第5話 彼の名はピーコッド
夕焼けの中、拘束されたリリーたちは移送車まで連行されていった。
荷台の前に待機していた兵士と、近くで蹲っていた影がゆっくりと動き出した。
「クアァ~?」
嘴があるトカゲのモンスター【リザードバック】が、二本の脚を伸ばして立ち上がる。
全身を黄土色の鱗に包まれ、茶色のトサカを揺らしながら黄色い目がぎょろりとこちらを睨んだ。
「おい、こいつらを荷台に乗せろ。これから山越えをするぞ」
リリーたちを連れてきた兵士が待機していた者たちに命令する。
その一言に彼らは顔を見合わせた。
「い、今からですか? もう日が暮れますよ?」
「このガキどもは探していたヤツの可能性が高い。俺たちは先に帝国のほうに戻ることになった。今すぐ準備しろ」
「わ、わかりました」
「ほらっ、お前らもさっさと中に入れ」
「きゃっ!」
兵士たちが出発の準備をする中、リリーとラティムは乱暴に荷台へ押し込まれる。
木箱が所狭しと積まれて、二人に与えられたスペースはほとんどない。
荷台の扉が閉まり、外から鍵が掛かる音がした。
移送車が揺れながら動き出す。
振動する木箱からガタガタと音が鳴る。
暗闇の中、鉄の臭いがリリーの鼻を鋭く刺した。
「ううぅ……。お爺ちゃん……」
言葉が涙と一緒に零れ落ちる。
時間が経つにつれて、胸が締め付けられるように息が苦しくなっていく。
リリーは眠っているラティムを抱き寄せた。
互いの体温が伝わり、自分たちがここにいることを実感した。
「ぐすっ……。ラティムを、守らなきゃ……」
男たちの会話を思い出す。
彼らの狙いはラティムらしかった。
今ラティムを守れるのはリリーだけ。だが少女の力ではこの状況を打開するのは不可能に近かった。
それでも、何かをしなければならない。
いつの間にか目から零れる涙が止まっていた。
乾いていく涙の痕。胸の中で静かに決意が固まっていく。
「おい! そこの荷車止まれ!!」
暗闇でじっと耐えていると、不意に外から声が聞こえた。
リリーは聞き耳を立てて外の様子を窺った。
「その格好、運び屋か」
「て、帝国の方々じゃないですか~。脅かさないでくださいよ~」
腰を低くするような、媚びた男の声が聞こえた。
「こんな夜までご苦労様です~」
「そんな挨拶はいい。この荷物は……エリウムからか?」
「そうですぜ。ウチの商品をそちらに運んでいましてね」
「ふん。つまりコレ丸ごと密輸品ってことか。いい根性してるぜ、あんた」
「へへへっ……」
「どれ、せっかくだしちょっと調べさせてもらおうか」
その一言で、それまでの空気が一変した。
「ちょちょちょっ、何言ってるんですか!?」
「何って、職務を全うしようとしてるだけだが?」
「勘弁してくださいよ旦那~。スムーズにあっちに行く為の金は払っているんですぜ? だからそういうのはちょっと~……」
「お前が帝国に余計な物を持ち運ぼうとしなければ何もお咎めはないんだが? それに金のことなら、俺たちには支払われてはいない」
「…………」
口を噤む運び屋に、男のせせら笑う声が聞こえる。
「わかったのなら、中を調べさせてもらうぞ。…………すごいな。この荷物は全部、魔鉱石か?」
「ヘヘヘ……。そういうルートを見つけたんで」
「これだけありゃあ、かなり稼げるってことか。……ん? おいっ! 隅のほうに誰かいるぞ!!」
男たちが運び屋を取り囲む足音が鳴る。
耳を澄ましていると、何かが地面に放り出される鈍い音が聞こえた。
「痛って! 何しやがる!」
少年の声が荷台の外から響いてきた。
「おい運び屋。こいつはなんだ? こいつも商品ってヤツか?」
「……そいつは知らねぇなぁ。ガキが隙見て紛れ込んだのか?」
「ハァ!? くそっ、このハゲ……!」
「ふーん。そういうことだったらよ、今回はこのガキの面倒をこっちで見てやるよ」
「本当ですか? よかった……」
「ただし……」
「?」
「この魔鉱石の売り上げを少しばかり分けて貰えないか? なぁに、ほんの少~しだけだ」
男たちの会話がこの一言を皮切りにぴたりと止まった。
「…………」
