第6話 闇夜の襲撃者
荷車の中にいても外の様子がおかしいことに三人は気が付く。
足音が慌ただしく、叫ぶ声も混じって聞こえてきた。
「おい、何が起こって……」
「……──リフォンだ! 急に出てき……」
「後退しろ……。リザードバックが……」
「……なんだぁ? 帝国の奴ら、何言ってるか全然わかんねぇ……」
これ以上は聞き取れないと判断したピーコッドは、側面に当てていた耳を離す。
揺れる車内では立つことも難しい。
三人は扉の前まで床を這って進み、扉に手をかけた。
「……やっぱり鍵掛かってるよな」
「ど、どうしよう……。外も凄く変な感じです……」
「大丈夫だ。この程度なら──」
ピーコッドは施錠された部分にそっと手を翳した。
目を瞑り、集中する。すると体の表面に青みを帯び始める。
光は翳した手に集約され、やがて魔法陣を生み出した。
「ふんっ!」
力んだ声と共に、手から青い鏃が発射される。
取っ手ごと破壊すると、重い扉がゆっくりと外へ開いていった。
「わぁっ、なんですかそれ!?」
「……!」
「ふふんっ。凄いだろ。魔術ってモンで、頭の良いヤツにしかできないものなんだぜ」
「へぇ~!」
(……ホントは魔力を集中させただけの、単純なモノなんだけどね)
三人は移送車から降りると周りを確認する。
護衛していた兵士たちは前方に移動して、こちらには誰もいない。
激しく揺れる移送車を盾にして三人は前方を窺った。
前方の光景が目に飛び込む。
帝国兵は灯したランタンの傍らでは、繋がれたままのリザードバックが激しく暴れている。
トサカは赤茶色に染まり、黄色い目は血走っていた。
だが、帝国兵は暴れるリザードバックを無視している。
彼らを釘付けにしている正体──。
道を阻むように立ち塞がる【グリフォン】の姿だった。
「こんな場所で出るなんて聞いてないぞ!」
「クソッ! もっと周りを照らせ! 見失うぞ!」
(げぇっ!? グリフォン!? うっそだろ!?)
帝国兵は闇夜から顔を見せるグリフォンを照らして魔導ガンを構えている。
山の道中での遭遇。広さは人が通る分は十分だが、荷車のせいで道が狭い。
身を隠す岩陰もなく、唯一の遮蔽物はリリーたちがいる二台の荷車のみ。
だが、帝国兵にとってそれも叶わない。興奮した二匹のリザードバックが真後ろで暴れているからだ。
前方にはグリフォン、後方に暴れるリザードバック。三人は完全に挟まれていた。
幸いにもグリフォンはまだ相手の様子を窺っている。
仕掛けてはこないが、帝国兵の指は引き金を掛けたまま離れなかった。
「あっちに気を取られてる……? い、今しかねぇ……。おい、こっから逃げるぞ」
「に、逃げるって、どこに……?」
「下だよ下! ここはヤバすぎるって! とにかくここから離れねぇとヤバいんだって!」
ピーコッドの脳裏に、かつて学んだことが素早くよぎった。
グリフォン──。鳥類の目の良さと巨大な翼を持ち、強靭な肉体で獲物を狩るモンスター。
フィジカルだけでも他を寄せ付けないが、最も厄介なのは風の魔術を扱うこと。
手ごわい獲物と知れば風を操り、動きを封じる。
更にこちらの行動は起こした微風で感知もする。
遠くから獲物を捉え、空から襲う機動力。風の魔術を利用した近接戦闘は脅威そのもの。
山岳地帯の主。
天候が変わりやすく自然界の中でも厳しい環境の一つ。
そこに君臨し続ける力は格が違う。
「ほ、ほんとに出るじゃねーか!」
グリフォンと帝国兵が対峙する中、共にいたハゲ頭の運び屋がこちらに走ってきた。
「冗談じゃねぇ! 俺は逃げてやる!」
「きゃっ!」
「邪魔だ、どけっ!!」
運び屋は隠れていたリリーを突き飛ばし、山道を下っていく。
手に持ったランタンを頼りにするが、か細い明かりは暗い道では頼りなく揺れていた。
「あたたた……」
「ちょっ、大丈夫か? おいこのハゲ! 何するん……」
尻もちをつくリリーに、すかさずピーコッドが手を引いて立ち上がらせる。
