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02話

「ジョルジェ君、ここ、西街の七番街だぞ。わざわざおつかいか?」



 椅子に座らせるとリルツァがコーヒーを出してくれた。

 砂糖ミルクは要る?とエルツァに訊かれて、はいと応えてた。



「あの、先生……、その、あの」


 ジョルジェは相変わらず口をぱくぱくさせながら何かを言おうとするが、なかなか言葉を紡ぎだせない。

 しかも今日はいつもより顔を真っ赤にしてるので本当に金魚にしか見えない。

 カオリルナッチの酸欠金魚は言い得て妙なところはある。



「ジョルジェさんって……ザントバンクで剣闘術やってるジョルジェさん?」


 エルツァの問いかけにジョルジェはうんと一つ頷く。

 頑張り屋さんで頭のいい、かわいい子だってアンジェ先生いつも言ってますわ、と彼女は言った。

 そこまで持ち上げて言ったことはないのだが。



「ねぇねぇ、私たち、友達になりましょうよ?」


とエルツァは目をキラキラさせてジョルジェの手を急に掴む。

 あまりの勢いだったからかジョルジェは何度も頷いてた。

 二人で少し話したいというので別のテーブルに移っていった。

 リルツァがお盆を胸の前に置き、あれがアンジェ先生の弟子?と訊くので生徒だよと応えた。



「なんかね、ずっと窓に貼りついてたよ、ジョルさん」


と確保したときの状況を話し始めた。


 実は僕が入店してた時からぴたっと窓に貼りついてたらしく、リルツァはしばらく気付かぬふりを続けていたという。でもさすがにずっと貼りついているのはおかしいと思い、裏口から出て確保してきたのだという。確保された時は抵抗するそぶりも見せずになすがままに連れてこられたそうだ。

 連れてきたと言ってもリルツァに引きずられてたが。


 僕はリルツァと話をしてるが、向こうは向こうでものすごく盛り上がってるようだ。笑い声や嬌声を上げてるところを見るとちゃんと会話は成立しているようでもある。そういえば男性恐怖症とジェイリーは言ってたし、頭の中で文章の推敲に時間もかかるとも聞いてるので、一体ジョルジェのコミュ症な理由は一体何なんだろうか、僕は知らない。



「アンジェ先生、気になる?」


「まあね、でも相手がエルちゃんだから別に心配はしてないさ」


「私なら心配?」

「まさか、リルちゃんでも心配しないさ。それよりこれを見てほしいんだよ」



と、エルツァと話が止まってた試作問題を見せる。

 もっと簡単が良いと思うよ、と言うリルツァの意見も取り入れて試験問題を簡便にしていく作業をしていった。




「修身学院は実科学校。官僚育成機関じゃないのでそこまで突っ込んだ知識を求める場所じゃない。どちらかと言うと礼法や作法、ダンスなど重要だと思う。ときどき修身学院から帝立学院へ行く人もいるらしいけど、そういうのを求める学校じゃないから。さっき、アンジェ先生が叱るから物理の授業で矢印引くって話あったけど、そんな程度のレベルの子しか要求されてない。本当に頭のいい子なら四年次の選択で侍女よりカヴァネス(家庭教師)を目指すと思う。あとね、もし本当に頭のいい子ならね、ちゃんと先生に聞きに来ると思うの。自分の程度が解ってるから聞ける。自分の程度も解らん人は端っから質問なんかしない」



 なるほどリルツァの言い分は尤もだろう。そうなれば前にカオリルナッチが見せてくれた過去問は理にかなっているのだろう。 



「リルちゃんってけっこう物事考えてるんだね」


「人をアホの子みたいに言わないでください、あながち間違ってないですけど」



 よしよし判った判った、そう言ってリルツァの頭をなでてやると目を細めてうにゃあと言った。エルツァと違ってリルツァは猫っ毛なので撫でると気持ちがいい。




「あー! あそこで浮気者がいるぞー!」


 すぐにエルツァとジョルジェが飛んできた。いっつもリル姉ぇばっかかわいがってずるいです!と言う。



「浮気者ってひどいな」


「いつもリル姉ぇばっかかわいがってばっかじゃないですか! ねぇジョルちゃん聞いてよぉ、アンジェ先生って双子でも姉ばっか可愛がるのよ。私なんてなでなでされたことなんか無いんですよ? ひどいと思いません? ねぇ」


「ほんとです!」


 あ、ちゃんと喋った、そこに驚いた。



「ジョルちゃんって頭なでなでってされたことあります?」


「えぇ……、ときどき」


「ジョルちゃんまで裏切ったー!」



 頭を抱えてバタバタと騒ぐエルツァ。客が僕達しかいないからだろうか、エルツァはいつもよりリアクション大きめだ。あと、またまつ毛が落ちかけてる。




 ほら、アンジェ先生、ほらほら、と撫でてほしそうに小首を傾げているが、ここは空気を読んでデコピンをした方が良いのだろうか。そう思ってたら拳骨が落ちてきた。



「エル、馬鹿な事やってないで仕事しろ!」


「痛っつぅ……パパひどい!」


「アン先生、娘がバカで本当に申し訳ありません。本人は面白いつもりでやってるみたいですが、どうも最近年ごろの娘が何考えているかホント判りませんで、ご迷惑おかけして……」


