06話
店員たちが準備に勤しんでる中ミノンは我関せず焉つかつかとお店に入っていく。それを見たかなりでかい女店主が声を掛ける。
「よぉミノ吉! あんた、久し振りじゃないの!」
「オバちゃん三週間ぶりぐらいー! 昨日まで合宿でヴィンチ町に居たんだー、焼肉2つ!」
「誰がタダで食べさせると思ってる! そこの彼氏と一緒に開店準備を手伝いな! そしたら用意してやる」
女店主はそう言うと木製ジョッキにエールを注いで一気に飲み干した。いつもカオリルナッチがぐびぐび飲んでるあの大きな木製ジョッキだが、女店主が持つと小サイズにしか見えない。
「おや? ようやく出来たミノ吉の彼氏かと思ったら、カオリル先生の彼氏ちゃんじゃない! 帝立学院のエリート学士先生!」
あはは、その節はお世話になりましたと笑いながらごまかす。
「えー! やっぱアンジェ先生ってカオリル先生と……?」
テーブル代わりの樽を拭きあげるのを手を止め、立ち上がると涙を流しながらミノンが訊く。え、その一瞬で涙を流せるの?
「違います! てか、やっぱって何だよ、やっぱって! ミノン君は僕を何だと思ってるんだ?」
「えー? 学校じゃあカオリル先生なのかカロリーナちゃんなのかラバトちゃんなのかって賭場が立ってますよ?」
「よし、その賭場に今度踏み込むからあとで教えてくれ」
「イチャコラしてる前にさっさと黙って手を動かす! もたもたしてると賄いはやらんよ!」
女店主がそう言うと僕らははーいと言って開店準備を手伝うのだった。
この呑平が、ラバトの思い出の店・呑瓶亭の後継店であり、創業者キューポラの子孫(曾々孫)がやっているというのは開店準備中に教えてもらった。なお他にも四・五番街で『呑』の字が付く呑屋は殆どがミノンの父系親戚たちらしい。
開店準備も終えたので、ミノンがいう『焼肉』をご馳走してもらった。様々な獣肉をタレで焼いたものを米飯やパンと食べるスタイルらしい。ミノンは米飯とパンを交互に食べていた。かなりの量が皿に盛られ、それを勢いよく口に運ぶのだが、彼女曰くそれでも『おやつ』のカテゴリーらしい。
「別館に居た、背の高い女の人二人って、アンジェ先生のお姉ちゃんですか?」
もぐもぐと咀嚼しながらミノンは訊いてきた。
「あぁ。短髪でメガネを掛けた軍服姿なのが長姉のエドヴィシュだ。で、もう一人が次姉のフィアランスだよ」
「やっぱり! すっごい似てますよね! 軍人のお姉ちゃんはかっこいいアンジェ先生で、サマードレスのお姉ちゃんはかわいいアンジェ先生みたいですもん!」
「なんだその例えは……。ところで、ミノン君には兄妹いるのか?」
「兄妹ですか? それでしたらアンジェ先生が領主別館でマティルノ姉ちゃんと会ってますよね?」
「やっぱり……。あれ、姉だったんだ」
「えぇ! 我が家自慢の優秀な姉なんですよ!」
ミノンは胸を張って自慢する。帝国士官学校に入学したエリート兵士なんですよ! と続けた。
「あのぼんやりしてたマッチーが今じゃ帝国士官だもんね。で、帝都で奉職しとると訊いてたが何のご用向でこんな田舎くんだりしてるんだ?」
そう女店主が訊くと、ミノンは待ってましたと言わんばかりの笑顔でこう応えた。
「なんか、極秘任務らしくシュトレーメに戻ってきてるんですよ! 詳しくは極秘任務らしいんですが、王宮警備隊の副隊長さんにゆーいんこーぶんしょ? これのぎぞーの疑いがあるから、その重要参考人って人を、出頭依頼かけつつ文章棄損の罪をふっかけて出頭命令にするって仕事で来てたんですよ!」
おい、極秘任務をペラペラとばら撒いてるぞ。しかも今朝し方に僕がマティルノに連行された話をペラペラと大声で。慌ててミノンの口を塞ごうと思ったが、残念、遅かった。
