表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/201

03話

2023/04/03 7:41 ジョルジェとジェイリーをご表記のため修正

 ウィヒャフの休暇が終わってからの学院では一気に定期試験モードに突入だ。



 授業では、定期試験はこことここが出題と説明する。

 こういう時だけ生徒たちは必死に授業を聞いてくれる。

 普段の授業は皆どことなく上の空だが。

 それはカロリーナやミモーゼンなど教養科目担当の教師も同じこと言っていたが。



 放課選択は定期試験モードに入ると休止期間に入る。


 生徒たちには自宅学習を専念するため放課選択が休止されるのだが、まだまだ遊び足りない子たちは放課になるとさっさと遊びに出てしまう。


 その気持ちは判らなくはない。

 僕だって学生時代はそうしていたが、落第点の恐れのある子ほど遊びまわるのだ。

 家に帰して勉強させる! そのため先生たちは繁華街へ見回りをする。

 見かけた生徒は早く家に帰れと指導して回るのも仕事だ。




「あー、アンジェ先生だー、何か奢ってー!」


 三番街のスイーツショップの前に居たのは剣闘術会の一回生。

 ジェイリーとジョルジェとミノンの三人組だった。


 ジョルジェが落第点を取るだなんて思ってはいないが、ジェイリーとミノンはどう考えても落第点を取るの恐れがある。


「ジェイリー君、奢ってほしいなら落第点は絶対に取るな。というよりお前、鼻に生クリームつけて(たか)るな。あと、ミノン君。目線を逸らしてるがお前にも言ってるんだぞ」


と、僕はジェイリーの鼻をハンカチで拭ってあげながら言うと、


「じゃあ取引しましょうよ。今、このパルフェを奢ってくれたら一生懸命勉強しますから!」


とジェイリーが言い返してきたのだ。

 そういうのは落第しない自信があるなら是非ともどんどん言って欲しいものだ。



「そういう空手形の発行、受け付けておりません。はよ帰れ!」


と言う。こんな不良債権化するような手形を受け付けてたらきりがない。

 そしてこいつらをしっかり見張って欲しい、ジョルジェ君だけが頼りだ、と言うとわかりましたと頬笑し応えてくれた。



「ところでアンジェ先生、私、気付いたことがあるんですよ。最近、ジョルっちと先生、たくさん会話しているように見えます。なにかあったんですか?」


とジョルジェを後ろから抱きしめる形でミノンが言う。



「ほんとだよね、前までは顔真っ赤にして口ぱくぱくさせてたのに、今じゃアンジェ先生の目を見てしっかり話してるんですけど」


とジェイリーも言い出した。

 二人ともさてはなんかあったな? ジェイリー警察だ! と、からかい始めた。



「なんもないよ。むしろ何を妄想してるんだよ」


と僕が言うとミノンは顔を赤らめながら、恋かな、と言う。



「あー、ミノっちが好きなあの小説みたいだよね、先生と女学生の恋バナ!」


「違うよぉ! あの小説はそんな簡単な話じゃないの。女学生のベルタちゃんの気持ちに気付いてるはずなのにコンラート先生は気付かないふりをするの。で、実はコンラート先生にはアーデルハイトって婚約者が居て三角関係なのに、最新刊ではそのアーデルハイドを追って田舎からハインリヒ伯が来るのよ!」



