04話
朝食後、僕とエドヴィシュは拘束されているリーナの部屋を訪れた。フィアランスはシャワー浴びたいと言うので同行はしてない。
その、リーナが拘束されている部屋の前で先程の女性兵士が正座して扉の前にいた。
「ねぇマティルノ二尉、なぜそこにいるの?」
「はっ! エドヴィシュ隊長よりリーナ副隊長の逃亡防止に努めろ言われ、ここに居るであります!」
え? この女性兵士、こんなとぼけた人なのに尉官なの? 大丈夫なの? ちゃんと務まるもんなの?
「じゃあマティルノ二尉、もし被疑者が窓から逃げた場合、気付けるかしら?」
「はっ! 私が窓を閉めると、いつもバタンと言うであります! ですから必ず気付くのであります!」
「そっと閉めたら気づけるのか? このお馬鹿! 逃亡を図られたらどうするの! ……はぁ、帝立士官学院を出てもこいつはぽんこつかぁ」
「いえ! 私はマティルノ・フリーデンであります! ぽんこつって名前ではありません! いでっ!」
エドヴィシュは両手でマティルノの頬をつねりあげると
「あんたの名前の話をしてるんじゃないわよ! ……はぁ、こんな奴でも十年経てばあたしの上官かよ」
と吐き捨てた。
「大丈夫であります! 私が上官になっても、エドヴィシュ隊長と呼び続けますから!」
「大丈夫じゃねぇ! お前ナチュラルに人をバカにしてるよな!」
「大丈夫です! まだしてません!」
「うるせぇ!」
エド姉ちゃん、この子、ただ馬鹿正直なだけなんだよ、うん。
マルティノが解錠し扉を開けた。僕とエドヴィシュが部屋に入ると、ソファに深く腰掛けて足をテーブルに放り出し、サンドイッチを齧るリーナが居た。
「今度は何なのよ。アンジェリカが来るんだったら先触れが欲しいわね。私、メイクすらしてないし寝間着姿でノーブラなのよ?」
リーナはエドヴィシュをギッと睨みつけると身体を折りたたみ膝で胸元を隠すように座り直した。
「アンジューからの要望で面会だ。逃亡や共謀の恐れがあるゆえ立ち会うが、異存はないか?」
「ところで私、逮捕されてるの? 身柄拘束の宣言は受けたけど、逮捕宣言はされてないわよね?」
「されてないわ」
「なら、現状不当な逮捕監禁罪と言い張れないかしら?」
「いい加減諦めなさい」
「いーっ!」
リーナはエドヴィシュに歯を見せ付け、唇を尖らせると僕に向き直った。
「……で、アンジェリカ、何?」
タオル生地のようなもこもこした水色の寝間着姿のリーナ。こんな可愛らしい寝間着を持ってたんだと思ってたら
「そんなじろじろ見るな、恥ずかしいよ」
と耳まで赤くしたリーナにキッと睨まれた。思わず目をそらし、またふと目が合うと二人で微笑む。それを見てエドヴィシュは一つ咳払いをする。
「あぁすまん……。要件は……、僕からの要件は二つだ」
「何? どうしたの?」
「一つは、僕からリーナ殿下を解放しろってエド姉ちゃんを説得したんだが、すまん。力不足だったわ」
僕はそう云うと頭を下げた。
「何よ。頑固一徹のエドヴィシュ隊長が説得だけで解放してくれるなんて期待すらしてないわよ……。でも頑張ってくれたんだよね、ありがとうね」
僕が頭を上げ、リーナと目が合う。彼女はふふっと力なく微笑んだ。
「そしてもう一つ。これはエド姉ちゃまも聞いてくれ」
僕は息を思い切り吸い込み、そして吐いた。吐ききってからもう一度息を吸い、言った。
「ルーチェ嬢は先程、『寝てる時に突然縄で縛られて連行された』と言ってたが、本当か?」
僕は敢えてルーチェと呼び、その問いかけにリーナは頷く。そしてエドヴィシュをも見たがかすかに僕から目をそらす。そうだ、眼の前にいるパジャマ姿の彼女はリーナがルーチェ名義の偽造身分証使用の罪で身柄拘束されてるのだ。
「で、ルーチェ嬢は、身分証の提示を求められたか? 提示をしたか? ひょっとして、身分証を求められもせず縄で縛られたのか?」
