23話
拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。
読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。
エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~
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エルクーァでのお茶淹れ修行は二泊三日で終わりましたが、私から双子さんに勤務延長を申し出ました。それを聞いた二人は顔を見合わせてニコッと笑うと、
「これからもここで給仕の仕事を続けてくれるの?」
と訊いてきたので、
「夏休み期間中だけですけど、もう少し修行をしたいので……」
とお答えしました。
「うんいいよ、是非ともお願いしたかったの。――正直ね、デリッカさんに何て言ったらこのまま働いてくれるかなぁって昨夜もリルとも話してたんだ」
「デリッカさんセンスある。時給ちょっと弾む。どぉ?」
二人からの申し出はすごく嬉しかったのです。私、今まで人から必要とされた事なんてなかったですから。
「じゃあ、夏休みの間だけでもお願いするわ。シフトは―――」
こうやって私の給仕アルバイトの延長戦が始まりました。
この時のお給金、今も大事に取ってありますわ。
勤務は基本的に朝から昼、もしくは昼から夕です。
剣闘術会や学院の都合で朝だけ夕だけというのもありますが。
で、このエルクーァでは私以外にももう一人給仕アルバイトが居ました。丁度私がお茶淹れ修行中はたまたま旅行に出かけたみたいで、顔を合わせたのは本格的に給仕アルバイトを始めて一週間ほど後でした。
バックヤードで給仕服に着替えてメイクして髪を整えてた時に彼女がやってきました。年頃なのに色付きシャツにミニスカート、サンダル。まるで売春婦のような格好の女が入ってきたのです。私より頭一個分背の高い彼女は、私の前に立つと私を見下ろして口を開きましたの。
「ふーん、あんたがデリッカちゃん?」
「はい、デリッカ・リ・ホワィですわ」
私はスカートの裾を摘みカーテシーをする。しかしその女は呵呵と笑うと
「おっと失礼。私は西街のゼルヴィよ、……姓は無いわ」
と言ってゼルヴィがカーテシーをする、なんかぎこちないけど。それよりもなんか人を馬鹿にしているような態度が鼻に付きましたわ。
「姓……家名が無いんですの?」
「この世の中ね、デリッカちゃんみたい高貴なる郷紳階級もいれば、あたいみたいにダンゴ虫みたいな生き物も居るって事よ」
そう言って私の肩にぽんと手を置くと
「仲良くしてくださいまし、デリッカちゃん」
と言いお尻を触ってバックヤードを出て更衣室に入っていきました。
「あらデリッカさん。ゼルヴィと挨拶できた?」
ゼルヴィと入れ替わるように焙煎着に替えたリルツァがバックヤードに入ってきまいた。
「大丈夫? 顔、真っ赤よ?」
「―――――ッ!」
私はあまりの腹立たしさに思いの丈をリルツァさんに言いました。なんて無礼な女なんでしょう!
「ゼルヴィ、ちょっとおいで!」
それを聞いたリルツァさんが呼びましたわ、はーいと間延びした返事をしたと思ったら下着姿の状態でゼルヴィがやってきましたわ。
「リルさんどーしたんですかー?」
「どうしたかじゃないわよ、デリッカさんに失礼のない態度で挨拶したの?」
「んー、お尻触った」
「あんたバカなんじゃないの? 何初対面の人の尻触ってるの!」
「んー、触りたそうな小さい尻だったから」
小指で耳をほじりながら尻をぼりぼりと掻いてました。まるで反省してるって顔じゃありません。リルツァさんの話もろくすっぽ聞いて無さそうな態度でした。それよりも言い分が酷すぎます!
