13話
拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。
読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。
エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~
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2023/01/30 11:06 修飾語や副詞の修正しました。
リーナのバイトは週五回、四刻程度の勤務だった。もちろん身分を隠しての労働だったが、世間には不思議とバレなかった。むしろ四番街のおしゃれなカフェには王弟次女、リーナの従姉妹にあたるラルフェがバイトしており、そちらは新聞屋が時々取材に来てたが。
「らっしゃいませー」
「よぉ金髪姉ちゃん背ぇ伸びたか? おい、エール四つ! おーよしよし、ミルスちゃん飴あげまちゅねー」
「ありがとうなのれしゅー! 今日のおしゅひゅめ、エビバター飯れしゅ!」
「おい金髪! エビバター飯と蒸し鳥も五人前くれぇ!」
「はいはーい」
客からは、リーナの特徴である綺麗な髪色からよく金髪と呼ばれてた。
酔客相手の商売だ、口の悪い客からは乳なしとかちんちくりんとかと時々呼ばれることもあった。その時はその時でその客の頭をお盆で叩いてたが。
それに、あの騒動屋な性格なのにお店では一度しか問題を起こさなかったのだ。
バイトを始めたことによってリーナは対人間隔が随分と近くなる。今まで擦り寄ってくる輩には原則無視の態度だったが、急に馴れ馴れしく接するようになったのだ。
しかし僕やジンを馬鹿にするような下級貴族の輩たちがリーナに僕たちを悪く言おうものなら目をひん剥いて怒り、逆にその輩たちを遠ざけた。僕やジンはそんな二面性なリーナの態度に戸惑いを隠せなかった。
バイトは卒なくミス無くこなし、大きな失敗もしない。そして仕事もすぐに覚えた。しかも馴れ馴れしい客の頭をお盆で叩いて笑い合う。
つまり、仕事に慣れすぎたためにいつの間にか舐めた態度で仕事をするようになったのだ。
「ねぇアンジェリカ。あんた、たまにはご飯食べに来なさいよ」
そんな秋色づく日、移動教室の途中にリーナが言う。はい今度伺います、あと僕の名前はアンジェです。僕はそう応えたのだが、今日来なさいよね、とリーナは続けたのだ。どうかしましたかと尋ねると、
「ミルスちゃんがねぇ、アンジェリカが来ないってブー垂れるのよ。ジンはしょっちゅう来るくせにアンジェリカが来ない、きっとどこか浮気してるからだーって言っててね」
と、ため息を付きつつリーナは言った。ふぅわかった、今夜夕飯で伺います、そう応えた。
そしたら、いい加減敬語辞めてよねアンジェリカ、とリーナは睨んだ。
なお、この頃は学生食堂でヌイユばかり食べていた。確かに浮気してた。
その日の夕刻に言われた通り、金のアヒル亭に行く。
リーナがちゃんと来たわねというと席を案内してくれた。
夕刻とはいえまだ陽は高かったが既に一人客と二人組客が居たのだ。きっと大量に盃を重ねたのだろう、二人組のご機嫌な話し声が外まで響いていた。
「アンジェしゃんいらっしゃいませー、きょう、なににしゅる?」
まだろくすっぽ文字も書けないはずのミルスだったが、一丁前にメモとペンを持って僕のもとへ来た。しかもミルスは前歯が生え変わりのため、ひゅーひゅーと間の抜けた声だった。
ヌイユあるかい、と僕が訊く。
それを聞きつけたリーナが、あんたまたヌイユなの、と文句を言いに来たのだ。
「りーなしゃん! おきゃくしゃまが何をたべるかもんく言わないの!」
すぐに椅子によちよちと登ると、腰に手をやってリーナを見上げて叱る。
前まではテーブルに登って言ってたが、流石に女将から飯食う場所に登るなと叱られたので、今じゃ椅子の上で叱るようになったらしい。
「えー、でもアンジェリカってここずっとヌイユばかり食べ……「おい金髪姉ちゃん!」
リーナが話してる途中で客から声が掛かり、はいはーいと言いながらそのテーブルへ向かっていった。
