人を守らなければならない。
ラティムの体が青く発光する。
それに呼応するかのように、周囲に散らばった物たちも小刻みに震えて光り始めた。
ラティムの全身が変化していった。




