03話
「だーかーら! 私は帰りません!」
「わがまま言わないで下さい、リーナ殿下!」
拘束を解かれて正座させられてるリーナに、エドヴィシュは正座して問い詰めていた。
しかもリーナ(ルーチェ)は何度も僕に目線を送っていた。その目線からは「助けろ」とのサインだろう。しかしこの時点では無視することにした。
「だーかーらー! 私はルーチェ・リングィナですって! 氷結の薔薇でもリーナ殿下でもありませんー!」
「じゃあ、あなたが持ってた身分証……、王宮警備隊にリングィナ侯爵家の者は居ないのよ?」
「裏書きを見て下さい! ちゃんとリーフェス四世の印璽がありません?」
「……あんたねぇ、これよく見たの? 陛下のじゃなくて皇后様の印よ」
「へっ?」
「ほれほれ。ここの部分のストリバ語、『国家と国民の母』と書かれてるじゃないですか」
「あれ? おかしいなぁー?」
「陛下に押印頂いたんですのよね……? サインも筆跡が違う気が……」
「…………」
「殿下には余計なこととお察ししますが、身分証の偽造は重罪です」
「……ぱ、パパの代わりにサインして押印して何が悪いの!」
「はいありがとう、自供頂きました」
溜息を付きながらエドヴィシュは手錠を取り出す。
「帝国刑法百五十五条一項、有印公文書偽造罪によりあなたの身柄を拘束します、時刻は七時ちょうどで……リーナ殿下」
「か、帰りたくないよぉー!」
「報道機関にもばらまいた通り、好きな人と結婚して帝都へ凱旋入場すればいいんじゃないかしら?」
「なるほど! じゃあ……ねぇアンジェリカ! 結婚しよう? ねぇ? ほら、私が臣籍降下しちゃえばこの前言ってた身分差についてあれやこれや悩む……」
リーナは僕を見るなりそう捲し立てた。しかし途中でフィアランスに遮られた。
「黙れ! 婚姻は両性の合意に基づくと憲法典に書かれてるんだぞ! そんなことも知らずに何年ぼんやり生きてやがるんだこのポンコツ王女!」
「ねぇねぇアンジェリカー! この二人とどういう関係なの? 寝てたらいきなり縛られて拘束され、暴言吐かれるわ、こんな恥ずかしい寝間着姿をアンジェリカに見られるわ、………しかもノーブラノーメイク………、って意味わかんないんだけど! エドヴィシュ隊長は上官で行かず後家ってのは判ってるんだけど」
「誰が行かず後家よ!」
エドヴィシュはリーナの頬を両手でつねり上げて言う。「愚弟アンジューをアンジェリカと呼んで振り回して頂きありがとうございますね!」
「え! この二人ってアンジェ…リカ? の? お姉ちゃんなの?」
僕がうんと一つ頷く。「エド姉ちゃん、僕、戸籍登記上はアンジェなんだが」
「ていうか……エドヴィシュ隊長の家名はカマークでしょ?」
「えぇそうよ? フィアランスは嫁に行ったけど、旧姓はカマークよ。もちろんアンジェもカマーク。三人そろってカマーク家よ!」
「てか、アンジェリカ・マークって名前じゃないの!?」
おい! 僕の本名、何度も訂正したぞ! 本当に昔から人の話を全然聞かないのな!
「はぁー。小姑がエドヴィシュ隊長と、このぷにぷに姉ちゃんかぁ……」
「誰がぷにぷによ! ちゃんと塩マッサージリンパマッサージは欠かさないんだからね!」
「婚姻は両性の合意だが……、私はあなたみたいなのが嫁に来るなんて絶対反対だからね!」
「え? なんでですか隊長」
「今回みたいに逮捕捕獲したらカマーク家の嫁でしたなんて言われたくないからよ!」
「ところでエド姉ちゃん」
僕らは取り調べを一旦中断し、朝ごはんを食べていた。パンを咀嚼してから僕が声を掛けたが、エドヴィシュは聞こえてないのか無視である。
「なぁ姉ちゃん! おいエド姉ぇ!」
と何度呼んでも無視を決め込み、耳元の髪の毛をかき上げるとスープを上品に掬って飲んでいた。
「ねぇねぇアンジュー。エド姉ちゃまって呼べばすぐ振り向くわよ」
そうフィアランスがこっそり言うので、ちょっと照れくさいがそう呼ぶことにした。
「ねぇ……、エド姉ちゃま」
「なぁに? アンジュー」
目をキラキラさせて応えるエドヴィシュ。「スープが飲みたいの? じゃあエド姉ちゃまが飲ませてあげようか?」
「いえ……。リーナ殿下はいつ解放されるんです?」
「はぁ? ……ちっ、このまま帝都へ連行するけど、何よぉ?」
エドヴィシュは吐き捨てるように言うと、スープを掬って口に運ぶ。
「さっきも言った通り私には逮捕権がありそれを行使したまでよ、部下の失態とはいえね。でもいい加減な身分証の行使を見逃せば、国家の安寧を損なうわ」
「だけど……聞いてほしいんだ姉ちゃん………、姉ちゃん聞いてます?」
「…………」
「……エド姉ちゃま?」
「っ! もーアンジューったら! せっかくのお食事中なのに小娘の話ばかりしないでよもぉ! なぜ解放しなきゃいけないの? 偽造身分証の行使は犯罪よ?」
「エド姉ちゃまの言い分は判った、僕の言い分も聞いてほしいんだ」
僕は息をひとつ飲み込むと、「うちの剣闘術会には絶対的に必要な存在なんだよ!」と言い切った。
しばしの静寂。
「ザントバンク修身学院剣闘術会の件は調査済です。しかも補習授業や夏季休暇の稽古、ヴィンチ町での件まで、部下の報告で全て把握してます。その中でリーナ殿下が剣闘術会でどれだけの実力を発揮していたかも含めて、全てです。ですが、それとこれは別です。じゃあなんですか? 手術の腕が良ければ、無免許のモグリ医師が執刀しても許される、とでも? 法令則を知ってるだけのくせに、無免許のモグリ弁護士が法廷に立っても許される、とでも?」
「ですが! 僕たちにはどうしても!」
「それなら私が代わりに指導します。これでもリーナ殿下より上、剣闘術教士一級よ?」
「……エド姉ちゃまがそこまで言うならわかったよ。だがさ、……少しだけリーナ殿下とお話したい」
そう言うとエドヴィシュはふぅと息を一つ吐いて言った。
「私が立ち会うけど、それで構わないならいいわ」
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