表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/201

帝歴284年・春 16話

2022年11月11日、一部文章を修正しました。

 カロリーナが翻訳したエルフ酒のレシピはこうだ。



 用意するものは

蒸留酒

アニスやクローブなどの香辛料

トウキやハッカなどのハーブ

『もじゃ毛虫の木』の綿を取り除いたもの



 それら原料をきれいに水洗いし、陽に当てて乾燥させ、これらを清潔な瓶に順番通り詰める。

 順番は、もじゃ毛虫の木、ハーブ、香辛料、最後に蒸留酒のようだ。



 僕の部屋で拵えることとなり、カオリルナッチだけがやってきた。

 ラバトもカロリーナもその日は予定があるそうだ。

 住み込み用務員のラバトに何の用があるのかと訊いたら

「乙女には誰しも花園を持ってるものよ」

とウィンクしながら応えてきたので、三百年も生きてる乙女って忙しいんですねと言ったらグーで殴られた。

 解せぬ。



「で、いつできるんだ、明日か?」

「どうも翻訳を見ると……二十年って書いてあるんですよ」

「カロリーナたんが翻訳間違ったんだろ? なんだよ二十年って、ビンテージの火酒じゃないんだぞ。そこの原文見てみろよ」

 僕が書き写した原文を見る限り、やっぱり二十年ですね、残念ながらと言ったら

「なんだよ、ふざけんなよー! やっぱエルフって時間単位がおかしすぎるだろ!」

と言ってカオリルナッチは床をゴロゴロと転がり始めた。

 最近は転がることを想定して床をモップ掛けしてる。

 階下に雨漏りしないよう気を使いながら。



 エルフの時間単位は寿命を考えたら人間の比じゃない。

 しかし何度も首ちょんぱされ、数百年単位で生き続ける非常識なヤツが目の前に……、

「誰が非常識よ! 失礼ね!」

と、頭をスパンと叩かれた。

 読心出来るんだよな、ラバトもカオリルナッチも。



「でもさぁ、三か月ぐらいで飲めるんじゃないの?」

 手が痛かったのか、ふうふうと手のひらを吹きながら僕を見つめるカオリルナッチ。

 前髪に埃が付いてるが本人は気にしてないようだ。


 ま、ツァルカから昔貰ったカラモモ酒は漬け込み期間が三か月と言ってた。

 半年以上寝かせる場合もあるけど、それならそれなりの漬け込み方があると言ってたな。

「どうなんでしょ? まぁ三か月待ってみます?」

「どんな味なんだろうなぁ、楽しみだなぁ!」

 そう言ってカオリルナッチは瓶を持って部屋に戻っていった。

 たぶん三か月も待てまい、もうひと瓶、同じようにエルフ酒を仕込んでみることにした。




 そして、翌日。


「えっと、カオリルナッチ先生に代わりまして僕からみんなに報告があります。毎年の事で皆さまご存じだと思いますが、修身学院の一回生はメフラガン(秋分祭り)の前に『下級メイド国家試験』を受けていただきます。全員合格目指して頑張りましょー」

「えー! なにそれー」「試験かよー!」「受かる気しねぇー!」「ふんすっ!」

 僕の棒読みな発表にみんなからいろいろと声が上げる。


 下級メイド、正式名称・家事使用人等下級検定は国家資格だ。

 侍女やカヴァネス(家庭教師)を目指すなら必ず通らなければならない関門であり、貴族家や大店商家に奉公へ出るなら必得資格である。

 もちろん必得なので無くても奉公へは出られるのだ。

 しかし有資格者は特定最低賃金制度が適用されるために資格取得を勧められる。


 なお受験資格は

『修身学院在学三か月以上(旧礼節学院含む)もしくは実務経験一年以上」

らしい。



「えっと、受験内容が書かれたプリント配りますのですぐに目を通しておいてくださいー」

 本当ならこれはカオリルナッチの仕事だった。

 しかし彼女は今日、有給休暇だ。


 二日酔いで。




「筆記試験と実技試験ですが、筆記は法令・礼法・作法・国内儀礼の四つ、実技はお茶の淹れ方やワインボトルの開け方、掃除の仕方の三つです。張り切って勉強しましょうー」

 僕がそう言うと、はいっと言って手を挙げる子がいた。


「はい、ジェイリー君、朝から元気だな、質問か?」

「アンジェ先生、作法ってどんな問題が出るんですかー?」

「はい、カオリル先生が言うには、主に礼儀やマナーだそうだ。他にもいろいろあるらしいから大変だなぁ」

「あと、ワインボトルを開けたら飲んでいいですか!」

「たぶんカオリル先生がラバト嬢とカロリーナ先生らで飲むだろうから、みんなの口に入りません、あきらめてください、誰かのお母さんは授業中に飲んで叱られたらしいですが」


