18話
拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。
読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。
エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~
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学院長室にルコトらを招き入れ、僕はヴィルムに事情を説明して紹介した。しかしルコトは先触れとしてヴィルムに手紙で来訪を知らせてあったので紹介はスムーズだったが。
ヴィルムが名刺を差し出し、ルコトが受け取ると自身の名刺も差し出す。先触れで来訪の知らせがあり、かつお互い紹介したにも拘わらず名刺は必ず交換しだすびだ。本当に謎ビジネスマナーだ、ひょっとしてこの名刺は何かのトレーディングカードなのだろうか。ひょっとしたら裏でカードバトルでもしてるのだろうか?
しばらくの歓談のあと、ルコトは数日の滞在許可を貰う。
「ところでルコト先生、こちらはそろそろ秋期授業が始まりますが大丈夫でしょうか?」
と、僕がルコトに訊いてみた。
「――え、あれ? ん? おぅ?」
ルコトが顔を傾けたり顎を指でさすったり耳を摘んだりして考え込む。
「ルヴァンシュさん、どうなんです?」
と娘にも訊いてみたが、彼女も同じように額を指でコリコリと掻いて考え込む。
「ははは、多分大丈夫! 非常勤の講師ですから!」
と言うが、言葉の節々に大丈夫さを感じないが。
「そう言えば、ルコトさんたちの中間名には意味があるんですよね」
ヴィルムが訊いてきた、言われてみればルコト姉妹たちエルフ族には僕ら一般人には馴染みのない中間名がある。確か、ラバトはバルパンプンだったはずだ。
「えぇ、私達が幼い頃、子どもの死亡率が高かったんです」
今現在も乳幼児死亡率は高い、しかしルコト姉妹たちの幼少期に比べれば医学薬学の研究が進んだお陰である程度はマシになっているだろう。とはいえ彼女たちが生活していた場所は都市部でなく人里離れた山間部だ、高熱一つ怪我一つでも命取りになりかねない。そして人は病気で簡単に死ぬのだ。
「今も昔も死神は産まれた子どもや赤ちゃんを可愛いって理由であちらの世界へ連れて行ってしまうのよ。私達の一族もそのように信じられてたわ。だから変な幼名ををつける習慣が出来たらしいわ。それで乳幼児死亡率を下げようとした……、みたいね」
その死神が嫌がるかのような変な名前で呼ばれ続け、エルフ族での大人の仲間入りを果たすと正式な名前を与えられる様だ。ラバトならラスティクシュールだし、ルコトならルヴァンティクシュールに当たる。しかし名前一つの単語が非常に長いのに家族名も大事にしてるエルフ族は三文字程度の渾名で呼び合うのだ。
「ルコト先生は、確かコンフィルマンディンが中間名ですよね」
ルーチェが訊く。ルコトはえぇと言いながらお茶を一口啜ると
「ゆで卵の殻、なんです」
と言う。その瞬間、ヴィルムはコーヒーを吹き、ゲホゲホと噎せ苦しむ。ハンカチを胸ポケットから出すとごめんごめんと言ってジャケットを拭った。
「――いやいや失礼。……ところで、またどうして、ゆで卵の殻が幼名として付けられたんでしょう?」
「それなんですが――、母が陣痛で苦しんでた時に父はゆで卵食べてたんですよ。それで産婆さんから産まれたと言われて立ち上がった時、殻を思いっきり踏んづけて転んで頭を打って気絶したそうなんです。だから『俺に初仔を抱かせてくれないのはこの殻が悪い』、そう言ってコンフィルマ・ンディンって名付けられたんですよね」
それ、ルコトの父親が純粋にドジなだけなのでは……。
「てっきり色白だからゆで卵なのかなって思ってたんだけど」
とルーチェが言う、僕もゆで卵と訊いた時はそう思ったが。
「あ、私はコンフィルマ・ンディニエアですね。これは私の父――母ルコトのお相手――が、ゆで卵を剥くのが本当に苦手で、いつも白い膜を剥がそうとすると白身がボロボロになるから、だったそうです」
と、ルヴァンシュが言う。そのゆで卵を綺麗に剥くのが苦手な人の子孫が、僕の横に座るルーチェだが彼女もゆで卵を剥けない人だ。それも遺伝なんだろうか。
「じゃあ、ラバト嬢は? バルパンプンだったと思うが」
「あー、あの子はバルパン・プンよ。これもあの子が産まれた時に父が馬の糞を踏んづけてすっ転んで頭を打って……。あぁ言わなくても判ります、父、ドジなんです」
気になっていた事を僕は訊く、ルコトは事が事だから少し言いづらそうに言った。
