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08話

 けだるそうにジョッキを掲げたカオリルナッチが口上を垂れる。


「はいはーい、アンジェ先生のハーレム会おつかれーっす、カンパーイ」


「かんぱーい!」「乾杯」「なんですかその挨拶」



 五番街の呑平に集まった僕達四人でルーチェの歓迎会をする。


「さてとー、エビ豆のシーズンですよラバトさん、夏ですよ夏!」


とけだるそうな表情ながらも楽しそうな声を上げるカオリルナッチ。



「あぁ、夏だな。カオリル先生、何か予定あんの?」


とラバトが訊くとカオリルナッチはあるわけねぇだろ、と言ってジョッキを空ける。



「で、ルーチェ先生、これがシュトレーメ中街名物のエビ豆ね、知ってるかい?」


とラバトがルーチェに訊くと、彼女は初めてですよと目を輝かせながら応えていた。



「この川エビ、トロボ川固有種らしいんだって。ここら辺では夏に食べるもんらしいぞ」


と僕がルーチェに言う。へぇー、お酒に合うねこれとみんなで手を伸ばしてた。お酒を飲まない僕もこのエビ豆はおいしいと思う。この前銀のランプ亭でミモーゼンたちと食べたのとは違い、この呑平は味付けが濃いめだった。これぐらい濃い方がおいしく感じるのは剣闘術の稽古で疲れているのだろうか?



「ところで、いい具合にお酒が回ってきたわけですよ私達! で、はっきり聞くけど、ルーチェ先生、あんたどこの間諜だ? 何が目的だ?」


 ジョッキを樽の上に置くとカオリルナッチがルーチェを見据えていきなり核心を突く。



「こんな夏季休暇中に赴任してくるなんてなんか裏があるとしか思えないのよね。しかもルーチェって偽名でしょ? アンジェ先生に聞いても解りやすいぐらいに狼狽えるくせに何も喋らない」


とさらに続けた。ラバトも煙草の灰を落としながら


「あたしもカオリル先生も読心が出来るんよ。あんたいつも自分の名前、ルーチェ・リングィナって心でつぶやいてるのも解ってる。自分の名前ってそんなに心の中でつぶやくか? 普通」


と不審そうな顔をして言う。

 静かにエールを飲んで聞いてたたルーチェはそっとジョッキを樽の上に置くと


「それはお互い様じゃない? ヴィヴィアンさんと血濡れの狂犬さん!」


と腕組みをして二人を強くにらみつけた。


「あなたたちも自分の素性、表に出して生きてるの? カオリル先生って吟遊詩人が歌う叙事詩に出てきてますよね? カオリルさんはチョーカーで隠してるようですけど、ベーリン卿に首ちょんぱされた痕、わずかに見えてますもの。あとラバトさん、そのヘアバンド、暑くないんですか?」


