第2話 邂逅
うつ伏せに倒れている少年を見つけるとリリーはバンディから飛び降りて、そっと傍まで近づいた。
褐色の肌。白と紫が入り混じった短い髪。
少年は裸の姿で、下半身は紫色の鱗に覆われていた。
人を模した異形の姿にモンスターたちも訝しげに見ていた。
「大丈夫!?」
リリーは少年の体を揺すると、彼はゆっくりと目を開いた。
互いの目が合う。
紫を帯びた瞳は森で見つけた鉱石よりも深く澄んでいた。
「えーっと……、こんにちは。私、リリーって言うの。あなたの名前は?」
きちんと挨拶をすること。
それは物心ついた頃に祖父と交わした最初の約束で、モンスターたちと仲良くなるための秘訣でもあった。
「……ラ、ラティ……、ラティ、ム……」
「ラティム……。ラティムっていうんだね! ねぇ、ラティムってどっから来たの? ここに迷っちゃったの?」
か細い声で答えた彼の隣にリリーは座って尋ねる。
村の人間以外と顔を合わせるのは初めてだった。
しかも自分と同い年くらいの子供とあって、胸が躍る。
前のめりに聞いてくる彼女にラティムは気圧された様子だった。
「あっ……。ごめんね。こういうの初めてだったから……」
リリーは一度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
それから改めて周囲の状況を整理した。
今いる場所は行ってはならない森の奥側。
すぐに戻らなければならないが、彼を放っておくことはできない。
村まで彼を連れて行き、このことを知らせることにした。
(怒られちゃうのは仕方ないよね……)
「よしっ、それじゃあ私の家まで行こ。お爺ちゃんがなんとかしてくれるかも。よいしょ──って、わわわっ!?」
立ち上がろうとした瞬間、後ろからぐっと手を引かれた。
振り返る先、そこではラティムがこちらの手を握っていた。
見つめる目は今にも泣き出しそうだった。
──どこに行くの?
彼の言葉が聞こえる。
それは口から発したものではない。握られた手から想いとして流れ込んできた。
モンスターたちが二人を息をのむように見守る。
静まり返る中、ラティムのお腹からぐぅ~っと音が鳴った。
「そっか! お腹空いちゃってたんだ! ……そうだ! トレントちゃん、こっちに来て!」
リリーに呼ばれた【トレント】は三頭身ほどの大きさで身体が植物の根っこのようだった。
トレントは葉が生い茂る頭を揺らしながら彼女に近寄った。
「これ、貰っていい?」
トレントは頷き、葉を揺らしながら頭を彼女に差し出す。
緑の中に咲く白い花。そのうちの二つを優しく摘まんでいく。
それをラティムに渡すと、彼はまじまじと見つめた後に白い花を口に入れてしまった。
「えっ!?」
ラティムは花をもしゃもしゃと咀嚼しながらリリーに首を傾げて見せる。
ごくりと飲み込んだものの、美味しくなかったのか顔を苦そうに歪めて舌を出した。
「ぷっ、くふふっ……。そうじゃないよ。ラティムいい? 見ててね?」
笑いを堪えながらリリーは白い花を逆さにして根本を唇に挟む。
そこにある蜜を小さな音を立てて吸い上げた。
「んっ!」
トレントからもう一つ白い花を貰って彼に渡す。
同じように真似をすると、ほのかな甘みが舌に広がった。
「……!!」
「う~ん、この子って、トレントちゃんやゴーストちゃんと同じなのかな……? でも、私と同じだよね……」
蜜を楽しむラティムの姿を改めて見る。
先ほどの彼の声。彼の口から言葉は出ないが、代わりに想いが聞こえてくる。
この感覚はモンスターとの会話に近い。
人なのか。それともモンスターなのか。
頭を悩ませるリリーを他所にラティムにトレントが近づいてきた。
トレントもまじまじとラティムを観察する。
きょとんとするラティムの瞳に。ふと頭上に生い茂る白い花が映り込んだ。
ラティムはトレントの頭に手を突っ込むと、花を毟り取った。
「~~~~~ッ!!!」
トレントは小さな奇声を上げながら飛び跳ねた。
頭の葉をわなわなと震わせると、蔓の手がしなりと持ち上がった。
「……ッ!」
