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12話

拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。

読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。


エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~

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 領都大会に出るからと言って僕たちに何か変わったという事は特に無い。よくある「私も入会したい!」とかいう殊勝な学生も出て来ないし、練習時間確保の為に学院が忖度してくれた事もない。ただ練習風景の見学者や剣闘術会のファンは急増したぐらいだろうか。


「ちょっといいですわね、『よし(YES)ミノン様、だめ接触(NOタッチ)』がルールですからね!」


「はーい」「はいっ!」「はいー」


「あとミノン様が打ち込まれても声を上げないブーイングしない、あとミノン様への掛け声は……」


 ──とまぁ、見学者にはミノンファンが多く、どうやら本人非公認のファンクラブもあるようだ、とカロリーナが言う。彼女曰く発起人は三回生と一回生の姉妹だそうな。とは言えかくいう本人は、


「アンジェ先生……、やっぱ私の一人称『ボク』にします?」


と真顔で相談に来たが。中性的な見た目で女子しか居ない特殊な環境下だ。そこで求められる偶像(アイドル)は男性っぽさなのか。それを察しての質問だと思うが、つまりこの異常な状況は本人にとっても当惑する出来事なのだろう。なおラフェル曰く『ミノっちてこの会で一番子どもっぽいよね』と評してた。気にして観察したことは無いが私物はかわいいウサ子ちゃんのイラストが入ったものを好むのは知っている。ジェイリーからも『その趣味、子どもっぽくない?』と言われているが本人は気にしてる様子はない。


 あと変わったな思ったのは、デリッカと他の一回生との距離感や緊張感だろうか。夏過ぎまでは関係性はほぼ絶望的だった。例えば一回生たちで集まっている時にはデリッカは絶対に近づかなかった。しかし今ではジェイリーにアドバイスを求めたりもしているし、ジョルジェとも二言三言と会話してる。やはりエルクーァでのバイトが彼女を少しずつ変えていったのだろうか。


 あとは誰も指示してないのに全員が早朝に自主練習をするようになった。元々はラフェルが一人で自主練習をしていたが、そこに一回生が入り、マリとパティも参加するようになったのだ。あくまでも自主練習なので僕が監督する必要は無いだろうが、怪我防止や事故が発生した際の責任を考えて僕かラバトが見ているし、時々カロリーナにも見に来て貰っている。朝が非常に弱いルーチェは来ることが無い。


 最後に、取材申し込みがあったからと教頭レオスが出しゃばってインタビューを受けたらしい。しかし選手名は知らないわ練習どころか試合も見に来た事もない状態であれこれ応え、記事には『知ったか教頭』とお笑い三面記事扱いにされたのだ。その件で校長ヴィルムからお小言を頂いた……と算術教師ミモーゼンから聞かされた。それならこの前のパワハラ事件も記事にしてくれればいいのに、と誰かが漏らしていたな。



      *

      *

      *



 次の安息日の早朝。僕は待ち合わせ場所である一番街停車場に行った。そこには既にデリッカが待っていたのだ。


「アンジェ先生、朝早くにありがとうございます」


「いやいや、遅れてごめんな」


「大丈夫です、むしろ来て頂いてありがとうございます」


 丁寧に頭を下げるデリッカを見てると丁度、停車場に定刻通り循環馬車がやって来た。御者が足台を置いたので僕らは客車乗り込んだ。中には行商の老婆一人が居眠りをしている。僕らは静かに座ると馬車はゆっくりと走り出す。


 馬車がいくつかの停車場を過ぎた時、デリッカが静かに口を開く。


「試合の時、詳しく言えなくて申し訳ありませんでした」


「仕方ないさ。で、どんな事情なのかは聞いても?」


「えぇ、むしろ先生に聞いて欲しいんです」


 そう言ってデリッカはゆっくりと語りだす。母親が自分を身籠ってる時に父親が下女にお手付きし、生まれた子がゼルヴィーカだ。父親がきちんと認知してる腹違いの姉妹だと。


「ママは元々身体の強い方ではなかったと聞いてます。しかも産後の肥立ちが悪くて。──ですから私は一人っ子なんです。ですがパパは他にも子どもを拵えてるのではと思うともう、気持ち悪くて……」


