09話
拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。
読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。
エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~
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控室でデリッカの帰りを待っていたが試合が先に終わったのだろう、皆が戻ってきてしまった。控室に入ってきたルーチェは腕組みしながら僕に詰め寄ると小声で訊いた。
「ちょっとアンジェリカ、あんた……デリッカちゃんと何してたのよ」
「あぁすまん。ちょっと取り込んでて、な」
「あんたの事だから信用してるけどさ、――変な事とかしてないわよね?」
「お、おまっ、馬鹿か、言って良いことと悪いことがあるぞ」
「ふぅーん、まぁいいけどさー。皆を誤魔化すの大変だったんだから感謝してよね」
そう言ってウィンクし、手をひらひら振ってルーチェは椅子に腰かけた。僕も椅子に深く腰かけると思わず溜息が出てしまった、とにかく疲れたな。しばらくして静かに扉が開きデリッカも戻ってきた。
「よし、次はヴェスバンとの一戦だ。その前にヴェスバンとオステンの総評をルーチェ先生、詳しく説明してくれるか?」
全員が揃ってることを確認したうえで僕はルーチェに話を振る。ルーチェは一つ咳払いをすると一選手一選手ゆっくり説明していった。
「四対一でヴェスバンの勝利、やっぱ十連覇してるだけあって強いわね。特にさっきアンジェリカが注意しろと言ってたゼルヴィーカさん、あとエレナさん」
そう言ってルーチェはいったん話を切る。そしてミノンをじっと見つめ、話を続けた。
「特に先鋒エレナさんは小柄ですばしっこいわ。攻撃してすぐ距離を取る、そしてまた飛び込んでくるって戦法を好むようね。しかもミノンちゃんの試合をしっかり見てたからプランAは使えないと思うわ。というかプランAのカウンター狙いされたら面倒だから」
「って事は、プランBですか?」
「私ならプランSかな。これだったら速攻されても対応が出来るわ。ただし乱打戦で長期戦になるかも」
「ンま、試合見ながらお弁当食ってたンだ、制限時間一杯戦え。お前さンの体力はくそアンジェよりもあンだからさ」
ラバトはそう言うと胸ポケットをまさぐり飴玉を取り出すと指ではじいた。放物線を描いてミノンの口に吸い込まれる。
「んー、負けたらごめん」
「始まる前から負け戦なんか考えちゃ駄目よ、勝負は時の運なんだからね」
「わかった」
「あとは――」
と、呼び出しぎりぎりまでルーチェが選手解説をしてくれた。やはり教士級も高く選手としても優秀だった彼女の着眼点は僕ですら舌を巻く。
実行委員のニルナに呼び出された。ルーチェやラバト、ジョルジェと別れ僕らは闘技場へと向かう。控室からの長い廊下を抜けて闘技場に入った時、一般観客席には幾人か見知った顔が僕らに手を振り歓声を上げていた。学院長ヴィルムにカオリルナッチとカロリーナ、衛士のレック、エルクーァのリルツァ・エルツァ姉妹、七番街『鳥と星』の大将、黒猫亭のフェリシー、呑平のママも居たしラフェルと仲が良かったポーリァも来てくれていた。皆が彼女らの応援に駆け付けてくれたのだ。他にも彼女ら剣闘乙女の家族も来てるのだろう……。あ、ミノンの父親が思いっきり手を振ってる。先ほどは緊張感で観客席を見渡せるほどの余裕はなかったんだ、僕は思い知らされた。
僕は一礼して闘技場側の規定位置に立つ、皆はその横に置かれた椅子に腰かけた。そして先鋒の二選手が闘技場に上がる。
★先鋒戦★
ミノン(一回生) - エレナ(四回生)
「一同、礼! 抜剣して構え!」
主審の宣言でミノンは木剣を構える、いつも通りのリラックスした構え方だ。そして対戦相手のエレナもリラックスしてるのだろう、余計な力が一切入ってない自然体な構え方をする。
「試合、始め!」