そして話を聞いてる限りラバトやルコトの父親という人となりは、足元に何か置いておくと勝手に蹴躓いて怪我をするタイプの人だろう、それだったらラバトと同じだ。彼女もよく僕の部屋で書架に足小指を打ち付けて痛がってるのだ。ここまで来たら遺伝なんだろうか。
「それにしても今年は……失礼を承知で言うが、名前で笑ってしまったのは今年多いなぁ。アンジェ先生然り、ルコト先生然り」
ヴィルムはそう言うと紳士然と装いながら煙草に火をつける。
「んぅ……、学院長、その、煙草は――」
「お、苦手でしたか! ……失敬」
「いえ、大丈夫です。そろそろ失礼いたしますから」
ルコトがハンカチを取り出してヴィルムに言うと慌てて煙草を揉み消した。母娘が立ち上がると僕らも皆立ち上がる。
「申し訳ありません、ルヴァンシュが喘息持ちなもんで……。学院長、暫くお世話になりますわ」
「いえいえ。妹さんと久し振りに楽しんでいってくださいまし」
母娘がカーテシーをすると、ヴィルムは胸に手をおいて会釈した。
「ルコト先生、今からどうなさいます? ラバト嬢のところへ行ってみます?」
「えぇそうね、よかったら案内して頂けません?」
ルコトはそう言ったのでラバトが普段生活している用務員室に訪れた。しかし仕事中なのか不在だった。
ルコトは整理整頓されたラバトの部屋にクラッチ杖を突きながら勝手に入ると、机に並べた書籍をぱらぱらと開いて目を落とす。
「あの子って昔から綺麗好きなのよね、すごく煙草吸うんだけど」
「あの、勝手に人の本を読んだら……」
「大丈夫、いま読んでるの日記帳よ」
「それ駄目でしょ勝手に見ちゃ」
「なになに――、『今日は朝から右足の親指付け根が疼く……これが封印されし邪竜のざわめきか』……、あらまぁ」
「え?」
「アンジェ先生。ラバちゃんって毎日どれだけお酒飲んでる?」
「んー、普段から水代わりに飲んでますね。朝から飲んでる時もありますよ」
僕に訊いてきたので応えると、ルコトは額をカリカリと掻くと溜息を付く。
「ねぇアンジェリカ、封印された邪竜って何? 目覚めたらどうなるのかしら?」
ルーチェが僕の服の袖を引いて訊く。そんなこと訊かれても邪竜が何か判らないのでなんとも言えない。古来文献より中二病たる疾患があるらしいが、それとは違うのだろうか?
「邪竜が目覚めたら? 関節大激痛よ。私達だってお酒を飲みすぎたりしたグータラな生活をしてたりしてたら発病するわね。父も晩年は苦しんでたわ、まだ生きてるっぽいけど」
ルコトはふぅと溜息を付いて日記帳を本棚に戻す。
「あと、アンジェ先生は聖剣を持ってるって書いてあるけど?」
「――それ気にしないでください!」
お昼ごはんには遅いし夕飯には早い時間だ。しかしお昼を食べてない僕たちは早々に食事へ行こうという話となった。ルーチェは着替えてくるわと言って学生寮へ歩いていった。
「アンジェ先生の研究室はこちらなんです? 失礼でしょうが、まるで物置みたいで……」
「えぇ、本当に物置小屋だったんです。本来なら寮監をする予定でして――」
そう言ってルコトとルヴァンシュが僕の小屋に入ってきた。あちらこちらをちろちろと眺めながら二人は充てがわれた椅子に腰掛ける。そして僕がここに住むこととなった経緯についても話した。
「まぁ私達も最初にアンジェって名前を見て女性よねと思ったわ。筆跡も可愛らしいし、どちらだろうって母さんと話をしてたのよ。でも手紙で一人称が『僕』と一箇所だけ書かれてたから、男性じゃない? ってなったのよね」
「まぁ女性で一人称をそのように書く人ってまず居ないものね……、ルヴァンシュ、どうしたの?」
「いや……床の下から今、物音がしたのよ」
目線を床に落とした母娘は腰だめから長さ二十ボウ程の杖を引き抜くと構える。そしてルコトが厳しく言った。
「もし誰か居るなら出てきなさい」
床の一部がゆっくり跳ね上がると、カオリルナッチが顔を出した。
「やっぱり……、その声ってルコちゃんじゃない?」
「え? 嘘、あんたヴィー?」
「そうそう! いやぁー、あんた変わらんねぇ!」
「人間そうそう変わらないわよ」
「エルフじゃん」
「うるさいなぁ……、そういうあんた、妖精ヴィヴィアンじゃん」
そう言ってカオリルナッチとルコトがひしりと抱き合う。お互いの体温をしっかりと感じるように、強く。
「ルコちゃんお久しぶり」
「ヴィー、お久しぶり。――そうだ、この人、あなたがずっと会いたいと言ってたママよ」
ルコトがルヴァンシュにそう言うと、娘は杖を落とすと顔に両手で覆い、言った。
「え? あ、あの、あなたが……ママ?」
「え? この子、ルヴァンシュなの?」
「うん。二百八十年ぐらいぶりかしら――?」
なんか感動的な話になってるが、どういうこと?
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