「じゃあゼルヴィーカ嬢を嫌悪する気持ちは?」


「正直分かんないです。ですが私にとっては夏に出来た素敵な友達だと思いたいんです」


 デリッカはそう言って一つ溜息をつき、頭をガリガリと掻く。そしてしばらくがしゃごしゃと鳴る客車から外を眺めていた僕たちに、先程まで寝ていた老婆が静かに口を開いた。 



「じゃあ、その気持ち大切にしたらどうかい、お嬢ちゃんや。――あぁ、済まない。なんとなく話が聞こえちゃってさ。婆ァの独り言だと思って聞いてくれりゃいいさよ」


「あなたに、──あなたに何が解るんですの?」


 老婆の言葉にデリッカは言葉を返す。しかし老婆は一つ欠伸をすると背負い籠を手繰り寄せながら言った。


「解らんさ。……んでも一つだけ解るさよ。この件、色んな人がアドバイスしてもお嬢ちゃんの気持ちと合致するとは思えんさよ、そこの若先生でもな。ただそれだけや」


 そう言い終えるとそれを背負い席を立つ。御者が足台を置くと老婆は静かに降りる。そして振り返ると静かにこう言った。


「お嬢ちゃんが友達だと思うなら、素直にそう付き合ってけばいいさよ。最終的には自身の気持ちの問題さよ。……ただ相続については親父さんと早めに相談しな。ちゃんと線引きしときな。そこをいい加減にすると揉めるよ」


 老婆が降りて直ぐに扉が閉まる。しばらくして馬車は動き出した。窓から見ると柔和な表情で老婆が手を振る、僕は静かに頭を下げた。僕自身、この件での答えはずっと持ち合わせてなかったのだ。なんて言えばデリッカを傷つけずに済むかのかとひたすら悩んでいたのだから。だからこの老婆の意見、自身の気持ちの問題と言ってくれたのには感謝しかない。


「自身の気持ちの問題……かぁ」


 そう言うとデリッカはふぅと溜息をついた。




     ☆ ★ ☆




 西街七番街で降りた僕らは歩いてエルクーァへ。店に着くと僕は重厚な扉を引き開けた、カウンターで静かにグラスを磨くリルツァと目があったので彼女に会釈する。


「あ、アンジェ先生おはようございます」


「リルちゃんおはよう。今日はデリッカ君と一緒なんだが構わないか?」


「んー、こんな早くから逢瀬ですか? それとも昨夜はお楽しみだったんです?」


「あり得ない回答を言ってて虚しくならんか?」


「なりますね――。でもそうであったら面白いかなと思ってます。……ある程度ですがゼルヴィから話は聞いてます。デリッカちゃん、例の席案内して?」


「はい。リルツァさんご迷惑をおかけします」


「気にしないで、友達じゃない」


 そう言うとリルツァはグラスと布巾を置くとデリッカにメニュー表を手渡した。彼女は判ったわと応えて奥へ歩いていく。案内されたのは秘密の話をするにはちょうど良さそうな人目につかない席だった。これまで何度もこの店を訪れてるが、こんなところに席があるとは思わなかった。デリッカも要人が秘密談義するのに使う場所だと小声で教えてくれた。僕らが席についてしばし経った頃、エルツァがコーヒーを持ってきてくれた。


「あいつ、もうすぐ来ると思うからこれ飲んで待ってて……。ってかアンジェ先生、大変だね」


「んー、まぁ大事な子たちの願いだからね、出来うる限り協力はしたい」


「じゃあ私が困ってる時も助けてくれます?」


「出来うる限りな?」


「ふふ、言質頂きましたわよ?」


 そう言ってエルツァはいたずらっぽく笑う。出来うる限りだからなと重ねて付け加えたが聞こえてるかどうか。カウンターで話す双子の笑い声が微かに聞こえた。

 静かにコーヒーを飲むことしばし、扉に付いた鐘が鳴る。女声が幾分か聞こえるとドタドタ足音と共に赤髪の女性二人が顔を出した。


 

「よっ、デリッカちゃん……、と先生?」


「ゼルヴィおはよう。先生には不安で一緒に来てもらったの。……この方は?」


「ん、あたいの母ちゃん」


「──お初にお目にかかりますお嬢様……。ゼルヴィーカの母でございます、この度は私の不始末で……」


「母ちゃん辞めてよ。その話はデリッカちゃんに関係ないでしょ」


 紹介された妙齢の女性は静かに跪き、すぐに手足を床につけて頭を下げようとしたのでゼルヴィーカが止める、もちろん僕もデリッカも止めた。

 なんとか母親を椅子に座らせると、エルツァがコーヒーを持ってきた。しかしお嬢様と同席なんてとんでもないと言い出すので、ゼルヴィーカが何度も窘めてようやく四人落ち着いてコーヒーを飲む事ができた。


「んでさデリッカちゃん、この前は優勝おめでとう! いやぁ参ったよ、まさかの副将戦は姉妹対決だなんてさ、運命ってホント怖いね! んでさ、あたいは対戦相手は誰であっても開始早々に叩き潰すつもりだったのよ……? んにしてもさぁ、デリッカちゃん強すぎだよ! おかげで試合後半なんてあたいもうバッテバテ! もう無理って時に引き分け宣言あったからホント救われたわよ!」