先に行った運び屋に文句を言おうとした瞬間、絶句した。
「な、な、なんだこいつら! 何処から!? ――ギャッ!」
闇夜の中、ランタンの小さな明かりが激しく揺れる。
灯が地面に落ちてガラスが割れた後、運び屋の声が聞こえた。
「た、たすけ──」
別の音が聞こえる。
獣の低い声と荒い吐息、そして咀嚼する湿った音。
三人は言葉を失い、ぞくりと背筋が凍る。
闇夜から何かが近づく。赤い点を二つ光らせてそれは現れた。
「バンディ……ちゃん……?」
リリーはその正体に友達のバンディウルフの名を呟く。
だがそれはバンディと似て非なる存在。
体つきは細く、全身が黒い毛で覆われている。
そんなモンスターが一匹、また一匹と、暗闇から姿を現した。
「こんなときに【ブラッドウルフ】かよ……。この騒ぎでこっちまで来たってことか……?」
「ギギャァッ!!」
三人の背後から悲鳴が聞こえ、思わず振り返る。
運び屋のリザードバックがグリフォンに襲われていた。
抵抗しようとするが移送車に繋がれた状態では身動きに限度がある。
太い首は鋭い爪で引き裂かれ、血が勢いよく噴き出ていた。
闇夜に悲鳴が轟く。
むせ返るような血の臭いが漂う。
それに呼応するようにブラッドウルフたちが一斉に吠えた。
「……っ」
「あっ……、あぁ……」
三人の肌に刺さるような殺意が向けられる。
ラティムはリリーにしがみつき、彼女も凍り付いたように体が動かない。
唯一、ピーコッドだけが震える体と衝動を抑え、この状況を分析し始めた。
(この付近なら、まだ帝国領ってワケじゃないな……。目の前にいるこいつらは全部で五匹……。……正直無理だろ、これ。俺の魔術じゃあ……せいぜい二匹、よくて三匹が限界。そんで食い殺されて終わり。でも帝国の奴らはグリフォンに必死だし、動けないこいつらを囮にすれば全員から撒いて逃げられるだろうな……)
ピーコッドは顔を少しだけ動かして振り向く。
自分よりも年下のリリーたちを見ると、決意と共に握りこぶしを固めた。
(……でもそれってさぁ、俺を見捨てたあのハゲと同じじゃん……! 仮に逃げて生き残ったとしても、それってクズってことじゃん! そんなの絶対に嫌だろっ!!)
自分でもなぜこんな考えに至ったのかわからない。
見ず知らずのこの二人にここまでしてやるほど、義理堅い人間ではない。
だけど、それでも──あの運び屋と同じになりたくなかった。
見栄っ張りでもいい。震える足を地面にぐっと踏み込んで抑え込み、リリーたちの前に立った。
ブラッドウルフは徐々に距離を縮めており、涎を垂らしたその顔は今にも襲い掛かろうとする気配を滲ませた。
(これに賭けるしかねぇ!)
ピーコッドは懐から、先ほどリリーたちに見せた球体の魔道具を取り出して握りこんだ。
恐怖で体が竦む前に、ピーコッドはその魔道具にありったけの魔力を流し込んで、思い切り投げつけた。
「うおおおっ!」
投げ込まれた球体は魔力を介して内側の核を露出させ、バチバチと音を立てた。
起動したそれは眩い光を放ち、暗い山道を白く染め上げる。
暗闇に目が慣れていたブラッドウルフにこの光は強烈すぎた。
眩しさに目を瞑る相手を見て、ピーコッドはその隙を逃すまいと素早く魔法陣を展開させた。
「【マジックアロー】!! いっけぇぇぇッ!」
手から放つ魔力の鏃。
魔術が一直線に飛んで投げた魔道具に着弾。青い光はさらに強まったかと思うと、轟音と共に爆発した。
爆発の衝撃でブラッドウルフの何匹かが吹き飛ばされる。
仲間がやられるほどの威力に畏怖したのか、無事だったブラッドウルフは動かなくなった運び屋を咥え、一目散にその場から逃げ去っていった。
「あ、あはっ……あはは。なんとか、なったぜ……。実は俺って、結構できるヤツかも……」
自分の行動とその結果に信じられず、ピーコッドは呆然とした。
体から力がすっと抜け、その場にへなへなと座り込んでしまった。
ともかく、この場を乗り切った。ピーコッドは大きく息を吐きだした。




