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第3話 紫焔竜ラティム

「えっ──?」


 霧が立ち込める木々の向こうから現れた鋼鉄の存在。

 リリーたちと二人の男の視線が交差する。

 全ての動きが止まった。


「……──モンスターだ!!」


 男の一人が我に返る。

 荒らげた声が止まっていた空気を動かした。


「何してる!? 早く魔導ガンを構えろ!!」

「──……ッ!!」


 手に持った銃を構え、トリガーを引く。

 銃口から青い弾丸が放たれ、リリーたちに襲い掛かった。


「きゃあああっ!?」

「……!!」


 銃撃が嵐のように降り注ぐ。

 リリーとラティムを庇うようにバンディが前に立ち塞がった。

 二人は両手で頭を押さえながら姿勢を低くする。

 僅かに顔を上げると、トレントとゴーストたちが撃ち倒されていった。


「おい! なんかガキもいないか!?」

「そんなことよりもまず目の前に集中しろ! バンディウルフもいるんだぞ!」


 鳴り続ける火器の音に悲鳴が混じる。

 森の奥に散り散りに逃げていくモンスターたち。

 周囲はすでに、リリーとラティムとバンディのみになる。


「くそっ! リロードしねぇと……」


 男たちの攻撃の手が止まった。

 バンディの赤い目が光る。

 唸り声をあげて駆け出し、男の懐に潜り込む。


「うおおっ!?」


 男の腕に鋭い牙が食いつく。

 装甲と牙が擦り合い、甲高い金属音が立つ。

 バンディは体重を乗せて飛び掛かり、男を後ろに倒した。


「くそっ! こいつっ!」


 腕から口を離し、今度は牙が首元に向かう。

 いくら装甲を身に纏っても、薄い部分はある。

 確実に仕留める。その意志を込めたバンディの攻撃の手は緩まない。


「おいっ! 早くコイツをなんとかしろよ!」

「わかってるって! 今リロード中!!」


 組みつかれた男は両腕を使ってバンディの牙を食い止める。

 その間、もう一人の男は一呼吸おいて魔導ガンの背を縦に曲げた。

 内側から銃の長さに合わせた結晶が飛び出す。

 露出した結晶に光沢は無く、くすんでいる。

 男はそれを手に取って装甲鎧の魔導アーマーを活性化させた。

 装甲の背面にある装置からエネルギーの青い光が帯びる。

 それは継ぎ目の部分を通して背中から腕へ、握りしめる結晶に伝わった。

 くすんだ結晶に光が戻る。

 透明感のある青いガラス。

 それを魔導ガンに入れて折りたたむ。

 狙いを定め、仲間を襲っているモンスターにトリガーを引いた。


「食らいやがれ!」


 組みついてる最中、側面から殺気を感じたバンディは素早く跳躍し、弾丸を躱す。


「あだだだっ! おいふざけんなテメェ! 俺を殺す気か!?」

「わ、わりぃ……」


 装甲は思った以上に硬く、組み付いても大したダメージにならないことにバンディは歯噛みをした。

 男たちが揉めている隙に張り詰めた空気が僅かに緩んだ。

 地面に伏せていたリリーの手足がようやく動かせるようになった。


「に、逃げなきゃ……早く……」


 リリーは立ち上がり、横にいるラティムの手を取り、引っ張り上げる。

 震える足に力を込めて、森の奥へと走り出す。


「おい! あのガキどもが逃げるぞ!」

「くそっ、このままだと俺らのことがバレちまう! 追うぞ!」

「……ッ!」


 森の奥に逃げるリリーたちを男も追おうとするが、バンディが立ち塞がる。

 よそ者にここの土地勘はない。少しでも距離を離せば見失うことは確実である。

 僅かでも時間を稼げればいい。

 バンディは二人に体当たりし、腕に食らいついた。


「こんの、クソ犬……!」

「俺が行くから、お前それ見てろ!」

「!!」


 片方の男が動きに気を取られた瞬間、バンディは食らいついた腕を振りほどかれ、頭部を殴り飛ばされた。

 すぐに立ち上がるが鈍痛が響き、足元がぐらついた。

 ぐにゃりと歪む光景。力がうまく入らない。

 逃げるリリーたちの方から銃の音が聞こえ、咄嗟に顔をそこに向けた。


「あっ……!」


 リリーの足元で弾が着弾し、もつれて躓いたのが見えた。

 すぐに立ち上がろうとしたが、男はすでに背後まで迫り銃口を向けている。


「おっと、動くなよお嬢ちゃん。なーに、悪いようにはしねぇからさ」

「うぅ……。……あっ」


 男の後ろから銃撃を受けて倒れるバンディが、リリーの目に映る。

 その光景に思考が止まり、血の気が引いていった。


「ふぅ……やれやれ……」

「おー、そっちはなんとかなったか」

「おうよ。さて、と……。こいつらをどうするか、だねぇ」

「見た目が変なガキもいるしな。合流して上の奴に判断してもらうか。ほら、さっさと立てって」


 倒れるリリーに男は手を伸ばし、細い腕を強引に掴み上げる。

 ぬくもりのない鉄の感触にリリーの顔が引きつった。


「……っ! や、やめてっ!」

「──ッチ。お嬢ちゃんいい子だからさぁ、大人しく言うこと聞けよなぁ!」

「いやっ!」


 腕を掴んでくる男に少しでも抵抗を試みるが、子供の力ではどうしようもない。

 強引に引っ張られる痛みだけが増すだけだった。


(助けて……お爺ちゃん……!)

