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10話

2023/01/23 13:46

ふりがなの一部を変更しました。

「あ、アンジェ先生いいところに」


 職員休憩室に用があったために立ち寄ったところカロリーナに声を掛けられる。久しぶりに見るカロリーナはリネンのワンピースにひまわり柄のカーディガンを羽織っていた。いつも思うのだがカロリーナは花柄が多い気がする。



「お久しぶりですわ、アンジェ先生」


「どうなさいました?」


「あの、私の(ちぃ)兄の学校も無事に夏季休暇に入りまして、もし先生の都合のいい日がありましたら教えてくださいって言われまして」


とカロリーナが言う。ほら、酒類学の件ですよってと続ける。



「そうですね、三日後に剣闘術会の合宿でヴィンチ町へ出向きますので、それまでの間ならいつでも大丈夫ですよ」


「それでしたら、明日なら如何です? ちょうど私、次兄と夕飯一緒にする予定でしたので」


「そんな、兄妹水入らずの邪魔立てなんかしたら……」


「いいんですよ別に、私もちょっとエルフ酒の失敗について興味があるもんで」


 ふふっと笑うカロリーナ。んー、合宿までなら夕刻からの予定は無い、ただそれぐらいの時間になるとお腹すいたご飯食べに行こうよとルーチェが呼びに来るが。それだったらお世話になろうかな。



「分かりました、良かったら明日の夜、御相伴に預かっても宜しいですか?」


「えぇ! 中街七番街に『鳥と星』ってレストランあるのご存じでしょうか」


「はい、剣闘術会で利用したことありますよ」


「では明日、夕鐘ごろにお店で」


 ところで、職員休憩室に何しに来たんだっけ……?




「ザントバンク修身学院剣闘術会一同、お世話になります!」


 合宿まではリガン道場で出稽古だ。


 というのも学院の道場は冷房法具が付いておらず、ここ最近非常に暑いのだ。雨が吹き込んでくるので窓を開けることも適わず、かといって暑い暑いと稽古して熱中症を起こして倒れても面白くはない。そんな折、キュリルから合宿前の出稽古どうですか、とお誘いを受けたのだ。なおリガン道場には冷房法具が付いていて快適だとジェイリーが言う。



「あー! ラバトちゃんだー!」


 臨時道場主のキュリルは僕らが入ってきた際、ラバトを見つけると持ってた木剣を振り回しながら飛んできた。なおラバトは出稽古のお礼替わりに酒瓶を持っていたが。



「げぇ、マジでキュリルおるー!」


 飛び掛かってきたキュリルに酒瓶を守りつつ徒手空拳で打ち込まれる木剣を除け、躱し、飛ぶ。キュリルから繰り出される木剣は目で追えない速さで振り回されているのにラバトは素手で受け流しているのだ、まさに人外たちの異種格闘戦だろう。


 そんな修羅場なのにルーチェはキュリルに帝国式敬礼(右手で左胸を二度叩く)をする。


「キュリル技官、お世話様であります!」


 木剣をピタッと止め、キュリルはルーチェに正対する。


「んー、ここではルーチェ副将と呼べばいいかしら?」


「階級は不要であります、お互いタメ口を希望致します!」


「うん、いいよールーちゃん」


「キュリルちゃん、三日ぶりー、今日も飲みに行こー」


「いいよー、それよりそんな喋り方すんなら最初から敬礼しないでよー」


「いえ、臣民を守る帝国軍属たる義務であります!」


「そんなこと言ってるから未だに*@(ごにょごにょ)なんじゃないのー?」


「そ、それは関係ないであります!」


 顔を茹蛸のように真っ赤にしたルーチェというのも新鮮だ、何て言われたんだろう。

 後で聞いたところうっさいわねぇばかと怒鳴られた、解せぬ。




「ねぇジェリっちゃん、あなたのお母さんたちってやっぱり戦闘民族なんじゃない?」


 ミノンがジョルジェを後ろから抱きしめながらジェイリーに訊く。

 剣先が見えない速度で振り回すキュリルに、それを酒瓶を持ちながら躱すラバト、そんな中怯える様子もなく突っ込んでいって帝国式敬礼をして挨拶をするルーチェ、この三人はどう見ても異常だ。



