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08話

拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。

読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。


エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~

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 僕はデリッカから、控室を出てった後の話を聞かされた。訥々と落ち着き払った態度で語っているが、内容が内容だ、重過ぎるし僕一人で解決出来る事では無い。何とか冷静に振る舞いながら静かに訊いた。


「と言うことはゼルヴィーカ嬢とは姉妹……と?」


「――はい。でもそんな話、聞いたこと無くて」


 そりゃ多感な時期だ。それにしても、今回はデリッカの家族、しかも自身は知らされてない真実に晒されて心身に不安と不信が一気に湧出したのだろう。学院時代、特別講師に来た方が言っていた。どんなきっかけで引き金が引かれるのか、撃鉄が落ちるのか、暴発するなんかは解ったものじゃない、と。


「そうか……、で、僕から今、言えることは――」


「はい」


「おいデリッカ、おるか!」


 突如扉が開くと初老紳士が実行委員を引きずって控室に飛び込んできた。実行委員たちはきっと必死に制止したのだが、この初老紳士が強引に制限区域に入ってきたのだろう。


「――あ、パパ」


「お前何してるんだ! せっかく勝ったんなら何故報告に来ない!」


「―――ッ!」


「ですからここは制限区域ですからッ!」


 この初老紳士、ちょうど話題の俎上にあったデリッカの父らしい。右手にステッキを持つ、口顎に整った髭を蓄えたスーツ姿の紳士は、僕を見るとシルクハットを頭から浮かせて目礼する。その仕草には、きっと視界に実行委員は映っていないのだろう。


「アンジェ先生ですよね。これはこれは見事な初戦大勝利、誠におめでとうございます。見事な采配でしたよ!」


「あ、いえ……。それより、ここは制限区域でして」


「てかデリッカ、聞いてるのかね! だから何故に報告しに来ないんだ!」


 人の話は聞かない人間だろうか、僕や実行委員の言葉には殆ど耳を傾けていない、とかく一人で喋ってるのだ。そして紳士はデリッカの前に立つと両手で肩を掴み、揺すりだす。


「……あのさ、パパ」


「ほら何している、さっさと次の試合の準備なさい! 次もちゃんと勝つんだぞ!」


「ねぇパパ―――、いい加減人の話ぐらい聞いて欲しいんだけど!」


 デリッカは自分の肩をひしりと掴む紳士の手を払うと、逆に胸元を強く掴んで引っ張り、バランスを崩した紳士を抑え込む。紳士は突然のことで口をパクパクさせるが、デリッカはその口を手で塞いで言った。


「で、ゼルヴィーカって何なのよ! 私……、何も、聞いて、ないんだけど!」


 紳士は目を見開いた。そして言葉を理解したのか睨みつけるデリッカの目を逸らした。僕はデリッカの肩にそっと手を置き、紳士の頸後ろに手を回した。もしデリッカが手を離したら紳士をどすんと落としかねないからだ。僕は何度もデリッカの肩を何度も手を置くと、紳士を掴む手を緩めてくれた。僕はゆっくりと紳士を立ち起こしたところステッキを振り上げたのだ。慌てて紳士の右手を掴む。


「な、何をするんだ突然、俺はお前の父親なんだぞ!」


「答えてよ、こんなんじゃ――、試合、なんか……、出来ない、わよ!」


 僕は初めて嗚咽し涙を流すデリッカを見た、合宿時に木剣を持ち出してミノンと喧嘩したときですら目に涙を溜めただけだったのに。


「――アンジェ先生、娘と、少しだけ二人きりにして欲しい」


 僕は実行委員の顔を見やる。実行委員は小さく頷いたので、紳士の右手をゆっくり離し、控室を出ることにした。




「こんなの本当に認められないんですよ」


と、実行委員は僕に愚痴る。確かに剣闘術って競技は、観客が剣闘士に掛け金を積み上げて戦わせる武術が元だから八百長防止のために『選手及び登録関係者以外入場禁止』と制限区域を設けているのだ。


「もうなんとお詫びしていいやら」


 苦し紛れなのは理解できるが、僕はなんとか言葉を紡ぎだし実行委員に伝えた。


「試合で修羅場か、ほんとこんな時にして欲しくないんだけど――」


と尚も愚痴る実行委員。本当だよ。皆の成長のため一戦一戦積み上げていきたいのにぶち壊しに来るなよ、と思えてしまう。しかも実の父親が前戦で高揚した娘の士気を下げ落とすなんて、本当に何を考えてるんだと思わざるを得ない。どれぐらいの時間が経ったろうか、廊下に響く歓声から試合は始まった様だ。木剣が打ち合う音やどたどたと足音も響いてくる。