 ほか質問ないかー、と訊いたら、はいっと手を挙げる子がいた。


「お、デリッカ君、この前はありがとうな。質問か?」

「えぇアンジェ先生、お聞きになりたいのですが、お茶の銘柄は何ですの?」

「おーデリッカ君、すまん、そこまでは聞かされてないんだ。銘柄だけでなく種類の可能性もあるから僕は答えられんわ。本当に申し訳ないがカオリル先生に訊いてみてくれぇ」

 あといくつか質問が来た。もちろんどんな試験内容かは僕は知らないので応えられる範囲はカオリルナッチが作ったカンペを見て答えることにした。

「あらまぁ。じゃあ先生、今度あたくしが淹れて差し上げますから飲んでいただけません?」

「おー、僕はコーヒーが好きだが紅茶も好きだぞ。練習台になるから昼休みでも剣闘術会のない放課でも気が向いたら淹れにきてくれ、緑茶も黒茶も喜んで飲むぞ」


 こんなことを言ったせいだろうか。

 僕は最近お茶ばかり飲むようになってしまい、コーヒーの消費量がぐっと減ったのだ。

 おかげでエルツァから、なんですか浮気ですか、と問い詰められることとなったが。





「先生、家事使用人の労働基準令の適用除外要件がよくわかりませんわ」

「んっとな、原則は適用されるんだが、この国では『管理監督の地位にある者』や『機密情報を取り扱う者』は一部除外されるんだ。ここに書いてあるだろ、労働基準令四十一条に」


 放課選択で剣闘術が無い日、僕の休憩室にデリッカが来ていた。

 前の大八車の件や、前にあった事件で彼女は刺々しさは随分と減ったと思う。

 いつ頃だろうか、なんかデリッカの雰囲気が変わったのだ。

 カオリルナッチ曰く、いや狂犬のままだぞ、と言ってたが。



「あら本当ですわ。この管理監督の地位にある者ってどんな方ですの?」

「俗にいう侍女長やメイド長、男性ならバトラーの事だろうな、帰宅が遅い主人のために深夜勤務したりするだろうしな。機密情報を取り扱うものなら秘書や執事だろう」


「というと、侍女長らはなぜ、適用除外されるんですの?」

 デリッカは紅茶をポットからカップに移しながら訊く、「理由があるんですの?」


「まぁ僕も専門家じゃないから解らんが……。この労働基準令を読むと、労働条件は労働者と使用者が対等の立場において決定すべきもの、とされてるんだ。ほら、労働基準令二条を見てくれ」

「そのように書いてありますわね」


 僕はテーブルに置かれた労働法令集を指し示す。

 デリッカは淹れた紅茶を差し出し、僕はカップを手に取る。

 デリッカは向かいの席に座った。


「つまり、使用者と労働者が対等の立場が基本なのに、『管理監督の地位にある者』は使用者なのか労働者なのかの線引きが曖昧になるからね。だから相応しくないとして適用除外されてると思うんだよ」

