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21話

拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。

読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。


エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~

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「せっかくのお食事の機会ですが、今宵は妹と……」


「えぇ。積もる話は沢山あるでしょうから別に大丈夫ですよ」


 そうルコトが言うので、僕ら一同は頷く。先程から姉をひしりと抱きしめて泣きじゃくるラバトを観て反論する気は無い。


「そうですか、皆様ありがとうございます。――我儘ついでに、これでルヴァンシュにこのシュトレーメの名物を食べさせて上げて頂けませんか?」


「あの、そんな大金使い果たす程の高級レストラン、知りませんから」


と、ルコトは下げたポシェットからグストゥフ大金貨を出して言う。しかし僕は受け取るのを断った。僕の月収を軽く凌駕するお金なんて受け取れるわけがない。


「ルコちゃんさぁー、この街だったら小銀貨三枚程度でも結構イケるのよ? 明日にでも飲みに行こうっさ、どうせしばらく居るんでしょ?」


 そうカオリルナッチが親指と人差し指と中指を突き立てながら言うので、ルコトはふふっと笑って


「じゃあ明日、皆で行きましょうね」


と言うと、彼女も親指と人差し指を突き立てた。





 ルヴァンシュを連れて向かった先は、五番街の黒猫亭だった。


「あらあら、アンジェ先生お久しぶり」


 猫獣人族のフェリシーが顔の横で静かにかつ可愛く小さく手を振る。


「フェリシー嬢、お久しぶりでごッ!」


 僕も手を振ろうとしたらルーチェの肘鉄が脇腹に突き刺さる。


「なに商売女に鼻の下伸ばしてるのよ……」


とジト目で僕を見下ろした。


「お酒飲めないくせにこんな店で油を売ってたわけ?」


「そ、そんなんじゃないって」


「そうよルーチェ先生、私やラバちゃんがよく連れてってるだけだから」


 カオリルナッチがそう言ってくれたから少しルーチェの機嫌が治ってくれた。


「それにしてもあんた、よく出来た尻尾よね――ッ!」


とルーチェがフェリシーの尻尾を掴もうとする、しかしその瞬間にフェリシーは身を躱し、彼女の拳がルーチェの左顎で寸止めした。そのまま打ち抜いてたらルーチェだろうが立ち上がれなくなるだろう。


「もう、あまりオイタをしちゃ駄目……ですよ?」


 今の身のこなしは一切見えなかった、それどころか殺気も素振りも見えなかったのだ。ニコニコしながら拳は今でもルーチェを打ち抜かんとばかりに留め置かれてる。しかも笑顔のフェリシーだが目の奥は一切笑っていない。