「――よく言うわよ、あんたどんだけ馬鹿力なのよ。何度木剣へし折られると思ったわよ! しかもとんでもなくすばしっこいわ隙無いわ。二度と対戦は御免被るわよ!」


「あたいもだよ! はぁー、デリッカちゃんとの対戦を思いだしてたら腹減ってきたわ」


「ちょっとゼルヴィーカ、女の子が何言ってるのよ、()()()()()!」


「何よ、あたい、変な事言ってないでしょ?」


「だいたい()()()なんて一人称、どこで覚えたのよ……。それに腹減ったなんて女の子が言っていい言葉じゃないわ」


「うるっさいわねぇ、人がなんて言おうが関係ないだろ?」


 ゼルヴィーカと母親との口喧嘩にデリッカが口を挟む。


「ゼルヴィ、……自分のお母様になんて口の聞き方してるのよ。まるで不良少女じゃない!」


「お、お嬢様っ。そ、そんな、娘にそんな、畏れ多く……」


「ゼルヴィのお母様、……あなたはもうホワィ家の使用人ではありませんのよ。私なんかに恐縮しないでくださいませんこと? この場には私とゼルヴィ、そしてお母様と先生が居るだけなんですからね!」


 ゼルヴィーカを睨み付けるデリッカに母親が恐縮する。しかしゼルヴィは淡々と母親を窘めた。母親は深く頭を下げるが、ゼルヴィーカは腕を組んで舌打ちをした。


「あとゼルヴィ、お母様は大切になさい。私には、──もうママは居ないんですから……」


 静かに言うデリッカにゼルヴィーカは静かに頷く。それよりも彼女の母親ははっと息を吸うと二度三度瞬きして狼狽した。そして懐からハンカチを取り出すと声を殺して嗚咽する。僕たちは、母親が落ち着くのを待つ。幾時経ったか、ようやく落ち着いた母親は静かに訊いた。


「デリシア様、本当にお亡くなりになられたんですか」


「えぇ、もう随分と経ちますわ。むしろママをご存知なんですの?」


「はい、カルヴィン家に居た頃から私はデリシア様付きでした。そしてデリシア様がホワィ家に嫁いだ時、私も一緒に北国ユルギェンから参りましたので」


「そうなんですね。――ごめんなさい。実はママの事、全然知らないんです。良ければ色々教えて頂けませんか?」


「えぇ、私が知ってる限りでしたら」


 デリッカが訊くので母親はハンカチを懐に仕舞う。そしてテーブルに置かれたコーヒーを見つめながら、時折懐かしさを噛み締めた表情を浮かべながら、言う。


「──で、ママってどんな人でした?」


「一言で言えば……お転婆でした。何度もお屋敷を飛び出しては街に繰り出し、平民の格好をして下々の者が食べるような物を好んで召し上がってましたわ。貴族家の令嬢とは思えない方でしょうね」


「──それで、パパといつからそんな関係に……」


「デリシア様がご懐妊なされてすぐでした──」


 デリッカやゼルヴィーカにとって気分のいい話ではないだろう、とはいえ主人が妻が妊娠中に側付きにお手付き、よく聞く話だ。


「私の妊娠が判って直ぐにお暇を言い渡されました。そして旦那様からは年に幾ばくかの養育費が振り込まれ、ゼルヴィーカのみホワィの家名を名乗る権利が与えられ、相続権は一切認めない、そして二度とお嬢様達に係るなと命じられました」


「なによそれ……」


「私はデリシア様がお亡くなりになられた事すら知りませんでした。──そしてお嬢様とお会いするのはゼルヴィーカ含めて今日で最後と致します」


「なによそれ!」「何でよ母ちゃん!」


「それが、旦那様からの命令ですから。――あと、お嬢様のご迷惑にならぬようゼルヴィーカには剣闘術を辞めさせて──」


「駄目よ、認めないわ! ゼルヴィは私の、私の……」


「嫌だよ! デリッカちゃんはあたいの友達だもん、母ちゃん!」




     ☆ ★ ☆




「あの、アンジェ先生……これで良かったんでしょうか?」


「行き掛けに会った老婆じゃないが、ちゃんと話しておいた方がいいぞ、父親と」


「はい。帰ったら取っちめてやろうと思います!」


「お、おぅ、程々にな」


 デリッカとゼルヴィーカとの関係は前までと変わらずエルクーァでのバイト仲間として、剣闘術のライバルとして、そして大切な友達としてずっと続くのだろう。デリッカは小指に嵌まる指輪を嬉しそうにかざした。エルクーァからの帰り際、ゼルヴィーカがデリッカに友達の証として差し出したのだ。この国では真の友情(ガールズフット)を示すため女性同士が指輪を交換し合い右小指に嵌める習慣がある。


「私、最初ゼルヴィの事、本っ当に嫌いでしたわ。──ていうか聞いて下さいません? あれはエルクーァでバイトを始めて……」


と、帰りの馬車内でデリッカからゼルヴィーカの話を散々聞かされたのだった。

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