主審の合図でミノンは上段に構えた。僕はプランJの指示は出してない、ミノンは威圧を振りかざすプランで動き出したのだ。そしてエレナは自分よりはるかに背の高いミノンが上段構えで威圧してきたので一歩、二歩と後ずさる。ミノンはある程度間隙を確保できたので中段構えに切り替えるとエレナに急襲、乱打戦に持ち込んでいった。防面や籠手に打突と連続技を打ち込んでエレナを翻弄した。そして間合いが詰まるとミノンはさらに一歩身体を捻じ込んで鍔迫り合いに持ち込んだのだ。エレナは慌てて何本か打ち込もうとするが狭すぎる間合いで有効打にならない。そして更に一歩踏み込んだミノンは鍔迫り合いで強引に突き飛ばそうと力を入れた。そしたらどんどんと二人の身体が傾いていく……。
「倒伏一本……、そこまで! 勝者エレナ!」
「いや、同時だ! 同時だったろ!」
主審の宣言に僕は猛然と抗議する。そして副審二人は臍のあたりで両手を何度も交差しエレナ勝利の宣言をしてなかったので彼らにも抗議を飛ばす。その結果、審判三人は闘技場の中心に集まって審議を始めた。よし審議になってくれた。ただヴェスバンの引率は倒伏一本だろと僕や審判らに怒声を飛ばしてるが。観客席からも倒伏だ同時だと声を合わせて手拍子揃えて抗議に参加する。
「現在の試合――同時倒伏、引き分け!」
主審の宣言で僕は小さくガッツポーズした、そしてほっとした。もちろんヴェスバン側は納得行かないため、観客含めて大いにブーイングを飛ばすが結果は覆らなかった。
★次鋒戦★
ジェイリー(一回生) - フランシス(三回生)
ブーイングが鳴り止まない中、次鋒戦へと入る。規定線で立ち止まり木剣を構えるジェイリーに僕はプランSを指示。しかし彼女は首を横に振った、承服しかねると。そしていくつかのプランを指示するが、ついぞ彼女は首を縦に振ることはなかった。結局指示が間に合わない。
「試合、始め!」
主審が宣言した途端フランシスは吶喊。ジェイリーも待ってましたと言わんばかり矢のように木剣を突き出したのだ。そしてドンと鈍い音の後にフランシスは静かに崩れ落ちていった。
「――打突一本、それまで!」
これが打突のジェイリーという二つ名の真骨頂だろうか、練習中では一切見たこと無い綺麗な打突はフランシスの喉元を打ち抜いていたのだ。そして余程の衝撃だったのか、フランシスはしばらく動けそうになく担架で場外に運ばれていったのだった。そしてジェイリーは勝利を収めた余韻なぞ何も持たず淡々と闘技場を降りるとマリ・パティと軽くタッチして交代した。
★混合戦★
マリ・パティ(共に三回生) - ローラ・インガルス(共に三回生)
混合戦は集中砲火戦だった。マリとパティはローラを攻めるようルーチェが指示してたが、逆にローラとインガルスは逆にマリを派手に攻め立てる。パティも参戦して二対二の乱撃戦となった。とはいえ前試合でも派手に打ち合ってたのが、今試合でも繰り返されたのだ。しかも相手二人の連携力は僕らの想定以上、一本取るのは困難だ。前回同様引き分けに持ち込めたら御の字だと思う程マリ・パティは二人の乱撃に押し込まれたのだ。
一方的な試合展開、連撃に耐えきれずマリの籠手に木剣が当たった……? 副審の一人が手を挙げたのを見てだろうか主審は旗を上げる。しかし副審の一人は両手で臍あたりにバツを二度三度作り無効を指示。
「籠手一本、それまで!」
しかし主審の判定は覆らなかった。籠手をしてた右手首をさするマリにパティは優しく肩を抱いて闘技場から降りる。替わりに上がるデリッカとグータッチをした。
★副将戦★
デリッカ(一回生) - ゼルヴィーカ(一回生)
前回のヴェスバン・オステン戦では大将だったゼルヴィーカは副将で出場。デリッカとカチ合ったのだ。なんという偶然かデリッカにとって運命の一戦と言わざるを得ないだろう。なお剣闘術では相手のオーダーは試合開始直前まで判らない。僕はデリッカとはヨハンナを当て、ラフェルにゼルヴィーカを当てるつもりでプランを立てた。なぜなら去年ラフェルは試合中の出来事とはいえ肩を脱臼する怪我を負ったのだから、苦手意識があるだろうヨハンナと当たらないようしたのだ。しかし読みを外してしまう。ルーチェからの指示はプランSだったが選手が違えば役に立たない。僕はデリッカに指示を送るが、彼女の視線の先はゼルヴィーカしか映っていない。
「試合、始め!」
指示届かず無常にも主審が試合開始を宣言した。
その直後二人は猛然と打ち合いを始めたのだ。体格差を考えても振り出す木剣の速度を考えてもデリッカにとって荷が重いだろう。一合また一合と打ち合うデリッカは受け伝わる衝撃に苦悶の表情を浮かべている事だろう。なにせ大柄なくせにスピードもパワーも備えたオールラウンダーは経理院の選手には居なかった。近いタイプはそれこそジェイリーの母キュリルだろうか。しかしキュリルは非常に小柄でジェイリーと並べば年子の姉妹と評されても仕方ない程だ、なお姉はジェイリー。
