第23話 訓練開始!
衣類の洗い物を終えたリリーは寄宿舎に戻る前にマナティーから訓練場への道を教えてもらった。
日の光に照らされた額にじんわりと汗を滲ませながら、ラティムのことを思い出していた。
(訓練って言ってたけど、何してるんだろう……。大丈夫かな……?)
ここから訓練場までは一本道で迷うことはない。
訓練場に近づくにつれて、ラティムの気配を肌で感じた。
彼の様子が気になり、体がそわそわと落ち着かなかった。
歩幅も自然と速くなると、気が付けば訓練場へと辿り着いていた。
「わぁ~……っ」
緩やかな傾斜が続き、奥まで広がる草原はドラゴン同士の模擬戦をするには申し分ない広さだった。
その先に二匹のドラゴンが見えた。
草の絨毯の上でラティムがアイリスに組み伏せられていた。
◇ ◆ ◇
朝の食事を終えたクロードは寄宿舎の外でラティムを待っていた。
少し肌寒い朝の気温を浴びながら、今日やるべきことを確認していった。
(帝国と戦うとして、ラティムがどこまでやれるかは見ておかないとな……)
ラティムに関する報告を思い出していた。
彼の能力は周囲の魔気を取り込んで、自身の力にする──というのは判明している。
だがそれがどれほどのものかはまだ謎が多い。
今回は戦闘訓練の予定だ。これでラティムの実力を見極める必要があった。
頭の中で考え事を整理し終えた、ちょうどその時だった。
入り口からラティムがそっと顔を覗かせて、こちらをじっと見ていた。
「おっ、ようやく来たね」
「ギャウッ!」
ラティムの髪の毛を引っ張ってきたアイリスはクロードの肩に戻ってきた。
「えーっと……。とりあえず今日は訓練場でいろいろすることがあるから。まずはそこまで行こうか」
「…………」
「あ、あれ? 聞こえてる、よね……?」
ラティムの反応は薄く、ただこちらをじっと見つめるだけだった。
伝わっているのか、クロードは少し不安になった。
「ガウッ!」
「……!!」
アイリスがクロードの言葉を代弁するようにひと吠えると、ようやくラティムも反応を示した。
彼女曰く、クロードの後をついていくらしい、とのことだった。
(う~~ん。これは本当にどういうことなんだろう……。僕たちはドラゴンと会話できるはずなのにラティムの言っていること……というより何を考えているか全然わからない。でもリリーやフレデリック様は通じているっぽいんだよなぁ……。アイリスがいればコミュニケーションが取れるのが幸いか……)
訓練場に向かう途中、クロードは後ろを振り向いてラティムを見た。
彼の近くでパタパタと飛ぶアイリスと目を合わせている様子に、やはりドラゴン同士なら会話できているのだと悟った。
「よしっ。いいかい、ラティム。これから君の力を見せてもらうんだけど、まずはドラゴンに変身することはできる?」
訓練場に辿り着いたクロードは彼に聞いてみた。
首を傾げる彼を見て、クロードはアイリスに合図を送って手本を見せることになった。
彼女の内なる魔力を解放し、本体化が始まる。
青い粒子をまとい、小さかった身体が真紅の巨体へと変貌した。
「やってみて」
クロードの言葉にラティムは両手をぐっと握りながら目を瞑って力を込めていった。
「……!」
だが、いくら力を込めても様子は全く変わらない。
逆に力んだ時の変顔に、アイリスがこらえきれず吹き出した。
「あれ? なんでドラゴンになれないんだ?」
クロードは一度ラティムを落ち着かせると、顎に手を添えて考え込んだ。
幼体の状態から本体になるためには、アイリスのように内にある魔力を解放するだけでいいはずだった。
ラティムもその気はあった。だが、彼から感じる魔力が薄い。
(これは他のドラゴンたちと条件は同じのはず……。じゃあ、ラティムにある魔力が足りないってこと?)
ラティムは周囲の魔気を取り込む能力があり、魔気自体はいくらでもある。
彼もそれを利用しようとしていた。
それにも関わらず、彼はドラゴンになれなかった。
「どういうことなんだろう……」
「グァ……」
アイリスも暇そうにしており、ラティムも戸惑っていた。
何気なく彼の様子を見て、人の状態のまま感じる魔力を確認した。
(……なんか、少なすぎないか? ドラゴンになれるならもっと感じてもいいはず……)
体から発する魔力の気を知るために、アイリスとラティムを交互に見比べた。
こちらに気が付いて顔を向けるアイリスから感じる魔力は人間以上だった。
一方ラティムの魔力はそれ以下──。下手をすれば常人よりも少ない。
(……これ、もしかして彼の魔力が『少ない』んじゃなくて、本当に足りてないだけなんじゃないか? ドラゴンになるための魔力が彼自身と魔気だけじゃ足りない……。じゃあこっちが魔力を直接あげることはできるのか?)
「ラティム、ちょっと手を貸してくれるかい?」
「……?」
クロードの指示に従い、ラティムは手を差し出した。
小さな子供のような手に触れて、自分の魔力を分け与えてみようと試みた。
この行為は今までやったことがない上に、自分がどうなるかすら分からなかった。
唾をごくりと飲み込み、意を決して彼の手に触れた。
「よしっ、いくよ……」
触れた彼の手に自分の魔力を注ぐように集中した。
彼の手は人と同じ体温と感触をしており、少しだけ安心を覚えた──その矢先だった。
クロードの手に刺すような鋭い痛みが走った。
「うわっ!?」
冷たい針の山を肌に押し込まれたような痛みが手から腕へ、肩から胸へと広がり、最後に頭へ昇っていった。
痛みに思わず顔を歪めたが、それで終わりではなかった。
今度は触れている手に向かって、その感覚が吸い込まれるように逆流し始めた。
「こ、これは……!」
この現象に本能が即座に警鐘を鳴らした。
クロードは咄嗟に手を振りほどくと、勢いをつけたせいか地面に尻餅をついてしまった。
「ハァ……ハァ……」
「グア!」
心配したアイリスの顔が近づき、クロードは彼女を安心させるように口元を撫でた。
そのあとで、ラティムに触れた手をまじまじと見つめた。
傷跡はなかった。だが自分の内にあるはずの魔力がごっそりと消えていることに、背筋が凍った。
「ありがとう。もう大丈夫だよ。それじゃあラティム、もう一回やってみて」
アイリスの体に手を置きながら立ち上がって指示を出した。
目を瞑り、集中するラティムの全身が青く光り始めた。
人の姿が変貌し、紫のドラゴンに変わった。
「ははっ、ようやくなれたね。それじゃあ今からラティムの実力を見るために模擬戦をしてもらうよ。相手はこの子、アイリスだ」
「……!」
「一応言っておくけど、これは模擬戦だから本気で戦っちゃダメだよ? 特にアイリス、わかった?」
「ガァッ!」
(……大丈夫か? アイリスは結構、熱くなるタイプだからなぁ)
クロードは二匹の戦いに巻き込まれないように十分に離れ、背負っていた折り畳みの弓を展開した。
手から小さい魔力の矢を生成すると、弦を引いた。
「よし、それじゃあこの矢を飛ばすから、これが弾けたら合図だよ」
両者が頷くのを見て、クロードは弓を空へと構え、矢を放った。
矢は空へ真っすぐ飛び、甲高い音を響かせて破裂した。




