そういうキャラ④
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アゼル・セラ・アルファイドは人間というものを基本的に光であると信じている。
光。つまり善きものであると。触れれば温かく照り返すものであると。その確信を骨の髄まで内面化しており、疑った事がない。
理由を問えばこの男は頭を掻くだろう。理屈で導いた結論ではないからだ。ただそうとしか思えない。そういう生き物なのである。
ここまでならただのお人よしの阿呆でしかないのだが、一つの事実があるのだ。
アゼルが深く関わった人間は最終的にアゼルと何らかの良性な関係を築く。味方は無論として、敵であっても。殺し合いの果てであっても、だ。
紆余曲折の末の和解だとか共闘を経た友情だとかいう程度の話ではない。もう少し根深い。言ってみればアゼルに触れた者の内側で、何かの凝りがほどけるのだ。それが憎悪であれ恐怖であれ猜疑であれ、核にあった硬いものが何故か緩む。
かつての世界において、アゼルは魔王と化したハイン・セラ・アステールを聖剣で滅ぼした。愛を知らぬがゆえに魂が空洞と化し、そこに魔王の意志が棲みついた少年の成れの果てを。
燃え盛る帝都の中心で聖剣がその胸を貫いた瞬間──魔王の殻が砕け、一瞬だけ元のハインが戻った。血反吐を吐きながらハインは言ったのだ。魔王の魂は今傷ついている。俺が捕まえている。だから俺の魂ごと焼き尽くせ、と。
そして最後にこう漏らした。
──俺は、誰からも必要とされなかった。
学園で幾度となく話しかけては拒絶されてきたこの男が、世界を焼いた怪物の最期の瞬間にようやく一人の人間としてアゼルと向き合えたのである。あれが初めての対話だった。殺し合いの果てのたった数秒だけの。
その時アゼルはハインが抱えていた孤独に気づいた。あの瞬間にすら、通じ合えたのだ。(幕間:かえってきた男④参照)
アゼルの能天気さというか陽気さは、そういった成功体験の積み重ねからできている。
さらにもっと核心をつくならば、アゼルがアゼルであるからそうなっているわけではない。
アゼルが勇者であるからそうなっているのだ。
そんなアゼルがなぜかつての世界であんな目に遭ったのかといえば、それはその時にはもう勇者ではなかったからだ。
勇者とはすなわち、悪を、魔を、邪を祓うシステムであり──
見方を変えれば、アゼルもまた被害者なのだろう。
まあアゼルは生来すっとぼけてる性格なので、自分を被害者だとはおくびにも思ったことはないが。基本的に鈍い性格なのだ。とはいえこの鈍さは彼を救ってもきた。
だがもしアゼルがもう少し鋭い性格だったならば──
なぜ今自分は勇者としての力を振るえるのかという疑問を抱けたかもしれないが。
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「どうした?」
リゼットが俺の両手を掴んでいる。馬車の揺れで身体が密着しかけたのは百歩譲るとして手まで握ってくるのは想定外だったが──まあそういう事もあるだろう。寒いのかもしれないし。
「あっ──す、すみません、つい……」
リゼットが弾かれたように手を離した。耳まで赤い。
「全然いいって! 手、冷えてたんだろ?」
「いえ、その……冷えてはいないのですが……」
「遠慮すんなよ。ほら、予備の手袋あるぜ」
荷袋から革手袋を引っ張り出す。リゼットは何か言いたげに口を開いたり閉じたりしていたが、最終的に「ありがとうございます」と受け取った。手袋を見つめるリゼットの目が妙にきらきらしている。
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それからのリゼットは妙に世話焼きだった。
「アゼルさん、西の森に入るなら毒消し草は多めに持った方がいいですよ。オルケンシュタインの東斜面は紫斑蔦の群生地で、胞子を吸い込むと三日は身体が動きません」
「マジで? 知らなかった」
「それと水場にも注意が必要です。冬場は地下水脈が凍結しますから地表の水溜まりに微生物が繁殖しやすくなって──」
リゼットは背嚢から小瓶を二つ取り出した。淡い青の液体が揺れている。
「浄水薬です。水に三滴で安全に飲めます」
「おお、ありがとう! こういうの助かるんだよなー」
実にありがたい。前の世界では腐った水を飲んで三日間ぶっ倒れた事が二回あるのだ。浄水の術式は覚えたつもりだったが薬で済むなら魔力の節約になる。
「他にもですね──これが切り傷の止血薬、こちらが解熱剤、それからこれは虫除けの香です」
リゼットが次々と背嚢の中身を並べていく。止血薬に解熱剤に胃薬に鎮痛剤。おまけに虫除けの香まである。旅の薬師の携行品にしても量が尋常ではない。
「こんなに貰っていいのか? リゼットの分が足りなくならないか」
「師匠の薬房で補充できますから」
リゼットが笑うと少しドキッとした。いかんいかん──俺はこれから強敵と戦う事になるってのに。




