帝歴284年・春 18話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
「おーいアンジェ先生ぇー、小包が届いてるぞぉ」
大きな荷物を持ってラバトが部屋にやってきた。
「お、涼しいなぁ、換気法具使ってくれてるんかー」
うんしょ、そう言ってラバトは小包を床に置いて換気法具の下で一服を始める。
「あぁ最近蒸し暑くてさ。窓を開けても風が入ってこないし」
「まぁシュトレーメは盆地だからな。夏場はむわっとするんで丁度良かったんじゃ?」
「その点は感謝だわ。ただ……」
この前ラバトが中古法具店で見つけ、取り付けてくれたこの換気法具はひたすらうるさい。
音もすごいのだが、とてつもなく振動音を振りまく。
夜間に動かしてるとカオリルナッチから苦情が来たほどだ。
苦情ついでに居座って酒盛りを始めたのには本当に頭を抱えたのだが。
「この振動、なんとかならんか?」
「ちょっとばかり時間頂戴、ベアリングが割れてるかモーター軸がずれてるのか。調べて直してみるから。あと、小包だぞ……」
大事な事なので二度、ですかね? ただし大型手紙扱いで届いてたが。
開封したら依頼していた転出届などの書類だった。
他に父や母、祖父母からの手紙が同封されていた。
そして荷物の大半を占めていた包みは、フェアラインスからの手紙だった。
「アンジェ先生、その小包って姉さんからの手紙かい」
「あぁ、姉さんは昔から筆まめでな、こまめに手紙をくれるんだよ」
「愛されてたんだな、姉ちゃんに」
「あぁ。本当に筆まめな姉で、日に数通もの手紙を書くような人でね」
「で、小包みたいな手紙になる……って、ちょっと待て。単位がおかしくないか? 日に数通って」
「そうかもしれんな」
ぎっしり詰まった包みを開けると届先不明と返信された手紙だった。
そういえばフェアラインスに異動したことを伝えてなかった事を思い出す。
手紙の中身を見るのも恐ろしいので見ないでおこう。
宛名が血文字で書かれてるんではと思うぐらいの筆跡だからだ。
「アンジェ先生よ、おめぇの姉ちゃん、本当に大丈夫か?」
大丈夫だと思うか? 時々思うんだよ、姉は本当に大丈夫なんかと。
結婚してから少しは落ち着くかと思ったが自重する気はないらしい。
旦那さんはどう思ってるんだろう、それがすごく気になる。
なお両親は『弟想いの次姉』だと思ってるらしいが。
「あまり拗らせるなよ? そういうのをブラコン姉って言うらしいぞ? 一つのジャンルらしいぞ」
知らんよそんなこと言われても。
そう言ってラバトは出て行った。
なおその小包の中にとんでもない手紙が入ってたのだが。
せっかく転居届が来たのでさっそく領主館へ行って転入手続きをとった。
「えっと、アンジェさんでしたっけ? このシュトレーメに来たのはいつです?」
ペンを机にコツコツ打ち付ける政務役人に訊かれた。
春分祭りの少し前ですと応えたところ、
「転入手続きは転入してから十四日以内ですよ、なんで今まで放っつけてたんですか?」
と叱られたのだ。
ひたすら頭を下げて手続きをしてもらう。
「本当に特別なんですからね!」
と舌打ちをされ、かつ捨て台詞まで吐かれた。
「ついでに地方税納付と健康保険手続きを取りたいと思います。仕事はどうなされてるんですの?」
と政務役員はペンを回しながら慇懃無礼に訊いてきた。
「ザントバンク修身学院です、これ身分証です」
と言って政務役人に手渡す。
身分証を穴が空くほど見つめてから
「今までの失礼な態度、重ね重ね申し訳ありませんでした!」
と、まるで土下座するかの如く謝罪された。
「ザントバンクの教職員様には多少のことがあっても目を瞑れと執政官から言われております故、平に、平に容赦願います!」
「え? え?」
今までの態度とはガラリと変わるそれを見て僕は戸惑った。
「いやぁ先生様だとは思いませんでしたよ。他にも手続きがございますので、どうぞこちらに」
と、応接室にまで通され、コーヒーを差し出されたのだ。
「これ、引っ越しの際にお渡しするよう言われてるものです。つまらないものですがどうぞお納めくださいませ。あとこれが市民権証明証書とカードです。どちらかを紛失されましてもすぐ発行できます、もし両方無くされた場合でも教職員証明書があればすぐに再発行出来ますよ。あと何か困ったことがございましたらどうぞこちらに申し付け下さいませ、できうる限りのサービスをさせていただきますわ」
と、上を下への大騒ぎな政務役人であった。
なお、つまらないものとして渡された箱の中身はポケットティシュだった。
その言葉だけは本当だったようだ。
「そりゃ、この学院の教職員は国家准公僕の扱いだもん。木っ端政務役人とは立場も違うわよ」
と、カオリルナッチが火酒を飲みながら応えた。
「中街に居るならこの身分証、それだけ権威ある物なのよ」
そうなんだ、確かにこの身分証を忘れると校門から出入りすら出来ない。
ここに来た日にレックから顔パスできませんと言われているわけだし。
なおどれだけへべれけに酔っぱらっていてもカオリルナッチは身分証を出して校門を出入りしている。
「いいですね、まるでマジックアイテムですね」
と、同じく火酒を呷りながらカリナも言った。
「私のは既に期限切れてますからね、百年以上前に」
「その前にあんた、学校から出られないじゃない、地縛霊なんだし」
