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第21話 私たちの決断

 リリーたちがフレデリックに出会う前。

 神殿内の一室で、円卓を囲んでフレデリックと神官たちが座っていた。

 彼らの視線の先、帝国の使者として赴いた謎の男オルトランが対面にいる。

 顔模様が不規則に動き続けるせいで表情が全く読めない。

 神官の一人が咳払いをし、彼に尋ねた。


「オルトラン殿……その、聞き間違いをしたかもしれませんが……。今、休戦条約違反と……?」


 顔色を窺うように慎重に言葉を選んだ。

 オルトランの顔模様が一瞬、止まった。


「ええ。私はそう言いましたよ。なので、こちらとしては提示する条件を吞んでもらわないと困るのです。でなければ戦争を回避するのは無理でしょう」

「そんなバカな話があるか……! 第一こちらが何を破ったというのだ……!?」


 フレデリックの隣に座る老神官が拳を固めながら睨みつける。

 興奮した気を落ち着かせるように深い呼吸を繰り返す彼を見て、オルトランはため息をつく素振りを見せた。


「事の発端は不可侵領域である我が帝国の領内にドラゴンが出現したことです。本来、この大陸にドラゴンはエリウムにしか存在していないはずです。帝国側の目線では貴方たちが持つ竜騎兵団を使って、秘密裡に侵略の準備をしていたのではないか、と……」

「だが、こちらの報告では〝ドラゴンの出現は帝国領からであり、こちらに移動して攻撃された〟と、ある。そのドラゴンについても我々にとっても未知の存在──」

「果たして、本当にそう言い切れますかな?」


 フレデリックの言葉を遮りながらオルトランは椅子に深く座りなおす。


「聖竜教には始祖竜の像がある。聞けばそれは、死んだドラゴンの魂が戻ってくる──とか。そして来る時にその魂は新たなるドラゴンとなる……。この事象、まさに転生といってもよいでしょう。この神聖さが聖竜教の力と言ってもいい」

「……何が言いたい?」

「その魂がこの世に降り立つ時、果たしてそれは本当に〝その時〟の魂ですかな?」

「何……?」

「この事象には例外的な部分もある。本来であれば通常のドラゴンが生まれてくるはずなのに、別の存在として生まれてくる……」

「……特殊個体のことか」

「その通りです。竜騎兵団の大半を占めるドラゴンとは違う、全く別のドラゴン種。ドラゴンは崇高な魂を持っている。人間と共生できる、というのはその事実があるからでしょう。だが──」


 オルトランはテーブルに肘をついて両手を組む。

 顔模様はぐにゃりと弧を描き、作り出した表情はどこか嘲るように見えた。


「あのドラゴンにはそれがあるとは思えないんですよ。魂から下品な匂いがする。そちら側で極秘に誕生させていたイレギュラーか、もしくはそのように調整したかのどちらか……」

「貴様ァ! 我ら聖竜教を愚弄する気か! それ以上の発言は許さんぞ!!」


 神官の一人が椅子から立ち上がり、怒声を響かせた。

 彼を皮切りに他の者たちも口を開こうとしたのを、フレデリックが手で制した。


「ではこちらからも聞きたいことがある。帝国領から出現した紫のドラゴンはこちらにも被害を齎した。これについてオルトラン殿はどのように思っているか?」

「我々もそのドラゴンを討伐しようとして逃げられたのですよ。こちらもそちら側まで行くことはできませんからね。ともかく帝国側としては、その特殊個体のドラゴンがこちらに被害を加えた──この一点について弁明してほしいのですよ」


 フレデリック、そして熱を帯びていた神官たちは苦い顔をする。

 オルトランの言う通り、ここにいるドラゴンたちは死後、始祖竜の像を介して転生していることは間違っていない。

 魂が引き継がれるのはドラゴンとしての力のみで、記憶などは引き継げない。

 特殊個体と呼ばれる存在も同じである。

 だが、それを完全に証明することはできない。

 これはあくまでも概念的な部分。ドラゴンがエリウムだけいる以上、何かのイレギュラーで知らぬうちにそのような存在が生まれてしまったことも否定できない。

 帝国側は完全な『白』を求めてきた。

『無い』と言い切れない以上、どうあがいても『黒』になってしまう。

 

