12.5話
拙書『アンジェ先生転勤します』が1/13に5,000PV達成しました。
読切の記念SSがひっそりと公開されてますので、気が向いたら読んで頂ければ幸いです。
エド姉ちゃん出奔します ~姉妹の秘密~
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ミノンちゃんと二人きりで話せる場所……西街のエルクーァを考えましたが、きっとエルちゃんたちの耳に入っちゃえばアンジェ先生の耳にも入りかねません。
どこがいいですかね、と私はミノンちゃんに訊いたら、安くて個室使えるところあるよ、と教えてくれたのは五番街の『呑喰』ってお店でした。
ミノンちゃんの叔母さんが経営してる居酒屋みたいですが、全品定額で何でも飲食できるところみたいです。
剣闘術会が終わってから、私とミノンちゃんは五番街まで歩きました。
その時ミノンちゃんは手を握って良い? と訊いてきましたので、いいよと応えました。ミノンちゃんの左手は恐ろしいほど震えてましたし、彼女を見上げてみたら顔は青白く唇は真っ青になってました。
二人でお店に入り、ミノンちゃんが女将さんに話をすると個室に通されました。
席に座ると何も言わずにヌイユと飲み物が出てきました。ただ、大きなお皿の山盛りのヌイユと、大樽ジョッキに並々と注がれた飲み物が出てきたのです。ミノンちゃんはさっそくフォークとスプーンでそれを黙々と、且つもりもりと食べ始めました。
お昼ご飯はまだだったので私も手を付けようと思いました。ただし全部食べ切れるとは思えない量なので、一心不乱に食べてるミノンちゃんに聞くことにしました。
「ねえミノンちゃん、これ、少し食べられる?」
「ん? ジョルジェちゃん、これぐらい食べられない?」
「うん……、普通に無理」
「そぉ? わかった。小皿に取り分けて食べて? 残ったのは、私、食べるから」
そう言ったので、私が食べ切れそうな量だけすくい取ると、一口食べました。
びっくりするぐらいに美味しいのです! この濃厚なミルクとチーズの味!
えっ!? まさかこれ、牛の乳なんじゃ……。
「あの……ミノンちゃん。私ね、拝星宗徒だし……」
「大丈夫! ジョルジェちゃんのことは伝えてあるよ。これら羊乳を使ってるから安心して」
「そうなんだ」
ほっとしました。あと、宗旨禁忌ってめんどくさいですよね。
そう言えば私とアンジェ先生は宗旨が違います。きっと同じ宗旨のミノンちゃんだったなら、こうやって食べ物の件で絶対に悩んだりしないんだろうな、気楽だよね、そう思いながらヌイユを口に運びます。
……私って嫌な子。そんなつまんない事を想像しちゃいました。
「ねぇジョルジェちゃん」
すでに大皿のヌイユが随分と減ったミノンちゃんが声をかけます。なに? 私は応えました。
「あのね……、この前ね、私ね、……アンジェ先生にすっごい迷惑掛けちゃったの」
私はスプーンとフォークを置くと、大樽ジョッキを傾けました。けっこう飲みやすいヨーグルトフルーツ飲料でした。
「フィアランス姉様から訊いてるよ」
私は応えました。きっとその話をしてくると思いましたから。
「フィアランス姉さま……? あぁー! アンジェ先生のちぃ姉様だよね!」
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私がアンジェ先生が住んでる小屋へ伺った時、アンジェ先生に雰囲気そっくりで背の高い女性が出てきました。私は粗相が無いようカオリル先生に言われた通りのカーテシーをして頭を下げると、
「ここの生徒さん? アンジューに何か御用?」
と優しくお声を掛けてくれました。私は、教科書で判らないところがあるから伺いましたとお答えすると、入って待ってて、と言われました。
「アンジューねぇ、ちょっと所用で出てるのよ。――あ、私? アンジューの次姉フィアランスよ」
と言ってカーテシーされました。その所作は私と違って自然で綺麗でした。と言うより学院の誰よりも洗練されてます。
「あの……、アンジュー様ってどちら様?」
私は先程から気になってた事を伺います。そうするとフィアランスって方はしばし考えると、
「あ! そーだそーだ。ここではアンジェだった! ごめんごめん! 思わずそう呼んじゃったわ」
というのです。私は事情が判りませんのでぽかんとするばかりです。
「あのね、アンジェがアンジューで……、ん? いや、アンジューがアンジェで……?」
フィアランスさんが言う、アンジェ先生の出生のヒミツを教えていただきました。
お互いの自己紹介が終わると、フィアランスさんは私のことを根掘り葉掘りと訊いてきます。私は別に自分のことで隠すことは有りませんので素直にお答えしました。
「ふぅーん、剣闘術やってるってことは……、ミノンちゃんって知ってる? すっごいでっかいらしいね!」
突然フィアランスさんからミノンちゃんの話が出てきたのでびっくりしました。どうしてご存知なんですか? って聞くと、
「ほらほら、ミノンちゃん補導されちゃって弟のアンジューが身元引受したのよ。そしてしばらくしたら王宮警備隊に参考人として連行されて、またアンジューが身元引受したからね」
というのです。
えー! ミノンちゃん、なにアンジェ先生にめちゃくちゃ迷惑掛けてるんですか!