 ルーチェは静かにそう言い切ると、カオリルナッチもラバトもじっとルーチェの目を見ていた。



 しばしの重く深い沈黙。僕は息を飲む。


「蛙鳴蝉噪ね、いい酒の前に無粋だったわ」


 カオリルナッチがやれやれお手上げ状態の仕草を取る。


「ごめんね、別にどっかの間諜だとは思ってないわ。ただあまりにも異質なのよ」


 そう溜息と共に吐き出し、すっと右手を差し出す。

 ルーチェがそれを握り返すと上からラバトが右手を重ねた。



「酒の前に無粋ですよね」


 にっこりと笑い、確認するように言うとルーチェがカオリルナッチとラバトを見やる。

 ラバトも黙ってうなずくと、皆その手を放して三様、ジョッキを呷った。



「そういえばアンジェリカさー、剣闘術会の件で訊きたいんだけど」


 そうルーチェが言う。どうしたと応えると、


「今度、公式戦でどこまで勝ち上がっていきたい?」


と言うのだ。

 どこまでと言われても、勝てりゃ嬉しいが僕たちの会は勝ち上がっていくってレベルでは無いだろう。



「この前、初等学校に入る前の子らに負けたんだっけ?」


とラバトが言う。いや、引き分けだったよと強く主張しておいた。


「あちゃーそっか」


 そう言ってからルーチェはラガーを三つ頼む。

 みんなのジョッキが少なくなってた、ルーチェは昔からそこら辺の気が良く回る。


「ここに来る前にて、ジェリーちゃんが住んでるリガン道場行ってきてさ、キュリル技官と話してきたのよ」


と言う。ラガーが三つ届いたので銅貨と空ジョッキを渡して、てきぱきと配る。


「もし剣闘術会が本気なら、私らも一緒に本気出して指導しようよってなってね」


 そう言ってラガーをぐびぐび飲み、ぷはーと言ってジョッキを樽の上に置く。


「どする? みんなへの動機付けはアンジェリカ次第よ」


 んー、いい加減中街の住人から残念な(シュルードリヒ)と言われるのも考えも……



「その前に一つ聞いていいか? ルーチェ嬢よ、キュリル技官ってなんだ?」


と僕が訊く、ジョッキを傾けていたルーチェはジョッキを置くと


「ん? ほら、私って帝女隊に居たじゃん、そん時の臨時戦闘技官がキュリルちゃん」


との一言に僕ら一同が息を飲んだ。


「きゅ、キュリルってあの……」「まじかいな……」



 カオリルナッチとラバトが驚倒するのも無理はない、ザントバンク修身時代のキュリルなんてどうしようもない問題児だったんだから。なお帝女隊には剣術専門の指導教官は居るが、卒業試験だけはキュリルが臨時戦闘技官としてシュトレーメから出張してたと言う。

 その理由は、キュリル個人のタフさと教官としての資質らしい。山の中に放り出された訓練生たちは、襲い掛かってくるキュリルたちを敵役と見做して一晩中戦うというのが卒業訓練だそうだ。

 ちなみにキュリル達の敵役から一本取ると士官任用されるらしい。


「いやぁー、キュリル技官の娘さんがジェイリーちゃんなんだね」


というルーチェだが、僕ら三人は脳みその理解が追い付かない。

 なお、ルーチェが帝女隊に居た頃はジェイリーは生まれているはずだ。

 そうでないといろいろとつじつまが合わない。




「まぁ……、会のレベルアップ話は皆でせんとな、僕が勝手に気炎上げても仕方がないさ」


と僕が言う。

 果たしてみんなはどう思うだろうか?

 確かに放課選択で良い成績を取れば、卒業後、就職先や進学先には有利に働くだろう。

 特に武芸の成績だったら雇用主の覚えもめでたい。


「明日その話を持っていくわ、ありがとうな、リー……、ルーチェ」


「リー?」


 やば、言い間違えるところだった。




 翌日の剣闘術会では稽古前に皆で車座になり、方針を話し合った。


「この剣闘術会、好意でリガン道場へ出稽古してるが、今後はルーチェ先生も教士をしていただける。もし公式戦で成績を挙げていきたい、強くなりたいなら今がチャンスだぞ。それで……、今後どうしてく? 上を目指して稽古を充実するか、それとも今まで通りで行くか、と方針を皆に聞きたい」


 僕の問いかけに皆一様に意見を述べてくれた。



「やるからには強くなりたいじゃん!」と、ジェイリーは言う。


「チャンスは生かさなきゃ」と、マリが言う。


「マリと一緒なら頑張れる」と、パティが言う。


「一番になりましょうよ」と、ミノンが言う。


「皆さまの意見に従いますわ」と言うが、きっと一番気合が入ってるのはデリッカ。


「勝ちたいです」と、ジョルジェが言う。


「みんなで勝ちに行こうぜ」と、ラフェルが言う。



「それなら、私も本気で指導するわ。あとキュリル技官も本気出すみたいだから、その選択が失敗だったって後々になって言わないでね」


 そうルーチェが続けた。彼女の妖艶な笑みを浮かべるが、目は笑ってない。



「僕らも本気で動くことになったので、もう一人臨時コーチをお願いした」


「へーい、よろしくー」


 気だるそうに木剣を肩に担ぐラバトを紹介した。


「ラバト嬢には戦術一般をお願いするつもりだ。胡散臭いけど、大丈夫だぞ」


「胡散臭いは余計!」


 ラバトが僕に食って掛かってきた、それを見て皆が笑う。

 道場でこうやってみんなで笑ったの、これが最後だったかもしれない。




 ルーチェとラバトが指導者として加入した剣闘術会の稽古の熱量は想像以上だった。

 素振り一つとっても振り方が悪かったりすると怒声が飛ぶのだ。なお、僕の素振りもルーチェとラバトに怒鳴られたが。


 あと、稽古に『筋力トレーニング(筋トレ)』というのが導入された。筋トレというのも帝都で最近流行りの稽古方法らしい。元々は身体を鍛えるって概念では聞いたことがあるが、実際は体幹を鍛えたり、体力や持久力の向上ばかりでなく故障リスクを減らすのにも効果があると判ったらしい。よく武芸館では『食べて寝て走れば良い』と言われてたのにも理由があった訳だ。


 しかしながら、昔ながらのやり方を踏襲しては無駄が多いのは事実。だから筋トレを効率化するのだ。




「アンジェ先生、お願いしたいことがあります!」


 ルーチェとラバトが加入して数日経った、明日が補習授業最終日の稽古の前だった。

 いつもミノン目当てで補習に参加してた女学生たちが稽古場に座り込んでいたのだ。


「どうした、お願いってなんだ」


 道着に着替えてた僕は、その女学生の前に座る。

 訊けば稽古が厳しすぎてみんなが可哀そうだからもう辞めてほしい、特にルーチェとラバトはいつも怒鳴ってばかりで怖いと。きっとみんなも怖いと言いたくても言えないから私たちが代弁してると。