「あたしもね、あの三人は絶対に戦闘民族なんだと思ってる」


 二人はきっとそうかもしれんがあと一人は戦闘エルフだぞ、僕は心の中でそう呟いておく。




「で、だ! 三日後は楽しい楽しい合宿大会です! 朝から晩まで木剣振り回してブン回しての一週間だ! なお皆でバーベキューしたり肝試ししたりキャッキャウフフしたり枕投げしたりお風呂に入ったりとレクリエーション企画も()()()()()ます! なお、お風呂を覗くのは男子の特権、でも女子も同じく覗く権利を持つと私は思ってます! 甲斐性なしタマ無し野郎のエクスカリバー(男の性剣)を見たい奴は……」


 キュリルの演説は途中で止めることにした、乙女達に対する教育的配慮だ。それ以前に誰が甲斐性なしのタマ無し野郎だ、この乳なし戦闘民族め。彼女の口を手拭いで塞いだためにフガフガ言って暴れているが、重要な事は教育者としてしっかり伝えておくことにした。



「ということでキュリル師範代が言うには、今日と明日はここで頑張ろう、くれぐれも怪我だけはしないようにって意味だからな。こういう、合宿イベントにはしゃいで訳の分からない事を口走るような大人にならないように」


「はーい」「はいっ!」「はぁーい」「甲斐性なしだよね」「うん、無自覚だぞ」「はい」



「はーい、これ以上余計なこと言ったらジェイリー君とラバト嬢は欠席としますー」


「やだよー連れてってよ!」「ひっでぇ、くそアンジェ」


「じゃあ稽古するぞー」



 手拭いを外してやるとキュリルは「アンジェ先生、二番街の薬局の柔軟剤使ってるでしょ」と言う。なぜわかるのこの人、動物か何かなのか? 怖いよ!




「はーい、アンジェリカとラバトっち、ジョルジェっちとデリッカちゃん、ミノンちゃん、おいで」


 僕らはルーチェに呼ばれ、道場の隅に集められる。



「はい、ここで三人はアンジェリカと私とラバトっちの三人相手に地稽古をします。地稽古って解る? 剣闘(デュエル)ですよ、ガチの打合いです。打込稽古じゃないから私らも打ち込みます。そこで三人は相手の隙を見て打ち込むか相手の攻撃を利用するか、です」


 ルーチェが稽古の説明をする。地稽古とは、流派によっては懸かり稽古ともいう実践稽古で、ルーチェの説明の通りだ。ただし相手が僕だけでなくルーチェやラバトとも地稽古をすると考えたら、かなりハードな稽古だ。なにせこの二人は手加減というものをきっと知らない。



「なお、木剣を叩き落される、投げ飛ばされるを食らった場合はペナルティね。ぜひともアンジェリカの木剣を吹き飛ばし、投げ飛ばしちゃってください」


 怖いよ、なんで僕を狙い撃ちなんだよ!



「しかも、アンジェリカから一本取った子、すっごいご褒美がありますのでお楽しみに!」


 ルーチェの説明を聞いて三人の、いやラバトの目の色が変わった。いや、お前とは当たらんから! もしラバトと当たったら間違いなく貯金スッカラカンになるまで飲み干されるだろう。



「とりあえず、怪我防止の動的ストレッチ替わりに軽く打込稽古しよっか」


 僕らはランダムで打込稽古に入る、僕との最初の打込相手はラバトだった。



「なぁ……、アンジェ先生とはいつか剣闘(デュエル)したかったと思ってたんよ」


「ラバト嬢って酒絡むと人格変わるよなぁ」


「あぁ、アンジェ先生のをぉ、うへ、飲ませてもらうぜぇ」


「ラバト嬢、……キモ、酒気を帯びてるなら帰れよ」


「失礼な! シラフだよ!」



 ラバトとの打込稽古をしているとお互い徐々に熱を帯び始める。木剣を持つ手が一つ、また一つと打ち込むに従ってじんじんと痺れてくるのだ。きっとラバトの意識が加速しているのだろうか、本気の打合いになっていく。そして木剣同志がカンカンでなくガンガンガシガシと鳴るのだ。