「でね、エド姉ちゃま……、私やアンジューの姉ちゃまね、王宮警備隊の隊長なんだけどね。その取り調べの時にミノンちゃんはエド姉ちゃまにアンジューのお嫁さんになりたいですってすごくアピールしてたんだって。――あ、エド姉ちゃまは一昨日帰っちゃったけど、このシュトレーメにお忍びで来てたのよ?」
えっとね、情報が多すぎて頭がこんがらがりました。
まず王宮警備隊隊長て……『冷蒼の剣』って言われてるエド隊長ですよね。というか王宮警備隊の隊長だなんて軍属では大出世コースですよ。しかも二つ名持ちで市中の婦女子からも人気の方。とにかくクールで隙がなく笑わない人って新聞にも書かれてる方です。確かエド隊長のブロマイド、家にあったと思います、私の姉が好きなので。私も好きなんですけどね。
そのエド隊長の弟さんがアンジェ先生……、その時点でびっくりです。そのブロマイドですが、なんとなくアンジェ先生にほのかに似てた気がします。家に帰ったら確認しようと思います。
で、そのエド隊長がお忍びでシュトレーメにいらしてた事に驚きでしたが、ミノンちゃんが会ってる時点で驚きです。それよりもアンジェ先生と結婚したい!? ミノンちゃんは本当にそこまで思ってるのでしょうか。もう頭の中がパニックです。その前にミノンちゃんってそんな事言う子でしたっけ? フィアランスさんが嘘を付いてるとは思いませんが、どれぐらい盛られた話なんでしょうか。
「でね、毎朝目玉焼き作ってあげたいとか、我が家自慢のニシンパイ作るとか、何事も出来ないと思ってたらなにも出来ないよとか……。色々とエド姉ちゃまに言ってたみたいでね、帰り際なんてね、『もう、アンジューのお嫁さん、この子で良いんじゃない? 少なくともあのオテンバ皇女よりマシだと思うの』と言って帰っちゃってね」
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フィアランスさんの言葉を思い出しながらミノンちゃんを見ると、もぐもぐとヌイユを口に運んでました。私の視線に気づいたのでしょうか、ミノンちゃんは笑顔で美味しい? と訊いてきます。
「すごく美味しいね。でも量があまりにも多くて……、なかなか減らない」
「ちょっと量が多すぎた? あとでグラタンとニシンパイとデザートも出てくるよ?」
「そんなに入り切らないよー」
ミノンちゃんはうふふと笑うと、稽古のあとだから入るって、と言いました。きっとそれだけ食べてるから大きくなる……うん、そんなこと言ったら喧嘩になっちゃうね。この前も背が伸びたかもって気にしてたし、合宿中なんて背を低く見せようと靴底を彫刻刀で彫ってましたし。
「でね、この前補導されたの。何かあったかとか聞いてる?」
「うん、聞いてる」
「刑事さんがね、お迎えは両親か先生を呼ぶけどどっちが良いって訊いてきたから先生って応えたんだけど、まさかアンジェ先生が来るとは思わなかったんだ」
「教頭先生とかじゃなくて良かったね」
「……はっ! レオスが来る可能性もあったかー! それだったら超嫌だわー!」
「でもなんでミノンちゃんって、先生を選んだの?」
「うん! たぶんアンジェ先生が迎えに来てくれると思ったから!」
ミノンちゃんはとてもうれしそうに応えました。私は思いました、もう私の気持ち以上に先生を思ってるんだって。
「もしジョルジェちゃんも補導されたら先生にするといいよ?」
補導されないよう気をつけますが、もしそうなった時のために心に留めておきます。
そのあと、アンジェ先生と五番街で食事してたらまた捕まった話をしてました。この話もフィアランスさんから聞いてます。
「――で、エド隊長ってどうだった?」
「んー、アンジェ先生ほどじゃないけど背が高くて、ショートカットなんだけど後頭部のとこから長い三つ編みが腰ぐらいまである人でね……、アンジェ先生のこと大好きなのは解ったよ」
「ところで、やっぱり二つ名通りの方だった?」
「ううん、なんかねー、酔っ払ったラフェルン先輩みたいな人」
そうなんだ……。市中では『冷蒼の剣』って言われてるクールビューティが酔ったラフェル先輩みたいって訊くと、ありがたみが随分と減った気がします。――あ、ラフェル先輩にありがたみが無いって言ってるわけではないんですよ?
