そういうキャラ⑤
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ユグドラ公国は目下復興中である。
事の起こりは数ヶ月前の不死王ファビアンの一件であった。大森林の深奥に封じられていた古代の死霊が不完全な姿で現世に滲み出し、大森林一帯にアンデッドの軍勢を放った。その後始末に公国は今もなお土と遺骸の処理で追われている。
不死王ファビアンは千余年の昔、初代聖女マリーシアと相打つ形で虚数空間の奥底に幽閉された古代の怪物である。
旧魔王軍の残党どもはその主を甦らせるべく、大森林の四方に四本の塔を密かに建て、結集した魔力で虚数空間の封印を引き裂き、ファビアンを完全な姿で現世に引き戻す儀式の用意を整えていた。
四本揃えば完全復活、三本なら半分、二本なら数分の一、一本では虚数空間にヒビを入れる程度──復活の規模は塔の数に比例する。
しかし儀式の本番を迎えた時には、四本あった塔のうち三本は既に失われていた。
ガイネス帝国在住のマザコン──ハインの仕業である。
散々っぱら暴れて、そして去って行ったハインだが、残された最後の一本の塔を破壊するには至らなかった。力の問題ではなく、興味の問題だ。
その一本にカスパリウスというデュラハン・ロードが、自身の存在を丸ごと魔力へと変換して捧げたことで起動し、ようやく虚数空間にヒビを入れ得た。
かくしてファビアンは全盛期の一割という情けない力のまま現世に這い出てくる羽目になったわけだ。
しかし一割でも不死王は不死王であった。
死霊の群れは途切れる事を知らず、一般兵の渾身の刃は易々と錆びて落ち、鋼の鎧ごと人間の体が急速腐敗で朽ちて大地の染みに成り果てていった。
聖女マリーシアの末裔にして戦乙女エイラの警告を受けたユグドラ公国は、存亡を賭けてバルガス元帥直卒の公国騎士団、天騎士ウェブスター率いる冒険者ギルド、さらにはガイネス帝国からの援軍であるカリステ公爵家の人形兵団までを総動員し、大森林の奥深くで不死王の本陣に突入した。
連合軍はよく戦った。
それでも戦局はじわじわと不利な方へと傾きかけていた。
その均衡は不意に崩れる。
ある瞬間ファビアンは天を見上げて巨大な掌に鷲掴みにされたような絶対的な圧に硬直し、その隙を突いて本陣に単身突っ込んでいた戦乙女エイラの白銀の槍に胸を貫かれた。
結句、足元から急速に風化してファビアンは消滅した。
そういうわけで現在ユグドラ公国は「連合軍の奮戦の末に不死王ファビアンは討伐された」と公式に記している。
まあ勝利は勝利だ。
しかし公国の被害もまた甚大であった。騎士は多く死に森の一角は枯れ、大地には倒されたアンデッドの死骸が無数に放置された。これを回収し焼却し浄化する作業は、戦いが終わった瞬間から始まり、今なお続いている。
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そんな森に、今まさに何も知らぬ勇者が一人、足を踏み入れようとしていた。
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オルケンシュタイン山脈を越えて大森林に足を踏み入れると景色が一変する。
森には何度か来た事があるけど、やっぱりここの森は凄いな。
樹の一本一本、葉の一枚一枚が良い魔力を含んでいるカンジだ。
隣を歩くリゼットは薬師らしく地面に生えている草花に目を止めてはちょっと屈んだり首を傾げたりしている。
話を聞く感じだと、彼女は結構な腕前の薬師に思える。前の戦いにいてくれたら少しは楽になっただろうか?