 僕はふとチャンスと思い木剣を持つ手を伸ばしてラバトの喉元へ突き立てようとした時だった。僕の木剣が流され、そして僕の体も自然と傾いていき視界が回転を始める。


 そして世界から重力が消え、光も消えた。




 光も重力も戻り、世界と僕の頭が徐々にリンクしていく。

 僕を心配してずっと覗き込んでただろうか、目に涙をいっぱいに貯めたジョルジェの顔が見える。


「あ、アンジェ先生良かったぁ!」


「ん……、あれ、どうした?」



 起き上がろうとしたが動かない、手足に力が入らないのだ。そして、涙をぼろぼろと流すジョルジェ、それが僕の顔にまで垂れ落ちる。


「しばらく動いちゃダメだって、キュリル師範代が」


「そっか。ところで僕になにがあったんだ?」



 落ち着きを取り戻したジョルジェが言うには、僕が放った打突をラバトに利用されて無様に転がされたという。しかし頭から落下して気を失ったようで、医師を呼ぶ騒ぎとなってるらしい。

 なお頭を固定するため、僕ははジョルジェに膝枕をしてもらっているようだ。



「骨には異常は無いと思いますが、しばらくお医者さんが来るまで安静にですって」


「そっかあ、やっぱラバト嬢は強いな」


「はい、アンジェ先生の木剣、見事に折れましたから」


 ジョルジェの指さす先には、無残にへし折れた木剣が壁に立てかけられていた。



「ははは、やっぱラバト嬢には敵わんか」


「あの人、ルーチェ先生らとは違う強さがありますよね」


「そりゃあ、血濡れの猟け……、いや、何もない」


 僕は途中で言葉を飲み込み、ジョルジェから目を逸らした。



「それってカルグストゥス叙事詩に出てくる剣豪エルフですよね」


 ねぇ先生、と熱を帯びた目でジョルジェは言う。嘘が下手な僕は素直に認めた。


「………本人には言わんでな」


「私もそうだと薄々感じてました。ラバト先生って前に顔を洗ってた時にヘアバンド外してて、それであの耳……、見えちゃって」


「そっか、ジョルジェ君は知ってたのか、ラバト嬢の耳」


「はい、もし違ってたらと思うとなんて声を掛けたらいいかずっと悩んでたんです。だって、エルフってもう居ないじゃないですか。だから……」


「まあ、そんなこと聞かれて気にする奴じゃないけどさ、ラバト嬢って」


 僕もラバトと初めて会った日に彼女の事実を知ったんだ、しかも自分から言い出して。



「アンジェ先生って、ラバトさんとすごく仲いいですよね」


 ジョルジェはそう言うとぷぅとふくれる、確かにラバトは僕に良くしてくれてるな。カオリルナッチと絡むと二人のウザさが強調されるが。


「まぁよく僕の部屋には来るな、うん」


「殿方の部屋に行くだなんて、ラバトさんも()()()()()人ですね」


「まぁラバト嬢は各地を転戦してるときは兵たちとは同じ釜の飯を食って、杯を重ね、枕を並べてたと言ってたからな。ジョルジェ君が思う淑女然たるものはラバト嬢には無いぞ」


「なるほど、それだから強いんですかね」


 真剣で十数年以上も兵を率いて切った張ったをしてたんだ。たかだか十年程度木剣を振り回してる僕らなんかとは違う高みにいる生き物。きっと僕らは一生掛けても徒手空拳のラバトにすら一本取れないかもしれない。


「本当にいろんな常識が通用しないな、ラバト嬢は」




「おーい! アンジェ先生すまんなー! 思わずガチった!」


 救護室の扉を開けてラバトが飛んできた。僕の元へやってきて、頭を下げる。


「……え、ひょっとして今からアンジェ先生とジョルジェちゃん、膝枕からのチュウするん? おーい! くそアンジェとジョルジェちゃんが今からチュウしようとしてっぞー!」


 ラバトがそう叫ぶと道場からぞろぞろと救護室に剣闘術会のメンバーがなだれ込んできた。


「えーまじで?」「ちょっ! お待ちなさいよ」「抜け駆けだ!」「アンジェリカー!」「うへへ禁断の恋!」「ジョルっちぃの裏切り者ー」「青春ですね」「エクスカリバー(男の性剣)がお目覚め?」「結婚決定」「いいなぁ」

 

 別の意味で頭が痛い……。




「んでさぁ、アンジェ先生、気持ち悪さとか痺れとかない?」


「いや、特には無いな」


「じゃあ……、片目にこのハンカチ当ててっと、開けてる目でこの升目を見て、ゆがみや欠けは?」


「大丈夫だ……、うん、こっちの目も大丈夫そうだ」


「ここまで喋れるから舌の痺れも無いと。たぶん脳震盪だわ」


 診察してくれたのは、校医のシュバンヴィ・カルセリ、わざわざ来てくれた。

 聞けば、このリガン道場の隣で開業してるカルセリ接骨院の娘がシュバンヴィだという。そして夏季休暇だから中街四番街で行われてた『親方衆の歌謡大会』を絶叫観戦してたところ急患だと呼び戻されたという。

 だからすこぶる機嫌が悪い。



「本当に申し訳ない、シュバンヴィ先生」


「んたっく、脳震盪ごときで呼びつけるな! 脳漿が漏れてるならともかくよぉ」


 ………それってやばくないか? 中身漏ってるってやつじゃねぇのか?


