13話
無事にヴィンチ町へ着いた僕たちは割り当てられた宿泊所へ赴いたのだが、ここで一つ問題が発生してしまう。
「でかっ!」 「なんじゃこれ」 「うわぁ」
と皆が皆、感嘆な声を上げざるを得ない現状だ。
「アンジェ先生、こんなとこ借りちゃって大丈夫なんですか?」
おずおずと訊く主将ラフェルのご意見は御尤もである、なにせ目の前にとてつもなく立派な館が聳え立ってるのだから。
「あぁ……、領主館からのご厚意……らしいぞ」
と僕は声を絞り出すので一杯一杯だった。
宿泊を予定してたヴァルガッシュ卿の別荘だが、見事に領主館が二重予約をしてたのだ。リガン道場の合宿参加者はなんとか押し込むことが出来たが、幾分かの寝床が用意できないと言う。それならとルーチェがしばらく時間を欲しいと言い、僕らメンバーはヴィンチ町の図書館横にある喫茶店で待つこと一刻。
「領主館と連絡が取れてお詫びに場所を用意してくれたわ、少し歩くけどいいかしら?」
と言ってルーチェが戻ってきたのだ。
玄関間で集合した僕らはルーチェからの説明を聞く。
「所有者さんのご厚意で借りれたんで好きに使っていいわよ。食堂とお風呂は一階に、二階はみんなの寝室だから部屋の割当はラフェルちゃん適当に決めちゃって。みんなもう疲れたよね、部屋が決まったらみんなでお風呂に入ろうよ」
そうルーチェが言うと、皆が二階へ駆けていく。やはりこんな屋敷に入ると気持ちが踊るようだ。
その場に残された僕とルーチェとラバト。
「なぁ一つ聞いていいか? 本当に領主館の好意なのか……?」
僕はルーチェに訊くが、彼女は爽やかな顔をして僕にこう言ったのだ。
「んなわけないでしょ? あいつらがこんな愉快なことしてくれるようなトコだと思う?」
いや全く思わない。しかしこの件をルーチェが強く言い出せばきっとヴァルガッシュ卿が直接謝罪に来るかもしれない、決して欲しいとは思わない『担当者の頸』を手土産に。それにしてもこんな立派な館をほいほい貸してくれる宛は僕にはないのだが。
「ちなみにここ、この私、ルーチェ様の別荘よ、おほほほほ!」
あ、そうだった。このヴィンチ町を化粧料として所有してると言ってたな。僕は高笑いしてるルーチェを拝んでおく。ラバトに至ってはお手柄だな小娘と言いながら何故か脇腹と尻を撫でてた、ルーチェにとって弱点だったらしく身を捩ってゲラゲラ笑っていたが。
ルーチェに案内された客間だが僕の実家のに比べても広い、この部屋で僕は合宿中寝泊まりする。
このルーチェの別荘だが、かなり掃除が行き届いてた。試しに窓の桟を指でなぞってみても汚れが見られないのだ。あとこのような別荘と言えば装飾や調度品は華美で派手で悪趣味だったりするがルーチェの趣味なのか無骨だ。飾ってある壺や皿は無地だし、絵画に至っては犬なのかライオンなのか分からない、まるで子どもの絵だ。あとルーチェの心ばかりの主張なのか、カルグウトゥス家の紋章、薔薇をモチーフとした飾りがぽつんとある程度だ。カルグストゥス家の紋章はどこにも無かった、あれば皆に絶対バレる。
こんなに広く、無骨でぽつんとベッドだけの部屋を僕一人で使うのだろうか。まさかカリナみたいにご機嫌な幽霊とか出ないよな。とにかく落ち着かない。かと言って誰かと相部屋となると風紀上の問題が発生する。
部屋の中を見渡すと出入りの扉だけでなく、奥に扉が一つ付いてた。しかも壁紙と同じ色の扉で、しかも壁の装飾に見せかけたノブがあるだけだ。勘の悪い人ならまず気づかないだろう。僕は気になってノブをそっと持って扉を開けて中を覗き込む。
真っ暗で細長い部屋だった。光球で照らすと壁の表面は黒く塗られ、槍や剣が掛けられていた。僕の部屋を覗けるような加工もされており、これは武者隠しなのかそれとも暗殺者を仕込ませておく部屋なのか……。
その部屋は僕の隣の部屋も覗けるようになっており、しかも灯りが漏れていた。僕は光球を消すとほんの出来心でそっと覗いてみる。そしたらルーチェが着替えをしている最中だった。僕は思わず息を飲んで魅入ってしまう。しかし勘の良いルーチェは僕と目が合ってしまい、笑顔の彼女は、
「気配が漏れすぎよ、間諜さん」
と笑いながら僕に投げかけた。きっと僕だと気付いてるのだろう、手を振りながら近づいてくる。
扉が開き、ルーチェがこのすけべと言いながら武者隠しに入ってきた。
「話には聞いたことあったけど本当に実在してたとはな。で、なんでこんなもん設置されてるんだよ」
