06話
拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。
読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。
エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~
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ついに迎えた試合当日の早朝。学院に集まった彼女たちの点呼をラフェルが取り、僕に報告した。
「全員揃いました。皆元気です」
「了解、ラフェル君ありがとう。僕もラバト嬢もルーチェ先生も元気ですよ」
「はい。―――ついに来ちゃったんですね、大会まで」
ラフェルがそう言うと僕は静かに頷く。
「じゃあブリーフィング始めるぞー、傾聴!」
僕の呼びかけに皆がハイッと応えた。
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シュトレーメブッキーズに僕らの記事が掲載されて以来、いくつかの新聞社から取材依頼が来たらしい。しかし過去の戦績を鑑みればそこまで必死に取材する必要性は無いだろうし、仮に記事にしてもブッキーズの後追い記事にしかならないのだ。しかもリガン道場への出稽古はキュリルの一存で取材拒否。だからザントバンク修身女子がこれ以上マスコミの話題に上がることはなかった。むしろ相手校の情報、特にヴェスバン修身女子やオステン修身の記事は様々な新聞メディアが垂れ流すので、それを基に僕やルーチェ、ラバトにキュリルと四人、膝を付け合わせて戦法分析が行えた。そしてこの様なオーダーを組んでくるだろうと予想も立てられたのだ。
なお、キュリルと先方のご厚意で経理院中等学校と何度も練習試合を組ませて貰えた。この経理院は簿記会計と税務の教育を主とする学校だが、剣闘術含めた放課選択が非常に盛んである。成績を見ればシュトレーメ中街が誇れる学校の一つだと思う。しかもその経理院の剣闘術会には何人かジェイリーやジョルジェと一緒に稽古してた仲間が居たし、他メンバーとも顔見知りだという者も居る。中街には各種学校がいくつもあるが、そこまで大きなコミュニティでは無い。
「ところでジェイリーってさぁ、なんでザントバンクなんかに行ったん? 経理院に行けば、また一緒に戦えたのにぃ」
と初等学校の時に共に汗を流してた仲間からそう訊かれ、彼女はこう笑顔で応えていた。
「えー、経理院は無理ムリ! だって私、算術ダメなの知ってるでしょ?」
「そんなことないよ。簿記会計ではそこまで高度な算術使わないのよ」
「嘘だー、ぜったい嘘付いてるだろフューリ!」
「嘘じゃないもーん。計算尺や算盤が使えるから私でも大丈夫だし!」
確かに簿記会計は、勘定科目に応じて加減を繰り返して帳簿を作り上げるものだからそこまで高等な算術計算を振りかざすことはない。ただし原価計算では、相互配賦法を用いる時には『連立方程式』を、変動費率と固定費を算出する『最小二乗法』を、最適資源分配で用いるなら『線形計画法』を使う程度だろうか。帝立学院時代、簿記会計の集中講義でやったぐらいだがいまも朧気に覚えていたりする。
「あ、その代わり勘定科目とそのルール覚えるの、めんどいよ?」
「じゃあ私、絶対無理じゃーん」
「んでも……、ジョリーなら頭いいんだから大丈夫じゃない?」
そう言ってフューリと呼ばれた少女がジョルジェに話を振る。そう言えばジェイリー含めて彼女の事を古くから知る子らはジョリーと呼ぶんだな。話を振られたジョルジェは俯かずフューリの目をしっかり見て訥々と言った。
「――ううん、ジェイリーちゃんがね。一緒にザントバンク、行こう、……言うから」
「え!? ちょっと! 私、ジョリーの声、初めて聞いたかも!」
「そうなのよー! ジョリー、剣闘術を再開させてからね、声出せるようになったんだよね!」
二人からそう言われるとジョルジェは顔を真っ赤にし口をパクパクさせていた、久しぶりに見たなそれ。フューリに抱き着かれて頭をガシガシ撫でられるジョルジェは、更に顔を赤くして口をパクパクさせていたが。
「はーい休憩終了よ、もう一回練習試合するわよ!」
キュリルの呼びかけに僕らと経理院の皆は駆け足で集合する。休憩時はほんわかする乙女達だが、キュリルが声を上げて稽古に入るとそこはもう稽古場じゃない、完全な修羅場だ。怪我をしないぎりぎりまで打ち合い、押し押され、倒し倒され、打ち打たれるのだ。
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「防具や手ぬぐいとか持ったか? 忘れ物ないか?」
「大丈夫ですよ、アンジェ先生が作ってくれた『大会のしおり』で私達何度もチェックしましたから」
