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04話

 定期試験が無事に終わって採点作業に入り、この期間は学校が休みとなる。

 どこでも同じかと思うが不正防止のため採点はランダムで選ばれた教諭が行う。

 僕が採点をするのはカロリーナの化学とミモーゼンの算術、そしてカオリルナッチの礼法一般だった。

 不正防止のため回答者の名前までランダムな数字に変換されて完全に個人情報が伏せられた答案をチェックしていく。

 しかしところどころ癖字でこれは誰かと類推できるから不正防止に役立っているかは不明だ。

 しかも答案用紙の裏にでかでかと落書きしてあるのもあった、これはジェイリーの絵だなとすぐ気づいた。

 採点した結果を魔法電算具に入力して印字されたものが後日掲示される。




 結果として、剣闘術会の落第者は出なかった。

 無事にキュリルから出されていた無理難題は無事にクリアできたのだ。

 なお僕の持つ単元での落第者は一人だけ出てしまい合宿が少し遅い期間から始まることが確定となったのだが……。


「納得いきませんわ! 私が落第だなんて!」


と、先ほどから僕らの休憩室で暴れているのはデリッカだ。



「納得も何も解答欄がずれてたからこの点数なんだよ。ずれなかったら合格点、それは判る、判るんだが評価点数では落第なんだよ」


「そういえば先生も夏季休暇中は予定があるのでしょう? たしか剣闘術会の合宿が。なら補習したってことにして……」


「不正を持ち掛けるな。バレたら僕ら二人して処分対象だぞ。あと補習バックレは退学処分だからな。諦めろ」


「もう、アンジェ先生、仕方ないですわね……。解りましたわ、一週間よろしくお願いしますわ」


 補習予定表を受け取り、カーテシーをして休憩室を出ていった。



「先生も大変ですわね」


 隣に座るカロリーナが立ち上がるとそっと僕の机にコーヒーを置く。


「ありがとうございます、カロリーナ先生」


「そういえば前々から思ってたんですが、デリッカさん。すこし性格、丸くなりました?」


「ですね。入学した頃の()()()()さは弱くなりましたね」


「何かあったんです?」


「えぇ、まぁ……」



 入学して一か月ほどは、デリッカは授業態度などで何かと噛みついてきた。

 まさに狂犬そのもので、授業中にジェイリーと大喧嘩なんてしょっちゅうだった。

 それどころかジェイリーだけじゃない、他の生徒にも噛みつくのだ。

 こういう輩には時間が無限にあったとしても対等に接したくはないが、如何せん学院の生徒にそのような態度では駄目と思い、一つ一つ論破する形で宥めすかしてきた。


 そんな時、デリッカは僕に突然知識勝負を挑んできたのだ。

 なぜ教師たる僕にそんな勝負を挑んだのかがわからないし、それ以前になぜその勝負を受けてしまったのかも分からない。

 きっとその時の僕は余程暇だったのだろうと思っている。

 そのため、彼女の出す問題を一つ一つきちん解説しながら撃破していくことにしたのだ。



「問題! 五カンヌの重さの鳥かごに入った、十五シレンの重さのトリさんが空を飛んでたらどれぐらいの重さですの?」


 何故デリッカは魔法力学修士の僕の土俵で勝負を挑んできたか、理解に苦しむが。


「五・十五カンヌだな、空を飛んでいたとしても作用反作用法則があるからな。仮にそのトリさんが羽ばたきを辞めて自然落下してるときは五カンヌだろうが。じゃあなぜ作用反作用法則が発生して五・十五カンヌなのかの解説は必要か?」


「だ、大丈夫ですわ……、アンジェ先生って頭が良いんですのね」


「んまぁな、物理学は専門の一つだからな、一応」


 ここで留めておけばよかったのだが僕もむきになってしまう。

 逆に知識勝負で彼女を攻め上げることにしたのだ。


「じゃあ、作用反作用法則を使った問題を逆に出すぞ。半熟卵と生卵を見分ける方法としてくるくると回す方法があるが、どちらもよく回ってしまい区別が付きづらい時もある。じゃあそんな卵をどうやって見分ける?」


