14話
合宿初日は移動に費やした。
二日目から本格的に稽古が始まった、それこそ朝から晩まで木剣を振り回す日々の開始だ。なお、いつも出稽古で使ってるリガン道場よりも遥かに広く、かつ冷房法具が設えたこの合宿施設は非常に快適である。あとキュリルと話し合った結果、今日と明日はそれぞれが稽古を行いそれ以降はお互い合流して稽古を行うこととなった。
僕はミノンとデリッカを面倒見ることとなった。
デリッカは他流派の剣術をやっていたとは言え剣闘術は初心者、ミノンに至っては今年初めて木剣を握ったぐらいだ。この二人にはこの合宿を通じて基礎稽古を積んで今後に繋げてほしいと思っている。
「デリッカ君、剣先が高いと籠手を狙われるよ」
「ミノン君は逆に剣先が下がる癖がある。あと左脇は締めないと」
そう指摘し、二人はハイと気持ちいい返事をする。
キュリルやラバト、ルーチェのような人外レベルにまで達すればそんな指摘は不要なのだろう。
初心が肝心、細かい事だが指導にも熱が入る。
打込稽古では、僕は敢えて打ち込ませ難く構えることにした。もちろん二人の構えで甘いところは僕が軽く打ち込んで指摘するようにした。
ここで二人の性格が出るんだなぁと思ったのがデリッカとミノンの考え方だ。
わざと打ち込ませ難く構えてる中デリッカは強引に打ち込んでくる、場合によっては体当たりも辞さないほど強く。逆にミノンは僕の木剣にカツカツと自分の木剣を当て、僕が打ち込もうかなという一瞬の間隙から打ち込むカウンター方式だ。
どちらが良いかは判断に迷うが、もし制限時間いっぱいで判定勝負となればデリッカが有利だ、逆にカウンター狙いは積極性がないと見做されるから不利となりやすい。しかし強引な打ち込みはカウンターを取られやすい。だからこの二人を組ませたというのもある、きっとお互いやりづらいだろう。
★ ★
やりづらっ! ミノンさんって背が高過ぎでしょう?
普通に打って防面に木剣が当たるのかしらー?
それに威圧感がすごくて怖いんですけど!
時々ふーふーって鼻息が聞こえて怖いんですけど!
ついでに、アンジェ先生からアドバイスされてから打ち込みづらいったらありゃしない!
強引に打ち込んでやると思っても、鼻息が聞こえて怖いんですの!
時々、防面の下で笑っていらっしゃるのかしら?
白い歯がちらちら見える時があるから、やはり怖いしやりづらいし!
★ ★
やばいやばいやばい!
デリッカさんとの打ち込み稽古! 楽しいんですけど!
しかもアンジェ先生から木剣の構え方を指摘されてから尚の事楽しいんですけど!
強引に突っ込んでくる! と思うとなんか私も負けじと打ち込んじゃえ、って!
ふふふ、すっごく楽しい! ふふふ、なんか気持ちいいんですけど!