「そうか、役に立ってくれたなら嬉しい」
僕たちは循環馬車に乗り込むと東街領主館付属道場へと向かう。早朝の安息日、他に誰も居ない客車に乗り込むと固定された縦座席に腰掛ける。そして緊張からだろうか、皆は静かだ。
「ところでアンジェ先生、オーダーは決まりました?」
河を跨ぐ橋に差し掛かった時、隣に座るラフェルに言われたので僕は一度全員の顔をしっかり見回してからオーダーを発表するぞと言った。
対ヴェスバン修身女子戦
・先鋒 ミノン
・次鋒 ジェイリー
・混合 マリ、パティ
・副将 デリッカ
・大将 ラフェル
対オステン修身戦
・先鋒 ミノン
・次鋒 ジェイリー
・混合 マリ、パティ
・副将 ジョルジェ
・大将 デリッカ
「――以上、この布陣で行こうと思う。ラフェル君とジョルジェ君は一回ずつしか出られないが、堪忍してくれ」
「いえ、大丈夫です。その一戦に全力を尽くしますから」「はい、――頑張ります」
僕がそう言うとラフェルとジョルジェがそう応える。
「なお、先鋒次鋒のミノン君ジェイリー君は負担も緊張感も重いだろうが、よろしく頼む」
「大丈夫ですよーアンジェ先生! 一生懸命がんばりまっす、ねぇジェイリーちゃん」
「そうです、優勝したらアンジェ先生がご馳走をご馳走してくれるんですよね!」
ジェイリーの言葉に皆が活気付く。もう肉祭りですよとミノンが言うと、鳥と星をもう予約しましょうとジェイリー。やれ酒だフルコースだスイーツだと皆が騒ぎ出す。悪ノリしてルーチェもラバトもあれやこれやと言い出したため収拾がつかないキリがない。
「お客さんら。公共の乗り物の中で騒ぎすぎですぜー」
終いには御者さんから叱られてしまった。
指定停車場で下車した僕らは試合会場である道場に赴く。到着後、競技実行委員から言われて学校別に割り当てられた控室に入る。控室と言っても軽く素振りや打込稽古ができる程度に天井は高くて広い。既に道着に着替えてた彼女たちはルーチェ主導で柔軟体操に入った。いつもの変なトカゲの動的柔軟体操だ、正直言えばこれ本当に意味があるのかと導入当初は思ってたが。ただ、続ける毎に体の動きや引っかかりに違和感が無いし、皆もこれと言って怪我をしてないところを見ると効果があるのだろうな。そして皆防具を装着し何度か確認のため素振りをしていたところ、実行委員から試合ですと声が掛かった。
「よし、初戦は東街のオステン修身だ。勝ちを一個ずつ積み上げて行こうな」
僕のその呼びかけに皆が一斉にハイッと応える。
「先鋒は防面を着けて闘技場に上がるからな。ミノン君、早速着けてほしい」
「はいなー! あぁードキドキする」
口ではそんなこと言ってるがあまり緊張しているようにも見えない。ミノンは手際よく防面を着けると一旦全員の顔を見やる。
「よっしゃー! がんばってごー!」
と人差指を突き上げ大声を張り上げた。そうすると皆も人差指を突き上げ「ゴー!」と叫ぶのだ。これは経理院がやってた試合前ルーティンを真似たものだが。もちろん許可は得ている。
皆が向かう先は一つ、ただ勝利を積み上げていくだけだ。
○一回戦 オステン修身戦
★先鋒戦★
ミノン(一回生) - ブランカ(二回生)
防面を持ったままの他のメンバーと僕は、闘技場の側で待機する。
「一同、礼! 抜剣して構え!」
主審の宣言でミノンはいつも通りのリラックスした構えだった。対戦相手のブランカは緊張からか剣先が上がった状態だったが。このブランカという選手、下馬評では『去年から始めた新人』とだけ書かれており公式戦の出場経験は無い。オステン修身は出稽古や対外試合は殆んど行ってないらしいので情報が無かったのだ。剣闘術の経験はミノンより少し長いだけか……、僕はミノンにプランAを指示。彼女はコクンと頷いた。
「試合、始めッ!」
主審の合図の瞬間、ミノンはブランカに目掛けて左手を思い切り差し伸ばした。突き出されてくる剣先に対応が遅れたブランカは、喉元に飛び込むそれの対処のしようもなく吹き飛ばされた。
「………打突ッ! 一本! それまで!」
主審からの宣言が絞り出されると、ミノンは高々と右腕を突き上げた。開始早々の初撃打突、かつてジェイリーが得意とした技が綺麗に決まったのだった。
★次鋒戦★
ジェイリー(一回生) - サラーサ(四回生)
闘技場から降りるミノンとグータッチしてから駆け上がったジェイリーは、規定ラインで立ち止まると一度二度と飛んで脱力をする、練習時でもよくやる彼女のルーティンだ。
「一同、礼! 抜剣して構え!」
主審の宣言で中段構えをする両者。僕はジェイリーにはフリープランの合図を送る。ジェイリーは二度頷くとサラーサを見据えた。
「試合、始めッ!」
