第15話 聖竜騎士マルティナス
それは白いドラゴンだった。
夜の世界を照らす月よりも眩く輝く純白の姿。
その背中から赤い長髪を靡かせた女性がこちらを見下ろしていた。
手を高く掲げ、地上に翳す。
白い大槍が雨の如く降り注いだ。
「す、すげぇ……」
ピーコッドの口から思わず声が漏れ、リリーは言葉を失った。
白き雨はトロルのみを正確に貫き、粒子となって消滅していく。
戦場の音がすうっと消え、静寂が広がる。
空から降りてくる女性はドラゴンの背から地上に降り立った。
「君、大丈夫? ケガしてない?」
女性は三人に近寄り、腰を抜かしているピーコッドに手を差し伸べる。
夜だというのに白銀の鎧が眩しく、それでいて動きを妨げない軽やかさがあった。
「は、はい。大丈夫です……」
「貴方たちも平気?」
「あっ……」
少し離れていたリリーとラティムにも声を掛けるが、二人はただ頷くことしかできない。
凛とした目はハーフアップに纏めた赤い髪と同じ色をしており、力強さがある。
気品ある立ち振る舞いの女性を前に、リリーの鼓動が一つ跳ねた。
「団長!」
「えっ……!? じゃあ、この人が……」
ヴィヴィの声にピーコッドは目を丸くした。
彼女こそが竜騎兵団のリーダーであり、その名は──。
「マルティナス……。本物を初めて見た……」
◇ ◆ ◇
「もうっ! ホントどこ行ってたのよ! こっちは大変だったんだから!」
「あははっ……。いや、まぁ~……こっちも色々あってねぇ~……」
トロルの襲撃を退け、拠点内は落ち着きを取り戻す。
リリーたちは休憩所に戻ると、マルティナスはヴィヴィに詰め寄られていた。
「それで、この子たちは?」
助けを求めるようにクロードに顔を向ける彼女に、話題を逸らされたヴィヴィの頬がぷっと膨らんだ。
彼女たちに苦笑しながらクロードはリリーたちを見つめた。
「団長がどこかに飛んで行った後に、周辺を警戒して飛んでいたら見つけて保護したんです」
「そうなの? たしかあの周辺って村とか、そういうのは地図に書いて無かったよね?」
「ええ。そうなんですけど……」
腕を組んで考え込む二人に蚊帳の外に置かれたヴィヴィは、あからさまに不満げな様子だった。
「というか、結局団長はどこに行ってたの? ただの見回りじゃなかったの?」
「そうなんだけどね。うーん、どこから話せばいいか……。とりあえず、まずはこの子たちについて聞いてからにしたいかな。名前とかどこから来たとか教えてくれる?」
三人はそれぞれ、マルティナスに自分たちのことについて話していく。
リリーとラティムは帝国に捕まった経緯を話し、ピーコッドは密入国しようとしたことを誤魔化すため、人攫いに遭ったと伝えた。
「──……なるほどね。リリーちゃんとラティム君は帝国に捕まって、ピー……ピーコッド君に助けられた、と……」
「はい……」
「団長。今の話、関係あるの?」
「うん。実はね、今の話に出てきた村……。恐らくだけど私、そこに迷い込んだみたいなんだよね」
「え? それってどういう……。だってあそこには森しかないのに──」
「クロード、私と逸れた時だけど、どんな感じに見えた?」
マルティナスの問いにクロードは訝しみながら答える。
「急に消えたような、そんな感じでした」
「多分そうだよね。こちらからも一緒についてきた者たちが同じようになった。理由はすぐに分かった。あの森には結界が張ってあったから」
「結界……? そんなものが? リリーはそれを知ってたの?」
聞かれたリリーは首を横に振る。
「わからないです……。でも、お爺ちゃんから森の奥には行っちゃダメって言われてました」
「……なるほど、いわゆる隠し村ね。そういうのは大抵ろくなもんじゃないけど」
「ヴィヴィ、何か知ってるのかい?」
それまで静かにしていたヴィヴィが、腕を組んだまま壁に背を預けて口を開く。
「隠れて暮らす為に辺境な場所を選ぶなんて、逃げ出した罪人とか世捨て人とかそういう人たちでしょ。でも今回は違うとアタシは思う。そんな奴らに“あれほどの結界”を作り出す頭があるわけないしね」
「違うならどういう──」
「答えは一つしかない。【アノマリティー】の集まりよ」
「アノマリティー……」
「ちょっと待ってくれよ。話が全然見えないって。アノマリティーって、なんのことだよ?」
聞き慣れない単語にピーコッドがそれを尋ねる。