★ ★
休憩はちゃんと休憩しなきゃ駄目だと僕は思う。デリッカとミノンには身体を休めておくよう言いつけて僕はラバト班へ行く。
マリ・パティの二人掛かりでガンガンに打ち込まれてもラバトは笑顔だった。というか防具も付けずに子ども用の短い木剣で躱し続けるなんて危険極まりない。
「ちょい待て待て、ラバト嬢。なに考えてる」
稽古を止められて不服そうにむくれるラバトは、今日の昼飯は何かなとしか考えてないぞと言う。
「いやいや、防具も付けんで危険だろうって話だよ」
「んー? あたしがマリパティちゃんらの木剣に当たるとでも思ってるのか?」
「思ってるから止めたんだよ! 事故って何があるかわからんから事故なんだよ」
「あはは、大丈夫大丈夫、もう二発食らってるから」
右腕の裾を引き上げると二の腕が既に蒼く腫れていた。
「大丈夫じゃないだろそれ」
「んー? ここってもともと防具が覆ってないから事故事故」
と、ラバトはけらけら笑いながら言う。
「万が一ってのもあるんだ、頼むから防具だけは付けてくれ」
「そぉかー? かの大戦時、あたしって胸当てしか付けてなかったけどなぁ………、………てかぺったんこのくせに胸当てなんかいらんやろって失礼だろ、くそアンジェ!」
これでも私は乙女なんだぞーと叫んでるが、とりあえず放っておこう。
なお心の中で確かに思ってた、また人の心読んだか、くそエルフ。
「ねぇアンジェ先生、やっぱラバト先生と仲が良いですよねぇ」
とマリが声を掛ける。僕の部屋でカオリルナッチと共に飲んだくれてる駄目教職員だぞと言う。
「でー、ルーチェ先生とラバト先生、どっちが本命?」
とマリはニヤニヤしながら聞いてきた、思いっきりデコピンしておいた。
「痛ったぁー! 先生のデコピン痛いんだよー?」
と声を上げるが、横に居たパティが僕の顔をまじまじと見据えてこう言った。
「それともカオリル先生が本命なんでしょ?」
と。パティにも仲良くデコピンしておくことに。
★ ★
「いい? 木剣落としって技はね……」
私はルーチェ先生から必殺技を伝授されてました。
「………という訳で、技の要は木剣を叩き落とすんじゃないの。元々は籠手に打ち込むための技だからね」
と、前にアンジェ先生とは教え方や考え方が違いましたが分かりやすかったです。
「ここから先はアンジェリカも知らない話だけどね、木剣落としの続き技で『引き打ち』ってのがあるの。これは頭のいいジョルジェちゃんにだけ教えるから、戦術か手札の一つとして覚えておいて」
そう言うとルーチェ先生は自分が持ってる技を惜しげもなく教えてくれたのです。他の人には教えないんですか? って私が聞いたら、他の人には別のを教えるわよと笑顔で言われました。
「今回の合宿はね、一人ひとりの課題を確実にクリアして技術の底上げを目標としてるのよ。アンジェリカが私やラバトちゃん、キュリル技官と相談して内容を組み立てたからね」
「じゃあ、アンジェ先生すっごく頑張ってたんですね」
「そうよ、誰かさんが合宿楽しみって言ってたからね、軽く嫉妬するわよ」
そう言ってルーチェ先生は私の頭を乱暴に撫で回すのでした。
★ ★
昼食は卵と鳥ハムが挟まったサンドイッチだった、これがまたすごく旨いのだ。
合宿中は毎日これでも良いな、そう言うとルーチェが怪訝な顔をして
「アンジェリカって昔から同じもん食べ続ける癖あるよね」
というのだ。え、それは変なのか? だって毎日毎日違うもの食べてたら疲れないか、と聞いたらルーチェは眉根を顰めてそれはあなただけよと言う、周りに居たジョルジェもジェイリーもデリッカも頷く。
「というか毎日同じもの食べてたら飽きるでしょ?」
「いやー、飽きるかもだが、ご飯のことで考えるのが疲れるし嫌なんだよ」
「アンジェリカー、その考え、そろそろ少し改めない? 私は毎日違うものが食べたい」
「んー、ルーチェはそうすればいいよ、僕は同じので気にしないから」
「私が気にするの!」