僕はルーチェを見る。つまり彼女はルーチェとしては拘束されてないのだ。今まで顔色を失っていたのに徐々に紅潮する頬で首を横に振ったのを確認し、さらに聞いた。
「そして、部屋に踏み入れられた時、令状は提示されたか?」
「そんな事なかったわ! 突然縄で縛られたんだもん!」
「以上ですエド姉ちゃま。突然官憲が押し入って逮捕要件も宣言せず人物確認もろくにせず拘束し、かつ身分証偽造の罪を宣言するって近代法治国家がする行為じゃない。その……エド姉ちゃまが証拠品として使った身分証もルーチェ嬢が所持してたものかどうかすら疑わしい。そんなものは帝国刑事訴訟法上の証拠とはなり得ない……と思うのだが、エド姉ちゃまの見解を教えて欲しい」
僕はそう言い、エドヴィシュを指差した。
「……確かに拘束した際、確認不足による違法性があったかもしれない。……でもね、しかしね、私からも2つ言わせてアンジュー。まず最初にリーナ殿下本人が先程、『パパの代わりに押印して何が悪い』と証言してるよね、それは証拠になり得ない?」
エドヴィシュは反論をする。僕はふぅと息を吐くとこう言った。
「証言を証拠にするには決まった手続きが要るはずだ。帝国刑事訴訟法を読み返してほしい、裁判所で証人尋問という手続きを得た上での証言が証拠たり得る。帝国刑訴法百四十三条だったな」
「そ、それならあともう一つ! あぁいとしのアンジュー、あんた、弁護士でもないのにそんな事言って私ら官憲の手を拱くようなことをしたら、私はあなたを拘束しなきゃいけなくなるのよ! 解る?」
エドヴィシュは涙目になりながら僕を指差した。確かにこれ以上やれば帝国弁護士法に抵触するかもしれない……が、
「エド姉ちゃま……、持ってるんだわ」
と僕は言うと頸から下がっている身分証の一つを取り出した。
「帝立学院在学中に取ったんだよ、司法資格」
この帝国で司法資格を取るには司法試験に合格する必要があるのだが、その司法試験の受験資格を得るためには二つの方式しかない。
・法科学院を修了すること(帝立・私立問わず)
・司法予備試験に合格すること
僕は帝立学院在学中、暇つぶしの一環で法学類を勉強して予備試験・司法試験と合格した。在学中だったため法学類を専攻する教官には困らなかった。これ幸いと時間を作っては教官らを質問攻めにし、研究の合間に過去問を解く生活をしていた。少し時間は掛かったが司法試験を合格したのだ。
なお一年間の司法修習はまだ済ませてはない。
そのため厳密には弁護士資格は有してない、司法資格を持ってるだけだ、ハッタリだ。だから先程も『司法資格を持ってる』とだけしか言ってないのだ。
「僕は別にエド姉ちゃまが嫌いじゃないんだ、そこだけは勘違いしないでほしい。でも、今、リーナで……いや、ルーチェ嬢を持っていかれたら、折角皆で頑張ってきたことが瓦解しかねないんだよ! だから十数年ぶりに会った弟からの最初で最後のワガママを聞いてほしい」
僕はそう言って、口の中に溜まった唾を飲みむと、
「僕からルーチェ嬢を奪わないでほしい」
と言った。
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「じゃあ、これで手続きは終わった?」
僕がエドヴィシュが渡した書類を確認してサインし押印すると、エドヴィシュは延々と舌打ちをしながら
「終わったわよ! んたっく、虎に羽を与えたという諺そのものね! ちっ、リーナ殿……、いえ、ちっ、ルーチェ嬢、あなたの身柄は解放されます! ちっ、ですが、その身分証の期日は冬至祭までですからね!」
と新たな身分証をルーチェに突き出した。
「あと、私からくーれーぐーれーもー言っておきます! 絶対に! 決して! 何があっても! アンジューとの結婚は認めませんからね!」
フィアランスはそう云うとあっかんべーをした。