「え? 生卵は回らないんじゃなくて? え? 半熟卵? ゆで卵じゃないんですの?」


「そうだ。あえてこの問題は半熟卵だ。あと、たまにあるぞ、よく回る生卵」


 本当だ。生みたて卵は不規則ながらもよく回るのがあるし、半熟卵もよく回る。


「…………」


「どうした、降参か?」


 デリッカはお手上げの仕草をして言った。


「……参りましたわ、答えを教えて下さる?」


「あぁ。よく回るのなら、一度上から指で押して急停止させるんだ。停止後すぐに離すと生卵だけ円運動を再開するぞ」


「……え? え? なんでですの?」


「さっき言ったろ? 作用反作用法則の問題って。まぁ慣性法則も係わる話なんだがな。生卵は円運動中に急停止させても中身が慣性法則で運動エネルギーがある訳だ。だから指を放してもまた回転しようとする、もちろん作用反作用法則が働くから回転速度は遅いがな。しかしゆで卵や半熟卵は中身が固まってるため指で止めると中身の慣性法則も止まってしまう。指を放しても回転しない。そういうことだ。家で実験してみると良い」


 この知識勝負からだ、デリッカは僕に噛みついてくることもなくなり年頃の少女らしく振る舞うようになったのだ。

 しかもこの学院で数少ない、僕にカーテシーをする子となった。

 ただ僕以外の教師、とくにカオリルナッチには強く反駁してるそうだ、そのため彼女は『狂犬デリッカたん』と今も呼んでる。



「あら、そんなことがあったんですね」


「大人げないのは重々理解してるんですけど、思わず熱くなってしまいましてね」


 カロリーナは、ふふ、そういう先生素敵ですよと言うと


「きっと、デリッカさんの心の赤い実が弾けちゃったのかもしれませんね」


と続けて休憩室を去っていった。


 なんだ、赤い実って。




 試験が終わってからはしばらくは授業があるのだが、殆どが消化試合だった。

 元々上の空で授業を受けている生徒たちはさらに浮ついてる。

 僕はあえて注意する気もないが、私語が多いのは看過できない。


「ねぇ夏季休暇どうする?」「やっぱあれよー州都で行われる親方衆の歌謡大会じゃないの?」「そういえばボク、今度お見合いだってさ」「最近太った?」「えーマジ、超ウケる、それな!」「水着入るかなぁ」「カオリル先生っていくつなんだろうね」「カロリーナ×ラバト派でしょ」「ミノンさまと一緒に遊びに行きたいわ」「なによラバト×カロリーナよ!」



「よーし、今から小テストやって落第点取った奴……、夏季補習に無料で招待するぞー」


 そう言った瞬間、一瞬だけ静かになった。

 そして教室中がぎゃーと阿鼻叫喚だ。

 一人だけ夏季補習が確定してるデリッカだけ苦虫をかみつぶした顔をしてたが。



「先生!」


 すっと手を挙げるジョルジェが居た、どうしたと訊くと、


「それ本当ですか! じゃあ私、夏季補習受けます!」


と言うと、みんなからえーっと絶叫が上がる。


 そしたらミノンも手を挙げて私も受けますと言う、そうするとさらに大きな絶叫だった。


「落ち着け、まぁ落ち着け。ジョルジェ君が落第点取るような小テストなんか作ってみろ、ここに居る全員ご招待だぞ」


「いいじゃないですか先生、みんなでデリッちんと一緒に夏を過ごしましょうよ」


とミノンが手を挙げ、指してもないのに立ち上がって言う。


 そして「もし暇を持て余してる子、居るなら私と一緒に夏季補習受けません?」とも続けたのだ。


 そしたら私も、私もと夏季補習を受けたいと宣言する子たちが立ち上がったのだ。


 やはりミノンの女子人気には舌を巻くな。


「じゃあ私も受けようかなー」


とジェイリーが立ち上がったら皆してこう言った。 「どーぞどーぞ」



「皆さまふざけないで! 私は当然の義務として補習を受けるのだわ! 安い同情ならお断りよ! 何よ私も受けようかなーって、アンジェ先生をバカにするのもいい加減にして!」