「あ、はい……ごめんなさい」


「今度から気をつけてくださいね」


 青い顔したルーチェが頭を下げる。フェリシーは拳を離すと手をひらひら振って店の奥へ入っていった。


「ルーチェ嬢、猫獣人族の尻尾を障るのはまずいらしいぞ」


「そうなのね知らなかったわ……、それにしても初めて観たわ猫獣人族って」


 僕がそう言うと顔から珠の汗を浮かせたルーチェが一つ溜息をつく。


「私も大戦時には犬獣人族や兎族は観たことありますが、猫獣人族は初めてかもしれません」


 ルヴァンシュも先程の一撃は見えなかったのだろうか、青い顔をしていた。


「んてかフェッチ! 早く席に案内しなさいよ!」


 そんな事が相変わらず声をあげるカオリルナッチだったが。


「あっ、ごめんなさーい! ちょっとマジになっちゃって……てへぺろ」


 フェリシーは悪びれる様子もなく店の奥から出てくると、席に案内した。

 席に座るとカオリルナッチは確認も取らずラガー(大)を三つとトニックレモン、そしてすぐに出てくるツマミを頼む。


「芋や玉ねぎが駄目な方、いますかニャ?」


 フェリシーは皆の顔を見る、僕らは首を横に振った。


「この時期、シュトレーメではクロースって食べ物が有名ニャ」


「じゃあそれと若豆の塩茹でも持ってきて、ちょっ早で!」


「はいはいニャー」


 そう言ってフェリシーは奥へ引っ込むと、すぐに注文した酒類などを持ってきた。


「カオリル先生はご存知だと思うけど説明するニャ。蒸かした芋と小麦で練った芋餅のような食べ物で、ここらへんはペコロススープと共に食べるニャよ」


 そう言ってテーブルに置くと、僕らはお皿やスプーン等を手にした。


「あとはごゆっくりニャ。カオリル先生は飲みすぎた駄目ニャ」


「うっせぇ! ――えぇ、今日は色々有りましたが、私の可愛い娘ことルヴァンシュの歓迎会を開いて……」


「えーっ、その娘、カオリル先生の娘なのかニャ?」


「うっせぇ! 人が喋ってる時に声を掛けるなフェッチ! ――オホン、ということで乾杯!」


「乾杯ッ!」「あ、かんぱい」「うっす……」


 いつも通りなのだが、カオリルナッチの乾杯音頭はなんだか締まらないな。




「ところで、さっきの話だけどさ――」


 若豆の塩茹でを食べながらルーチェが訊く。


「犬獣人族はたまに見るけどさぁ、他は殆ど観たことないけど、なんで?」


 このシュトレーメで見かけることは無いが、帝都で観たことがあるのは犬獣人族ばかりだ。しかも彼らは冒険を生業とした者たちばかりで僕ら一般市民とは接点が全く無い。街中で時々すれ違うか、食堂などに居るなぁと思うぐらいだ。

 なお獣人族にも人権は認められてるために差別は禁止されているし、奴隷化なんて言語道断だ。というかこの帝国内は犯罪奴隷制度も無い。鉱山労働者に犯罪奴隷だなんて御伽噺の中での世界だ。むしろ鉱山労働者は高給取りの為、労働者階級でも一目置かれる存在なのだ。労働基準令等に従わない事業主の鉱山だと労働者が集まらないので、いい条件で彼らや労働組合にお願いして集まってもらってる側面もあるぐらいの売り手市場だ。


「犬獣人族は旧トリンド共和国に多いわよ。むしろ大戦前に獣人差別が無かったトコなんて、旧トリンドかギュース様の領地などの一部しか無かったんだから」


 そう言ってカオリルナッチはラガーをぐいぐいと飲み、ぷはーと息を吐く。


「でもね、犬獣人族は大戦後冒険者や傭兵として旧トリンドに移っていったのよ。彼らにも帝国で自由に生きて欲しいとギュース様は願ったんだけど、学制令に引っかかってね」


「学制令に引っかかったって?」


 ルーチェが訊く。僕やルヴァンシュはカオリルナッチの一言で納得してしまった。


「アンジェ先生やルヴァンシュなら解ったかもだけど……、犬獣人族はルールもしっかり守る生真面目種族なんだけどね、算術計算がとても苦手な種族なのよ。だから算数算術で落第してしまって初等学校をも修了出来ない。そのため種族的に向いてるはずの軍属含めてこの帝国内じゃ仕事にありつけない、学歴がないもんね。それに冒険稼業をしようにもこの帝国内で冒険する余地なんてそんなに無いでしょ? だから徐々に彼らは旧トリンド共和国に移住していったわ」


「え? じゃあ学制令を改正して……」


「ギュース様も悩まれたみたいよ。でも族長と話し合った結果、彼らから帝国から出ていくと言い出したそうよ」


「そうだったのね」


 なお、このシュトレーメの猫獣人族には彼らなりのコミュニティがあるらしく、学歴が無くても生活が成り立っているようだ。と言っても刹那的な生活を好む彼らは定職に就くという発想は無く、あまり定住もしないとも聞くが。


「なんか難しい話をしてるかニャ? カオリル先生、はい、ここの新酒ワイン」


「ほぉ、もうこれが出回る時期なの?」


「はいニャ。学校の夏季休暇が終わる頃に新酒ワインが封切りされるニャね」


 フェリシーは僕たちにワイングラスを渡すと手刀で栓を切り飛ばし静かに注ぐ。深紅の液体が滑るようにグラスに注ぎ込まれた。と言うかラバトにしてもカオリルナッチにしてもコルク抜きを使うって発想は無いのか?


「このワイン、どうかニャ?」


「少し荒々しいけど、ほのかな優しい甘さが感じるわね。ルーチェ先生どぉ?」


「確かに若々しいわね。――ほんとだ優しい甘さ、あといい香り。ルヴァンシュさんは?」


「うん、美味しい! アンジェ先生は?」


「香りや色味が良いね」


「中街ホワィ家の蔵出しだニャ」


 フェリシーはラベルが見えるようにボトルを静かに回す。そのホワィ家の紋章とイラストが描かれた、言わば普通のラベルだった。


「アンジェー先生、これ、デリッカちゃん家のワインよ」


「――あ、デリッカくんの家名はホワィだったね」


 ホワィ家ってどこかで聞いたことあると思ったが、そういうことだと合点が付く。


「ねぇアンジェリカ、それ聞いたらまるでデリッカちゃんみたいなワインね」


「なに言ってるんだ?」


「カオリル先生の言葉じゃないけど、荒々しいけどほのかな優しい甘さ、ってね」


「なんじゃそりゃ」


 ルーチェはワイングラスに自らワインを注ぐとクイクイと飲む。僕も試しに一口舐めてみたがワインの味がよく解らない、なんか苦いというか渋いというか。こんなのを美味しく飲める皆がすごいなと思う。なお、このグラス一杯飲んでも僕は気を失って病院に担ぎ込まれるだろう。