憤慨するルーチェだが、僕の横に居たラバトは全く違う意見を出す。
「んなもん、戦時は訳のわからんもん煮込んで喰ってたぞ? 同じもんでも何でもいいからまともな飯食べたかったわ」
「え、訳のわからんもんって何よ……」
と不快そうな表情を浮かべてルーチェが訊く。ラバトは、んーと眉間に皺を寄せながらひとしきり考え、
「なんかね、細長くてうねうねしたもんをぶつ切りにして炊いて喰ったな」
と言う、なんだよその謎生物。ルーチェがすごく嫌そうな顔をして蛇でも食べてたの?って聞くが、それは無いと言う。
「あたしが居た隊は拝星宗徒が居たから鳥と羊以外の獣肉は料理しなかったんよ。だからなんだろうなぁ……白なまずかな? でもあのときはサマンサ魔法国攻略中だったから……なんだと思う? けっこう美味しかったぞ?」
「いろいろ想像したくない……」
ルーチェは苦悶の表情を浮かべていた、余程気持ち悪いのだろう。
「あ、拝星宗徒って実はウサギ肉も食えるんだよ。ほらウサギって鳥っぽいだろ? しかもめっちゃ旨いんだぜウサギ」
そうラバトが言うが、近くに居た拝星宗徒のジョルジェもジェイリーも嫌そうな表情を浮かべてた。
「ウサギは食べたいと思わないなぁ。だってかわいいですもん」
とジェイリーが言う、ジョルジェもうんうんと頷くが、デリッカだけはウサギって美味しいですよねと言う。
「てかデリッカっも拝星宗徒でしょ? ウサギ駄目でしょうが!」
ジェイリーが言うが、デリッカは聖典にはウサギを食べてはならないとは書かれてないから良いと主張する。
「聖典には牛や馬は農耕動物だから駄目、豚は生で食べられないから駄目、犬や猿は絶対駄目とは書かれてますけど、ウサギが駄目だとは書かれてませんわよ?」
「でも安息日礼拝では鳥と羊を食べなさいって言われたでしょ?」
「言われたわよ。でも礼拝で『鳥と羊だけを食べなさい』とは言われてないでしょ?」
ここまでくれば解釈の問題だ、僕は宗旨が違うので口を挟むことが出来ない。
「ところでジョルジェはどう思う?」
僕が聞いてみたら、デリッカさんの言ってることもわかるけど両親とも鳥と羊しか食べないので他の肉を食べたいと思わないと言う。なおミノンは僕と同じ聖心教徒なので食のタブーがないので気にしないと言う。
「アンジェ先生は牛や豚は召し上がりますか?」
「んー。あれば食べるけど僕は鳥と羊が好物だからなぁ。好んで牛鍋食べたいとか豚鍋食べたいとか無いんだよ」
僕がそう言うと、ジョルジェはなんだかホッとした表情を浮かべる。
「てか、アンジェリカって学生時代に豚鍋食べてじんま疹出たでしょ?」
ルーチェが思い出したかのように言うと、僕もそんな事があったなぁと思い出す。ジョルジェが何かまずいことでもあったんですかと訊く。
「分かんないのよ。私や他の友人たちも同じ豚鍋食べてたんだけど、アンジェリカだけお腹や背中にじんま疹が出てきて大変だったんだから」
と、ルーチェが言った。そう、あれは原因不明だった。きっと体調や食べ合わせ的なものだと思うのだがしばらく痒くて仕方なかった思い出だ。
「アンジェ先生、やっぱ豚肉は不浄なのでだめです」
ジョルジェが言う、僕もそれ以降は極力豚肉は食べてないよと応えた。
「これは長老に確認をとる案件よね!」「そうよ! ウサギが駄目なんて聞いてないんだから!」
ジェイリーとデリッカのウサギ論争はどうやら一旦棚上げとなったらしい。まぁ二人でどれだけ話し合っても結論なんか出るわけがないからな。
午後からの稽古は地稽古から始まった。
今までの打込稽古は僕らは謂わば『動く打込人形』だが、地稽古は実戦さながらの剣闘だ。僕も相手も本気で打ち合うし、隙を誘ってカウンターを仕掛けるのも良い。なにせ打って打たれてと攻撃の手数を増やし、防御方法を確実にし、相手の構えをぶち壊し、カウンターを取る。
ルーチェに確認したところ、本気でやってくれと言われた。しかし彼女はニヤリと笑って、それなりに覚悟して本気を出して欲しいというのだ。なんだよ覚悟って訊くと