 真っ赤な顔をしてデリッカが立ち上がり、強く主張した。



「一人だけ落第点取って可哀そうだからって言ってるのに、ほんとデリッカって昔っから頑固よね」


 そうジェイリーが反論する、いやそんな憐憫な思いをデリッカは求めていないと思うのだが。


「ふん、あんたなんかとっとと剣闘術会の合宿にでも行けばいいじゃない! このガキが!」


「うっせぇなぁ、おめぇに関係なかろーがぁ!」


 ジェイリーが制服の袖を捲り上げると机を蹴飛ばした。


 それを見て腰が引けるデリッカ。


 ジェイリーを必死にジョルジェとミノンとで止めているが二人を引きずってデリッカに向かっていく。


 僕は出席簿で軽くジェイリーの頭を叩くと「ジェイリー、ハウス! 机戻せ、デリッカ君に謝れ」と言う。


「だってせんせー! デリッカがー!」


「安い徴発に乗るお前に問題がある。というかお前が先にちょっかいを掛けたと思ってるぞ僕は」


「だってだってー!」


「だってじゃない! ここでいう話でもないが、お前は安い徴発に乗って自爆するのは剣闘術でも同じだぞ。今度の通知簿渡しの時にキュリル師範代と三者面だ……」


「デリッカごめん!」


 変わり身早いなぁ、あまりの謝罪の早さにびっくりする。


「ふ、ふん! アンジェ先生の顔に免じて許してあげるのだわ!」


 まだ赤い顔をしていたがデリッカも矛を収めてくれた。


 だがこの場をどう収めよう。



「夏季補習なんだが、デリッカ君は申し訳ない、君は強制だ。でも、もし参加したい意思があるなら自由だ、秋からの授業が不安なら参加しなさい。」


という落としどころで納めることにした。




 明日から夏季休暇のため地方から入学してる寮生たちは一人また一人と帰郷していった。

 剣闘術会で地方から来てる子は居ないのだが、時折アンジェ先生ばいばーいと言ってゆく子たちがいるのでその時だけは笑顔で見送ってる。


「アンジェ先生、お土産なにがいいー?」


「マルティネア君とロドリー君、元気に戻ってくるだけでいいぞー」


「わかったー、カオリル先生と仲良くねー!」


「それ余計ですー」


 手を振りながら二人を見送る。


「アンジェせんせー、来たよー」


 誰だよと振り向いたら目を疑う、そして固まってしまった。


 ようやく気を取り戻して言った。


「……何してんの、リーナ様」




「アンジェリカー、あんた、ちゃんと先生してんだー」


と僕の部屋のテーブルに寄りかかり、けらけら笑いながらポムバサー(りんご酒)を飲むリーナと、僕は向かい合っている。


「あぁ、まぁな。なんとかやっとやっとやってるよ」


 リーナが持ってきてくれたレモンソーダを飲みながら応える、ただしすごく温い。



「それにしても部屋がここまでがらんとして物が無いって、ほんとに仕事しかしてないでしょ、あんた」


 殺風景な部屋を眺めながらそう言ったので、これでも家具は増えたんだぞと返す。


 どれが増えたのよと訊かれたので本棚を一つ指さした。


「この本棚な、学院の焼却炉に置いてあったのをラバト嬢から貰って塗り直して再利用したんだぞ」


「ラバト嬢……? ふ、ふーん、ただの廃品再利用じゃないの。で、入ってる本は……見事に学術書とテキストとストリバ語辞典って……、相変わらず変わんないわねぇアンジェリカって」


