帝歴284年・春 20話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
「アンジェせんせー。ジェイリーから聞いたんですけどいつも大変なんですってね」
「えぇ非常に……」
剣闘術会はキュリルの好意によりリガン道場への出稽古をさせて頂いている。
いつもと違う剣士と手合わせ出来る事、ちゃんとした指導者に指導を受けられる事は、彼女たちの一助になると信じている。
「ただ、下着品評会だけはどうにかならんもんですかねぇ」
「無理ですよー、背伸びしたい年 頃なんですからー」
とキュリルにあっさり言われてしまった。
「男の子も年ごろだとお風呂とかでエクスカリバーの品評会するでしょ?」
と続けて言う。
何を言ってるんだこの人は!
ジェイリーの母親だから仕方ないのか?
うん、そうだな、そうだと思おう。
「ところでアンジェ先生、ミノンちゃん、伸びてますね」
「えぇ、今年初めて木剣を握ったにしては著しい成長です」
ミノンの成長は見ていて非常に楽しいものがある。
元々は線が細くてすらりとした体形だったが剣闘術を始めてから筋肉が付いたのだ。
そのために身体はすごく引き締まって見え、凛とした表情に磨きが掛ったために同学年や上級生にファンが増えた。
おかげで最近では地味な剣闘術会の見学者が増えたのだ。
残念ながら会員獲得には至ってないが。
それもミノンが打ち込まれるとブーイングが飛んでくるのが如何なものかと。
あと見た目だけでなく、剣闘術のレベルも随分と上がった。
今までは素人丸出しだったのが、筋力付いた打込みや足さばきに慣れたのか、それとも打込稽古のおかげか、ちゃんと木剣を振れてるのだ。
ただし攻撃は単調なので手数を増やすこと。
そしてもう少し攻撃的に打ち込むのが目標だろう。
ついでに背が伸び、ついに僕より大きくなった。
もちろんメンバー全員には口裏を合わせており誰も絶対に指摘しないが。
どうでもいい話だが、ジェイリー曰く
『クールビューティなくせに、つけてる下着が一番おこちゃま』
なんだそうだ。
余計な情報ありがとうジェイリー。
「あとジョルジェちゃん。三年前までウチで稽古してたんですよ。前までこのリガン道場は七番街にありましたから」
三番街の道場主が引退したため、ジェイリーの父が引き継いだそうだ。
なおジェイリーの父はリハビリ中らしく未だ見たことが無い。
ジョルジェの成長もよく目立つ。
あまり闘志を前に出すようなキャラには見えないのだが防面を付けた瞬間に溢れ出すのだ。
剣筋は時々ジェイリーより速く鋭い。
センスの塊とホルヘは評価していたが、ジョルジェにそれを伝えると顔を真っ赤にして俯いてしまった。
それに『木剣落とし』を伝授したら必殺技になったようだ。
なお『木剣落とし』は元々はリーナの技だ。
もちろんルールに則った正攻法の一つで、木剣を絡め取って叩き落とすか籠手を打つかの嫌らしいハメ技である。
『木剣落とし返し』という返し芸もあるのだが、それで首に打突で返す『木剣落とし返し突き』というのも存在する。
「昔からあんな感じだったんですか?」
「えぇ。小さい頃からすごく物静かでしたね。昔からジェイリー以外とは殆ど話さなかったんですよ、話せなくなったのかもですが。ですから私が何か言っても小声ではいって言うだけです」
「そうだったんですね。実は、少しずつですけど、僕と会話が成立するようになってきたんですよ」
「剣闘術のおかげかしら?」
「きっとそうですよ」
ジョルジェは相変わらず小声だが、二言三言のみなら会話は成立するようになってきた。
ただ、きっと脳内で推敲して話そうとするらしく時間は掛かるのだろうが。
なおジェイリーが言うには、言葉を噛みしめる癖は昔かららしい。
ラフェル、マリ、パティの総評も頂いてからの最後のジェイリーに対する総評は辛辣だった。
「アンジェせんせー。ウチの娘、あまり甘やかさないでくださいまし」
キュリルが言うには最近ジェイリーが太ったという。
そのため剣闘術会の稽古をサボってるんですかと問い詰められたのだ。
「そんなことないです。ジェイリーは僕の代わりに指導してくれてますし打込稽古もしっかりやってますから」