「夏季休暇に入ってから私、みんなにたくさん稽古付けたつもりよ? ラバトちゃんだってキュリル技官だってジェイリーちゃんだって協力してくれたんだから、少しは私に感謝して欲しいわね」
と言う。感謝はしてるよと応えると、足りないよとむくれる。
「足りないって……、あっちゃこっちゃで問題起こすわ僕らを振り回すわ、よく言うわ」
「うっさいわねぇー、男が小さいことでぐちぐち言わないの!」
「言うわ! たまに……、いやしょっちゅう問題起こしてるだろ、しかもデカいレベルのやつを!」
「ぷっぷくぷー!」
風船のように頬を膨らますルーチェ、とりあえず頬を突いておくことにした。
最初の地稽古はラフェルだった。アンジェ先生よっすよっすと言う彼女だが、稽古が始まると最初から攻撃的に打ち込んできた。僕もカウンター狙いで打ち込むが尽く入らない、うまく木剣が邪魔するのだ。攻撃の手数もカウンター対策も取った彼女は、前までとは一皮もふた皮も剥けたのだろう。
次の地稽古はパティだった。今までほとんど打ち込むこともなく、どちらかと言えばまごまごしてる印象だった。しかし今日の彼女は開始指示から飛び込んできたのだ。そして打突を多用するのだが、剣先が思った以上に伸びてくる。どうも左手を伸ばす時にわずかに視線を右側に逸らしてるらしい。こうするとわずかながら剣先が伸びる……と聞いたことがあったが。
次はマリだった。今までパティを庇ってちょこまかと動く彼女だったが、パティ同様に飛び込んでくる。こちらは払い技が多く僕の木剣を弾いて隙を空けさせるようだ。混合戦の二人の連携を考えた指導があったのだと思うが、とにかく振り回す木剣が早い。そして僕の懐に潜り込むと遠慮なく拳を打ち込んでくるのだ。慌てて距離を取り直す。縦横無尽の攻撃展開、今までのマリには無かった動きである。
一回生の三人は明日やるとして、今日最後はジェイリー。気合入れて頑張るねーと言うと、稽古では目つきが変わった。まるで獲物を見つけた肉食獣、キュリルと同じ目つきだ。木剣の先は僕の左目に向いており、喉元への打突対策までされていた。始めの合図と共に吶喊し、胴を薙ごうと木剣を振ってくるジェイリーはキュリルとまるで同じである。ジェイリーの振る木剣を処理してカウンターしようとするがもちろん対策される。当たり前だ、ジェイリーはそこまでアホの子じゃない。ジェイリーが突き出してきた木剣、僕はそれを冷静に捌いた瞬間に軽く砕ける音が響く。
「先生ー、木剣折れたー、お気に入りだったのにぃー」
泣きながら僕をぽこぽこと叩くジェイリーの頭をぽんぽんと撫でてすまんのぉと謝り続ける僕が居た。
「なぁルーチェ嬢、木剣ってこんな簡単にへし折れるか?」
と僕が訊くと、この木剣折れたんじゃなくて砕けてるわよという。
「木剣が寿命だったんじゃない? というよりこの木剣、あまり手入れしてないわね。……ところでジェイリーちゃんさぁ、この木剣って油塗ったりささくれを削ったりしてる?」
ルーチェが木剣の大きな破片を持ち、ジェイリーの肩をがっしり掴んで問い質す。ジェイリーは思いっきり目を泳がせながらしどろもどろである。
「お気に入りの木剣、お手入れしてるの? ちゃんとしてるよね? お気に入りだもんね……?」
笑顔のルーチェ、一切目が笑っていない。
何なに? と寄ってきたキュリルはルーチェが持っていた木剣を見て一瞬で判断し、ニコニコとジェイリーに向き合う。もちろん目が笑ってない。
その後、仁王立ちするキュリルとルーチェの前で泣きながら正座させられるジェイリーであった。親友を慮ってジョルジェとミノンもジェイリーの横で正座をしていた。ラフェルに言われてデリッカも不承不承ながら正座している姿が異様だったが。
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