「あーそうそう! 三日後の合宿だっけ? あたしも行くことになってるから!」


「え? シュバンヴィ先生も?」


「あぁ。来週はヴィンチ町でアレの地区予選だからな! 移動費と滞在費と食費を面倒見てくれるって言うから着いてくわよ」


 どう考えても、剣闘術会の合宿のほうが『オマケ』だよな、それ。まぁいいけど。



「んでっと、カルテと保険請求書出来たっと、アンジェ先生、ここサインくれ」


「あぁ、ちょっと待ってな……、死亡診断書、死亡者がアンジェ・リ・カマルカ、死因が頭部外傷による脳挫傷で即死、活動保険請求者が検死者のシュバンヴィ・カルセリっと……って勝手に殺すなよ!」


「んだよー、ばれたか、多分失敗しないと思ったのに」


 こんなんで医者になれるこの国が、怖い。




「ジェイリー師範代、御迷惑をおかけしました」


「いいのよ、誰しもやらかすしやっちゃう事故だもん」


 二刻ほど横になっていたおかげか身体が動くようになった。しかし頭に強い衝撃を受けてるせいか頸が痛む、それは隣のカルセリ接骨院で翌日診察を受けることになっている。もちろん放課選択の延長線上の事故のため活動保険ですべて賄われるそうだ。


「今夜はゆっくり寝ると良いわ。もし夜中に身体の痛みが強く出た場合は幽霊カリナちゃんにでも呼べば、すぐにラバトちゃんかカオリルババア呼んで貰えるよう手配してあるから」


 こうなるといろんなところに迷惑を掛けてるな、あとでお礼行脚しないと。そんなことしなくても勝手に僕の部屋に集まっては来るが。



「何から何まで申し訳ありません」


「ふふふ、いいのよアンジェ先生」


 そう言って僕の肩をバシバシ叩き、


「で? ジョルジェちゃんとチュウしたんでしょ? それとも、もう乳揉んだん?」


と訊いてきた、やっぱキュリルだった、バカだった。少しは見直せると思ったのに。




 部屋に戻ると、水の張った洗面器にタオルを用意してカリナが待っていた。


「アンジェ先生お帰りなさいませ、湯浴みされました?」


「うん、リガン道場で軽く、ね」


「ならすぐにでも寝間着になって横になられてくださいな」


 そう言われ、着替えてベッドへ入る。タオルを打ち付けてこぶになったところへカリナが固く絞った手拭いをそっと置いてくれた。


「悪いね、何から何まで」


「いいえー、ラバトさんから厳命されてますから」


「じゃあ早いけどもう寝るね」


「承知しましたよ、アンジェさん」





「……何してんの?」


「え? 何かあってもすぐ反応できるようにと思いましてね」


「だからって同じ布団に入ってくるってどうかと思いません?」


「うへへ……ダメですかぁ、じゃあ帰りますね」


 この幽霊もすごく変だわ。






 と、いうことがあったらしい。

 僕はラバトに転がされてからの記憶が曖昧なのだ。


 学生時代の授業で

『脳震盪を起こすと記憶の混濁があるから、何かあったことをメモしておくと良いよ』

と言われたので、起きたこと言ったこと言われたことをメモしておいたのだ。


 別に僕は変なことを口走ったりはしてないようだが、全く覚えがない。


 確かに目が冷めたら頭の上にタオル、枕元に洗面器があり、カオリルナッチの部屋との行き来があった形跡もある。しかもメモには記してなかったがテーブルには空いた酒瓶もある。きっとカリナが看病中に飲んだのかもしれない。


 メモにはカルセリ接骨院へ行くことと書かれていたので、後で行こうと思うのだがもちろん覚えてない。ジョルジェに膝枕されてたのも覚えてないし、どうやって帰ってきたのかも記憶がないのだ。




 本当に脳震盪というのは怖い。

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。

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