「開店前に失礼」
恭しく頭を垂れて店に入ってきた女性が言う。
「私は王宮警備隊アガリクス・サルブフェッセンスと言う。お嬢さん、その極秘任務とやらについて詳しく聞かせてくれないか?」
身分証を見せてミノンの前に立つ、凛とした佇まいの私服姿の女性兵士が言う。
「え? アガリスクさん、マティルノ姉ちゃんと同じ王宮警備隊でしょ? それならマティルノ姉ちゃんに直接訊いたら早くない?」
事情が全く読み取れないのだろう、焼肉をもぐもぐ咀嚼しながらミノンは素直に応えていた。
「いえ。極秘任務をなぜ、お嬢さんが知ってるのかなぁー? と思ってね」
僕が間に入ろうと思ったが女店主は止めた、そして目を閉じて首を横に振る。それを見て僕も察してしまった。
「えー? マティルノ姉ちゃんが極秘任務だけどミノンだけに教えてあげると言って教えてくれましたよ? まぁ父ちゃんや母ちゃんにも極秘任務と言いながら言ってたっぽいけど……?」
はぁー、僕も女店主も、そしてアガリスクと名乗る女性兵士も大きなため息を付く。そして腕時計を見やり、アガリスクは宣言をした。
「十六刻二十二分……、帝国国家公務員法百条違反疑いの重要参考人として出頭して頂きます。ミノン・フリーデンさん」
「ん? じゅーよー参考人? また補導されたんじゃないんだよね? じゃ、これ食べて、あとお家で夕飯も食べてから行くじゃだめかな?」
「今その食事なら待ちます、お家に帰って夕飯は無理です」
「無理って言ったらなにやっても無理だよー? そこのアンジェ先生がよく私に言うんだよ!」
そう言いながらもぐもぐと食事を口の中に放り込むミノンだった。あまりの食いっぷりのせいだろうか、それともミノン自身が事の重大さに一切気づいてないからだろうか、アガリスクはミノンを呆然と見つめることしか出来なかったのだ。
「でも……領主別館ってことは、アンジェ先生のお姉ちゃんに会えるんですよね! 母ちゃんの作るニシンパイ、すごく美味しいんで是非とも食べて貰いたいんです! ですから、これ食べきってから私の家に寄って下さい、アガリーちゃん!」
あまりにも自由な子は止めることが出来ない。僕はそう思ったし、きっとアガリスクも思っただろう。
「はぁー。先触れを貰った時、私も王冠を放っつけて王錫で素振りを始めた陛下の気持ちが分かったわ」
領主別館へ連行されたミノンに付き添う形で僕はエドヴィシュと対面した。
「よっすよっす、私がミノン・フリーデンだよ! うわぁー、やっぱアンジェ先生そっくり!」
「あなたがミノン・フリーデンちゃんね、私はアンジュー……アンジェの長姉エドヴィシュ・カマークだよ、よろしくね」
エドヴィシュが右手を差し出すと、ミノンはその手を片膝付いて恭しく受け取りキスをした。
「あら、紳士然として。かわいいわねあなた」
「えへへー、じゃあなでなでして?」
そしてミノンはなでなでを要求する。最初は戸惑っていたがエドヴィシュも満更じゃないのだろう、ぎごちなくだがミノンの頭をなでた。
「うへへー、まるでアンジェ先生のなでなでみたい!」
その一言でエドヴィシュの表情が固まった。
「え? あなた、弟からなでなでしてもらってるの?」
「はい! 勉強ができた時とか頑張った時とか、飴玉と一緒になでなでですよ?」
それを訊き、エドヴィシュが涙を目に貯めて僕を見る。僕は恐ろしくて姉を見やる事ができない。
「そ、そぉ……。今からお姉ちゃんが質問するから、正直に答えてもらってもいいかしら?」
「いいよー! でも質問される前に、質問してもいいですか?」
「……えぇ、手短に頼めるかしら?」
