12話
トコトコと走る馬車の旅は好きかと聞かれたら、嫌いじゃないと答える。
晴れ渡る空の下、ゆったりと流れる風景を眺めながらだったら好きだと答えるだろう。
しかし残念ながらこの地は雨季、どんより重苦しい雨雲と降りしきる雨、そして時々雨漏りのする馬車の旅は残念ながら好きだとは言いづらい。僕たちは早朝、貸切馬車でヴィンチ町へ向かっている。みんなが待ちわびた合宿初日だ。
「アンジェせんせぇ……、気持ち悪い」
先程から馬車酔いのせいでミノンは不調を訴えていた。
「ミノンちゃん、これを飲むといい。少しはスッキリするよ」
ラバトはカップに注いだ茶を渡した。ミノンはそれを飲んでふぅと言うと、しばらくしてジョルジェの膝枕で寝息を立て始めた。
「お、効いたみたいだな」
その様子を見守ってたラバトは相好を崩す。
「悪いな。貴重な薬を使わせたみたいで」
と僕が言うと、ラバトは足を組み替えてスキットルに詰めた火酒を呷る。
「なに、この狭い馬車で吐瀉られたらみんなでケロケロ祭りだ、気にすんな」
「ところでラバトさん、今のは何なんですか?」
ジョルジェが訊く。ラバトはスキットルに栓をして
「ん、たんぽぽ茶に蜂蜜とハーブを混ぜた秘伝の酔い散らしだ。多少の状態異常にも効くんよ」
と言った。まぁいつも二日酔いのときには飲んでるな、と続ける。
☆ ☆
なかなか寝られません、本当やばい!
忘れ物無いかな、大小の鞄を確認しました、それこそ何度も。
そういえば一昨日ルーチェ先生と一緒に、少し大人っぽい下着を買いに行きました。
こんなのつけるなんてすごく恥ずかしいんだけど……、別にほいほいと見せびらかすもんじゃないし、ルーチェ先生はおしゃれでかわいいよって言ってくれたから、いっか。
それを確認しただけでドキドキしてもっと寝られない!
アンジェ先生が見たらなんて言うかな……きゃー!
でね、ルーチェ先生の事ね、よくわかんない人だよね。
きっと私の好きな小説みたいに、アンジェ先生を追いかけてきた婚約者だと思ってたもん。だからあんなにベタベタしてたんだと思った。それでね私、それ見てすげぇイライラ、ムカムカしてた。
うん知ってる、恋、かな?
この前の決闘で私は負けた日、あの初めてお風呂屋行ったときね、ルーチェ先生もアンジェ先生のことはずっと好きだったって言ってた、あの鈍チンがーとも言ってたけどね。つまり私達は同じ人を想ってる。それで、決闘で負けた条件、ルーチェ先生から突きつけられた命令は秘密です。でもね、その命令を聞いた時、思ったのが、ルーチェ先生って乙女だわーって思っちゃった、かわいい! それを訊いて私はルーチェ先生も好きになっちゃった、恋愛感情は無いけどね?
まるで、年の離れたお姉ちゃん。それが私のルーチェ先生って人となり。
アンジェ先生、ちゃんと寝ないと馬車で酔うぞと言ってたので、何度も床に入ったり……やっぱり出たり。落ち着かない! 寝られない! そして、うわぁ楽しみ! ドキドキするー!
きっとジョルっちも眠れない眠れないとベッドで言ってそう!
ジェイリーちゃんはすぐ寝てそう、いや、練習試合の時は寝られなくて遅刻してたっけ。
デリッカちゃんは……あの人ってよくわかんないんだよねぇ、いつもツンツンしてるし話しかけると睨まれるし。
はぁー寝られない! どうしようどうしよう! 馬車の中でゲェーッと戻しちゃったらやばい!
んー、こういうときってちょっとお酒を飲むと寝られるって父ちゃんが言ってたけど、飲んだらだめかな? たぶん居間に行けば父ちゃんらが飲んでるから、貰ってこようっと。
断られたよ! 乳もケツも小っちぇえガキが何言ってやがる、背ぇばっか伸びやがってって言われたよ。背が高いのは父ちゃんらも同じ! 兄ちゃん姉ちゃんもでかい! お前らがでかいから食費ばっかかかるって言われた! ひどい! 好きで大きくなった訳じゃないもん! 私だってラフェルンぐらいの背丈とお胸だったら良いのに!
最近また伸びたみたいでアンジェ先生と同じぐらいになっちゃった、もうショック!