「人間そうそう簡単に変わるかよ」


 そうね、あんたって昔っから何もかんも変わんないわよねホント、そうリーナが言う。


「ところで何しにこんな田舎 下 (くんだ)りしてんのよ、王宮警護隊の副隊長様がさぁ」


「ん? ほらほらこの時期あるあるのあれ、領地の視察よ」


「まぁ領地ぐらい持ってるんだろうけど、こんなに帝都から離れた辺鄙なとこに領地があるのか?」


「ほら、トラペ川河口域のヴィンチ町ってあるでしょ? 漁村と温泉の街、あそこの一部を化粧料として持ってるのよ、一応小さいながらも別荘あるし」


 ヴィンチ町と言えば、ラバトの姉・ルコトの古い実践法力の教科書があったり、今度の剣闘術会の合宿があったりと話のネタには尽きないところだが。

 ヴィンチ町知ってる? と訊かれたので今までの顛末を話す。


「へぇ、剣闘術会の合宿あるんだ! ねぇねぇ……」


「だめだぞ。部外者を連れて行く訳にはいかん。それ以前に()事無(ごとな)きお方を護衛もなくそんなとこ連れて行けるわけもなかろうに」


「えへへ、全然大丈夫! ほらほらあたしの身分証、見てみて?」


 そう言ってリーナが差し出したのを見て目が点になった。『ザントバンク修身学院 臨時講師のルーチェ・リングィナ』と書かれている。

「臨時の新人講師のルーちゃんでーっす! 特技は剣闘(デュエル)でっす!」と臆面もなく言う。



「お、おまっ、……す、すまない。あの、リーナ様、まじやりやがった……、偽造身分証はかなりの重罪だぞ」


「ん? ほらほら、身分証の裏書見て? ちゃーんと学院長ヴィルム・ド・モーリン卿のサインと押印があるから公式身分証だよー、これも一つの特権よ! あとね、私の中間名はルーチェだし、ママの旧姓はリングィナだから偽名ってわけでも無いわよ?」


と言う。



 そういえば、ルーチェの現職は王宮警護隊、法令上潜入捜査権がある。

 てかそれってただの職権乱用なのでは……。


「だから、ここではルーちゃんって呼んでね」


「いやいや、すぐばれるって! しかもなんだよ、ルーちゃんって」


「かわいくない? なんならツインテールでニーソックス履く?」


「それやったら年齢詐称でマジの逮捕案件になるぞ」


 この国には凄く下らない法律があり、『ニーソックスは男女とも二十五歳まで』というのが軽犯罪法に定められている。

 なぜこんな法律があるのか、誰が制定したのか、誰も解らないという。

 この国では立小便やお祭りでのフ●チン裸踊り(局部は()()()()お盆で隠すこと)は認められているくせに、ニーソックスには年齢制限があったり女性の野外放尿は禁止事項となっている、それが解せぬと目の前の『ルーちゃん』は学生時代に言っていた。



「まぁわかったわかった。る、ルーチェ嬢……でいいか、うん、そう呼ぶぞ。ところで……、いつ帰るんだ?」


「ちょっと待って? 今日来たばっかの人にいつ帰るって失礼じゃない? ねぇ、それって帰れってこと?」


「違うって、そういう意味で訊いたわけじゃないんだ、済まない。王宮警備隊の副隊長様がずっと帝都から離れてる訳にもいかんだろ、ってことだよ」


「ん? あーそういう意味ね」


とルーチェは顎に手を置いて目を閉じて幾寸かうなり声をあげて考え込んでから口を開いた。



「ずっと有給休暇使わなかったら溜め込みすぎちゃってさあ、王宮っちゅーかパパから職務停止処分食らっただよ、やーねぇ本当に」


「あー、あれか。年に幾日か有給休暇を使わなかったら使用者から強制休暇命令が出るってあれか」


「そそそ、だから一か月以上はここに居るからよろしくね」


「よろしくねもなにも、どこに住むんよ」


「ここ」


「……は?」


「エズィスト、ここ」






 風紀上の問題をひしひしと感じたため学院長と相談した結果、寮監室に泊っていただくことになった。

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。

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