ミノンちゃんがヌイユを口に運ぶので、私も少し口に入れます。やはりここの味付け、濃すぎず薄すぎずであっさり味なのに余韻が強い。茹で加減も硬すぎず柔らかすぎず、おうちで食べるヌイユとは比べ物になりません。
きっとミノンちゃんもヌイユの事に意識が集中していたのか、会話が途切れました。個室の中ではフォークがお皿に当たる音が響きます。
「あの」「あのねっ?」
私たちは同時に声を上げてました。
先程までとは違い、ミノンちゃんの表情がかなり真剣です。私の表情が硬かったのでしょうか、大丈夫?と声をかけてくれました。ミノンちゃんも表情が硬いよ、と私も言いましたが。
「ジョルジェちゃん、言いたいことって何?」
ミノンちゃんが聞いてきました。なるべく自然に振る舞ってるようですが、ものすごく引き攣った笑顔でした。
私は合宿最終日の馬車での話を素直にしました。
「帰りの馬車? ほら私ってずっと寝てたよね」
「うん、お腹出して寝てたね」
「うっわぁ……、アンジェ先生に見られた?」
「うん。お腹を冷やさないよう何度かタオルケット掛けてくれてたよ」
「恥ずかしい! おへそ見られたかな?」
「うん……おへその周りとか首とか脇の下とかボリボリと掻いてたし」
「――ねぇ、今からアンジェ先生の後頭部をぶん殴ったら忘れてくれるかなぁ?」
「やめて」
ミノンちゃんは寝相が非常に悪いのです。合宿中では寝ながら寝間着を脱ぎだして全裸になったりしてましたから、しかも何度も。ですのであの馬車の中でもズボンやシャツを脱ごうとし、みんなで必死に止めてました。おへそどころの騒ぎでは有りませんでした。
この話はミノンちゃんの名誉の為にしないでおこうと思います。
「その馬車で何があったの?」
「ほらルーチェ先生が言ってた、最終稽古の時のご褒美って覚えてる?」
「……んー、覚えてるよ……ってか、本当に?」
「うん。アンジェ先生寝てたから、そーっとほっぺたに」
私はあまりの恥ずかしさに目線を上げて言えませんでした。
しばしの無言が、痛々しかったです。
「それなら、私も一緒だね! 私は父ちゃんの目の前だったけど!」
えーっ! どんなシチュエーションでそうなったんですか!
そう思ってたら、羊肉のローストと飲み物が出てきました。
「アンジェ先生に色々ありがとうのちゅーですよ! ちょっと前歯が当たって痛かったけどね、一緒だね!」
なんというか、ミノンちゃんの勇気、物怖じしない気持ち、前向きな思いが羨ましすぎて眩しすぎて泣きそうになりました。
私なんて寝てるアンジェ先生のほっぺたに、ヴィンチ町へ行く馬車では寝てるアンジェ先生の手を握るのが限度だったのに。
先程出された飲み物を口にしました。
――――お酒でした。やけ酒、だめですか?
なおミノンちゃんが言いたかったことは、補導されて先生に迷惑をかけた一連の話だったようです。
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