チーズとミルクあげるから早く寝なさい、明日から合宿でしょ、と母ちゃんが台所に立つ。 父ちゃんが何かぶつぶつ言ってたけど無視だ無視、うっせぇ酔っ払い。しばらくして腸詰めとピクルス、チーズとホットミルクが出てきた。
「なんだよ母ちゃん、良いツマミがあるじゃねぇかよ!」
「バカ言うんじゃねぇよ! あんたにこんなの出したら家中の酒が無くなるわ!」
「んだとぉ? おめぇ誰のおかげで飯食わして貰ってると思ってるんだ!」
「じゃ誰がテーブルまでご飯持ってきてくれると思ってるのよ、偉そうに」
この二人、いつもこんな感じ。でも本当はすごく仲良しなんだよね、知ってる。二人で買い物してるとき、ときどき手を繋いでるもん、きゃーかわいい。
「なぁミノン、おめぇまた背ぇ伸びたろ」
父ちゃんは遠慮なしに言う、ちったぁ乙女心考えろ! 無視だ無視。
「んたっく、乳もケツもねぇ、髪の毛もそんな短く切りやがって、男女だな!」
うるさいなぁ、さっきも同じこと言いやがって、わかってるわ!
しばしの無言。
「……剣闘術、楽しいか」
「……ん」
「そうか。お前が剣闘術するとは思わなかったぞ、俺」
父ちゃんは酒をジョッキに注いで飲む。
「お前は昔から引っ込み思案で無口で猫背だったから、心の中じゃあ剣闘術やって欲しかったんよ」
「父ちゃんもそう思ってたんだ。……母ちゃんは剣闘術やってほしいって言ってたけど」
「それにしてもな、ミノン、初心者で始める時に先生がアレな奴だとすぐ嫌になるんだよ剣闘術って。よほど残念学院の先生は有能なんだな」
「うん。アンジェ先生がすごいんだよ、父ちゃん」
「そうか……怪我だけすんなよ、あとアンジェって女先生によろしくな」
「ありがとう。あと父ちゃん、アンジェ先生、男だよ」
「その先生に惚れるなよ」
うるさいなー! この酔っぱらい!
最近、私、小説を書こうかなって思ってる。
女子学校の剣闘術会で男先生がやってきての恋話。
んー、タイトルどうしよう? こういうのって決まってるのと決まってないので話のまとまりが違うってカオリル先生言ってたもんね。女の子たちでキャッキャウフフするから……「萌えよ剣」とか? これじゃダメだー。
今から少し書こうかな……? ちょっとだけ今、書こうかな? うん、そうしよう!
☆ ☆
ミノンは余程合宿が楽しみだったらしく、昨夜一睡も出来なかったらしい。それなのに気が高揚してたのか馬車に乗り込んでからしばらく燥いでた。しかも周りの剣闘術会のメンバーに自身が好きな恋愛小説を読ませたり説明などをしてたら途端に具合が悪くなったのだ。なお他のメンバーも揺れる馬車の中で小説を読まされたのだ、酔ってデリッカは寝息を立てている。
「ミノンちゃんてこんなに燥ぐ子だったか?」
「ラバト先生、ミノっちっていつもこんな感じなんですよ」
皆が知ってるミノン像と言えば「怜悧な麗人」だが、ジョルジェが知る普段のミノンは「年相応のお茶目、時々ポンコツ」だという。
ジョルジェが言うには、ミノンは入学した頃、極度の緊張のせいか態度もそっけなく言葉数も非常に少なかったため、周りにとても冷たい印象を与えてしまったようだ。しかし周りからはその冷たい印象でとても良い評価を得てしまう。お陰で怜悧な様を学生たちの前でずっと演じ続けているのだ。だから今更になって素の自分を曝け出すことが困難となってしまい、今に至るという。
「じゃあ、あれか。馬車の中で燥ぐミノン君が、いつものミノン君ってことかい?」
と僕が訊くと、そうなんですよとジョルジェが溜息を付いて応えた。
「終いには『私ってやっぱ一人称、ボクと替えたほうがいいと思う?』と言い出したんですよ、そこまで演じる必要無いでしょと言ったんですが」
とジョルジェが続けたので、ラバトが
「ボクっ娘もある程度の需要はあると思うんだがなぁ」
と言った、なんだよそのボクっ娘って。
「ミノンちゃん迷走中か。くそアンジェ見つめて真赤になってたりと忙しい奴っちゃなぁ」
と言うと煙草を懐から出す。車内禁煙だ我慢してくれよラバト嬢というとちぇと言ってまた懐に仕舞う。
「あたしも寝るわ、着いたら起こしてくれ」
そう言うとラバトも俯くとすぐに鼾をかき始めた、前々から思ってたがラバト嬢は非常に寝付きが良い。昔、色々あったから寝付きだけは良いんよと言っていた、きっと軍属経験だろう。
トコトコと馬車が進む、客車の中で起きてるのは僕とジョルジェしかいない。
「向こうの馬車、どうなってるんだろうな」
僕は何気なくジョルジェに投げかけた。ミノンの額に載せた濡れハンカチをひっくり返しながらジョルジェは
「ジェイリーちゃん親子やルーチェ先生が居ますからね。盛り上がってるんじゃないでしょうか、多分」