もう何十合打ち合わせただろうか、何度鍔迫り合いになっただろうか。身体的な差では不利なデリッカだが、試合時間が経過するに連れ動きがどんどんと機敏となっていく。そして初っ端に飛ばし過ぎて疲れが出たのだろうかゼルヴィーカの動きが緩慢になっていった。足さばきが雑になる動きを読んでかゼルヴィーカの身体が僅かに傾いた瞬間、デリッカは強引に木剣を叩いて彼女の懐に飛び込んで行く、隙を強引に抉じ開けたのだ。慌てたゼルヴィーカも強引に体勢を整えると鍔迫り合いに持ち込む。ゼルヴィーカは何度も胴打ちを狙うが尽くデリッカが木剣でいなした。
「制限時間終了、両者引き分け!」
と主審が宣言、副将戦は終わる。デリッカはラフェルとハイタッチして闘技場から降り、彼女が上がった。
★大将戦★
ラフェル(三回生) - ヨハンナ(四回生)
先程の副将戦は運命の一戦なら、この大将戦は因縁の一戦だろうか……。闘技場に上がったラフェルは二度三度と右肩を叩き、防面をつけた頭も叩く。ヨハンナは落ち着いた雰囲気で木剣を構えるとラフェルも構えた。
「試合、始め!」
主審の合図にラフェルは上段に構えた、ヨハンナは下段に構える。そのため会場からどよめきが上がった。そして互いに何度もフェイントを仕掛けて出方を伺う。
ここ最近下段構えをする人が基本的に居ない。下段構えの利点と言えば打突対策がしやすい、脛打ちが狙いやすいの二つだが、現在脛打ちは一本計上はされないどころか悪質行為として反則負けになる。それに打突対策も中段構えでも可能なので、なぜヨハンナが下段構えを選択したのか……。僕には理解出来なかった。
試合はあっという間に膠着し、主審から試合遅延行為として二人に注意が飛ぶ。そして停止線まで戻ると
「試合再開!」
と主審の宣言で二人は中段構えから吶喊。ヨハンナは防面を打ちに、ラフェルは身体をスライドしながら胴打ちを狙う。両方の木剣が防具に当たる音が闘技場に響いた。
主審も副審二人も右手を上げる。
「胴打ち一本、勝負あり! そこまで!」
ヨハンナは膝から崩れ落ち、ラフェルは籠手を外すと静かに右手を突き上げて人差指を突き立てた。二対一、ザントバンク修身はシュトレーメ大会で十数年ぶりの優勝を果たしたのだった。
全員が泣き崩れるヴェスバンを慮った僕たちは闘技場を後にして静かに控室へと戻った。扉をしっかり閉めたあと、ミノンが両手を突き上げて吠えた。
「私たち、勝ったんだよね? 勝てたんだよね?」
そしてジェイリーとジョルジェに飛びついて押し倒す。そしてミノンは一人声を上げて泣き出した。ラフェルは緊張の糸が切れたのか四つん這いになったまま静かに泣き崩れる。マリとパティは二人抱き合い椅子に腰掛ける。
僕は椅子に座り勝利を噛み締めていた。まさか赴任一年目で大番狂わせを演じるとは思ってなかった。というかヴェスバンに勝てるなんてこれっぽっちも思ってなかったのだ。
「――アンジェ先生、お茶どうぞ」
「ん? デリッカ君何してるんだ、疲れてるのに」
「いえ、下戸な先生に勝利の美酒をと思いまして」
そう言ってデリッカはカップを差し出した、ふと笑みのこぼれる彼女。それを受け取り一口啜る、優しい花の香りと渋みが絡みあう。
「先生、一つお願いがあるんです」
「どうした?」
「次の安息日、一緒にエルクーァに行って欲しいんです……」
「───ゼルヴィーカ嬢の件か?」
「はい。さっきお手洗いでゼルヴィと約束しまして。彼女と二人で会う勇気、私に無いんです」
そう言ってデリッカは大きく息を吐く。彼女の目は泳いでおり、僅かに唇も震えていた。
「判った、一緒に行こ――」
「みんな優勝おめでとー!」
と、大声で叫びながらカオリルナッチが扉を開けた。そしてカロリーナにヴィルムも入って来たのだ。突然学院長が入って来たので僕らは慌てて起立する。
「皆さん本当にお疲れさま。よく頑張りましたね───」
このあとヴィルムから長々と訓辞が始まり、仕舞いにはカオリルナッチから「いい加減長いわっ!」と叱られていたのだった。
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