15話
合宿での稽古二日目。
どうも昨夜はジェイリーが怪談話しようぜと言い出したばかりに皆で夜中まで盛り上がっていたようだ。おかげで皆眠そうな顔をしている。こんなときは必ずと言っていいほど碌なことが起きない。
現に半分寝ぼけてたジェイリーが朝食時、ミノンのいちごを食べてしまいミノンがぽろぽろ涙を流し泣かせる事態に。それを見てジョルジェが私のいちごあげるよと言うと、それをジェイリーがまたぱくっと食べてしまったのだ。おかげでジョルジェもミノンもしばらくぷんぷんにむくれていた。
稽古では昨日の疲れが残ってるのか寝不足か稽古にあまり身が入ってない。素振りでも緩慢な動きをしており、ルーチェが発破をかける。
「あなた達、昨夜あれだけ馬鹿騒ぎして夜寝られずにこの有様だったら……、今夜のバーベキューは中止かな? あとバーベキューの後はケーキバイキングも予約しようかなぁーって」
この一言で彼女たちの稽古にキレが戻った、恐るべし肉パワー、スイーツパワーである。というかバーベキューの後にケーキバイキングって、彼女らどれだけ食べる気なんだろうか。午前中の打込稽古では、彼女らの士気がこの合宿の最高速度だったのかもしれない。
しかし午後からは疲労感がぐっと出たのかスタミナが尽きたのか、地稽古では木剣の振るキレは完全に無くなった。ここでラバトが発破をかけようとしたが僕は止めた。ここで下手に士気を爆上げしても怪我をされたら元も子もない、ここは早めに稽古を切り上げることとなった。
それを聞いた彼女らは破顔一笑、まさに現金な子たちだ。そこまで元気ならあと一刻するぞと言っても良かったろうが、やる気どん底で稽古しても仕方がない。全員公衆温泉にゆっくり浸かってから宿泊所へ戻ってくれと指示を出す。
「ところでラバト嬢、君は公衆温泉行かんのか?」
僕と一緒に宿泊所へ帰ろうとするラバトに訊くと、んー公衆温泉は好かんのよ、色んな人に気を使わせるからなと言う。先生なら知ってるかもだが、とラバトは続けた。
かの大戦で色んな修羅場を潜ってきたラバトだったが、ことパティシグル連盟国との対戦が一番凄惨で破滅的だったと言う。というのもこのパティシグル連盟国、元々が法火器類の生産開発が盛んな土地柄だったため、侵攻の際には様々なものが徹底的に使用されたという。中でも着弾すると炸裂炎上する法火器類に苦しめられたという。
しかもパティシグル連盟国の胸糞悪いところは、戦線が膠着すると傭兵をあっさり捨て駒にして法火器類を放ったのだ。侵攻軍に傭兵を宛てがって白兵戦をしかけ、そこに炸裂炎上の法火器類を使用する。敵味方の境無く吹き飛び、流血し、肉を焦がしたという。
「あン時のギュースのおっさん、おっかなかったぜぇ? だってパティシグルの傭兵たち全員引き抜いて容赦なくフルボッコだったから。しかもパティシグルを領有してからは法火器類など工業技術だけきっちり持ち帰ってからの、研究施設や工場の破却命令よ。あの頃はバリバリの工業国だったけど、そのおかげで今じゃ農業国だもんな」
戦後、パティシグル連盟国は工業国から農業国へシフトした。元々豊かな土地柄ゆえ、開発すればいくらでも新田開発は出来たのだ。そのために広大な土地を所有したい貴族たちへふんだんに褒美として与えられたのだ。
「そん時の傷痕がさ、生々しく残ってるんよあたしの身体。だから公衆温泉なんか行くとみんなぎょっとするだろ? だからなるべく一人湯か、浴室でばったり女の子と出会っちゃう浮世風呂しか利用せんのよ」
と言うラバトだったが、すこしだけ寂しそうにも見えた。
「ん? 慰めてくれんの? なんなら一緒に背中の洗いっこしようさ」
と笑いながら言うさまを見て、やっぱラバトだなぁとも思ったが。きっと、じゃあ洗っこするかと言うと顔も耳も真っ赤にしてぶちぶち暴言を吐きまくるんだろうが。
僕自身も準備を整えて公衆温泉に向かった。このヴィンチ町の公衆温泉は湯着を付けずに入浴するスタイルらしい。かけ湯してから汗を流し、湯船に浸かる。
壁の向こうは女湯らしい、姦しくも彼女ら剣闘術会のメンバーたちの声が響く。聞き耳を立てるまでもなく聞こえてくる彼女らの嬌声は道場のものと大して変わらなかった。
「ねぇルーチェせんせー、ケーキバイキングは何が出るんですかぁ?」
と、ジェイリーが訊く。
「んー? 私の好きなアプフェルシュトゥルーデルやチーズケーキ、いちごのタルトなどあるわよ? 良かったわね、ミノンちゃんにジョルジェちゃん」
きっとお風呂でもずっとむくれてたんだろう、ルーチェが二人の機嫌を取っていた。
「ところでルーチェ先生? バーベキューでは鳥肉はあるのかしら?」
と、この声はデリッカだろう。
「あるわよ? ご希望ならウサギ肉も牛肉も出すわよ?」
「ぎゅ、牛肉は結構ですわ……」
デリッカも拝星宗徒のため牛肉は食べないらしい。壁越しでも彼女の表情が想像できる。
「あ、アンジェリカの大好きな羊の骨付き肉もあるわよ」
と、ルーチェが楽しそうに言う。あ、それはすごく嬉しいな。
「アンジェ先生って骨付きの羊肉を好むんですの?」
「そうよ、アンジェリカってラムよりマトンを好むの、硬くて臭いのがいいんだって。あと羊の内蔵肉も好むわよ」
思わずゴクリ、生唾を飲んでしまう。
「聞いてるわよねぇー、アンジェリカー! 生唾を飲む音が聞こえたわよー!」
耳が良いなホント、あえて黙ってやり過ごすことにした。
壁向こうの花園はキャッキャと騒いでたが、しばらくしてから静かになる。きっと上がったのだろう。僕はふぅと溜息をついて湯に身を任せる。ここは若草色の湯で柔らかく優しい。訓練で使役した筋肉が癒やされるのが分かる。稽古で高ぶった神経も落ち着くのも分かる。
「おい、兄ちゃん! 兄ちゃん!」
隣にいた爺さんが僕に声を掛けていた。
「ん……、どうしました?」
「兄ちゃん、あんた寝てたぞ」
「あ、あぁ。どうもここの湯が良くてさ」
「ははは、いい湯なのは事実だ。だけど気持ち良すぎて本当に天に召されるのもこの湯の特徴さよ」
と爺さんが僕の肩に手を置いて立ち上がる。
「湯あたりする前に上がりなさい」
そう言って爺さんは出ていった。
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