「アンジェ先生、ところで一体何をしたんです?」


 実行委員が突然訊いた。僕は隣に立つ彼女を見やり、何がでしょうと応えた。


「十年も勝ちから見放された会を僅かな時間で立て直すって」


「……んー、これと言って変わったことしてないですね。基礎はしっかり、明るく楽しく、稽古は多少厳しく。これぐらいしか言えることはありませんよ」


賭博新聞(ブッキーズ)にも同じようなこと書いてありましたけど、あれ本当だったんですね。あなたたちが控室に入ってからは笑い声などが響いてたんで、本当に毎日楽しそうにやってるんだなって」


「時々喧嘩もするんですよ。皆、年頃の子ばかりですから」


「……良いなあ本当に楽しそうで」


 彼女はそう言うと、大きく長く溜息を付く。


「私、スフミ聖心院で剣闘術やってるんですけど、それこさ剣闘術自体は十年以上やってますよ? でも、こんな楽しそうな控室って経験無いですよ?」


「そうなんですね。僕はそれこそスフミ聖心院さんの様な強豪校に居たこと無いんでそこらの具合は不勉強なんですよ」


「そうだったんですね。あ、申し遅れました、私、スフミ聖心院の剣闘術会副監督のニルナ・シヴィリです」


 懐から名刺を取り出したニルナは僕に差し出した、僕も慌てて懐から名刺を取り出す。で、このスフミ聖心院って東街にある聖心教が運営する初・中・高等学校だ。と言っても授業要領は一般学校とさして変わらないし、他宗派でも入学可能。むしろ特定信教を理由とした差別は帝国憲法で禁止されている。そして中規模の街なら宗教が運営する学校は一つ二つ必ず存在するのだ。で、この宗教学校の特徴に『放課選択が非常に盛ん』で、剣闘術ばかりでなく陸上や球技など強豪選手を帝国内あちこちからかき集める学校もある。


「今度機会があったら、ザントバンクさんの指導方針とか参考にしたいなと思いまして」


「あはは、そりゃどうも……」


 名刺を懐に収めたニルナは僕にそう言うとニコリと笑う。この時、どう言えばいいんだろうかと僕は迷っていた。強豪校でのやり方は今のあの子たちに通用するだろうか? 逆に僕らのやり方が強豪校の参考になるのだろうか。きっと時間の無駄だと思われるだろうな、と心に(よぎ)るのだ。だから曖昧に笑って応えたが。

 ようやく扉が開く。二人が静かに控室から出てきたのだ。紳士はデリッカの肩に置いてた手でシルクハット掴むと、脱ぎ頭を静かに下げた。


「あはは。申し訳ありませんでした、アンジェ先生」


「いえ……。というか、試合時は父兄とはいえ控室に入れないですし、面会も原則禁止されてるんです」


「そうだったんですね、申し訳ありません。知らなかったもので」


「ところでデリッカ君、試合出られそうかい? 無理なら……、ジョルジェ君と交代出来――」


「出させてください!」


 僕は少し俯くデリッカに優しく声を掛けた。きっと心の整理はついてないだろうから選手交代を提案したのだ。しかし、人一倍責任感が強く負けず嫌いな彼女は僕を睨むように見るとそう強く言った。


「私やります、やれますから!」


「娘は頑張れますから、大丈夫ですから」


「判りました。じゃあ予定通りの順序で試合に出てもらう、頼むなデリッカ君」


「はいッ! ――あ、先生」


 続けて言った彼女に、紳士も深く頭を下げて願い出た。僕はデリッカの両肩に手を置くと健闘を願った。そのとき、彼女は顔を赤らめて目をそらす。


「ちょっとメイク直したいので、――あまり見ないでくださいません?」


「はいはいお父さん、制限区域から出ますよ!」


「わかりましたよ、お嬢さん」


 そう言うとデリッカは手で顔を覆って僕の横を抜けて駆けていく。その小さな背中が、少しだけ大きくなったのかなと思えた。そして紳士はニルナに促され、廊下を歩いていった。


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