と、ミノンは饒舌にあらすじを話す、とにかく忙しそうな小説だなと思う。


「おいおい、それじゃ僕に婚約者が居て、このシュトレーメに追いかけてこないと話が成立しないじゃないか」


と僕が言うとジェイリーが


「え? 先生って婚約者居るんですか?」


と真面目くさった顔で訊く。



「いるわけないだろ? 実家から早く結婚しろとは言われてるがな」


「ジョリーは私のだからダメだからね! だからミノっちと婚約すればいいんですよ。ねぇミノっち!」


「お前は何、くだらないこと言ってるんだ。なぁお前ら」


と、ミノンとジョルジェを見ると二人とも顔を赤くして僕を見ていた。


「お前ら試験で落第点とったら合宿不参加だぞ、いいな?」


と言い、逃げるようにその場から離れた。






「あらー、先生怒っちゃったねー」


とジェイリーが言う。

 先生は照れてるのかな、それとも本当に怒っちゃったのかな、すごく顔が真っ赤だった。


「ねぇジョルっち、あのね?」


 ミノンが私の耳元でそっと言う。


「先生に婚約者居ないって聞いて、ほっとした?」


 その言葉に早鐘を打つ。

 え、ミノっち何言ってるの? ちょっと待って?



「あ、ジョルっちの鼓動、すごくよく聞こえる」


 しまった。ミノっち、私を後ろからぎゅっと抱きしめてる。

 私は身をよじって慌てて離れる。

 私たちは二人してはあはあと呼吸を荒くしてる。



「どうしたの二人して、顔、真っ赤だよ?」


 ポテトフライをつまみながらジェイリーが言う、「風邪引いた?」


「そ、そんなことない。早く勉強しなきゃね。あたし帰るね!」


 そう言うとミノンは走っていった。


「ミノっちどうしたの? なんかの病気?」


 私と同じ病気に掛かったのかもしれない。





「なんだ、剣闘術会はみんなしてこの時期甘いの食うのが流行りなのか?」


 今度はラフェルとマリ、パティの三人組がアイスクリームを食べてた。


「え? 甘いの食べたら頭良くなるって言わない?」


とマリが言う。

 いや、勉強しなかったらどれだけ食べてもダメだと思うんだがな。


「先生、あーんしてぇ?」


とラフェルがスプーンにアイスを掬って差し出す。


「しません、仕事中です」

「なによー、けちけちーぶー」


 そう言うと自分の口に放り込んでいた。

 絶対にあーんと口を開けてもアイスクリームは入ってこないだろう、それぐらいは判っているぞ。

 あと、そのけちけちぶーって流行りなのか? カオリルナッチもよく言ってるぞ。



「で、パティ、勉強は進んでるか?」


と僕が問うと、パティはそっと目線を逸らして遠くを見る。

 ラフェルもマリもその目線の先をふと見る。

 僕も思わずその目線の先を見た。

 シュトレーメ東街に聳える時計塔がかすかに見える。



「先生、この空はどこまでも繋がってますよね」


「あぁ、どこまでも繋がってるぞ」


「と言うことは、あの空の先にはもうじき来る秋が待ってますよね」


「どういうことだ?」


「先生、夏休みずっと一緒に過ごしましょ?」


「頼む、本気で勉強してくれ」


 明日はパティの落第回避勉強会をするぞと伝え、見回りに戻る。




 自分の部屋に戻り、試験問題を作り直す。

 それの提出日は明後日だ、それまでに完成させて教頭レオスに渡さなければならない。


 部屋の扉をノックする音がし、開けたらカロリーナが居た。


「先生、定期試験の問題出来ました?」


「んー、ちょうどいま、取り掛かってるところなんですよ」



 問題レベルは、リルツァに言われた通りに随分と落とした。

 これ以上レベルを落としたら時々実施している小テストの方が難しいと思うぐらいだ。



「ミモーゼン先生から、たぶんテストを作るのに慣れてないでしょうから手伝ってあげてと言われまして」


 カロリーナは過去に試作したテストと今作っているテストを見比べて、随分とこの学校の生徒たちに併せて頂いたんですねと言った。


「いろいろとアドバイスを頂いてレベル調整中ですよ」


「それは良かったです。実は先生の授業について二度ほど意見があったんですよ、難しすぎて言ってることがほとんどわからないって」


「そうだったんですか」


「物理学は私も少しやった経験がありますから、その都度私が説明してたんです。ですので試験レベルを見て安心しましたわ」


「それはご迷惑をおかけしました。そんなことなら早めに言っていただければ」


「いいえ、その子から、アンジェ先生には絶対秘密にしておいてくださいって口止めされてましたから。ですから試験だけでなく授業も、もう少しゆっくりで良いんで優しく教えてあげてくださいませ」