「もう一つワイン持ってきたニャ。中街アリアス家のニャよ」


 フェリシーはもう一本のワインを開栓すると別のグラスに注ぐ。先程のワインと比べて僅かに淡い真紅の液体が注がれた。


「アリアス家って、ジョルジェちゃんのお家だね」


 カオリルナッチがそう言い、色味を観てワインを口に含む。そう言えばジョルジェの家名はアリアスだったな。


「優しい甘さの奥にある芯ある渋み。やっぱ私はホワィ家の方が好きかな? 大人向けだし」


「ママはそっち? 私はアリアス家の方が好きだわ」


「私はどっちか悩むなぁ……」


と、三人は二つのワインを飲み比べて論評をする。飲めない僕は取り敢えず出されたジョルジェの家のワインも舐めてみた、やはり渋いな。


「アンジェ先生にはこれをおすすめするニャ。アリアス家がここ最近始めたノンアルコールワインニャよ」


 フェリシーは小さな小瓶を開栓し僕の前に置いた。ワイングラスに注がれたそれは紛う事無きワインそのものだ。フェリシーは表情だけで僕に勧めるので、手に取り一口舐めてみる。やはり渋い、しかしほのかな甘味を感じる。


「これならアンジェ先生もワインが楽しめるニャよ」


 そう言ってフェリシーは手をひらひら振って奥へ引っ込んでいった。僕とフェリシーとの一連の会話を見聞きしてたルーチェは鼻を鳴らす。


「ほんと、アンジェリカってあからさまなのがお好きなようね」


「そ、そんなんじゃないって」


「――ふん!」


 そう言うと、ルーチェはワインをがぶがぶと飲む。不貞腐れてるとよく分かる。

 せっかくの場だ、機嫌を直してもらおうといろいろと話しを振る。


 と、このように僕とルーチェが話していた一方。


「ところでママに一つ質問」


 エビ豆をつまみながらルヴァンシュはカオリルナッチに訊く。カオリルナッチは目線を上げずに岩山羊のクリームチーズをクラッカーに載せ、静かに口に放り込む。


「アンジェ先生をね、サマンサの法術学院に欲しいんだけど駄目?」


「何でよ」


「法力学を数理的かつ理知的に説明できる理系学域教員が欲しくてさ」


「それなら帝立学院からインテリを引っ張って来れば良いじゃない」


「それがね、叔母ちゃんの法力暴走事故の原因、アンジェ先生が法物理学的視点で解いちゃった話は知ってる?」


「はい!?」


 カオリルナッチは座ってた椅子がひっくり返る程の勢いで立ち上がる。二人の話を聞いてなかった僕らは突然のことで吃驚する。突然のことだったのでフェリシーも奥から飛び出してきたぐらいだ。


「アンジェー先生、どういう事よ!」


「え、なんの話ですか……」


「ラバちゃんの法力暴走事故!」


「あぁ――、一つの仮説を立ててルコト先生にお手紙を書いたんだよ」




     * 

     *

     *




 法力暴走事故についての事故報告書は図書館に置いてあったので何度か閲覧をしたことがある。過去にも法力暴走事故は起きてたので、その事故報告書もカロリーナに頼んで取り寄せてもらったことがあったのだ。その中で参考となったのが、サマンサ魔法国でも起きた法力暴走事故だった。

 法力を扱う者は自身の法力の種別特性を登録した免状が必要となる。これを登録せずに勝手に使用した場合は罪に問われるため、使用者は限定されてると言っても良いだろう。その中で、サマンサ魔法国で発生した法力暴走事故では法力使用者の種別特性だけでなく様々なデータが残されていたのに僕は注目したのだ。



「法力は波であり粒子である」



 ルヴァン・トゥルリーセンの『法撃施術』には、そのような記述があった。つまり波であり粒子であるならば計算できるのでは? と。そこで残されてた様々なデータを計算してグラフ化すると一つの事実に行き着いたのだ。