僕がその客をよく見ると、どうも冒険者然とした二人組だった。傷だらけの革鎧や胸当てを着て、身体にも生傷や古傷が痛々しく刻まれていた。
この帝国内にも冒険者はいる。
と言っても、おとぎ話で聞く冒険譚や英雄譚のように魔王やドラゴンがいる世界ではない。ここらへんでの冒険者は、害獣退治や狩猟、資源採取、各種ギルド間の速達郵便配達、といった個別依頼を冒険者ギルドから受注し、成功報酬を得て生活するといった日雇労働者的側面が強い。
しかも腕っぷし一つで成り上がっていくためか、どうしても粗野な者が多いのだ。酔って騒いで問題を起こす事もしばしばのため、冒険者然とした者の入店を拒否する飲食店は帝都では少なくない。
「金髪姉ちゃん、このエール、温いぞ!」
その客は飲んでたジョッキをテーブルに叩きつけて大声で言った。余程お酒が回ってるのだろう、目が座っている。
「あはは、ごめんなさいね。んでもまだこんな時期だしエールは温いわよ。もし冷たいのをご所望なら、北方のプリューゲル方伯国へ行くべきね! こんな時期でも寒いわよ?」
そうリーナが笑顔で応える。確かにエールは常温で飲むので、冷たいのが飲みたいならここらへんより冷涼なプリューゲルへ行くか、もっと寒い時期まで我慢するか、氷結法術をかければ良い。ただ氷結法術を使える者なんてかなり珍しいが。
それ以前にプリューゲル方伯国へ行けだなんて客に対して失礼だろう。
「んだと? おめぇ馬鹿にしてるのか、このちんちくりん!」
胸当てをした冒険者が立ち上がり、リーナの肩を掴む。リーナは一瞬、嫌な顔をしたがすぐに笑顔を作る。しかし無理に作ったのだろう、若干引きつり気味だったが。
「わかったわよ、うっさいわねぇ……、はやく・しずかに・冷やせ」
リーナは一つため息をつくと法力発動言語を詠唱した。テーブルのジョッキが冷えてるのが遠目で見ても解る。
「んだよおめぇ、ちんちくりんのくせに氷結法術使えんのかよぉ」
と、もう一人の冒険者はニヤつきながらリーナの尻を撫でた。
ひッと声を上げるリーナだが、徐々に顔が紅潮していくのが解る。
肩をぶるぶる震わせてるところを見ると怒りの臨界点があっさり超えたようだ。
「使えるわよ文句あるぅ!?」
そう言って持ってたお盆で尻を触った冒険者の頭をぶん殴って投げつけた。金属製のお盆がひしゃげる音が響いた。そしてリーナは二人を睨みつけて腰だめに手をやった。が、佩刀してない事を思い出したのか顔を青くする。
「よぉちんちくりん、やってくれるじゃねぇかよ」
尻を触ってお盆で叩かれた冒険者は即座に立ち上がると短剣を抜いた。それを見てもう一人も剣を抜く。
リーナは間合いを取ろうとするが既に背は壁に付いており逃げ場は無い。
女将と大将はミルスを奥に引っ込め、すりこぎやモップ片手に厨房から出てきた。
そして、一人で来てた客は店から飛び出していった。
僕はどうすれば良いのだろう。きっとこういう展開になるであろうと思ってはいたが、僕は別に武術に秀でている訳でもない。
先程リーナが投げつけたお盆が僕の前に転がってきたので、取り敢えず二人めがけて投げつけた。
偶然だろうがそのお盆は綺麗な孤を描き革鎧の冒険者の頭に強く当たる。何事かと振り返った時に、持っていた短剣がもう一人の冒険者を掠めた。
「おめぇあぶねぇだろ!」「んだけどお盆が飛んできて……」
冒険者たちが言い合ってる最中にリーナは二人から逃げ出して僕の後ろに隠れた。
女将がすりこぎを、大将がモップを的確に振り下ろし、僕は足元に転がってた椅子を二人の足元めがけて蹴飛ばした。いくつか当たったため、彼らはただひたすらに短剣を振り回すだけだった。
「官憲だ! お前ら! 何故店内で抜剣してる!」
先程飛び出していった一人客と共に官憲達が身分証を突き出しながら乗り込んできた。
官憲達は身分証を仕舞うと二人組と問答する事無く手際よく取り押さえて縄で縛る。そしてあっという間に連行していった。
「皇女殿下、ご無事でありますか!」
官憲を敬礼して見送った後、残った一人客が深く頭を下げて跪く。どうやらリーナ付きの護衛役人のようである。しかもその声を聞けば男装した女性のものと解るし、その女性の顔をよく見ればクラスにいつも一人で居る、もの静かな子だった。