「―――ッ! ちょっとぉ、誰の尻が小さいですってぇ!?」
「尻どころか胸も背もちっころいのに、何いさってるの?」
「―――――ッ!」
そのとき、リルツァさんはいつの間にか持ってたフライパンをお玉でカンカンと叩きました。
「ゼルヴィ、ごめんなさいしなさい。そんな暴言吐いたらダメ」
「何よ、本当のこと言っ―――」
「――時給五ハンズ減給」
「ごめんなさい! 言い過ぎましたごめんなさい!」
あまりの変わり身の早さに私は呆気にとられました。腰を直角に曲げるほど頭を下げたゼルヴィさんですが、しかし頭の角度から見て目線は下を向いてなさそうです。
「ゼルヴィもデリッカさんも同い年なんです。二人共夏から働いてくれてるんです、どっちが上とか下とかなく仕事していきたいと思います。だから人を小馬鹿にする態度を取るなら、厳しくしますからね」
「――はーい」
「あと、私は商売人の娘ですから、いまゼルヴィが頭を下げてますが、舌を出して笑ってるのも判ってますよ。それ以上使用人である私や他の仲間を馬鹿にする態度を取るなら……」
ここでリルツァさんは言葉を止めました。その瞬間、いつも朗らかな雰囲気を醸し出してるリルツァさんが急に重々しい空気を放ったのですわ。
「――――かなり厳しい制裁も出来るって事、忘れないでくださいね」
重々しく吐き出された言葉に、私も頭を下げなきゃと思うほどでしたわ。まるでミノンさんの威圧に近いものを感じましたわ……。
仕事に入ってからのゼルヴィは淡々と仕事をしてましたわ。私もゼルヴィに構ってられるほど仕事に余裕はありませんので黙々と仕事をしてましたの。なお、ゼルヴィと初めてあった日のエルツァさんは月の物が重すぎてお休みだったわ。
「デリッカさん、お願いなんですが、食器洗いを願えますか?」
ある日の勤務。おずおずと聞いてきたリルツァさんに、私は承知しましたと言ってバックヤードへ入りましたわ。正直嬉しかったです、なんか頼られたって思えますから。
溜まった食器を洗剤つけて綺麗に洗い流し、綺麗な布巾で拭います。この店で使ってる食器は西街のシュヴェル工房の陶器、かなり古風デザインの食器ですわ。光に翳してこれらの食器を見ていると素敵ですもの、食器コレクターが心揺さぶられる気持ちが少しだけ判りますわ。
あとこうやって食器をざぶざぶ洗っていると、普段は当たり前に屋敷の厨房で働く料理人やキッチンメイドの気持ちが少し判った気になりましたわ。今は夏場、それでも手が冷たく感じるのに、冬場だと手指がちぎれる程の重労働ですわ。これは職場改善を図るべきとお祖父様に進言すべきですわ。
「デリッカさんありがとう。食器も割らずに綺麗にしてくれて」
「いいえ、私も楽しかったのですから気にしないで欲しいですわ」
食器も洗い終わり、シンクも綺麗にしたところでリルツァさんから声を掛けられましたわ。
「それにしても、これ、シュヴェル工房の随分と古いカップセットじゃなくて?」
「……ほう、デリッカさんは気付きましたか、今から百年程度前のものですよ。ちなみにそこに置いてあるカップセットは二代目工房長の作品ですよ」
「えっ! それってもう完全にアンティークじゃないですか!」
「――そう。私の一杯はそれだけ古いカップじゃないと表現出来ないと思ってるんです」
そう言ってリルツァさんは手に持ってたポットから洗いたてのカップにコーヒーを注ぎました。それをソーサーに載せると私に笑顔で差し出しました。受け取った私にリルツァさんは右手握りこぶしを差し出し、開いたそこに角砂糖とミルク差しが置いてありました。
「アンジェ先生は、時間は連続した細切れと言ってたんです。そのお客様の細切れを少し止め、立ち止まった時間に私はコーヒーを提供してる。そこでのいち演出が、そのカップ」
私はミルク差しをリルツァさんの掌に戻したら、再び握りこぶしを作りました。
「ゼルヴィに食器洗い頼むと、必ずなんか割る。だからもう頼めない。今後もデリッカさんに頼んで良い?」
リルツァさんはポケットに握りこぶしを突っ込み取り出すと既にミルク差しは消えてました。ひょっとして手品なんでしょうか……?