「はい! ちょっと早かったですけどお昼ごはんまでごちそうになって美味しかったです! エド隊長にフィア姉さん、ごちそうさまでした! あと、フィア姉さまとはもう少しおしゃべりしたかったですわ」
ルーチェは嬉しそうに笑顔で言い放ち、両手でピースサインをする。それを見てエドヴィシュとフィアランスは苦虫を噛み潰したかのような顔をし、とても大きな舌打ちをした。
「お姉様方、それにアンジェリカ、本当にありがとね」
ルーチェは一歩引き、恭しく頭を下げた。寝間着姿とはいえ綺麗な御辞儀だった。
しかしルーチェは、そのお辞儀にしっかり見とれてしまった僕の頬を両手でしっかり掴むと、僕の口を自身の唇で塞いだのだ。
「な! 何をしてるのです! 不潔です! アンジューに対して汚らわしい!」
「エド姉ちゃま! はやくあの女狐を逮捕して絞首台に送るべきです!」
「じゃあまた! アンジェリカともうすこし休養を楽しんできますね!」
そう言って僕らは手をつないで別館から去っていったのだった。
★ ★
どもー、よっすよっす! ミノンだよ!
昨日はティラズィシュでしたが皆様いかがお過ごしでしたでしょうか! 恋人と星の下で熱いヴェーゼ? それとも……きゃー! このドスケベ!
私は昨日まで合宿でクタクタ! なので爆睡しちゃったらちょっと深過ぎる眠りだったせいかトイレが間に合わずお布団の中で……。で、今は父ちゃんが働いてる領主別館にいるミノンです。
しかも聞いてくださいよ! 王都からマティルノ姉ちゃんが帰ってきてるんですって! うひゃー! しかも士官学校出てからの王宮警備隊なんですよ! 超エリート! で極秘任務らしいから様子を見に来ちゃいました! なんか、副隊長を逮捕するために重要参考人をハメるって極秘任務なんですって!
別館の玄関扉にいる六人……、あ、いました! マティルダ姉ちゃんです! うわぁ、またでかくなってない? ……ん? てか、玄関先に居るのアンジェ先生ですよ! きゃー! 私の思い、君に、届け! のアンジェ先生ですよー! それよりデカいマティルダ姉ちゃん、同じ大きさの父ちゃん。私もあんなにでかくなってしまうのかなぁ……すげぇ嫌だなぁ。だって、父ちゃんとマティルダ姉ちゃんの二人だけパースが壊れてるのかアスペクト比が違うのかって思うぐらいだもん。
で、あのパジャマ姿……え? ルーチェ先生じゃないですか? なんで寝間着なんですか? しかもあのモコモコパジャマ! あのパジャマ、すげぇ高いんですよ? しかも乙女の憧れですよ! しかももう昼ですよ? 何があったんですか?
で! 残り二人の背の高い女性……。
気の所為ならいいんですがなんとなくアンジェ先生に似てますよね! 姉弟ですかね? それだとしたら今すぐあの場に私が飛び出してアピールしたら良いですよね? 小姑になる方ですから!
で、なにやらルーチェ先生、恭しく頭を下げて、アンジェ先生の頬を両手で掴んで…………あ。
なんなんですか! やっぱアンジェ先生とルーチェ先生、完全デキてるじゃないですか! 恋人同士そのものじゃないですか! 大人のキッスじゃないですか!
そういえば確か、婚姻は登記所だけでなく領主館でも受け付けてるんですよね! って事は! まさか! その! マジはーとぶれいく的なもんですよね!
はぁー疲っれた、クソみたいな日だ。てか、マジでシャイッセだよ! 五番街の呑平行ったら、伯母ちゃん、一杯出してくんないかなぁ! ジョルジェちゃんと二人でシャイッセと叫びながら飲むぞー!
……と思ってたら、ここは別館とは言え領主館でした。私の独り言を官憲にしっかり聞かれてたみたいでして……、私は『公然侮辱罪』で補導、しょっ引かれましたとさ。
めでたくねぇ! なんて日だ!
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