「パパやめて!」



 エルツァは顔を真っ赤にして憤懣やるかたない目で睨み、父グァルネロはエルツァの頭を押さえつけて何度も頭を下げていた。


「今日は賑やかなのね、リルとエル」


と、母アマティはフフフと笑いながらリルツァを抱きしめた。


「あら今日は新顔さんがいらっしゃるんですね。ザントバンクの生徒さん?」


とグァルネロが訊く、はいと小声ながらもジョルジェが応えた。

 それを聞いてグァルネロがようこそ、スープと酒の店エルクーァへ、ご注文はお決まりですか? と笑顔言った。

 しまった、夕刻も過ぎて夜鐘が鳴っていたのか。

 喫茶店から飲み屋(バル)に営業形態が変わってたみたいだ。

 さすがに未成年の学生と飲み屋にいるなんて外聞が良いわけないので帰ることにした。

 急に空が暗くなってきたこともあり名残惜しそうな四人に手を振って店から出る。




 七番街から出ている循環路線馬車に乗って中街二番街まで行く、ウィヒャフ休暇中のため馬車は僕たちだけだった。


「先生、いつもエルクーァでコーヒー買ってたんですね」


「あぁ。どこまでエルちゃんから聞いた?」


「あの、その……、先生の口から、最初から、詳しく聞きたい」


 そういうジョルジェに(ほだ)されてあの二人と出会い、シュトレーメへ行く馬車に揺られての三日間の話をした。そしてたまたま教えてもらったエルクーァを西街で見つけ、リルツァの焙煎するコーヒーが好きだから通っている話も。それを楽しそうにうん、うんと頷きながら聞いてくれた。



「で、エルちゃんと何話してたん?」


「……ひみつです」



 そう言うとジョルジェは耳まで赤くして俯き、頬笑ながら黙りこくった。

 そっか、楽しかったかと訊くとうんと頷いた。




「お客様ぁ、中街二番街ですよ」


 しばらくして馬車がゆっくりと停車し、御者が声を掛ける。

 僕らは御者が差し出してくれた足台を使って降り、運賃を支払った。



「そろそろ雨が降りそうですわ旦那ぁ、一本だけですがよかったら使ってくだせぇ」


と御者が傘を差し出してきた。次乗った時に返していただければ良いんでと言うと御者は馬車に乗って走り去った。


 二番街から領主館を過ぎたあたりまで会話は無かった。ジョルジェは下を向いて歩いており、僕が話しかけてもうん、うんと頷くだけだった。新市街へ入ろうかと言うときにぽつぽつと雨が落ちてきた。御者から借りた傘を広げてジョルジェに差し出す。



「ここらへんはそろそろ雨季だったね。僕が居たとこ、そういうのが無くてさ、こんな時期に雨が降るのにびっくりしてるんだ」


と言うとジョルジェは僕の方を見た。



「帝都はこの時期、雨、降らないんですか?」


「春から秋までは少ないんだよ、空気もカラッとしてるから洗濯物は良く乾く。大物の洗濯物はこの時期にまとめて洗濯屋に頼むと安く済むんだよ。だけどメフラガン(秋分祭)を過ぎるとよく降るんだ」


「洗濯屋さんって夏場が安いんですか?」


「そうそう、帝都周辺は夏場になると閑散とするからね。特に貴族相手に商売をしてる洗濯屋とかは大特価の夏季価格になるんだよ」



 帝都には貴族が館を構えて住んでるのだが、夏場からメフラガンまでは帝都を離れる。一つはイェール(冬至祭)までに支払うべき一年分の徴税見込額に誤りがないかの現物確認をしに、それに伴って地方に派遣してる執行代理人(プレヴォ)たちと面談するため、そして自身の家族が居る領地への一時帰宅だ。丁度夏場は宮廷や高級貴族が主催する社交界が無いために取り巻きたちもわざわざ金の掛かる帝都には居たくないだろう。ウィヒャフ休暇最終日に行われる宮廷夜会が終わるか、もしくは子女らが通ってる学校が夏季休暇に入ったらすぐに荷物をまとめて帝都から離れていくのだ。


 そうなると帝都はエグゼクティブ相手に商売をしていた洗濯屋や散髪屋などのサービス業は途端に値下げして夏季価格となる。逆に夏季休暇を利用して帝都へ遊びに来る人たち向けの小売や飲食などのサービス業は値上げを敢行するのだ。なお僕がいつも利用していたとこはエグゼクティブや観光客が来るようなところではなかったので、いつも通り静かで涼しい夏を感じていたが。