リリーの隣から乾いた音が響く。
すぐに目をやった先には、トレントがラティムの頬を叩いていた。
「──……え?」
口から言葉が洩れ、呆然としてしまう。
尚も攻撃し続けるトレントにラティムは身を丸くして地面に伏せた。
「ちょっ、ちょっと待って! 急にどうしたの!?」
トレントとラティムの合間にリリーとバンディが割って入り、ようやく攻撃の手が止まった。
(大人しいこの子がこんなに怒るなんて……)
疑問を思い浮かべながら視線を下げると地面に白い花が落ちていることに気が付く。
それは根元から引きちぎられており、自分が摘み取ったものではない。
「もう大丈夫だよラティム。だから、顔をあげて?」
白い花を拾い、蹲るラティムの背中を摩る。
顔を上げ、震える瞳は何が起こったかわからない様子。
彼の目に白い花を見せながら話した。
「ラティムはこの花がほしかったんだよね? でもね、トレントちゃんはとっても臆病なの。この花を痛く取ったから怒ったんだよ」
「……」
「でもね、ちゃんとお話ししたらトレントちゃんもくれたと思うの。だからごめんなさい、しよ?」
ラティムとトレントの手を取り、両者を近づかせる。
怯えながらもラティムは意を決して手を差し伸べた。
トレントはまだ納得しきれていない様子だったが、二人の背後からバンディに睨まれて渋々その手を握った。
「これで仲直りだね。よかった~」
これで一件落着、リリーは息を長く吐いて胸を撫でおろした。
その時、浮かんでいるゴーストたちの様子がおかしいことに気が付く。
何かを感じ取ったのか、そわそわと落ち着きをなくしている。
隣にいるバンディも鼻をひくつかせ、気配の方向へ低く唸った。
◇ ◆ ◇
霧が漂う森の中を二人の男が歩いていく。
異様な姿だった。
男たちの全身を包む鋼鉄は、もはや鎧の域を超えた装甲だった。
手には筒状の武器、銃が握られている。
重い足が地面を踏むたびに、深い跡をくっきりと刻んでいた。
「おい……。ここってどの辺か、お前分かるか?」
沈黙に耐えかねた一人が、ヘルメット越しに相方へ声をかけた。
二人は歩みを止め、大きく息を吐いた。
「俺が知るかよ。事前に確認した地図には森しか書かれてなかった。つまり俺たちは“仲間と逸れて迷っちゃいました”ってことだろ」
「まさかこんなことになるなんてなぁ……。というか、な~んかココおかしくねぇか? 地図通りなら森自体広いわけでもない。迷ってもすぐ原っぱに出るはずだろ」
「魔力探知機も何故か機能しねぇな」
魔力探知機と呼んだ六角形の道具を見る。
中央に円盤が組み込まれ、その中には矢印がある。
本来は目的地を示すはずだが、矢印はカタカタと不規則に動いているだけだった。
「どーなってんだコレもよぉ」
「湿気で魔導アーマーの中が蒸し暑ぃ……。なぁ、一旦来た道を戻らねぇか? このままだと日が暮れちまうぞ」
「そんなことしてたら、他の捜索隊に先越されるだろ。敵地で迷って歩き回った挙句、何も成果無しとか上に何言われるかわかんねーよ。一応、まだコレも壊れてないようだしな」
「おっ?」
探知機を持った男がそれを相方に見せる。
矢印は依然として動きが不安定だが、一か所だけ強く留まる部分があった。
その先に男たちが探すものを示していた。
「先に見つけりゃ俺らのやらかしはチャラってことになるだろ?」
「おおお? これ結構近くねぇか? こいつはツイてるな! 早いとこ見つけて、それで他の奴らがまだだったら俺たちが一番乗りだぜ!」
「そういうわけだ。それにしても、ここは嫌な場所だぜ……。入ってからなんというか……常に何かに見られてる気がする。しかもここは不可侵領域内だしな……。あっち側にバレると面倒だ」
「ハハッ、たしかに。面倒になるのはちげぇねぇ。やることやってさっさと部隊と合流して、我が帝国に戻ろうぜ」
男たちは矢印を見ながら奥へと入っていく。
生い茂る木々の合間を縫うように進んでいくと、不意に視界が開けた。
そこに広がっていたのは、二人の子供と夥しい数のモンスターたちだった。