「……!!」


 心の中で叫んだとき、引っ張られる腕が揺れた。

 瞳の先、立ち上がったラティムが男に体当たりをかましている。


「──っ! あっ……?」


 しかし、男は不意打ちを食らっても僅かによろめいただけだった。

 低い舌打ちが漏れ、ヘルメット越しの黒い視線がラティムを睨みつけた。

 握りしめる手。

 鋼鉄の拳が彼の顔面を襲う。


「……っ!」

「ラティム!」

「このクソガキ! 状況が分かってねぇのか!? ここでぶっ殺すぞ!」


 地面に尻もちをついて倒れるラティムに魔導ガンの銃口が向けられる。

 殺意の込められた黒い穴に、ラティムは時間の流れがゆっくりと感じられた。

 意識だけが妙にはっきりとして、瞳に走馬灯が流れ始めた。


 始まりは暗闇の中で見たひとりの少女だった。

 彼女はリリーと名乗ると、自分もそれにつられてラティムと口にしていた。

 なぜこの名前が出てきたのか、自分でもわからなかった。

 彼女はとても優しく、食べ物を与えてくれる安心できる存在だった。

 だけど、まだお腹は満たされなかった。

 だから見様見真似で食べ物を取ろうとした。

 その時に痛い思いをした。


 なぜ自分がこんな目にあっているかわからなかった。

 黒い感情がじわりと心に広がるのを感じた。

 リリーは自分を助けてくれたが、今のは“いけないこと”だと教えてくれた。

 乱暴には乱暴が返ってくる。それを理解したとき、いつの間にか黒い感情は消えていた。

 今、目の前にいる男が乱暴をしている。

 周りにも、自分も、リリーにも。

 殴られた部分から熱が広がる。

 熱はやがて黒い感情となって心を満たし、視界を塗り潰していった。


「うう……っ! ううああっ!!」

「ラ、ラティム……?」

「な、なんだ……!?」


 ラティムの様子が変わる。

 その時、男の腰からカタカタと激しく音を鳴らし始める。

 手に取ると不規則に揺れていた矢印が引っ張られ、その先はラティムを示していた。


「た、探知機が……?」


 唸り声と共に彼の体が青く光り始めた。

 眩い閃光の中、露になった肌を紫色の鱗が覆っていく。

 体格が大きくなる。爪も伸び、背中からは羽が生えた。

 髪は二本の角になり、顔も人から別の種族へと変化する。

 ──ドラゴンの姿だった。


「嘘、だろ……? ド、ドラゴン……!?」

「この反応……まさかこいつが……?」

「グオアアアッ!」


 二足で立ち上がると、巨体の影で男たちを覆った。

 ドラゴンの咆哮──。

 強者の叫びは木々を揺らし、この場の視線を釘付けにした。

 足が竦んで動けない兵士たち。

 ラティムは力強く握りこぶしを作ると、目の前にいた男を殴り飛ばした。


「ぐえっ!」


 意趣返しの一撃。

 男を遠くの樹木まで吹っ飛ばし、激突の衝撃で幹をへし折りながら崩れ落ちる。

 隣にいたもう一人は彼がやられたのを見て、ようやく手が動いた。


「くそっ!!」


 魔導ガンを構え、巨大な影に向かって撃ち放つ。

 五月雨のように青い弾がラティムに降り注ぐ。

 だが効かなかった。

 紫の鱗が攻撃を弾いている。

 

「なっ──、効いてないのか!? ば、化け物がっ!!」


 魔導ガンが全く通用しない。

 それでも男は一心不乱に指を引き続けた。

 ラティムは巨大な体で青い弾を受け止めながら接近し、男の頭をヘルメットごと片手で掴み上げた。


「うぐっ!」


 ラティムはそのまま掴んだ男を、殴り飛ばしたもう一人の場所に投げ飛ばした。

 森に重い音が響き渡る。

 遠くから、まだ息のある気配が伝わる。

 静かな唸り声を漏らしながら近づこうとした、その時だった。


「ラティム……なの?」


 背後から怯えた声で自分の名前を呼ばれる。

 ゆっくりと首を動かし、振り返る先に震えるリリーがいた。

 踵を返し、彼女に近づく。

 ラティムが大きくなった顔を寄せると、リリーはその頬にそっと手を当てた。

 そこから流れ込む感情。見つめ合う瞳。

 それは確かにラティムだった。

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