「なんで私のおねーちゃん、縄で縛られて泣きながら正座してるんですか?」
「あんたのお姉ちゃんであるマティルノ・フリーデン二尉がね、とんでもない事をやらかしたっぽいから逃亡防止よ」
結局マティルノはミノン一家に極秘任務の内容をぺらぺらと喋っていたのだ。ミノンが呑平で話てた仔細が極秘任務の内容と完全合致だったため、マティルノは帝国軍査問委員会へ身柄を送られるため帝都へ強制送還されることとなったが。
「これで意見聴取はおしまいよ。遅くまでありがとうねミノンちゃん。ちょっとサインが欲しい書類を作ってるからすこし寛いでて?」
「はーい! えへへー、エド姉さん楽しかった?」
「疲れたし楽しくないわよ。でもあなたが持ってきてくれたニシンパイが美味しかったから幸せよ」
そう言ってエドヴィシュはミノンの頭をなでなでする、ミノンはみゅーと声を上げて喜んでいた。
「私もちゃんと作れるようにならないとね! 将来アンジェ先生に作ってあげないと!」
「ミノンちゃん……、よくもまぁそんな恥ずかしい事、平気で言えるわねぇ」
そうエドヴィシュが言うと、ミノンは不思議なものを見る目でエドヴィシュを見つめてこう言った。
「え? アンジェ先生と結婚するのが恥ずかしいことなんですか?」
「恥ずかしいでしょ!? もし出来なかったらどうするの? させないけど」
「あー! さっきのアガリスクさんにも言ったけどね、エド姉さんにも言っておくね……。えへん、出来ないって言ってたらなにも出来ないんですよ? 出来ると思えばきっと出来るし絶対出来るんです。出来ないと思って出来ても嬉しくないじゃないですか! だから私は何でも出来ると思って生きてます!」
「でもあなた、勉強が苦手で苦労してるんでしょ?」
「はい! すっごく苦手! でもね、アンジェ先生が言ってくれたんです。出来るまで付き合ってあげるから一緒に頑張ろうって! 出来たら頭なでなでと飴玉ですもん。だから頑張れるんです!」
天真爛漫に応えるミノンに今度はエドヴィシュはジト目で僕を見た。やはり、姉を見やる事ができない、慌てて目をそらす。
「ってか、アンジェ先生の教え方知ってます? すっごく判りやすいんですよ! 私の友達にジョルジェちゃんって天才の子が居るけど、その人より教えるの上手ですし! あ、そのジョルジェちゃん、アンジェ先生のこと好きすぎて時々おかしくなってます、これ秘密ですよ?」
そんな大声で僕に秘密をばらされてるジョルジェが不憫で仕方ない。ところでどうおかしくなってるのと訊くエドヴィシュにミノンは耳打ちをして応えていた。エドヴィシュはそれを訊いて耳まで真っ赤にしてうわーと言ってたが。
「と、ところで……エド姉ちゃま」
「なぁにアンジュー? なんならそのジョルジェちゃんも政治犯に仕立てて帝都に連れて行くわよ?」
「どうしてそうなる!」
「アンジューに変な虫が着いたら私もフィアンも困るもの!」
「なんだよ変な虫って! ところで……気になったことがあってさ」
「何? フィアンならあなたの住んでるオンボロ小屋であなたの帰りを待ってるわよ」
「それはどうでもいい! いや、どうでも良くないか! そうじゃなくて、なんでアガリスクって王宮警備隊員が五番街の呑平に居たんだよ。どう考えてもたまたまじゃないだろ?」
「ん? あなた達に監視を付けてるもの。……そりゃそうでしょ? 本来なら特殊警察隊をつけるべきでしょうけどね、そこら編はお役所的仕事なもんで下手に他に頼むと痛い腹を探られかねないでしょ?」
「いやいや、今まで監視がついてないのにか?」
「は? リー……ルーチェ嬢が出奔した時からずっとあなた達に監視が付いてるわよ? まぁあなたたちはいつも一緒に居たから監視の手間が随分省けたけどね」