「オルケンシュタインを越えたら植生ががらっと変わりますね」
「そうなのか」
「帝国側の針葉樹林とは全く違いますから。湿度が段違いで腐植土の層も厚くて……こういう土地でしか育たない薬草がたくさんあるんですよ」
リゼットが目を細めて笑う。
彼女は馬車の中で出会ってからというもの、妙に甲斐甲斐しいというか何故だか知らないが俺の旅の相棒を自任してくれている。
フォルゼムの宿場町で別れるはずだった所を「師匠の薬房はユグドラへ向かう道の途中にあるので、そこまでご一緒しても構いませんか」と言い出し、その師匠の薬房に着くなり師匠に挨拶してから数時間で薬の補充を済ませ「では参りましょう」と戻ってきた。
これから行く場所は危険だからやめておいたほうがいいといっても聞いてくれない。まあ女の子だし、アンデッドが出てきたらきっと怖がって逃げ出すだろう。そうしたら町まで送って──改めて森へ入ればいい。
そう思っていたのだが──。
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「アゼルさん、この辺りは気をつけてください。ほら、ここ」
リゼットが足下を指差した。地面の一角が妙に黒い。
──邪気を感じる。払っておいたほうがいいだろうな。
そう思うやいなや。
「屍毒ですね」とリゼットが呟いた。
「しどく?」
「アンデッドの死骸が腐って滲み出る毒素の事です。踏んだだけなら大丈夫ですが、素手で触れたら解毒薬が必要です」
なるほど、邪気の事を屍毒というのか。いや、というか俺は良くなさそうなモノを全部邪気って呼んでるな……。
正式名称を覚えて置いたほうがいいのかな、などと思っているとリゼットが背嚢から小瓶を取り出して、その辺りの土にぱらぱらと振りかけた。白い粉が土に触れた瞬間黒ずみが薄れていく。
「聖別をしてもらった浄化の塩です。応急処置ですが」
俺は感心した。
なんというか、慣れというか──線は細そうに見えるけれど、見た目によらず鍛えられているのかもしれない。
不死王を斃すとなれば周囲はある程度邪気──いや、屍毒で汚染されてしまうだろう。彼女がいれば大地の浄化の助けになるかもしれない。
俺がそんな事を考えていると──。
◆
「おおい、そこの人ー!」
声がした方を振り向くと、下草を掻き分けて三人組がこちらに向かってくる所だった。先頭の男は大柄で頭に赤い布を巻いており、背中に大剣を斜めに担いでいる。後ろの二人は弓と杖だ。魔術師と弓士か。バランスはいいな。
「冒険者だな」
俺は小さく言った。
「ユグドラのギルドの人でしょうか」
大剣の男が近づいてきて陽気に片手を挙げた。
「よう兄ちゃんに姉ちゃん、大森林の真ん中まで来るたあ、ただの観光じゃねえな? どこ行くんだ」
「ユグドラシルまで」
「おう、そりゃあ遠い。こっからまだ二日はかかるぞ。それでそっちは何の用で?」
「なんの用って、そうだな、復活する不死王を討伐するため──っていったら驚くか?
リゼットが目をまん丸くして俺をみている。まさかそんな事の為に来たとは彼女にも言っていなかったからな。馬鹿正直に伝えたのは一種の賭けだ。命知らずだと嗤われるだろうが、もしも力を貸してくれるようなら遠慮なく借りるつもりである。
俺も段々と調子が戻ってきたとはいえ、それでも不死王をサシで斃すのは中々厳しいだろう。そもそも、俺が斃した魔王以前の時代では、不死王こそが魔王と呼ばれていたほどの強者だ。
あるいは俺も、聖女マリーシアのように相討ちを覚悟しなければならないかもしれない──。
俺の言葉を聞いた大剣の男はぽかんとしていた。弓の女と杖の青年が顔を見合わせている。何だというんだろう。
「いや、あのなあ兄ちゃん。不死王はもう死んでんだよ」
「えっ」
「……知らなかったのか?」
「今初めて聞いたけど……」
「そっか……まあでも気持ちは嬉しいけどな。本当にやばかったんだぜ、あっちもこっちも気味の悪いゾンビばっかりでよ」
「……誰が斃したんだ?」
まさか──。
俺の頭の中に、あいつが描かれる。そう、ハインだ。この時代のハインは俺が知っているハインとは大分違う。纏っている邪気は凄いのだが、なんだかふわふわとしているカンジなんだ。こう、チクチクしていない。いい奴──とは言えないかもしれないけど、一言で悪い奴とも言えない。
だが、もしかしたらという思いとは裏腹に弓士の女が言った名前は俺の知らないものだった。
「エイラ様よ」
エイラ?
聞いたことがない。
「知らないの? 聖女エイラ様。マリーシア様の血を受け継ぐ、正真正銘の聖女様よ」
聖女か。
いや、違うな。聖女はそのエイラという人じゃない。今代の聖女はセレナだ。セレナ・イラ・ファフニルだ。聖女の徴は神が授けるものであって、血によって受け継ぐものじゃない。
ただ、そのエイラという人は聖女マリーシアの子孫なのだろうから、それはそれで強い破邪の力を持っていても不思議じゃない。
「そうか……じゃあそのエイラという人にあってみたいんだけど」
俺が言うと、冒険者たちは困ったような表情を浮かべた。
「うーん……それは余りおすすめしないぜ」
「なんでだ?」
「なんか、変な人なんだよエイラ様は。天教は知ってるだろ?」
「ああ、神アーネの──」
「エイラ様も天教の敬虔な信徒だったんだ。でも不死王を斃してから、なんだかおかしくなっちまって……」
おかしくなった?
きな臭くなってきたな。
「おかしくなったっていうのは?」
「天教への信仰を捨てちまったみたいでさ。変な宗教を始めちまったんだよ。“黒衣の神”ってのを崇めてるんだ。しかも、それを皆に勧めてるっていうか──」
黒衣の神、か。
まさか魔王に関係があるのか……?




