帝歴284年・春 17話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
「そんな……上手くいかなかったんですね」
教員休憩室、カロリーナにエルフ酒についての顛末を報告した。
彼女は一つ溜息をつくと「それは仕方ないですね」と言う。
「僕は納得してませんよ、ラバト嬢は『酒神ヴァカッシュが嫌った』からと言ってましたがそんな非科学的論拠で失敗しましたって言って完結したくないんですよ」
僕は失敗の原因を知りたいですねと言った。
「んーアンジェ先生、私の出身農業専科で酒類学を研究してる同好会があるんですけど、その人たちに相談してみても良いでしょうか?」
「酒類学、ですか?」
初めて聞く学問だ。
なんですかそれと訊いたら、
「それこそお酒の研究なんです。ただ酒神ヴァカッシュが与え給うものを研究するだなんて大々的に言ったら不敬だと言われるでしょう、だから飲兵衛同好会のフリをしてる集まりなんですよ」
と応え、そこに私の次兄が居るんですよと続けた。
「カロリーナ先生に次兄様がいらっしゃったんですね」
「えぇ、次兄は馬宿を継ぐ必要が無いので今も農業専科でキノコの研究を続けてるんです。ちょっと変わり者ですが悪いようにしないと思いますわよ」
「わかりました、もし良かったら紹介してください。同じ日に同じ条件で作ったのがあるんで良かったら研究の足しにしてください」
と、僕が作ったエルフ酒を渡したのだった。
練習試合を終えてからの剣闘術会は変化を迎えた。
「やー! とー!」「ぃやー! とぉー!」
と、稽古に熱を含むようになった。
これも学業や学校生活のメリハリになってくれれば、と思う。
「ミノっち、打込みが甘い! マリ先輩とパティ先輩は連携考えて! ラフェル先輩は剣筋鋭く! ジョリーもっと前でて!」
この中で剣士二級のジェイリーが先頭切って指導をしてくれている。
経験値や剣技レベルはこの中では一番高く本人も周りも指導することに不満は無いようだ。
こういう時後輩が仕切ろうとすれば先輩が反発するのだろうが……。
「アンジェ先生、次、打込稽古なんですけど……」
「うんいいよ、じゃあどんどんと来てもらって」
僕はなるべくジェイリーの指導方針に任せることにした。
というか僕自身指導経験が無いし、実践経験にしても言うほど豊富でない。
週に二度ほどリガン道場でお世話になっているが指導方針についてはジェイリーに任せた方が良いと思っている。
逆に僕ができるのはせいぜいなんだろうかと考えてしまうが。
なお、ジェイリー以外で経験があるのは三回生のラフェル、剣士四級持ちだ。
この前の練習試合では不幸な事故で一本負けを喫したが元々はそんなに弱くはないらしい。
ただ攻撃の手数が少ないので、今後の課題になりそうだが。
他にはジョルジェも剣士四級持ちだが数年のブランクがある。
「ミノっち、もっと先生に積極的に打ち込んで! アンジェ先生を動く打込台だと思えばいいから!」
「はい! ガンガン行きます!」
打込稽古は、まさに動く打込台相手を打つ稽古だ。
僕だって除けるし甘い打込みは弾く。
ミノンは初心者ながらもガンガンと積極的に打ち込んでくるのだが、背丈は僕と同じぐらいなので威圧感が半端ない。
ただし足さばきが無く、棒立ちの状態で打ち込んでくるのが今後の課題だろう。
棒立ちでの打ち込みは剣の振り幅を計られたら即座に吶喊されるからな。
「ジェリーはもっと声出して打ち込んでって!」
「……ぁぃ」
ジョルジェはとにかく声が聞こえない。
下手したら剣闘術会以外だと一週間で一度も声を聴いてないこともあるぐらいだ。
でも彼女との筆談というか文通は、かなり密に続いけている。
いつもかわいい便箋を用意するのも大変だろうし僕が用意するよと言ったら、かわいい便箋は私のポリシーですと後に返事が来た。
なおジェイリー曰く、ジョルジェはかわいいものが大好きらしく自室には自作のぬいぐるみとレース編み物だらけなのだという。髪にはレースのリボンをつけてるのを時々見かける。
「マリ先輩とパティ先輩は連携考えて先生にどんどん打ち込んでいって! 特にパティ先輩は積極的に!」
この仲良し二人組をよく見てると、マリとパティに時々垣間見える主従関係が影響してると思った。
基本的にパティは物静かだし言葉も少なめでマリばかり喋ってるイメージがあるが、実はパティに従服するマリという構図が見て取れる。
だからパティは基本的に何もしなくてもマリが甲斐甲斐しく行動してしまうのだろう。
ひょっとして混合戦はマリ主体で別の子を組むべきでは? と少し考えが及ぶ。
今度この二人に相談を持ち掛けてみよう。
「ラフェル先輩はどんどんと攻撃パターン変えて打ち込んでってください! ちょっとやそっとじゃアンジェ先生は壊れませんから!」
ラフェルの課題は、前出通りの手数の少なさだ。
せっかく相手の懐に入ったのだから鍔競合いで突き飛ばして強引に離隔して打ち込んだり、拳を入れて木剣を叩き落としたり投げ飛ばしたりなどいろいろと打つ手があるのに、攻撃が単純一辺倒なのだ。
だからあえて僕は隙を見せて誘ってるのだが、どうしても彼女の甘さが見て取れる。
今後の課題であろう。
ジェイリーとの稽古は、互角稽古になるほどお互い激しく打ち合う。
