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悪役令息はママがちゅき  作者: 埴輪庭
第1章「ママが好き」

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冒険者になろう!⑫

 ◆


 そう、こういう状況にふさわしい魔術がある。俺のオリジナル・スペルだ。


 大氷原に広がる一面の氷、その下は当然ながら水である。つまり、この劣等長虫は水の中で生きているという事になる。ところで水とは何なのか。劣等共は水とは単なる“水”という一つの物質だと信じ込んでいる。実に愚か極まりない話だ。


 俺が信奉する粒理論に基づけば、この世の万物は“粒”の集合体に過ぎない。水もまた然り。だがただの“水の粒”だけでは生物は生きられない。


 水の中には生物が生きるために不可欠な『生命の粒』──そう、この世界の劣等共が“空気”と呼ぶものに近い性質の粒が溶け込んでいる。水棲劣等共は鰓だか皮膚だかでそれを取り込み、自らの命の糧としているわけだ。


 ならば、だ。


 その『生命の粒』の配列を強制的に組み替え、別の何かに変質させてやればどうなる? 


 例えば──生命とは対極にあるもの。あらゆる存在を腐敗させ、死に至らしめる『死の粒』とでも呼ぶべき、高密度の負の魔力粒子へと変えたらどうなるか。


 答えはすぐに出るだろう。


 俺は右足をゆっくりと振り上げた。


 そして祈り──


 ────マーテル・テ・アモー、テ・アモー、スペロー・テ・イン・アエテルヌム・サーナム・マネーレ。母上の御世に仇なす不浄よ、その結合を解き、無に還れ


 振り上げた右足を氷の大地へと叩きつけた。


劣等(オキシジェン・)殲滅冥界波(デストロイヤー)!」


 瞬間、凄まじい衝撃が氷原を駆け抜けた。


 俺の足を中心に、同心円状に亀裂が走り、分厚い氷床が砕け散る。まるで巨大な獣が地中から飛び出そうとしているかのように、氷の大地が波打った。衝撃で舞い上がった無数の氷片が空高く舞い上がり、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。


 が、本命は衝撃と共に氷の下の水中へと拡散した俺の魔力だ。


 俺の意思を乗せた魔力の波が水中の『生命の粒』に接触し、その構造を次々と書き換えていく。生命の源が一瞬にして死の呪詛へと変貌する。


 静寂が訪れた。先ほどまでの騒音が嘘のように、辺りはシンと静まり返る。


 だがそれは嵐の前の静けさに過ぎない。効いている。氷の下で、凄惨な断末魔が響いているのが()える。奴らの肉体が内側から崩壊していく様が手に取るようにわかるのだ。


 そして数秒後。


 再び轟音と共に、氷床が内側から突き破られた。今度は俺の足元ではなく、数十メトル先だ。内側から爆発するように氷が弾け飛ぶ。


 姿を現したのは巨大な白い長虫。フロスト・ワイアーム。全長は三十メトル近いだろうか。劣等にしてはまあまあのサイズ感である。フロスト・ワイバーンに次いで、この大氷原では上位捕食者らしい。


 だがその姿はあまりにも無様だった。


「ギュルルルル……!」


 苦悶の叫びを上げながら、のたうち回っている。白い鱗はどす黒く変色し、所々から粘液のようなものが噴き出していた。まるで内部から腐り始めているかのようだ。


 奴らは水中で呼吸をする。その水そのものが猛毒と化せば、逃げ場はない。体内に取り込まれた『死の粒』が奴の細胞を内側から破壊し尽くしているのだ。


 ──汚いな。


 俺は思わず顔を顰める。せっかくの美しい氷原が劣等の体液で汚されていくのが不快でならない。


 やがて、フロスト・ワイアームの動きが鈍くなり、ドシンという鈍い音を立てて氷原の上に横たわった。ぴくりとも動かない。完全に事切れたようだ。


 あっけない幕切れだった。まあ、当然の結果だが。こんなものに手こずるようでは母上に顔向けできない。


「さて、討伐部位──だったか……」


 俺はちら、とフェリを見た。すると──


「はい、お任せください」


 と、言ってフェリは劣等長虫へ向かって小走りに駆けよっていく。実に察しが良くて結構だ。俺は宙に腰かけ、フェリの作業を見守った。


 件の劣等長虫はだらしなくその死骸を晒している。どことなく薄っぺらく見えるのは肉体が一部液化してしまったからだろう。全身から漂う腐敗臭が鼻につく。まったく、死んでなお迷惑をかけるとは劣等らしい最期だ。


 まあ別に大した魔術ではない。


 特定の命令(コマンド)を実行させるように仕込んだ魔力を、広範囲に垂れ流してやるだけである。今回は『生命の粒を死の粒へ変換せよ』という命令を与えた。まあそういった魔力操作は、まともにやればそれなりに手間がかかる業だ。しかし俺を含め、ほとんど魔術師はそういった手間を詠唱に込めて自動化する。


 俺の「佳きに」と似たようなものだな。

 

 この魔術の詠唱文言には俺の願いが強く込められている。母上が支配するこの星に相応しくない、ありとあらゆる劣等を死滅せしめんという真摯な願いが。

 

 願いは祈りとなり、祈りは奇跡をうむ──結果は御覧の通りだ。


 恐らく周辺の水棲生物はほとんどくたばっただろう。まあ劣等長虫以外には極わずかな生命体しかいなかったため問題はない。いたとしても、所詮は劣等だ。俺の知ったことではない。この大氷原は俺の魔術によってさらに静かで清潔な場所になったというわけだ。


 フェリは慣れた手つきで、持参した大振りのナイフを取り出す。そして劣等長虫の巨大な頭部に躊躇なく刃を突き立てた。


 ◆


 ──手際がいいな。


 俺は内心でフェリを評価する。劣等長虫の討伐部位は「眼球」だ。この虫けらには目がもう退化してしまっていて存在しないのだが、かつて目であった名残のような部位がある。こぶし大ほどの大きさのそれが討伐部位だ。


 あまりにも汚すぎて俺にはとても触れないが──フェリが専用の袋に収納した。そして俺の元へと戻ってくる。


「若様、完了いたしました」


 フェリは恭しく頭を下げた。


「うむ、ご苦労」


 俺は短く答え、立ち上がった。


「では戻るぞ」


 もはやこの地に用はない。残されたカス虫の死骸など、どうなろうと知ったことではない。このまま放置しておけば、やがて氷の下へと沈み、自然の摂理に従って分解されるだろう。あるいは他の魔物の餌食になるか。どちらにせよ、俺の関知するところではない。


 俺たちは再び飛翔魔術を行使し、空へと舞い上がる。眼下に広がる白銀の世界が急速に遠ざかっていく。


 目指すはフロストヘイム。冒険者ギルドだ。


 さっさと納品し、母上の元へと帰らねばならない。

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