星竜プロメテオル②
◆
「若様……? どうされましたか?」
フェリの問いに俺はらしくもなく「いや、気にするな」とごまかすように返した。
──この気配は
どこか懐かしいものを感じる。そう、懐かしさなのだ。他にこの感覚を言い表す言葉を俺は知らない。
だが同時に俺は忌々しさも覚えていた。
それは俺の生物学上の父であるダミアンから感じたものでもあったからだ。
俺はふと“アステール公爵家”について思いを馳せた。
・
・
・
アステール公爵家。ガイネス帝国十二公家の一角にして、星継ぎの大家。その歴史は帝国の黎明期にまで遡るとされている。公的な記録によれば、初代当主クトゥール・セラ・アステールは建国の祖たる皇帝に仕え、その絶大なる魔力で数多の功績を挙げた、となっている。
いかにも美化された劣等向けの御伽噺だ。俺はその記述を信じてはいない。
俺は眼下に広がる退屈な氷原から意識を離し、記憶の底へと潜っていく。
アステールという血脈。それは確かに特別だ。他家とは一線を画す、圧倒的な魔力の質と量。それは単なる才能や努力だけで説明がつくものではない。もっと根源的な、存在の在り方そのものが異なっている。
その違和感の正体を俺は知っている。
あれは俺がまだ幼い頃。アステール公爵邸の最深部、歴代当主のみが立ち入りを許された禁断の書庫に忍び込んだ時のことだ。あの男、ダミアンですら滅多に足を踏み入れなかったその場所に俺は易々と侵入した。俺にとって、あの程度の封印などないも同然だったからだ。
埃と古書の匂いが立ち込めるその場所で、俺は一冊の古い手記を見つけた。初代当主クトゥール(※剣術大会当日⓷参照)の手記。
そこに記されていたのは英雄譚などではなかった。それは衒学的で、晦渋で、まるで狂人の戯言か、あるいは質の悪い詩のような文章だった。だがその行間から滲み出る異様なまでの切実さが俺の心を捉えて離さなかった。
今でもその一節を諳んじることができる。
・
・
・
『──窮み無き星界の涯、昏き溟渤を漂泊いし砌。我らが揺籃、玻璃の如く砕け散りたり。是宿業か、将又天譴か。暗澹たる虚空の果て、目覚めしは異なる理の支配地。名も知れぬ蒼き獄舎に繋がれしこの身。大気は瘴り、陽光は刺すが如し。嗚呼、彼方なる母なる星よ。汝の慈顔、夢寐にも忘れ難く。瞼閉じれば去来するのは、ただ、赫奕たる双子太陽の残像のみ。夜天を仰げども、帰還る術は杳として知れず。唯、胸臆に蟠る痛哭と脈々と流るる血のみが我らが異邦の者たる証左なり。我、此処に孤絶せり』
・
・
・
初めて読んだ時は何を言っているのか分からなかった。感傷的な詩だと一蹴した。
だが魔術の研鑽を積み、この世界の理──特に俺が信奉する粒理論を深く理解するにつれ、俺の中で一つの疑念が確信へと変わっていった。
これは比喩ではない。文字通りの事実だ。
「星界の漂泊」「揺籃の砕け散り」「蒼き獄舎」、そして「母なる星」「双子太陽」──つまり、こういうことだ。アステールの始祖はこの星の住人ではない。遥か彼方の星から何らかの事故によってこの地に漂着した異邦人だ。
手記には故郷への絶望的なまでの渇望とこの星に対する根深い違和感だけが綴られていた。
そう考えると全てが腑に落ちる。
アステール家が扱う魔術の特異性。俺が扱うのは星辰の力。この星に根差した四大元素などという矮小なものではない。それは俺たちの血脈に刻まれた、故郷の記憶。失われた技術体系の残滓なのだ。
だからこそ俺は強い。この星の劣等どもとは存在の次元が違う。俺が母上を除くこの世界の全てを見下してしまうのも、魂が本能的に理解しているからだろう──自分がこの星の生態系に属さない、異物であることを。
そういえば母上に聞いた事がある。ダミアンとは基本的に屑で下衆で残虐であったが、それでも母上が政略結婚を……け、結婚を……こ、殺す、ダミアン!! ……ああ、もう殺したか。まあいい、その頃はまだ外法には手を出していなかったらしい。
ある日を境に完全にくるってしまった、と。
ダミアンはあの手記を読んだのだろうか? であれば、彼奴が狂ったのはこの事実に耐えられなかったからかもしれない。自身に流れる貴族の血にしかよりどころがない弱者劣等には受け入れがたい事実であったのだろう。
だが俺は違う。
俺が異界の血を引く化け物だとしても、そんなことはどうでもいい。俺には母上がいる。この星で生まれ、この星で育った誰よりも美しい母上が。
母上だけが俺をこの星に繋ぎ止める唯一の楔だ。母上が俺を受け入れてくれる限り、俺のルーツがどこにあろうと関係ない。
とはいえ──
・
・
・
「わ、若様!? あれは……!?」
フェリの声が俺を現実に戻す。見れば、空から幾条もの眩い閃光が大氷原に降り注いでいた。