リリーも知らない様子なのを見て、マルティナスが説明を始めた。
「アノマリティーは大昔から存在したと言われる、特別な能力を持つ者のことよ。高度な魔術も扱えるから、彼らの住処ならあの強力な結界も納得できる」
「でも、そんなの学院でも聞いたことないぞ」
「それは仕方ないのよ。アノマリティーは迫害されてたからね。触れにくい内容だから、耳に入らないのも当然」
「えっ……」
「アノマリティーは確かに高度な魔術を扱えた。けれど、その力があまりにも高すぎたのよ。彼ら以外、誰にも解明できないほど強力な魔術。人々がそんな彼らを恐れて住処を奪っていったのは事実よ」
「そんなことが……」
「私が迷い込んだ先にはそういう結界の痕跡があった。魔術の質からして恐らく認識阻害の類。森全体を囲んだそれに触れると引き返すように誘導されるもの。ご丁寧に空から見られないよう不可視のも混ぜる二重の結界……。まぁ、私が迷い込んだ時はかなり不安定だったっぽいけどね」
「あ、あのっ!!」
彼女の説明にリリーが割って入る。
裾を握りしめ、喉に力を込めて声を発した。
「私の……お爺ちゃんと村の人は、どうなっちゃったんですか……?」
震える言葉。呼吸が早くなるリリーにマルティナスは静かに答えた。
「…………誰もいなかったわよ」
「…………え?」
「迷い込んだ時、リリーちゃんの村は確かにあった。でも、誰もそこにいなかったのよ。状況からみて、恐らく侵入してきた帝国兵に全員連れ去られた可能性が……」
「そんな……」
リリーの視界が遠くなった。
体がぐらりと揺れて後ろに倒れそうになるのを、ラティムが咄嗟に支えた。
「ということは団長、帝国はリリー……アノマリティーの村を襲ったということですか?」
「いや、それは違うと思う。帝国の目的はもっと別のことじゃないかな」
「それってもしかして……」
「ああ」
マルティナスが指さした先を全員が目で追う。
リリーを支えているラティムだった。
「おいおい、おいおいおい。それじゃあリリーの村を襲ってきた帝国兵ってラティムのせいだって言うのかよ?」
「……っ!」
ピーコッドが抗議するがマルティナスたちの表情は険しく、疑いの色を隠していない。
「……それについては私たちがここに来た理由を話さなきゃいけないね。帝国を警戒して巡回するなら別に私たちじゃなくてもいい。ここにいるのは別のこと」
「…………」
「ここにいる本当の目的はね……。最近この国境付近の魔染状態がかなり悪化しているという情報があってね。その原因は紫色のドラゴンがこの周辺に出現して暴れまわっていたからなのよ」
「紫色の……ドラゴン……」
「そのドラゴンは全身からとてつもない量の魔気をまき散らしていてね。周囲に膨大な魔力がばら撒かれ、その影響で魔染の被害を生み出していたの。私たちはその討伐のためにここに送られてきた。そして戦ったわ」
マルティナスの目がすっと鋭くなり、リリーとラティムの背筋がぞくりと凍る。
「しかも周囲の魔力を吸収する力まで持っていた。通常の魔術じゃ効果は薄い。それでも戦って、なんとかそのドラゴンに決定打を与えた。──その瞬間にそいつの体から大量の魔気をまき散らした。あまりに濃すぎて紫の霧みたいだった。その隙に逃げられてしまったのよね。それを追っていたらリリーちゃんの村に迷い込んだ、という感じね。そして君たちの話を聞く限り、そのドラゴンの特徴をこの子は持っている」
「そんな……。じゃあ、ラティムは……」
「…………」
元凶として容疑を掛けられるラティム。
彼に触れる手から伝わるはずの反応が──ない。
違うと、答えてほしい。リリーは願った。
だが──ラティムは黙ったままだった。
そんな時、ヴィヴィが口を挟んだ。
「でも一つ疑問が残るわね。なんでそれがわざわざ人の姿になっているかもわからないし、それに記憶がないんでしょ? 本当にこの子がやったっていうにはちょっとだけ足りないんじゃない?」
「そう。私もこの子があの時に戦ったドラゴンと同じだとは思えないのよね。記憶がないのも何か理由があるはず。それがもしかしたら村の人たちを助けられるきっかけになるかもしれないわ」
「本当ですか……?」
「ええ。まずはエリウムに戻ってフレデリック様にこのこと話すのが先ね。彼ならラティムについて何か知っているかも。でも今日はもう遅いわ。出発は明日にしましょう」




