第4話 運命が動き出す
ドラゴンに変化したラティムにリリーは触れていく。
倒れていたバンディも立ち上がって二人に近寄った。
「バンディちゃん……!」
リリーは傷ついたバンディの体に触れて容態を見る。
茶色の毛が焦げ、肌が焼けているがどれも深手には至っていない。
「よかった……。酷いことになってないのね」
「グルル……」
胸を撫でおろすリリーだが、バンディの口からはまだ唸り声が聞こえる。
鋭い目はラティムを捉えていた。
警戒し続けるバンディに対し、ラティムもリリーを庇うように大きな体でそっと身を寄せた。
互いの視線がぶつかり、見えない火花が散った。
「だ、大丈夫だからね。ほらっ、私も平気だから」
二匹の間に割って入る彼女に、ようやくバンディは牙を仕舞う。
張り詰めた空気が緩むと、ラティムの体が再び光り始めた。
巨体がみるみる小さくなり、ドラゴンの姿から人に戻ると彼の体がぐらりと揺れた。
「わわわっ!」
糸が切れたように目を閉じ、地面に崩れ落ちるラティムをリリーは咄嗟に抱きかかえる。
リリーの耳元から寝息が聞こえ、気を失った彼をバンディが背に乗せた。
「ありがと。バンディちゃん。それにラティムも」
バンディとラティム、それぞれの頭を撫でて労いの声をかける。
ふと、リリーは倒した男たちのほうに顔を向けた。
倒れた巨木が目に映るが、いつの間にか男たちの姿は消えていた。
その理由を考える余裕は今のリリーにはない。
とにかく早く帰らなければという気持ちが彼女を急かしていた。
火照った体から熱がじわじわと引いていく感覚を味わいながら、リリーたちはその場から去っていった。
◇ ◆ ◇
森の中で鎧の男たちの襲撃を退けたリリーたちは村のほうに帰っていく。
隣ではバンディが体を寄せて歩いており、背中に乗せたラティムは未だに眠っていた。
「ごめんね、バンディちゃん。私が約束破っちゃったから……」
リリーは顔を俯きながら謝った。
バンディは戦闘のケガで負担も大きい。
だがバンディは彼女を横目でちらりと見ると、目線を合わせて大丈夫だと伝えてくる。
「うぅ……」
それでもリリーの心は不安が消えない。
自分のせいで皆を巻き込んでしまった負い目もあるが、何よりも祖父のことが気になっていた。
長い間、閉ざしていた記憶がじわりと戻ってくる。
「はぁ……はぁ……」
浅くなる呼吸。歩くたびに胸が苦しくなる。
足取りが異様に重たい。
帰りたいのに、帰りたくない。
目の前に広がる森の道がまるで生き物の口のように見えた。
自らその中に踏み込んでいく感覚に、心が押し潰されそうになる。
胸に手を当てていたとき、脇から温かな毛の感触が伝わった。
「バンディ……ちゃん?」
隣にいたバンディの頬がリリーの体に擦り付け、上目遣いでこちらを見ていた。
「心配してくれるの?」
「……グゥ」
「ありがとう……。バンディちゃんは強くて、優しいんだね」
リリーはバンディの頭から首筋にかけてゆっくりと撫でていく。
気持ちよさそうに目を細め口元を緩めるバンディに、自分の心もじんわりと軽くなっていった。
「……よし。ちゃんとお爺ちゃんにごめんなさいする」
自分の頬を両手で軽く叩いて気持ちを切り替えていく。
胸の苦しみも、足の重さも、もう感じていない。
歩く足は少しずつ速くなり、やがて森から出た。
太陽はすでに傾き始め、赤く焼けた空が広がっている。
帰路につこうとした──その時だった。
バンディの足が突然動かなくなった。
「どうしたの?」
バンディの目が遠くを見るように開いて、丘の上から村のほうを見ている。
リリーもそこに目を向けると、呼吸が止まった。
──先ほどの装甲を纏った男たちが村を占領している光景だった。
「え……」
村の人々は拘束され、一か所に集められている。
その中に祖父の姿もあった。
「お、お爺ちゃん……。お爺ちゃん……!!」
「まだいたぞ! ガキにモンスターもいる!」
「!!」
リリーは皆のところに駆け出そうとした時、大きな声に足を止めてしまう。
その方向を見ると、男たちが魔導ガンをこちらに向けていた。
バンディは背に乗せたラティムをリリーに預けると、男たちの前に低く構えて威嚇する。
だが男たちは怯む様子を見せず、容赦のない一斉射撃をバンディに浴びせた。
「……ッ!!」
「バンディちゃん!」
大量の青い弾を受け続けたバンディは力尽きたように倒れた。
思わず駆け寄ろうとするリリーに大きな影が迫る。
振り向くと、男たちが二人を取り囲んでいた。
「動くなよ。手荒な真似はしたくない」
「あ、あぁ……」
足が竦んで動けなくなるリリーは眠っているラティムを抱き寄せる。
思わず目を瞑る。すると、遠くから微かな呼吸音が聞こえてきた。
バンディはまだ生きている。だが少しずつ弱くなっていた。
「あのウルフ、まだ息がありますよ。止め刺します?」
「ほっとけ。あの状態じゃじきに死ぬ。それよりも……」
一人の男が腰から魔力探知機を取り出し、二人に向ける。
カチカチと規則的に鳴る矢印を他の男たちに見せた。
「この反応にこの姿。寝てるほうのガキが恐らく例のドラゴンだ」
「本当か? 情報と違うぞ。なんでこんな姿に……?」
「知るか。“上の奴”がどういう事をしたかなんて、俺たちがわかるわけがない。言われたことはコイツを回収すること。それよりも……もう一人のほうだ」
男たちのヘルメット越しの視線が、ラティムからリリーに移り変わって注がれる。
「これって高い魔力のほうに反応する装置だよな? 村にいる連中にはそこまで反応しなかったのに。この感じだと、眠ってるほうと同程度の魔力持ちがこの娘ってことになるのか? 一体どうなってんだ」
「さぁな。ただ二人もいるってことは──、どっちも連れてけってことかもな」
男の手が二人に伸びる。
眠っているラティムを担ぎ、リリーの腕を引っ張った。
「いやっ! やめてよっ!」
「おいおい、あんまり暴れんなよ。……ったく、よく聞けよ? お前が暴れたら眠ってるガキも、あっちにいる村の奴らがどんな目に遭うかわからんぞ?」
「……! お爺ちゃん……皆……っ」
「わかったか? だったら大人しくするんだ」
無機質なヘルメットの顔を近づける男に、リリーは震えながら頷くしかできない。
そのまま両手を拘束され、リリーはラティムと共に男たちに連れ去られていった。