「なんだよその目は。このことを“揉み消してやる”って言ってんだ。いいのか? こっちがその気になればこの荷物、全部俺たちで回収してもいいんだが? それに、この辺りのルートはモンスターが最近よく出るって噂だ。今なら護衛も付くし悪い話じゃあないだろ? それともなんだ? 俺ら無しで夜の山を越えられるか、試してみるか?」
「…………へ、へぇ。そうですね。旦那の言う通りでさぁ……」
「よし、決まりだな! おい、そっちのガキをこっちに移せ!」
今度は運び屋以外の男たちから、薄ら汚い笑い声がはっきりと聞こえる。
荷車の扉が開き、僅かな明かりの後に少年が放り込まれた。
「うぎっ! てめっ! 放り投げんじゃねぇー!」
「うるせぇガキだな。どうせお前は逃げられないんだ。大人しくそこで寝てろ」
「んだと~!? くっそ、今に見てろよ……って、うわぁ!? なんかいる!?」
暗闇の中でリリーと少年がぶつかり、彼は驚いて身を跳ねさせた。
少年は床を這いながら傍に近づき、そっと耳打ちをした。
「なんだ先客がいたのかよ……。お前も帝国に密入国しようとして捕まった感じ?」
「……え?」
沈黙の中、動き出す車輪の音だけが響くだけだった。
「……あれ? なんか違う感じ……?」
「あの……その……」
「まっ、いっか。俺はピーコッドってんだ。よろしくな」
「リリーです。えーっと……、ピーコ?」
「おい、ピーコッドな。ったく、間違えるなよ。てかそこにもう一人いるよな?」
少年の声が示す先では小さく呼吸するラティムがいた。
「真っ暗で何も見えねぇ……。えっと、明かりはっと……」
ごそごそと服の中を漁る音がした後、彼の手からぱっと青い光が放たれた。
手の中で発光する球体が二人を照らす。
リリーの前にいたのは灰色のマントを羽織った少年で、黒い前髪が片目にかかっていた。
「そいつなんか寝てるけど……大丈夫なのか?」
ピーコッドはリリーのほうに向き直って尋ねる。
「ラティムはその……いろいろあって疲れちゃってて……」
「疲れたっていう感じには見えねぇけどな」
「うぅ……」
「…………はぁ~~~~。ちょっと待ってろ」
光る球体を床に置いて、服の中から道具を取り出す。
形状は先端が尖っており、赤い液体の入ったガラス管が取り付けられている。
ピーコッドはラティムの腕を手に取ると、道具を青く光らせながら先端を押し付けた。
中の液体が彼の肌に触れて、じわりと浸透する。
空になるまで当て続けたピーコッドは一息ついて手を離した。
するとラティムの目がゆっくりと開いた。
「…………」
「ラ、ラティム? ラティム!!」
「……っ」
「よかった……! 目を覚ましてくれて……」
目が覚めたラティムにリリーは体を寄せた。
状況を呑み込めていない彼の様子を見ながら、ピーコッドは二人の拘束を静かに解いていった。
「ありがとう! ピーコ!」
「ピーコッド、な。まっ、俺はこう見えてもエリウム魔術学院にいるからな。これぐらいは当然よ」
「エリウム……まじゅつ……?」
「……あれ? もしかして知らない感じ?」
リリーとラティムはぽかんとした顔を見合わせた後、二人揃って頷いた。
(……まぁ、とりあえず無事でよかったけど……中身の回復薬どころか魔道具に使う魔力分も持ってかれた感じだぜ。ていうかよ~、もう一人の奴は裸だし下のほうは鱗だらけじゃねぇか。一体コイツは何なんだ? もしかして俺、厄介なことに巻き込まれてる感じってこと? そうだったら、さっさと逃げちまわないと……)
喜んでいるリリーたちを横目に、ピーコッドは渋い顔をした。
しかし、まだリリーたちが“そういう人物”だとは決まっていない。
夜の中、敵だらけの状況で無暗に孤立するわけにはいかない。
この二人が自分にとって厄介な存在なのか、見定める必要がある。
ピーコッドが考え込んでいた、その時だった。
移送車が突然、大きく揺れた。
「うわぁっ!? なんだぁ!?」
がくん、とリリーたちは床に倒れ込んでしまった。
振動と共に移送車も止まり、外から男たちの声が聞こえる。
三人は息を潜めて外のほうに耳を傾けた。