「えぇ分かりました、ありがとうございます。で、その子ってちなみに……」


「うふふ、秘密ですよ。でも人一倍先生の授業が大好きな子、ですよ」

 そう言うとカロリーナは出て言った。




 剣闘術会で勉強会を実施することにした。

『全員で脱・落第点』だ。


 三回生ではパティが危ういとは聞いていたが、カオリルナッチ曰くラフェルが作法で落第点を取るかもしれないという話だ。

 作法とは『下級メイド国家試験』では礼儀やマナー、国内儀礼とで分離して出てくる単元だ

 しかし三回生での作法単元は『国際儀礼(プロトコール)』が中心に出てくる。国際儀礼に併せた礼儀やマナーが絡む、つまり併せ技だ。

 なおラフェルは下級メイド国家試験を二度落ちてる事実も判明、今年合格しないと来年も三回生をやり直さなければならないのだ。



「でー先生、旗の位置って関係ありましたっけ?」


「あぁ、国旗や紋章をテーブルに立てたりするときに並び方や竿の位置によって『おめぇ舐めてんの?』と侮辱してると思われるんだ。こういう国際的な取り決めをプロトコール……と教科書に書いてあるぞ。読んでるんか? 古書店に売り払ったのか?」


「まだ家にありますよ! で、覚え方あります?」


「勉強会なら持って来いよ。その前に、プロトコールの四大原則言ってみろ」


「えっと……んっと……、ヒント!」



 大丈夫か? 一つも出ずにヒント寄越せと言えるラフェルに不安を感じずにいられない。


「よし、パティ君、プロトコール四大原則!」


「知りません!」


「あきらめるな! よし、マリ君、言ってやれ!」


「序列、右上、相互、慣習です!」


「はい皆拍手。修身学院なら常識だろ? 帝立学院の受験でも出るぐらいだし」



 帝立学院は官僚育成が主眼に置かれているために、最低限の国際儀礼は知識として求められる。


 なお実際のプロトコール四大原則は、


・序列の原則……序列に気を配る

・右が上座の原則……レディファーストが原則のプロトコールでは、女性は男性の右側に立つこと

・相互主義の原則……施されたら施し返せ、相手の儀礼に対してはそれに見合った儀礼でお返しすること

・慣習に従う原則(郷に入れば郷に従え)……その国の風習風俗に従うこと


である。序列・右上・相互・慣習と覚えればいい。

 世界共通の儀礼(プロトコール)なのだから覚えていて損は無いだろう。



「よし、ラフェルとパティは四大原則言えるまでおやつ抜きな。死ぬ気で覚えろ」


 二人ともぶーぶー文句を言ってたが、壁に向かってぶつぶつと『序列・右上・相互・慣習』と唱え続けていた。


 こんなやり方でパティは間に合うのだろうか? 他にも課題はたくさんあるし。


 ラフェルとマリには事前にパティを支えてやってほしいとは伝えてあるので、彼女たちの働きに期待したい。




 三回生の方向性を定めてから、一回生の三人に顔を向ける。


「次はジェイリー君、自信のない単元はどれだ」


「はい! ジェイリーちゃんは全教科の再試験を希望します!」


 手をびしっと上げて宣言するジェイリー。

 ある意味その度胸を評価したい。



「落第点取ったら、キュリル師範代にかわいがりと称したフルボッコな未来しか見えんが、それでも再試験を希望されます?」


「はい、ガンバリマス!」


 僕の一言を理解したのだろうか、直ぐにぷるぷると震えて涙を浮かべるジェイリー。

 見えた近い未来は彼女にとって碌なもんじゃなかったんだろうな、泣きたくなるほどに。


「ジェイリーは、カオリル先生の単元だけは何とかなりそうだから、基礎教養単元をつぶしていくぞ」


「はい、ホンキデガンバリマス」



 少し可哀そうになってきた、余程怖いんだろうな。

 確かにキュリルはまるで戦闘民族だし。