「そうか。君たちは確か補習参加者だったな。ミノン君たち剣闘術会のメンバーから辛いとか大変だとか直接聞いたか?」


と僕は彼女たちに訊いた。皆は顔を見合わせてそんなことは聞いてないけど、第三者として見ていて厳しすぎると言うのだ。


「もうじき剣闘術会のメンバーらが来る……、あ、一回生たちが来た、おーいみんな集合!」


 道着姿の皆が僕の周りに集まる。


「お、みんなどーしたん?」


とジェイリーが声を掛ける。ミノンはいつも通りジョルジェを後ろから抱きつく形で立っていて、よぉと手を挙げると、彼女たちから黄色い声があがった。デリッカは腕組みをして彼女たちを冷淡なまなざしで見下ろしてた。


「んー、最近の剣闘術会の稽古方針についてご意見があってね」


と僕が先程受けた申し出について四人に説明した。

 ふん、部外者が、余計なお世話なのよ、そうデリッカが吐き捨てた。


「あたしたちだって選択の権利があるわよ! 嫌なら辞めてるわよ! 自分たちで選んだ道をあんたら外野がピーピー言ってんじゃないわよ!」


と怒鳴る。デリッカ君、言い方に気を付けなさいと僕は窘める。


「あんたなんかどうなってもいいのよ! もしミノン様に傷が付いたらと思ったら私たちが……」


 女学生の一人が言う。あんたなんてってどういう意味よと更にデリッカが噛みつく。


「はいストップ。冷静な話し合いができない方は退場させるぞ」


 僕がそう言うとデリッカはその女学生を睨みつけてた。


「つまるところ、君たちはミノン君の事を慮って稽古内容について言ってるという理解でいいかい?」


と僕は女学生たちに訊く、彼女たちは一様に強く頷いた。


「ミノン君。君の思ってることを素直に聞かせてほしい。稽古についてどう思う?」


「私ですか? んー」


 ミノンは顎に手をやってしばし考え込むと、抱きしめてるジョルジェと小声で話し合う。まるで恋人同士のような場面を見て女学生たちからさらに悲鳴を上げたが。



 話し終えたのかジョルジェと離れると、ミノンは道着の上着を脱ぎだしたのだ。

 それを見て女学生たちは歓喜の悲鳴、そして本当の悲鳴を上げた。ミノンの上半身、特に二の腕や鎖骨辺りには木剣の打痕が痛々しく残る。


「あのね、これ、痛々しい? 痛いよ、すごく痛い。木剣で打たれたらすごい痛いの。この二の腕って防具無いから当たると痛い。防具で覆われててもね、ルーチェ先生やラバトさんに打たれると痛いの。時々怖い時だってあるの。でも気にしてないの、みんなで強くなろう、勝ち上がっていこうって決めたから。アンジェ先生からは辛かったらいつでも言ってほしいって言われてるけど、そのつもりは無いかな? もし練習が厳しいと思うなら、見に来ないで。私が、私たちが決めてやってることだから。心配してくれるのは嬉しいけど。」


 そう言ってミノンは道着を羽織ると、


「この道着ってね、不思議な魔法があるんだよ。今度こそルーチェ先生らから一本取れるかもって思えちゃうから」


と言う、まだ一本どころかまともに立ち合いも出来ないけどね、と続けた。


「稽古って実はすごく辛い、大変、痛い。本当はみんなに見られたくないの。試合はぜひとも応援に来てほしいけどね」


 そう言って彼女たちにウィンクをするミノン。

 女学生たちは黙りこくり、すっと立つと一人また一人と一礼して道場から出て言った。




「終わった?」


 女学生たちが出て言ってから、ルーチェとラバトが道場に入ってきた。


「ミノンちゃんってこのメンバーの中で一番ガッツあるよね。今年初めて木剣握りましたって聞いた時、噓でしょって思ったもん。」


とルーチェがみんなを見まわして言った。


「あぁ。どんだけ転がされてもすぐに飛び起きてオネシャス! って言うからな。どんだけドMなんだと思ったわ、あたしも」


と、ラバトは続けた。


「根性あるのがジョルジェちゃん、ガッツあるのがミノンちゃん、剣筋鋭いのがジェイリーちゃん、将来性未知数なのがデリッカちゃん、って私は思ってるけど、ラバト先生はどう思う?」


「大体そんな感じやね。みんなと打ち合ってると楽しいもん、あたし」


「それ私も思ったー」


 二人とも、やはりよく見てるんだな、それを聞いて嬉しく思う。



「でね、ミノっちゃん、もう少し大人っぽい運動用ブラすると良いと思うわよ」


とルーチェが言う。「その年でうさぎちゃん柄は、無いでしょ?」



 一番おこちゃま……。

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