「え? アンジェ先生は監視されてるんですか? もし良かったらその監視内容は教えてもらえないんですか?」
ミノンははいっと手を上げてエドヴィシュに訊く。
「なぜミノンちゃんにそんなこと教えると思ってるのかしら?」
「知的好奇心?」
「遊びで監視してるんじゃないわよ」
エドヴィシュが吐き捨てるように言うと、ミノンはちえー、けちけちぶーと唇を尖らせて言う。そんな事気にせずエドヴィシュは羽根ペンを走らせていた。
「もし、監視を外せ言うならはっきり言うわ。ルーチェを追い出して私のところへ戻しなさい。そうすればあなたは自由になるんですから」
「いやそんなつもりはないよ」
「なら我慢して。こちらだって最大限譲歩してるんのよ。まぁあなたの目に映るところには居ないわ」
「そうか……。なら参考までに、今までどこに監視が居たか教えてくれないか?」
「そうね。あの合宿の時だったら、御者、貨車の天井、馬の交換や食事などで使った馬宿のスタッフ、剣闘術の稽古場の管理人、パン屋、毎朝食材を運び入れてた業者、バーベキューで肉を焼いてたBBQ三兄弟、スイーツバイキング店のスタッフ、あなたが溺れかけた時に助けてくれた公衆温泉客の爺さんもよ」
「それ殆どじゃね? てか、合宿で会った人ほぼ全員じゃね?」
「そんなことないわ。たまたま一般人と接触しなかっただけよ。はい、ミノンちゃんここにサインして。そしたら帰っていいわよ二人とも」
「はーい! じゃあサインしま……」
「ちょっと待てミノン君。ちゃんと書類読んだか?」
「へ? 読まないとだめですか?」
「当たり前だ!」
エドヴィシュから書類をひったくって読むと、やはり書いてある内容が聞き取ったものと大きく乖離していたのだ。
「姉ちゃんよぉー、自分にえらく都合のいい調書を書いたもんだなぁ」
「だって! ミノンちゃんの証言通りに査問委員会に提出すると、私も減給以上の処分がくるかもしれないじゃない!」
「書き直せ! 自己保身のために子どもまで騙そうとするその根性……大嫌い」
僕がそう言った途端、エドヴィシュは泣きながら調書を書き直したのだった。
作者の註釈
中の人の過去の経験則です。
警察の調書は必ず中身を精査してからサインをしましょう。
いい加減な調書(あなたのサイン済)を基に裁判が行われます。もしいい加減な調書だとあなたが反論しようとしても、その内容をひっくり返す事がほぼ不可能に近いのです。なぜならあなたはそれに了承してサインをしているからです。
あと警察はいい加減な調書を書いた時ほど「さっさとサインしろ」と圧を掛けてきます、気に留めて下さいね。
いい加減な調書対策など防衛手段としては、出来得る限り弁護士を呼ぶことをオススメします。理論武装や知識武装下としても、海千山千の警察官、のらりくらりと逃げ切りますからね。しかしあなたに知り合いの弁護士が居ない場合は当番弁護士制度もあります。警察・海上保安庁などの捜査機関は当番弁護士制度について聞かれたら答える義務(※)があり、私達は弁護士を呼ぶ権利(憲34条)もあるので、不安な時は是非ともこう言いましょう。
『弁護士を呼べ!』と。щ(゜д゜щ)ヨベ!
ま、出来ることなら弁護士保険に入っておこう。毎月タバコ数箱分で権利を買うんですよ。
※巧妙なスルースキルを持つ警察官もおるぞ、気をつけろ!
感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。
もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。