と言う。そうだ、向こうは騒動屋ばかりが集まってしまったから決して平和ではないだろうな。なお貸切馬車は二台で運用しており、他のメンバーとリガン道場の門下生たちは先行する馬車に乗っている。馬車の客席数の関係上、数人は貨車に搭乗しなければならなくなったのだ。くじ引きの結果、僕とジョルジェ、ラバトにミノンは防具や荷物ばかりを載せた貨車になった。しかしジェイリーと相性が悪いデリッカは発車直前になって私も貨車で良いわと飛び乗ってきた、また大喧嘩したようである。
「燥ぐ暴れるに命掛けてる連中ばかりだからな、まぁお陰でこっちは静かにいられるさ」
僕はそう言うと、鞄から論文集を出して読み始める。しばらくするとジョルジェは尻をすこし浮かせて僕の横に移動してきた。先程まで膝枕されていたミノンはゴスンという音とともにぐえっと言う。……大丈夫か。
「先生、なにを読まれてるんです? ……それ、ストリバ語ですね」
「あぁ、カロリーナ先生から借りたんだよ」
「先生ってカロリーナ先生とも仲が良いですよね……」
「まぁ同僚だしな……それがどうした?」
「別に何もありません! で、これって?」
「微生物学の論文集だ、ちょっと気になって借りたんだよ」
カルヴェリの後輩・ベンジスが書いたのが掲載されてる論文集を借りた。その中には彼が書いた酵母についての記述がある。しかし『酒造は酒神ヴァカッシュ』と考える旧態依然の学会で、酵母がアルコール醸造における要となる、こんな内容を書いたベンジスは追われ、結局田舎でパン屋をしてると言う。相変わらず現実を見られない、頭の固いのが居座ってる学会は残念でしかない。
「それって生物学ですよね。そういうのも先生は研究なさってるんですか?」
「まぁ成り行きだな、しかもこういうのは嫌いじゃないんだ」
僕は向かいに座って寝息を立てるラバトを一瞥すると論文集に目を落とす。ラバトは熟睡してるのか船を漕いでた。
しばしコトコトと一定リズムで揺れる馬車は湿気を含んだ風が舞い込んでくる。貨車内は蒸すこともなく暑くもない。そのお陰かジョルジェは僕の肩にもたれ掛かって寝息を立て始めたのだ。皆がそれぞれ寝息を立ててる、僕も論文集を閉じると俯いて目を閉じることに。
「おいくそアンジェ」
そう言われて横から突かれた、ラバトに起こされる。先程まで向かい側で寝てたと思ってたラバトは腕と足を組み、僕を睨む。
「その手、お前らなにしてるんだ?」
と訊かれ、視線を下に向けると僕は隣合うジョルジェと手を握り合ってた。
「デリッカやミノンが起きる前で良かったな、また大騒ぎだぞ」
「だな、感謝するわ」
「駆け落ちする女学生と先生の図……っと」
「やめろチンチクリン」
「カオリル先生に……」
「まじでやめろ、くそエルフ」
僕らは睨み合い、そして同時に吹いた。なんだよくそエルフってというラバトに、くそアンジェって言ったお返しだと応える。そう言い合ってるとミノンとジョルジェが起きた。
「よおミノンちゃん、気分は良くなったか?」
とラバトが訊く、お陰様で少し楽になりましたと応えてた。僕が顔色もすこし良くなったぞと言うとえへへご迷惑お掛けしましたと言う。
「ただ、なんか頭痛いんですけど、偏頭痛かな……?」
「うん、まだ酔ってるんだよ、もう少し横になってると良いぞ」
とラバトが言うが、多分それ、さっきゴンと言ったアレだと思うからな。
「よし、ミノンちゃん、これ飲むと少し楽になるぞ」
とラバトはスキットルを差し出すが、受け取ろうとするミノンを止めた。幼気な子に火酒を飲まそうとすんな、と僕が言うとラバトはこう返した。
「安心しろ、中身はカミツレ茶だ。頭が痛むなら少し飲むと良い、落ち着くぞ」
「そうか失礼した……。ほれ、ミノン」
そう言って僕はスキットルをミノンに手渡すと、栓を開けて飲む、そして飲み、飲む。
「ラバト先生ありがとう、全部飲んじゃった」
ミノンはスキットルをラバトに返す。おう、ゆっくり寝ろとラバトは言った。
そしてラバトは僕の横に移って座る。懐から別のスキットルを出して飲む。
「アンジェ先生はそんな難しいもんばっか読んでるけどさ、飽きんの?」
「ラバト嬢が毎日酒飲んで飽きんの、と僕は思ってる。お互い様だ」
「はは、そりゃそうだな。……また寝る」
足を組み替えると腕組みをして頭を傾ける、しばらくすると鼾をかき始めた。あまりの早さに僕とジョルジェは目を合わせると、ふと笑い出す。
「……もう寝ちゃいましたね」
「ここまで寝付きが良いのは才能だよ。もしくは赤ちゃんか」
「かなり大きな赤ちゃんですね、ふふ」
馬車はまだトコトコと走る、もうしばらくしたら休憩地点のはずだ。
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