「まぁ、それを今証明するのは無理でしょう」


 息の詰まるような沈黙。それを破ったのはオルトランだった。


「とはいえ、このままでは平行線で埒が明かない。我々は被害者である以上、誠意を見せてくれれば事は収まります。条件というね」

「条件?」

「ええ。たった一つだけです。それはですね、そちら側に存在しているであろう紫のドラゴンの遺体、それを我々に譲ることです」

「なんだって……?」

 

 提示された和平への条件に、神官たちの顔に困惑が広がった。

 たった一体のドラゴンの遺体。これだけで戦争を回避できるのなら破格の内容ではある。

 彼らは互いの顔を見合わせ、近くの者と小声で言葉を交わす。


「その条件、決定をする前に少し時間をくれないか?」


 混乱が混沌に陥る前に、フレデリックが声を挙げた。


「お互いにとってもこの重要な決定を今ここで決める、というのは難しいでしょう」

「……いいでしょう。ただし三日。三日以内に返事がない、または条件が呑めないのであればこちらも相応の対応をさせてもらう……ということでよろしいかな?」

「構わない」


 フレデリックの返事を聞いたオルトランは椅子から立ち上がると従者と共に部屋から出ていく。

 外から聞こえる足音が消えると、神官たちは一斉にフレデリックに詰め寄った。


「フレデリック様、一体何を考えているのですか!? この決断に時間は必要ですか!?」

「得体のしれないドラゴンなぞ、我ら聖竜教にとって邪魔な存在でしかないというのに……!」


 動揺を隠せない神官たち。だがフレデリックは慌てた様子もなく、瞳だけを彼らに向ける。


「報告にあった紫のドラゴンは帝国領から出現したのは間違いない。だからこそ、我々はそれを知らなくてはならない。それに、そのドラゴンの遺体はすでに無くなっていたという報告もある」

「なんですと……? それはどういう意味ですか?」

「遺体があった場所に引きずった痕跡が見つかっている。恐らくそれは、すでに帝国が回収したと見てよい」

「それなら、帝国は何を要求しているんだ……?」

「ドラゴンの遺体の近くには、もう一つ発見されたものがある。それはドラゴンに姿を変える少年……恐らくそれが帝国の目的なのじゃろう。だからここでそれを渡してしまえば、真実から遠ざかってしまう」


 ◇ ◆ ◇



「……とまぁ、これが今回の経緯じゃ」

「じゃあそれって、ラティムがいけないってこと……?」


 フレデリックの話を聞き終えたリリーは不安げな顔でラティムの方を見ると、きょとんとしていた。

 彼はまだ幼い故にこの話を理解できていないのだろう。

 だが、これが事実ならば元凶である彼をどうするべきか、それを話し合わなければならない。 


「事の原因はこの子にあるのは間違いないだろう。だがのう……ワシはそうは思えんのだ」

「どういうことですか? フレデリック様」

「先にも言ったが、この子に触れて感じたのは澄んだ魂だったんじゃ。そんな子が暴れた、なんて考えられん。だが、それでも聖竜教の中では不安定な立場にいるというのは変わりない。神官たちの中でラティムの能力に不信感を持っている者は少なくない」

「そんな……。それじゃあどうすれば……」


 戸惑うリリーにフレデリックは一度目を瞑り、ゆっくりと開いて二人を見つめた。


「彼らの信用を得る必要がある。この子が帝国の手先ではないという証明。そのためには戦いに赴く必要があるかもしれん。リリー、君の力も必要になる」

「わ、私、ですか……?」

「ラティムはまだ幼い。精神的にも不安定じゃ。だからこそ、今まで一緒にいた存在が必要になる。それに、ラティムは君のいた村にも関係しているかもしれん。このまま渡せばその手掛かりすらも消えてしまう」

「フレデリック様……、ということは……?」

「戦いは避けられん、ということだな」


 フレデリックの言葉にリリーの気持ちが揺らぐ。

 戦いに赴く。それがどういう意味なのかはリリーにも想像しきれない。

 ふと、視線を感じる。隣からラティムがこちらを見ていた。

 リリーの気持ちを知ったのか、彼に手を握られる。


「ラティム……」

「……!」


 ラティムの目から戦う意思を感じた。

 リリーの祖父や村人たちを助けたいという気持ちが伝わってくる。

 募っていた不安が静かに消えていく。

 リリーはその手を握り返しながら顔を上げ、フレデリックの目を見て言った。 


「……私はお爺ちゃんたちを助けたい。ラティムと一緒なら、きっと大丈夫です」

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