「そぉですか? ……ジェイリーおいで!」
キュリルはジェイリーを呼ぶ。
あたしと打込稽古するよと言うとキュリルは防面も付けずにジェイリーと打合いを始めたのだ。
ジェイリーはもちろん防面をつけているが。
「キュリル師範代! 危ないですよ!」
と止めようとしたのだが、あっという間に鍔迫り合いに持ち込んで引き面を放ったのだ。
本当に一瞬の出来事だった。
防面の頭部分をさすっているジェイリーにキュリルが問い詰める。
「ジェイリー、最近稽古サボってるの?」
「ママ、そんな訳ないでしょ?」
「じゃあなんで今の返せないの! もう一回! ……はいもう一回! ……もっとぉ!」
打込む、転がす、木剣飛ばす、拳を飛ばす。
完全にキュリル無双だった。
道場の空気は、激しく打合いをする二人に支配されていた。
しかもキュリルは今も防面を着けていない。
もし顔に当たりでもしたら大けが必至、頭に当たれば死ぬこともある。
そんなぎりぎりの戦いを道場の皆は稽古を止め、固唾を飲んで見守っていた。
水入りが入り打合いが止まる。
防面を外したジェイリーにキュリルは言った。
「あんた太ったでしょ?」
「はい……少し」
「学校終わったら甘いもんばっか買い食いしてるからよ! 机の中にお菓子隠してるのも解ってるんだからね!」
「……はい」
「お菓子食べてる暇あるなら、ご飯食べて走って稽古して寝なさい! あとたまに勉強はしなさいよね!」
ねぇ先生? と笑顔でキュリルは言う。
が、やはりこの人もご飯食べて走って寝れば良いだなんて脳みそが筋肉でできてる人種なのだろうか。
あと、たまにはでなく毎日勉強に取り組んで頂けるようにも伝えた。
「師範代。正直、ジェイリー君はストリバ語と数学と化学と物理系学問と、あと地理が、少し振るわないんですよ」
「先生、それ全部だめって言った方が楽ですよ」
確かにそうだが、カオリルナッチの持ってる礼法や歴史などの単元だけは非常に良いのだ。
それは敢えて伝えなかったが。
「ジェイリー、あんたちゃんとしないと本当に嫁の貰い手が無いわよ! ただでさえおっぱい無いんだから!」
「そこ関係ないでしょ! ママひどいっ!」
「ここでは師範代と言いなさい」
この親子、けっこう仲いいよなぁと思ってる。
キュリルはずけずけというしジェイリーは反駁するけど、互いに信頼が無いと親子でも出来ないことだと思うから。
「ところで先生。夏季休暇に合宿しません? 剣闘術会で」
秋に入るとシュトレーメの修身学院三校で公式試合があるそうだ。
そういえばここ十年近く公式戦は勝ったことがないと聞いてる。
ちなみにシュトレーメで勝ち上がれば次は領都、州都、最後に帝都で決勝大会があるという。
なおその公式試合名は『カルグストゥス銀杯・修身学院剣闘術大会』だそうだ。
どう考えても誰かさんが趣味でやってそうな大会だ。
「そういえば私が剣闘術会に居た時は州都大会で二位だったんですよ、ザントバンクが」
「と言うことは、輝かしい時代が十ごッ!……」
「先生、ほんのちょっと前ですわよ、おほほほほほ」
キュリルの突っ込みは、少し激しい。
一週間以上肋骨が痛かった、ひびが入ったのかもしれない。
稽古が終わったのでみんなで帰る。
そろそろ夏至祭なのでまだ空は随分明るいのだが、ジョルジェ一人で七番街まで帰らせるには危険と思ったので一緒に帰ることにした。
「ジョルジェ君、防具とか重くないか?」
首を横に振り、大丈夫ですと言った。
「そっか。さっきキュリル師範代とさ、ジョルジェ君の話をしてたんだよ」
と、最近の稽古具合から練習方針を話して聞かせた。
「で、最近の剣筋、ジェイリーよりいい時があってね、センスあるよねって師範代も言っててね」
「……うれしいです」
と言うと顔も耳も真っ赤にして俯いた。
「夏季休暇に合宿やろうって話になってね。ジョルジェ君は行きたいかい?」
「はい! ……大丈夫」
目を輝かせて頭をぶんぶんと振って頷き、「強くならないと……」と小声でささやいていた。
「そっかそっか。楽しみだな。どこ行きたい?」
「……あの、……その」
「どうした? 良いところ知ってるの?」
と訊いたら、はいと応えた。