と僕が訊くと、この別荘自体は元々領主の居館だったらしくこの様なカラクリが各所に設えてあるよ、とルーチェは言う。他にも他家の間諜対策や領主の緊急避難路など、天井裏や床下がしっかり加工が施されていると説明してくれた。しかしこんな居館を所有していた領主は、不適切な税申告に徴税行為、最期はお家騒動で改易。その後王家に接収されたこの居館はルーチェが成人した際にヴィンチ町の一部を化粧料として与えられた際、別荘として貰ったそうだ。なお貰った当時は華美で悪趣味な装飾と調度品だらけだったらしくそれを全部売り飛ばして換金し、ルーチェ好みに仕上げたそうだ。そのためびっくりするぐらい簡素で無骨だ。
「だからアンジェリカ、この事を剣闘術会の子たちに教えたら……寝られないね」
と意地悪っぽく笑いながら言うルーチェにデコピンをしておいた。
「頼むからそんなことしないでくれ。あの子らは成長期なんだ、ちゃんと食べて寝ないと身体にも心にも悪いからな」
「んー? それってどういう意味よ?」
「こんな愉快なネタを教えたらジェイリー辺りが夜な夜な探検ごっこか肝試しで寝ないぞ」
「ふーん、ま、まぁ、そうだね……、キュリル技官の娘だし。……それよりも私の部屋なら、覗きに来てもいいよ?」
「あはは、遠慮しとくよ。叩っ切られる将来しか見えん、きっとどっかに居るであろう別荘番に」
と僕は言うと持ってきた荷物を纏めた。ルーチェはそんなことないわよと言ってたが聞こえないふりをする。
「ところでルーチェ嬢、お風呂やご飯はどうなってるんだ?」
「ん? ご飯はねぇ、今夜と明朝分は簡単なものを用意してもらってるわ。もちろん皆が片肘張らないようなものをね。それ以降は皆持ち回りで作るってのはどうかな? ある程度の食材は用意してもらうか、私達が市場へ行って買いに行くか」
「流石に用意してもらうのは申し訳ないからな、食材調達は僕らが持ち回りでやろう」
「わかったわ。後でラフェルちゃんと当番割を決めておくね。あとお風呂なんだけど……」
この別荘ではお風呂が一つしかない、僕は近くの銭湯へ行くか皆が出てから入るか、らしい。
「でもさー、湯着さえあれば混浴しても良いんじゃない?」
とルーチェが言うが、流石に風紀上問題だろうと応えた。
「仮に何もなかったって言い張っても、難癖つけたい奴は言ってくるもんさ。痛い腹を探られないよう行動しないと、いつ僕ら足元掬われるかわかったもんじゃない。例えばレオス教頭とか……」
僕がそう言うとルーチェはなるほどねーと言ってため息をつく。
「ねぇ、あのレオス教頭の頭って……」
「それ以上言っては駄目だ。詳しくはキュリル師範代に聞け」
とだけ言った。
ルーチェが簡単な夕飯を用意したと言って食堂へ行くとスープと鳥肉と温野菜サラダ、平パンが置かれていた。と言っても丁寧に盛り付けられてる所を見るときちんとした調理師が仕上げたものだろうと想像がつく。そして味は素材の旨味を生かした上品な薄味だった、ルーチェ好みである。ついでに拝星宗徒のジェイリーやジョルジェ、デリッカに併せて鳥肉だ。彼女たちは牛豚が食べられないからだ。あとラバトとルーチェのテーブルにはワインが並ぶ。
「ラバトちゃーん、わたしもワイン飲みたーい」
と言うジェイリーにガキは紅茶でも飲んでろと言い返してた。なおラフェルとマリが夏時点では成人のため二人は少しだけ飲んでたが……
「アンジェ先せぇぇぇえっー! あのねー! ほら一回生の子らみんな強いでしょ? ですからね? 主将として、私、わた、わ、わた、わたた……、だから、えぐっ、あの、ど、どうすれば……」
ラフェルは泣き上戸だった。主将としてどう立ち振る舞えばいいかをずっと葛藤していたと言うラフェル、心の思うがままを僕に吐き散らかしてた。同級のマリはマリで
「ラフェルは頑張ってる、うんうん、私もパティも認めてるからね!」
と肩をぽんぽん叩いて慰めていた。横で聞いてたパティもうんうんと頷いている。
「私……えぐっ、ぐすっ……もっと、もっとつ、つよ、強くなりたい……」
「わかる、ラフェルわかるよ! 皆で強くなろうよ、ね? だから主将やめないでね?」
不思議な結束が図られた、酒パワーと言うべきだろうか。
「よし、そこまで強くなりたいなら……、三回生は明日から稽古強度を上げればいいか?」
とラバトが僕に聞いてきたので、特にマリ・パティの連携強化についての稽古を頼むと言うと
「あぁ、この火酒、あたし好みだ。この酒代分は働くよ」
と言ってグラスを傾けていた。
★ ★
あ、ども、ラフェルです。
夕飯時にラバト先生からお酒を分けてもらいました、記憶ありません。
皆に、なにがあったの? って聞いたら一回生の後輩ちゃんたちから露骨に目を逸らされました。
マリとパティに聞いたら、いや、ラフェル頑張ろうねと生暖かい目で見られました。
ラバト先生が言うには、『酔っ払ったときのやらかしは、カオリル先生が一番だから気にするな』と言われましたが、逆に怖いです。
え? 最近の一回生ですか?