「高次高調波共振、これが原因ではないかとね」


「ごめんアンジェリカ、その話ってここから難しい?」


「いや? ルーチェ嬢でも解る程度の計算式が出るが……」


「たぶん解んないヤツだわそれ」


「アンジェー先生。ざっくり言ってどういう事?」


「簡単に言えば、AさんとBさんの法力波が合わさる事で一つの大きな波が出来てしまう……。白波立つ港湾で大型船が出入りすると波が合わさって大きくなる状況に近しいかな?」


「アンジェリカ、言いたいことは解るけど分かりづらい!」


「ルーチェ先生は飲み過ぎなんだよ」


 法力を併せると暴走する事がある、その理由の一説としてルコト宛に送った手紙というかレポートの一つだ。それについての返事は来なかったので、きっと読む程のものでは無かったのだと思っていた。


「だからね、物理法力学会から爪弾きにされてるアンジェ先生を引き抜きたいのよ。まぁあの学会は残念な人間の集まりなのは私も知ってるけど。あとね、叔母ちゃんも連れてきたい」


「なんでラバちゃんまで――」


「え? 叔母ちゃんってアンジェ先生ラブなんでしょ?」


「――その点についてママは黙秘します」


「ちょっとアンジェリカ! なによもぉ!」


「てかルーチェ先生なに一人でキレてるのよ」


「キレてませんよ!」


「と言うことでアンジェ先生、もしサマンサ魔法国に来て頂けるなら帝立法術学院でそれなりのポストを用意できるわよ?」


「それなりのポストって……」


 僕は思わず溜息を付く。ちょっと前までは帝立学院で燻ってたのに突然それなりのポストを用意できると謂われてピンと来るわけがない。それよりも非常勤講師をしてる二人にそんな権限があるんだろうか。


「良かったら考えておいて? きっと今頃、母さんが叔母ちゃんを口説いてると思うから」


「いや、ラバト嬢が行くから僕も行くって訳じゃ……」


「んでもアンジェ先生が異動してくれたら叔母ちゃんも付いてくと思うよ?」


「ちょっとちょっとぉー! それなら私もついてくわよ!」


「てか……姫様はアンジェ先生の何なんですか?」


「――――ッ!」


 ルヴァンシュは冷ややかな目線をルーチェに送る。ルーチェは下唇を噛んでルヴァンシュを睨んだ。


「良いなぁお前ら、若いって良いなぁ」


 カオリルナッチはそう言いながらワインをちびちびと飲む。


「でもさーあんたら。ザントバンクの学院長として言うわよ。今のところアンジェー先生を手放す気は無いわよ」


「えぇー、ママなんで?」


「こんな面白キャラ手放すわけ無いでしょ!」


「おいッ!」


 思わず僕が声を上げてしまう。


「――やっぱり?」


「ルヴァンシュ先生……、なんだよやっぱりって!」


「ルーチェ先生も相手はもう少し考えたほうが良いわよ?」


「放っといて!」


 ルヴァンシュは当に言いたい放題だ。


「ところでルーチェ先生よぉー」


「なんですか、カオリル先生!」


「ちゃんと飲んでる?」


「飲むわよ! ちょっと猫娘、ラガー持ってきて!」


「はいはーい!」


 フェリシーは待ってましたとばかりにワインとラガー、そして夏牡蠣をテーブルに並べる。


「ルーチェ嬢。お酒そんなに強くないんだから……」


「放っといて!」


 ルーチェは喉を鳴らしてラガーを一気に飲み干し、塩ゆで若豆を口に放り込む。


「ねーねールーチェ先生さー」


「なんですか、カオリル先生!」


「なんでアンジェ先生の事、好きなの?」


 ルーチェが飲んでた酒を吹く。顔を真赤にして反論しようとするが言葉が紡ぎ出せず口をパクパクさせるばかりだ。


「え? ルーチェ先生ってアンジェ先生と? マ? まさかの三角関係?」


「三角だけじゃないわ、カロリーナ嬢や女学生たちも混ぜたら多角関係よ」


「さーさー、今からルーチェ先生の恋バナが始まりまーす!」


「始まりません!」


「ほらほらー、思いの丈を言ってみろ小娘!」


「ルヴァンシュさんにそんなものの謂われ方されたくないわ!」


「で? いつから胸がドキドキするようになったのよ?」


 姦しい、そういう言葉が似合う酒宴だったと思う。

 しかしこのあとすぐに杯を重ねすぎたルーチェのせいで案の定、お開きになったのだが。



「ルーチェ先生、酒宴で吐いちゃうのは悪いことじゃないのよ? 私が生まれる前は」

「って事は三百年ぐらい前の話ですよねそれ……」

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。

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