 あんな妻を御することができる夫はすごいんだろうな、きっと。



「次はミノン君、自信のない単元はどれ?」


「はい! アンジェ先生の授業です!」


「本人を目の前にしてよくもまぁ気持ちいい宣言をありがとう。ジョルジェ君、教えてあげて?」


「判りました、一生懸命頑張ります」


 そう言うとミノンの表情はすっと抜け落ちた。ジョルジェはどんな教え方するか気になる。

 が、先を進めないと。




「よしジェイリー。まずは算術からな、この前の小テストで零点だったらしいじゃないか」


「えー、ミモーゼン先生の授業って難しすぎてわかんないから……」


「言い訳は良いから、はいテキスト開く!」


 ジェイリーにマンツーマンで算術を教えることにした。


 このザントバンク修身学院で使用される算術テキストを見たとき、不思議なことを思った。

 この程度の算術なら初等学校でやるもんじゃないか、と。

 ちょいちょいとジョルジェを呼んで聞いてみた。



「なぁ、この修身学院の算術テキストって初等学校高学年じゃないのか?」


「はい。私もびっくりしました。四則計算をひたすら計算するだけです」


「そうか、ありがとうな」


 そうなるとジェイリーは四則計算すら怪しいとなるのだが、敢えて言わず飲み込んだ。


「ねぇねぇアンジェ先生さー、ジョリーとめっちゃ喋ってるのって何があったの? ねぇねぇ」



 あぁうるさいなぁポンコツ小娘、そう心で思いながらも「はよ解け、黙って解け」とせっつく。


 ジェイリーの算術が苦手だという理由がはっきりと分かった。

 本来なら四則計算とは乗法除法を左から順に計算し加減をする。

 もしくは加減を先にしたいならカッコで括って指示をする。

 などといった四則計算順序のルールを理解してないのだ。

 とにかく左から書いたものをひたすら解けばいいと思っていた。

 そりゃ計算出来るわけがない。


「ほっとしたよ、九九を知らないようだったらマジで手詰まりだったからな」


と僕が言うとジェイリーはぷぅと頬を膨らませて


「そんなことしたら初等学校卒業できないじゃないですかー」


と言い返してきた。



「と言うかここまで壊滅的なポンコツぶりを発揮してたら初等学校をどうやって卒業したのか疑ってたところだぞ」


「大丈夫ですよ! 私、これでも七の段はちゃんと暗誦できるんですから!」


 いや、普通だろ。むしろ暗誦できない時点で初等学校に送り返すぞ。


「八の段は時々怪しいですけどね!


 うん、送り返そうか。



「というかジェイリー君は初等学校での成績は並上だったと聞いてるが?」


「それですか? 算術と地理歴史と国語は壊滅だったんだけど、あとは良かったんで!」


 訊けば、体育や図工などの非主要科目の成績だけ非常によかったために上並の成績だったという。

 なお、ジョルジェは口頭試問が零点だが首席。

 デリッカは全ての教科が非常に良くて次席だったはずだ。


 なおこの国内で初等学校は単元単位制だ。

 規定単位さえレポートなりで認められたら卒業できるシステムのため飛び級制度もある。

 もちろん飛び級する子なんて殆どいないが。



 逆を言えば規定単位が足りなければいくつになっても卒業できない。

 ついで言えばこの国で仕事をするなら初等学校の卒業認定が無ければ非常に難しい。

 そのため何らかの事情で卒業認定を持ってない大人のためにも公営夜間学校もある。



「よし、四則計算のルールを理解出来るのなら、あとはひたすら解きまくれば算術はいいぞ。次は地理歴史だな」


 こんな感じで定期試験まで勉強会は行われたのだった。




 間に合うのか?

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