あまりの激しさにミノンは表情が引き攣ってたしマリとパティは怯えていた。
ラフェルはこれぐらい強くなりたいと言ってたし、ジョルジェは攻撃法などを参考にしようとメモを走らせていた。
あまりにもお互い熱くなってしまう。
ジェイリーの剣の握りが甘いと思って木剣を弾いたら思いのほか飛んでって壁に突き刺さった。
ラバトに言ったらすぐ直してくれたが。
他にも何度か突き飛ばされて床に転がされたこともある。
ジェイリーは小柄ながらもパワーがあるのだ、きっと母キュリル譲りなのだろう。
「アンジェ先生、もう少し本気出してくださいよー」
と、防面を外しながら言うジェイリーを恐ろしく感じてる。
稽古が終わってから一つイベントがあるのだ。
「今日のは四番街のアンナスで買ったんだ、これ」
「えぇーすごくかわいい! 肩ひもがレースになってる!」
「胸元のリボンかわいいよね」
「…………」(うなずくジョルジェ)
と、下着の品評会を始めるのだ。
キュリルが言うには、女子がスポーツをするうえでどうしても胸が動いてしまう、それを放っておけばすれて痛かったりするから抑えたり固定したりするための下着が必要なんだという。
で、各々が色んな下着屋を回っては好みのを買っては品評会を開催してるのだ。
で、四番街のアンナスは学院でもファンが多い下着屋らしい。
カロリーナ曰く「フリルやレースが好きな『カワイイ』が好きな子向けですね」と解説してくれた、別に求めてはいないんだが。
他にも三番街のミラースは「大人っぽいのが好きな、背伸びしたい子向け」らしい。
そういえばリーナは学院当時は胸にさらしを巻いてた、そういう意味があったんだ。
昔は男装の令嬢を演じてたのかと思ってたが。
ただ問題なのは、僕が居るところで始めるのだ。
淑女は殿方にほいほいと素肌を見せないもんだと思うのだが。
貴族階級なら自身の着替えを従僕にやらせる習慣があるから気にしないとは聞くが、この剣闘術会ではジョルジェが地主階級なだけでみんなは平民階級だ。
ひょっとして気にしているのは僕だけなんだろうか?
この前も五番街のケロリーヌという入浴施設は混浴でジェイリー親子が居たけど、二人とも気にするそぶりは一切見せてなかったし。
聞くのは怖いので心に留めておく。
「頼むから、その、下着の品評会は僕のいないところでやってもらっていいか?」
「えー? こういうのは殿方のコメントって重要だと思うんですよー」
と、マリが言う。
非常にコメントしずらいと伝えておいた。
こういうのはカオリルナッチやカロリーナに相談すべきか……?
「十五分後に閉めるから、悪いけどそれまでに着替えて退出してくれよー」
と言って僕は立ち去る。
剣闘術会は変化を迎えたが、品評会だけは何とかしてほしい。
「おーい、アンジェ先生、暇か?」
ノックしてラバトが大きな箱を持って入ってきた、「忙しいなら出直すぞ」と。
「ラバト嬢どうしたん?」
「おー、あたしここで煙草吸ってるでしょ? で、アンジェ先生やカオリル先生らは吸わんでしょ? で、中古法具店で換気法具売ってたから取り付けようかと思ってさ」
と箱から取り出した。
正直ラバトの煙草は臭い。
換気口の下で吸ってるとはいえしばらく部屋の中は匂いが取れないのだ。
何度か辞めてほしいと言おうと思ってたが言えずじまいだった。
「ほんと? ならお願いしていいかい? なんなら法具代少し出すし」
「いいよいいよ、あたしのわがままで吸ってて迷惑かけてたんだし」
そう言うと換気口を開け、魔動丸ノコで開口部を広げる。
端材で取付木枠を作り、野縁にねじ打ちした。
こういうときのラバトは正直かっこいい。
ただ飲み水代わりにワイン飲むのはどうかと思うが、あ今も飲んだ。
木枠に換気法具を固定させ、キャノピースイッチをぶら下げて完了。
「ほい、できたぞ」
「手際いいな本当に」
「じゃ、試運転するぞ」
スイッチを入れたとたん、空気が換気法具に吸い込まれていくのを感じる。
「おー、すげぇ、ちゃんと動くなぁ」
じゃあ試しにと煙草を咥えて火をつける。
吐き出された紫煙は吸い出された。
部屋にいる僕は匂いを感じない。
すごい、まるで部屋中の空気が吸い出されてるみたい。
「にしてもおかしいなぁ」
とラバトが言う、どうしたと訊くと「これ、最弱設定だぞ?」と言う。
最弱でこんなに仕事をするのはちょっとおかしい気がするが。
「ちょっと最強にしてみる?」
「な、なんか凄そうだよな」
ちょっと楽しみだったりする、ラバトはキャノピースイッチを引っ張った。
ばき、ばきばき。部屋中からきしむが、そして耳鳴りが止まらない。
「と、止めて!」「なんだよこれ!」
強烈に排気したせいで内圧差だろうか窓にヒビが入った。
もう少し回してたら大惨事になっただろう。
「これやばくねぇか?」
と僕が言う。
「なんかすまんな、使うときは最弱にしたほうがいいぞ」
そういうとラバトはそのまま出て行った。
いや、逃げて行った。
まぁ僕自身が使うこと早々無いので『使用時は最弱で』と壁に書いておくことにした。
まるで部屋全体がドラフト室になった。
相変わらず、ラバトは碌なことをしない。
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