「あ、そうでしたね」
ころころと笑うこの二人を見てると、この学校って本当に自由なんだなと思う。
「ところで一つ聞きたいんだけど、なんで二人してここで飲んでるんです?」
夕飯時とか何か用があれば飲んでるとかはある。
が、特に用もないのに飲みに来ているのは珍しいなと思ったので聞いてみた。
「ん? 下階な、すごく暑いのよ、今日」
「あぁ確かに今日は蒸しますね」
「だから涼んでる、ねぇカリナ」
「はい、今宵は換気法具のおかげで気持ちいいです」
ただかなりの騒音を撒き散らしてはいるが。
とはいえそろそろこのシュトレーメは雨季に入るらしく夜中でも蒸し暑い。
帝都ならまだ肌寒い時があるのだが。
「と言うことで、今夜ここで寝て……」
「はい、帰ってくださいね。そんなこと許される訳ないでしょ? 風紀的に大問題じゃないですか」
「だって蒸し暑いんだもん」
「それでしたら冷房法具が付いてる寮監室なら空いてるらしいですよ」
「だってあそこ、朝日がまぶしいんですもん」
「知りませんよ、いつもみたいに棺桶入って寝てたら判んないじゃないですか」
「判るのよ、まぶしいの!」
はぁ、めんどくさい人だ本当に。
「ラバト嬢の部屋ならどうです? あそこも確か冷房法具付いて……」
「あそこは絶対嫌! だって、だって……」
「何か問題があるんですか?」
「飲み明かして寝られないじゃない!」
すげぇめんどくさい人だ、本当に。
ぶーぶー文句垂れるカオリルナッチだったが、結局自室に戻っていった。
「カリナ嬢、あなたも飲み終わったらとっとと部屋に帰ってくださいよ」
「だってここ涼し……」
天丼かよ!
「あ、アンジェせんせー」
授業も終わり放課となったので、手荷物持って帰ろうと廊下へ出た。
そうしたらばったりと算術教師のミモーゼンとカロリーナが話をしてるところに出くわした。
「ミモーゼン先生とカロリーナ先生お疲れ様です」
と、僕は失礼にならないよう慇懃に挨拶をする。
「アンジェ先生丁度良かったですわ、今から時間空いてますか?」
カロリーナが言う。
僕もこの後別に予定は無いが何の御用向きだろうか。
三番街でお食事いかがですかってお誘いですよとカロリーナは続けた。
「ちょうど今夜の食事、どうしようかと思ってたところなんでお邪魔じゃなかったら」
と応えた。
「判りました、ではカロリーナ先生はボリスさんと一緒に。僕はアンジェ先生と参りますね」
とミモーゼンが言うとここで一度解散となった。
「いやぁアンジェ先生、論文読ませていただきましたよ」
とミモーゼンは言う。
「凸関数解析における変数を微分変換、ダボネス・アンジェ変換でしたね、物理専攻なのに数学論文も書かれるんですね」
と続けた。
「えぇ、あの論文は共著ですが、僕は友人の手伝いをしただけですよ」
そういえばそんなこともあったなと思い出す。
隣の部屋だった数学専攻のダボネスが部屋のシャワーが壊れたとやってきたので貸してやったのだ。
その後にお礼だと金のアヒル亭で夕飯をおごってもらっていたとき、たまたまノームのついた線形空間を定義してたらなんとなく出るんじゃねって事で盛り上がってしまったのだ。
店内であれやこれやと討論していたら
「ここは飲み屋だ、ベクトルとか無限空間とか大声で話してるなら学校帰れ!」
と、看板娘のミルスに叱られたものだ。
しかし、あれやこれやとふたりで語り合って試行錯誤をしていたら、その定義を数式として証明できてしまったのだ。
そのおかげで凸共役性についても証明出来てしまったためダボネスは論文にまとめた。
そんな自分一人の功績をダボネスはご丁寧に共著にし、かつ学会で発表したのだ。
この論文に書かれたダボネス・アンジェ変換の汎用性の高さ、特に熱力学や統計学に発揮することがすぐにわかったため、その後ダボネスはパガン大公国にある帝立学院の応用数理の講師をしている。
「ひょっとしてダボネスさんが『あの時、シャワーが壊れなかったら解けなかった』て話は」
「あれ本当ですよ、ダボネス君は僕の隣に住んでたんで」
「研究って変なところで火が吹くから面白いですよね」
「えぇ、ごもっとも」
他にも、ポンプで水を汲み上げようとしてた時に、愛人宅の猫と遊んでたら、夢の中で神が教えてくれたからなど、いつ学問神が下りてくるかなんてわかったもんじゃない。
そこで閃いて書かれた論文が世界中にあって評価されているのだ。
それらに比べたら僕が書きなぐってた論文は閃きも何もない。
なんて残念な代物なのだろうか。
「アンジェ先生、夕刻の鐘までに三番街の電報局で待ち合せませんか?」
「判りました、遅れずに参ります」
三番街の電報局で待っているとミモーゼンがやってきた。
「じゃ参りますか」
そう言うとミモーゼンが歩き出す。
しかし男二人、特に話題もなく静かだった。
僕も別にペラペラ話す方ではないので、あまり苦にはならない。
ただ時々ミモーゼンは僕に視線を投げかけてた。
何か話したいことがあるのだろうかと思ったが気付かないふりをした。
つくづく僕は話下手なんだなと思った。
しばらく歩くと「銀のランプ亭」という料理屋に着く。
そこにはカロリーナとボリスがすでに待っていた。
「遅くなってすまない、予約してあるから入ろうか」
と四人で店の中に入る。
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