「えぇ。リルツァさん、色々私に教えてくださいまし」
「ありがとうデリッカさん、その一言は心強いわ」
リルツァさんが持ってきてくれたそのコーヒーは、今までにない美味しかったですわ。
ゼルヴィとバイトで組むようになって数日。一緒に仕事していくとゼルヴィの人となりについてなんとなく判ってきましたわ。初等学校では双子さんと同じだったみたい。前に言った通り双子さんは浪人中ですが、ゼルヴィは西街の中等学院に進学したみたい。つまり私と同じ一回生ってことになるわね。でもどの学校に居るかは判りません。
ある日バックヤードで昼食を取ってたら、ゼルヴィがテキストとノートを広げて頭を抱えてましたわ。
「あ、デリッカちゃん……」
「夏季休暇の宿題ですの?」
「あぁ。何書いてあるか全く分からんでな。なんだよ算術って、こんなまどろっこしいもん!」
そう吐き捨ててたゼルヴィのテキストを見たら……、初等学校でやる程度の簡易な数式計算ドリルでしたわ。
「どれどれ。――これ、ここの計算が違うから答えが合わないんですわ」
「ん? なんだよデリッカちゃん。解るのか?」
「えぇ、自慢じゃないですが算術は嫌いじゃないんですわ」
「そっか! じゃあこのテキストを一ページ一ハンズでやってくれんか?」
「馬鹿おっしゃい、自分でやらんと身につかないわよ!」
「ちぇー、けちけちぶー」
「―――ん? その口癖って怪盗フォンティーヌ?」
「え? デリッカちゃんフォンティーヌ知ってるの?」
「知ってるも何も、フォンティーヌ作品なら二十冊は持ってますわよ」
「えー、すげぇ! じゃあ真実の塔のウルトラマリンの盗み方は?」
「そんなの窓を叩き割って警備員が集まった隙に、でしょ? で、フォンティーヌは既に警備員に扮してる」
「うわぁー! フォンティだ!」
まさかこんなに初対面最悪なゼルヴィがフォンティだったのに驚きを隠せませんでしたわ。休憩中私達はずっとナチコー作品で盛り上がりすぎてエルツァさんから叱られましたけどね。
その日の終業後、私達は双子さんたちと夕飯をご馳走になったんですが、リルツァさんから
「デリッカさんとゼルヴィ、なんか仲良くなってない?」
と訊かれたぐらいでしたわ。
「えへへー、リルぅ、デリッカちゃんってフォンティだったんだよ。ねぇーデリッカちゃん」
「そうですわ、まさかこんな人がフォンティだとは思いもしませんでしたけどね」
「こんな人とはご挨拶ね」
「いいじゃないの、ふん」
ここでの『フォンティ』ってのは、ナチコー作品でも特にフォンティーヌ作品好きを指すことが多いファン呼称ですの。なお、『恋の連立方程式』好きは『恋立』と言いますけどね。
その食事の後、ゼルヴィと二人で別のお店でナチコー作品の話と彼女の宿題の面倒を見ましたわ。この時初めて、私は友達というのが出来たと実感したのですわ。私は小さい頃から意地っ張りだったし、家柄もそんじょそこらとは違うと思ってましたから友達と呼べる人なんか今まで誰一人居ませんでしたわ。でも、ゼルヴィが初めて出来た友達、そう思えましたわ。
ただ、私はゼルヴィがどこに住んでるのか、どこの学校へ行ってるのか、家名は、それらを一切知ることがなく夏休みが過ぎましたわ。そうすると学業優先となり、エルクーァでのバイトシフトが少なくなったせいもあり、ゼルヴィと会うことは無かったのですわ。
私のちょっとした、夏休みの大冒険でしたわ。
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