その瞬間、ジェイリーは「覇ーッ」とひたすら大きな声を張り上げると相手の木剣を三度四度とコツコツ当てていく。サラーサは打ち込もうとタイミングを計ってる様だが、その度にジェイリーがコツコツと木剣を当てに行くので打ち込めない。どうもカウンター狙いと思われたようだ。
このようなツツキが幾度かしばらく行われた際に主審から「待て」の宣言。
「双方、試合遅延行為!」
と宣言されて二人に『注意』が入った。今回は二人ともに『注意』が入ったが、次に危険行為や遅延行為等何かをすれば『注意二度目』となってどちらか一方若しくは両者が負け宣言される。
「停止線戻って――――、始めッ!」
と主審の再開宣言があった瞬間、サラーサが吶喊。しかしこの瞬間をきっと狙ってたのだろう。飛び込んできたサラーサの木剣をジェイリーは慌てずに弾くと左胴を打ち抜いたのだ。
「胴あり! 一本! そこまで!」
主審の宣言を受け、ジェイリーは静かに頷くだけだった。
★混合戦★
マリ・パティ(共に三回生) - ハーパー・カスティーヨ(二・三回生)
この混合戦は稀に見る大混戦となった。そこまで広くない闘技場にマリとカスティーヨが、パティとハーパーが、互いに激しく打ち合う乱打戦になったのだった。二組が接近するとマリとパティが連携して二人に当たるが、不利を読み取ってオステンの二人が一対一に離間するよう割り込む。
最終盤にパティが決定打を繰り出したが時間切れ。試合中はマリから何本も有効打はあったのだが主審副審ともに「浅いッ!」と取り合わなかったのは非常に悔やまれる。
「終了! 引き分け!」
二人が闘技場から降りる際次戦のジョルジェの肩をポンポンと叩いていった。ジョルジェは小さく頷いて応える。
★副将戦★
ジョルジェ(一回生) - ウッズィ(四回生)
この副将戦はジョルジェには荷が重かったと僕は思ってる。しかし、きっとジョルジェにはこの一戦で負けたとしても引き分けたとしても得るものがあると信じているが。
このウッズィ、過去四年の公式戦戦績はなんと三勝〇敗。シュトレーメ大会では負け知らずの選手だ。図体もミノン程じゃないが大柄でかつ機敏なパワー系。わざと鍔迫り合いに持ち込んでは突き飛ばし、その隙を突いて打ち込んでくる嫌らしさを持つ選手だ。
ジョルジェ自身も何度か有効打と思える一発はあったが、逆にウッズィのカウンターを貰って鍔迫り合いに持ち込まれるを繰り返したのだ。きっと相手の必勝パターンなのだろう。
結局ジョルジェの体力や集中力が切れたのか、それとも経験の差なのか、乱打してきたウッズィの一発が籠手に吸い込まれた。あまりにも綺麗に入った籠手打ちに僕たちは肩を落とす。
「籠手あり! 一本! そこまで!」
主審の宣言で僕たちは黒星を計上してしまった。
★大将戦★
デリッカ(一回生) - ラミネーズ(一回生)
防面を付けたままでも解るほど悔しがってたジョルジェの肩をポンポンと叩き、二言三言耳打ちするとデリッカが闘技場に上がった。ラミネーズもウッズィから耳打ちされてから静かに頷いて闘技場に上がる。僕はデリッカにフリープランを指示、彼女にこの試合を任せたのだ。その彼女は胸元を二度叩いたのできっと了承したのだろう。
主審の合図からお互い剣先をカツカツ当てあってタイミングを計る。デリッカは何度か打込フェイントを見せて威圧を繰り返す。別に時間稼ぎをしてる訳では無いだろうが、主審から遅延行為を取られたら面倒だなと僕は思った。しかしこの大将戦で時間切れ引き分けになってもザントバンクは十年ぶりの勝利となる。仮にデリッカが負けても二対二の引き分け、誰か一人出して延長戦が出来るのだ。
なお、ラミネーズの下馬評は伝わっていない、きっと初心者なのだろう。しかしデリッカのフェイントには全く乗って来ずに淡々と防御に徹していた。そして逆にデリッカにフェイントを仕掛けて燻り出そうとしてる様は本当に初心者なのかと思ってしまうが。
剣先をカツカツ当ててフェイントを繰り出しあう最中に急展開。ラミネーズが飛び込んで来ると鍔迫り合いに持ち込んできたのだ。詰まった間合いからお互いチャンスメイクしようと押し合う中、ラミネーズが強く突き飛ばそうと踏み込んだ。デリッカはこの瞬間を狙ってたのだろうか偶然か。デリッカは身体を横にずらすとバランスを崩したラミネーズの防面を綺麗に打ち抜いた。
「防面一本! そこまで!」
主審の宣言を聞いてデリッカは、そして皆が吠えた。デリッカは籠手を外すと人差指を突き上げたのだった。
「三対一でザントバンク修身の勝ち!」
全員が整列する中、主審が宣言して全員が目礼をする。本当は皆で声を上げて喜びたかったが、涙を流して悔しがるオステン修身の選手たちを慮って静かに闘技場を後にしたのだった。
※参考文献
TAC出版社・スッキリわかる日商簿記1級(工業簿記・原価計算)
中央経済社・税理士試験 簿記論 直前予想問題集
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