あの子らってすごいですよね。
ジェイリーちゃんやジョルジェちゃんは経験者って聞いてますけど、ミノっちって初心者ですよね?
今年初めて木剣握ったはずなのにあの成長! 背も一緒にどんどん伸びてる!
ミノっちの身長トークって駄目なんですよ? ミノっちって背が高いこと気にしてるから。
だけど制服のスカート丈が完全に膝上何十ボウあるんだろう。
確か入会したときは校則ギリギリ膝上五ボウだったのに。
デリッカちゃんもすごいですよね、毎朝早くに道場で素振りしてますもん。
打込台に一心不乱に、練習用の激重木剣で。
その練習を何度も見かけたけど、誰にも言ってません、本人にも言ってません。
こっそり練習してるなら、秘密にしてあげるのもお姉ちゃんの仕事ですよ。
それにあの子って口ではきついこと言ったり、態度悪かったりしますけど、私はわかりますよ?
すごく優しい子でしょ、私はそう思ってる。
あと、アンジェ先生ラブですよね、わかりますよー、見てたら。
それにジョルジェちゃんもですよねー。
あの二人ってそっちでもライバルなんだよねぇー、見ててすごく面白いわ。
ミノっちはって? あれは違う違う、あれはラブじゃなくライクの方。
ミノっちはねぇー、あの乙女小説の影響で作中の先生とアンジェ先生を重ねてるだけだもん。
一回生たちは青春してるねー、いいねー。
え? 私? そんな暇ないよー。
だって今年、下級メイド試験落ちたら留年ですよ? マジピンチですよ?
しかも学校始まって以来の問題児って言われてるキュリル・バースさんですら留年しなかったんですよ?
んでこのキュリル・バースさんて、あのキュリル先生と関係ないですよねー?
関係してたらしてたで笑えますよねー、え? その前に現実を見ろって?
んー、私って成績は良い方なんですよ? でも下級メイド試験落ちるんですよ、不思議ですよねー。
落ちたら留年……、過去十年で三人だけしか留年してない。しかも全員退学してる。
どうしよう、やばいなー、まずいなー。
とりあえず……、アンジェ先生に相談しておくかー、うーん。
★ ★
「なぁ、なんか中からラフェル君の声が聞こえないか?」
と僕がトイレの前でマリとパティに会ったので聞いてみたら、いつものことですよとマリが応える。
「ラフェルっておトイレに入ってるとけっこう独り言くっちゃべるんですよ。あぁやって脳みその中で悩み事を纏めてるらしいんですって」
「んにしても内容が丸聞こえだって誰も指摘してやらんのか?」
と僕が聞いたらマリが一言、面白くないですか? と。
「だって、ラフェルの思ってる事や悩んでることとか全部分かりますからね」
マリがそう言うとパティもそうそう主将って悪い子じゃないってわかりますもんと言う。
「そうか。つまりラフェル君の脳内垂れ流しを聞いてるわけか、僕らは」
確かに何となく指摘しづらい……。そう言えばフェアラインスも、おトイレで独り言を漏らす人だったなぁ。
「ところで先生!」
パティが手を挙げて僕を呼ぶ。いや目の前に居るからそこまでアピールは不要だが……、どうしたと訊く。
「ラバト先生が、明日から練習強度を上げるって言ってましたが、どこまで上がると思います?」
とパティが心配そうに言う。大丈夫さ、僕も見てるから事故に繋がるようなら止めるよ、と僕は笑いながら応えた。といってもこの前転がされて皆に迷惑を掛けたから説得力はないが。
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