「じゃあ、侍女長とかになると損ってことですの?」

「損得の話ではないが……、まぁ適用除外になるのは『労働時間・休憩・法定休日』要件だけだ。だから年次有給休暇も取れるし、勤務時間によっては深夜割増賃金も出るぞ」

「そうなんですね、ふぅん」

「デリッカ君……、それよりも、お前、お茶の香り全くないぞこれ」

「あらま」

 デリッカはどうも紅茶を淹れられない。

 味も香りも無いのだ、色だけ濃いだけの湯だ。



 デリッカだけでなく色んな子たちが僕の所へ質問に来る。

 下級メイドの試験なんだから担当のカオリルナッチに訊けばいいものを。

 それとなく彼女たちに伝えると、「だって……カオリル先生ですよ?」と皆言うのだ。


 言わんとしてることは判らなくはない。

 が、こんなことをしてカオリルナッチが面白いと思う訳がない。

 僕としてはあまり関係を拗らせたくないので次はカオリル先生に聞くようにとは言ってる。

 そしたら次はカロリーナの所へ聞きに行くのだ。

 どこまで嫌われてるんだよ、カオリル先生よ。




「でさー、聞いてよアンジェー先生さぁ、あたしのところに質問にくる子、誰も居ないのよ!」

 久しぶりにラバトと三人で黒猫亭へ行ったらずっとこの調子で管を巻いてるのだ。

 なお、ウェイトレスの猫獣人族フェリシーは近づいてこようともしない。

「はいはい、聞いてますよカオリル先生」

「そんなすげなく言わんでよー」


 さすがに飲み屋だから、僕の部屋みたいに床でゴロゴロ転がることは無い。

 が、うっとうしさはあまり変わらない。

 言葉でねちねちと同じことを何度も何度も繰り返すのだ。

 なお、フェリシーに目線でお替りを要求しても気持ちよく無視された。


「ところでさ、『すげなく』って方言?」

とラバトが言う、「あたしンところは『つれなく』って言うんよ」と。


「あぁ、どっちも正しい。すげなくもつれなくも同じ意味だし、方言でもなくどちらもちゃんと辞書にも載ってる単語だ」

「へぇそうなんだー」

とラバトが感嘆な声を上げる。


 そして無言になる。

 しまった、話を続けてたらカオリルナッチから解放されると思ったのに。


「管を巻くってどういう意味か知ってる?」

と、僕は言う。

 その選択は完全に失敗した。

 ラバトの目は今そんな話するなって言ってた。

 が、ここで話を切って無言になるのはさらにまずい、そう思った僕は続けることにした。

 なおフェリシーは目すら合わせてくれる気を一切感じない。

「えっとな、管って糸巻機のグリップのことらしくてな、それを回すとぐだぐだと音が鳴って酔っ払いが同じことを言ってるよう……」



「誰が酔っ払いよー!」



 僕が話してる途中でカオリルナッチは声を上げる。

 ラバトは頭を抱えて煙草に火をつけてた。


「てかさー、アンジェー先生聞いてるぅー?」

「はいはい、カオリル先生聞いてますよ」

「エルフ酒、酸っぱいんだけど」

……は?



「おめぇもう飲んだんかよ!」

 ラバトはカオリルナッチの胸倉をつかみ、叫んだ。

「漬け込んで何日目だよ!」

「えー、三週間目?」

「たぶん三日目だろ? 昨日一昨日漬け込んで何の味が出るんだよバカヤロー!」


「ラバトちゃーん、頭を揺らさないでぇー!!」「ラバトさーん、辞めて差し上げてー!」「ラバト嬢ぉー!」


 仕事放棄してた、というか君子の危うきに近づかない賢臣を演じていたフェリシーがようやく止めに入った。

 カオリルナッチは酔いが回りすぎて目のカーソルが合ってない。


「酸っぱいだぁ? 酸っぱくなる要素なんかねぇぞ? 味しないなら判るけどさぁ!」


 ラバトはふぅと一息ついて胸倉から手を外す。「んで、色は?」


「色? きょうのぱんつ? ぴんく……「うっせぇ! 酒の色の話だよアホすけぇ!」

「お酒? 透明だったわよ?」

「だめじゃーん! なにも抽出してないじゃーん!」

 ラバトが言うには漬け込んだレシピだと薄黄緑色になるそうだ。

 あと三か月程度は漬け込むといいそうだ。


「でも酸っぱくなるはずはないぞ! もしそうなったら大事件だよ! 漬けた酒が酸っぱくなるって、腐ってるんだよ! あと酒がカビるのも絶対だめなんだよ! それは酒神ヴァカッシュが酒造者を嫌うからそうなるんだよ! もうだめだ、こんなことが起きたらもう作れんぞ!」


 そう言うと「おうち帰る!」と乱暴に店から出て行った。

 カオリルナッチは「えー、私も帰るー」とラバトに付いて出て行った。


 なんなんだよあの二人は……、溜息をついてお店を出ようと思ったらフェリシーが僕の肩をしっかりと捕まえてこう言った。




「お代、お願いしますね?」

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。


活動報告、こっそり更新なぅ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブクマ・ポイント評価お願いしまします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