「ジョルジェ君も帝都に行くことがあったら色々お勧めを教えられるよ」


と僕が言うとジョルジェはうんと頷き、その時はお願いしますと応えてた。


 またも静かに歩く。

 傘に当たる雨音が激しさを増してきたのでジョルジェを濡らさぬようそっと肩を寄せる。寒くないかと訊くと大丈夫ですと上ずった声で応えていた。新市街を過ぎて六番街に入る。雨のせいか通りは人がおらず、時々辻馬車が横を通り過ぎていった。







「ねぇ、ジョルジェちゃんの事、ジョルちゃんって呼んでいい?」


 ウェイトレスのエルツァさんがそう言った。


 私をここまで引きずってきた子の妹らしい。


 私は、はいと応えるとニンマリと頬笑むと、よろしくねライバルと右手を差し出してきた。


「……ライバル?」


と、私が言うと、エルツァさんがこう言った。


「先生のこと好きでしょ? あなた」



 私は突然のことでどんな表情をしていたのだろうか。

 私の手に掛かればそんなのすぐわかるわよと彼女は訳知り顔でそう言い、


「安心して、先生には余計な事言わないわよ。あのニブチン先生ね、どんだけ好き好きビーム出してても気付かないのよ? こうなったら私たち、共同戦線組んでなんとかして気付いて貰わないとね!」


と続けた。

 エルツァさんの言う通りアンジェ先生は非常に鈍感だ。どれだけ思ってても話してもきっと届いてないし気付いてくれない。



「ライバルにアドバイスって変かもだけど。ジョルちゃん。先生と話をしてる?」


 それについて私は何も言えない。私は精一杯話しているつもり、心の中では一杯お話してるのにね。でも私の口から紡ぎ出されるのは言葉には程遠い。頭の中で言いたいことが一杯になって言葉が大渋滞を起こしてるし、他にも理由があるの。



「先生ね、ジョルちゃんの話、結構してるんだよ。他の剣闘術会の子たちの話もするけどね、ジョルちゃんの話が一番多いかな?」


 いつもどんな話をしてるんだろう、気になる。


「気になるでしょ? 教えてほしい?」


 そういうエルツァさんの言葉に私は頷いて答えてた。



「えっとね、剣闘術を一生懸命頑張っててかわいいとか、授業で判らないこととかは手紙に書いて質問してくれるけど質問内容よりも便箋がかわいいから時々文章が頭に入ってこないとか、もうかわいいばっかり言ってるんだよ、きゃー! だよね」


 先生は私の事かわいいと思ってくれてるんだ。

 なんか口角が上がっていくのが解る。


「ジョルちゃんかわいいー! きゃー!」


 エルツァさんは手を叩いて笑う。

 そんなこと言ってるエルツァさんの方がすごくかわいいと思うけどな。



「でね、どうやったらジョルちゃんと会話が出来るかなって相談もされた事もあるのよ」


「……そう、なんですね」


「ジョルちゃんってすごくかわいい声してるよね? それなら今日から先生にジョルちゃんの声をどんどん聞かせていこうよ?」




 私は自分の声がすごく変なんだとずっと思っていた。一度魔道具で聞いた自分の声があまりにもひどくてそれ以来私は声が出しずらくなってる。変な声をあまり人に聞かれたくない、アンジェ先生なんかには絶対! だから今は小さい頃から仲のいいジェイリーだけとしか話せていない。


 だから初めてかわいい声って言われて嬉しかった。



「……あの、……私、変な、声じゃないですか?」


と言ったらエルツァさんはすごくかわいい声じゃないと言ってくれた。



「少しは自信持ちなさいよ。てか、かわいい顔してて声もかわいいって、うらやましいわよ」


 そう言ってエルツァさんは頭をなでてくれた。こんなお姉さんいいなぁ。


「ほら見てみて、また先生、リルばっかりかわいがってる!」


 リルツァさんの頭をなでてる先生が見えた。先生はずるい、あぁやって私たちを子ども扱いしてるんだもん。私だってもう十二歳、子どもじゃないんだから!



「あー! あそこで浮気者がいるぞー!」


 そう言ってエルツァさんと二人で先生の所へ駆けつけた。あとあと知ったけど、エルツァさんって私と同じ年だった。綺麗にメイクして胸も少し大きくて大人びてるからきっと姉と同じぐらいだと思ってたのに。あと、つけまつげがずれてたのは、見ないようにしてました。





「そろそろ定期試験だから、風邪引くなよ」


 先程と同じ鳥と星で別れる。傘をジョルジェに渡すと僕は学士マントを頭にかぶって走った。




 この時期に降る雨は一人で当たると少し寒い。

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


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