小声で要領を得ず、訥々と話すので時間は掛かったのだが北部ヴィンチ町は中街領主ヴァルガッシュ卿が所有する合宿施設があるそうだ。
元々は別荘だったが中街の学生向けに開放しているのだという。
そしてヴィンチ町は元々温泉街でもあるので入浴施設にも困らない。
そして夏場はシュトレーメより涼しいそうだ。
「よく知ってるね」
「……はい、前に、姉が、その、言ってました」
「へぇ、ジョルジェ君はお姉さんがいるんだね」
「……はい、今はなん帝都です」
「やっぱりジョルジェ君に似てかわいらしいのかな?」
「……………」
軽口を言ったらゆでだこのように真っ赤になって黙りこくってしまった。
しばし沈黙の後、
「私は全然かわいくなんかありませんジェイリーちゃんみたいに元気な子をかわいいと私は定義してます!」
と一息で言い切り、はあはあと息を切らせてから、
「私はまだかわいい子になってませんしなれてませんでも先生がかわいいっていうなら私は毎日かわいい子になれるようがんばります!」
そして、目いっぱいに涙を溜めて
「先生にもっともっとかわいいって言ってくれるようがんばるんでよろしくおねがいします!」
と言い、深々と頭を下げて走って帰っていった。
まぁ今は七番街の『鳥と星』って店の前だけど、家まで送れなかった。
近いとは聞いてたけど。
「ごめん」
そう言って僕は元来た道を帰っていった。
「このすっとこどっこい! おめぇ何言わせてやがるんだ!」「このスケコマシ!」「年端もいかない乙女を泣かせてどうするんですか!」
帰ってからラバト、カオリルナッチ、カリナの二・一チャンネルで叱られた。
「てかさぁ、完全に告ってね? ジョルジェちゃん、このぽんこつ学士に告ってね?」
と煙草をぷかぷかさせながら声を荒げるラバト。
「えぇ! もう女の敵になるか、素敵な旦那様になるかの二択ですわ! というかもう結婚しちゃいなさいよ!」
とワイングラスを持ちながら叫ぶカリナ。
まだ十二歳の相手に何言ってるんですかこの幽霊は。
そう言うとカリナは噛みついてきた。
「何言ってるんですか? まだじゃなくて、もう十二歳なんですよ! それぐらいにもなれば好きな人だってできますよ!」
くいっとワインで口を湿らせると、いつまでも子どもだと思ってちゃダメなんですよ、もう、と続けた。
「僕はもうちょっとで三十路だぞ! そんなわけないだろ!」
そう言うと三人はくそでかい溜息をついた。
「恋愛に年齢なんか関係ないわよ!」
とカオリルナッチが言った。
「嫌ならあたしと結婚しなさいよ!」
皆、言葉の意味が脳みそに染み渡るのに時間が掛かったのだろう、深い沈黙があった。
「……あ、すごく嫌です」
僕は素直に答えた。
「カオリルがどさくさに紛れて告ってっぞー」「やーいふられたー」
「年増のエルフと幽霊うっせぇ! 帰れ!」
「ほらほら、恋なんて麻疹みたいなもんでしょ?」
僕がそう言うと三人は再びくそでかい溜息をついた、今日二度目だぞ。
「もう、くそアンジェて呼ぶぞ、うん、呼ぶ。おいくそアンジェ、十二歳でも乙女なんだよ! 恋に恋してるんかもしれないけど、それでも恋なんだよ!」
「そりゃ男はいつも待たせるだけでしょうね! 女はいつも待ちくたびれてるわよ! それでもいいのよ乙女って! 窓の外は銀の雨が降っていてもね! 最後のごめんはあれですか! あなたの最後のやさしさですよね! そんなこともわかんないんですか!?」
「カリナ、それなんかの歌か?」
「知らないんですか? 昔から語り継がれてるチハル様の歌ですわよ!」
煙草をもみ消し、ラバトはこういった。「童貞、おそるべし」
「童貞ちゃうわ!」
結局夜明け前まで三人にしこたま叱られ、溜め込んでたミニボトルのワインをすべて飲み尽くされた。
それどころかフェアラインスのために買ったクヴェリワインも飲み尽くされたのだ。
ヘベレケに酔ってたであろう三人はきっと味なんかわからずじまいだろうが。
なお三人とも艶々な顔して帰っていった。
カオリルナッチ曰く「恋バナは乙女のビタミン剤ですよ」と言ってた。
何というか、乙女の定義付けを強く要求したい。
※参考文献 松山千春 『恋』、『銀の雨』
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