きっと自分の力量を超えた問題が起きたから近くに控える他の仲間たちを呼びに行ったようだ。
「えぇ大丈夫よ。このアンジェリカや店主のお陰で怪我はないわよ。それよりもこの店がこんな有様だわ。あの二人から巻き上げて修繕費に回しなさい」
「はっ!」
「あ、あと……。あんな小悪党、裁判なんか不要よ。すぐにプリューゲルの強制収容所にでもブチ込んどけ!」
「畏れながら。そのような帝国刑法に反する命令は皇女殿下とは言えお受け出来かねます。……怖かったのは想像できますが、落ちついて下さいませ」
「ふん!」
確かにリーナは僕の背中に隠れてた時ぶるぶる震えてたのは知ってるし、監視役に指示をする時も顔が蒼白となり声が震えてた。
その後、僕や店主たちは彼女から軽く事情聴取を受けた。そして口止め料なのだろう、いくらかのグストゥフ大金貨を握らされた。
このような失敗があったせいだろうか、リーナの人との接し方がまたも随分と変わったのだ。
今までのような極端な距離感や態度ではなく、ある程度適度なものに調整されたのだ。そして前々から言ってた『一女学生のリーナ』として接しやすいものに変わっていったのだ。
「リーナしゃんはよく、はたらいてくれてましゅが……、畏れおおい方は、これいじょう、やとえましぇん」
そして、残念ながらリーナはミルスにそう言われて金のアヒル亭をクビになった。
しかしクビになっても僕たちは堂々と通ったし、リーナに懐いてたミルスは僕らが行けばふんだんにサービスをしてくれたのだ。高等学院を卒業しても僕らは何かと金のアヒル亭のお世話になる。
*
*
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「やっぱりデリッカ君はエルクーァでのバイトで一皮剥けた、と思うのかい?」
翌日、東街にあるレストランへ再び赴き、リーナ……ここではルーチェ、に訊いた。
「そうね。今もバイトを続けてるんだってさ」
ルーチェはニコニコしながらハチャプリを口に放り込む。
「ふぅーん、アンジュー頑張ったじゃない!」
フィアランスはシャシリクをクヴェリワインと共に流し込んだ。
「んまぁお茶の淹れ方を教えてもらうだけだったんだよ。何でか泊まり込みのバイトをさせてしまったんだがな」
僕はヒンカリをフォークとスプーンにて摘み口に運ぶ。
どうも東街の手で摘んで食べるって流儀には未だ慣れない。
「ところでちぃ姉ちゃん」
「なぁに? 愛しのアンジュー」
「そろそろ帰らないとまた旦那さんから帰宅を願う手紙が山のように届くと思うんだが……」
おずおずと僕は訊く。
かつてフィアランスは僕が帝都に居た頃、何度か僕のところへ来てはしばらくしてイケメンの旦那さんから早く帰ってきてほしいと懇願する手紙がポストに入り切らないほど届くのだ。
後ろ髪惹かれる思いでフィアランスは帰っていくのだが、今度は彼女からの手紙がポストに入り切らないほど届くのだが。
「んー。すでにさ、手紙の件はラバトちゃんからいい加減にしてくれって言われてね。だから悩んでるんだよねー」
フィアランスはワイングラスを空けると、
「お姑さんからねぇ、いい加減嫡子を産むか離縁するかはっきりしてって言われたんだー」
と言うとワインをなみなみと注ぐ。ルーチェも笑顔でグラスを差し出すが、フィアランスはそれを無視した。
「私は離縁してもいいんだけど、お母様が絶対駄目よって言うのよ。ほら、私らの宗旨って離縁は認められてないでしょ?」
「そうだな。そうなるとちぃ姉ちゃんは破門だ。ついでに僕ら一族とも離縁ってことにもなってしまう」
「だから、もう私はアンジューのところへ来るの、これでもう最後。……次に会えるの、アンジューの結婚式か……、お葬儀だね」
「……ちぃ姉ぇ……」
「だからねアンジュー。早く結婚せん?」
フィアランスはふっと笑うとグラスのワインを一気に飲み干し、ルーチェを指差して言う。
「ただし、そこの女だけは認めないけどね!」
翌日、フィアランスは静かに帰途についた。
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