帝歴284年・春 15話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
しばし休憩のあと、僕たちは再び南下を続けた。
あまりにものんびりと歩みを進めていたせいか陽は既に南中を過ぎていたが。
そのため僕、ラバト、カオリルナッチとカロリーナの二人乗りは急ぎ歩を進めたのだが……。
「おしり痛いー、気持ち悪いー」
カオリルナッチが終始不満を漏らし続けてた。
乗馬酔いを火酒で紛らわせたのか、迎え酒のせいなのかが原因じゃなかろうかと思ったんだが僕はあえて口にしなかった。
むしろ勝手に付いてきて文句を垂れる時点でどうかと思うが。
「苦艾はもう少しのところで生えてるはずですから我慢してください」
とカロリーナが言うが、多分カオリルナッチには届いてないだろう。
「おう、あった、ここにあったぞ!」
とラバトが言うと手綱を引いて停めて馬から飛び降りた。
普通、騎手が飛び降りると馬が非常に驚くのだがその馬は何事もなく草を食みはじめる。
僕もカロリーナも停止する、カオリルナッチはそのままずりずりと頭から落馬した。
大丈夫だろうか、うん、多分大丈夫だろう。
「これが苦艾だよ」
ラバトが鉈刀で背の高い雑草を根元から叩き切る。
葉っぱがもじゃもじゃして毛虫っぽいだろ? だからもじゃ毛虫の木ってあたしらンとこでは言うんだよ、とラバトが続けて言った。
「なんか人参の葉っぱに似てるんですね、見た目は……、それにしてもすごい匂いですね」
「あぁ、臭いぞ。人によってはこのもじゃもじゃの毛でかぶれるから気をつけろよ」
ラバトが手際よく刈り取っていく。
僕はそれを籠に納めていくのだが、とてつもなく青臭いし綿埃がすごくて鼻が痛い。
それに手の甲がかゆい。
「アンジェ先生、手の甲のそれ、もうかぶれてる! もう触ったらダメや、少し離れてな」
そうラバトが言うと、胸元から小さな小瓶を取り出した。
「痒み止めだ、洗ってから早よ塗っとけよ」
「ありがとう、ラバト嬢」
と瓶を受け取ろうとした時に
「そこの泥棒! そこに直りなさい!」
と怒声が響いたのだった。
「この青田刈りの麦泥棒め、今すぐ武装解除すべきよ!」
逆光でよく見えないが小柄な女性だろうか、僕たちに杖を向けて立ちはだかる。
相手は法力使いかな、それなら碌な武器を持ち合わせていない僕は素直に従うべき。
そう思い僕は両手を挙げ反抗の意思がないことを示した。
「ほぉ、誰が麦泥棒だよ……」
鉈刀を持ち直し、目つき鋭く相手を見据えるラバト。
「上等だ法力使いさんよぉ! 売られた喧嘩は買う主義なんでね、お尻ぺんぺんされてもぴーぴー泣くなよな!」
ずかずかと肩を怒らせて歩くラバトからは殺気が見て取れる、
小柄ながらも恐ろしい威圧だ。
「動かないでチビ女さん、い、いま、今すぐ刃物を地面に捨てろ、もう、も、もううぇ、詠唱は終わってるんだぞ」
ラバトから溢れ出る威圧のせいか、後ずさりをしながらも杖をラバトに突き出そうとする。
「誰がチビ女だぁ小娘、その髪の毛即刻剃り落としてレオスみたいにズラにしてやろか?」
レオスの言葉を聞いてピクリと肩を震わせる女、それにこの声どこかで。
「ラバトさんストップ! その子、学院の子ですよ! ねぇあなた、デリッカさんじゃない?」
カロリーナがそう言うと、女はカロリーナへ向いた。「へ? カロリーナ先生?」
「なんだなんだ? 学院のガキかよ……チッ」
ラバトは鉈刀を払って鞘に納める。
「ラバトさんって……用務員のおばちゃ」
「よーしそこに直れ、今すぐ鉈刀の錆にしてやんよ」
その直後、ラバトを止めようとしたが。
残念ながら僕はぽいっとラバトに放り投げられた。
その後カロリーナがちゃんと止めてくれたようだ。
カオリルナッチはぐったりして動かなかった。
「アンジェ先生だったんですね、いつもの学士マントを羽織ってないんで判りませんでしたわよ」
杖を腰に差し、腕組をして大きな岩に腰掛けたデリッカが僕を見る。
いつも学院で見るツンツンと棘がある表情ではない、穏やかな年頃少女の表情だった。
「ここはデリッカ君の土地だったか。雑草とはいえ勝手に侵入して刈り取ってたら麦泥棒と思われても仕方ないな、申し訳ないことをした」
「頭をあげてくださいまし、アンジェ先生!」
慌ててそう言うデリッカは、「麦じゃないんだったら、何を採ってたんですの?」、と続けた。
「あぁ、この草だ」
僕は苦艾を指し示す。これ、貰っていいか? と訊いてみた。
「えっと、それ、ただのモケモケ草ですよね?」
とデリッカが言う。
「貰ってくも何もただの雑草ですよそれ。誰かに乳飲み子でもいるんですか?」
「乳飲み子ってどういうことだい?」
「あぁ、モケモケ草って乳離れに使うんですのよ」
彼女が言うにはすり潰した苦艾を胸に塗っておくと赤ん坊が嫌がって飲まなくなるそうだ。
「このモケモケ草?ってのはかぶれないか? 僕、ほら、かぶれちゃって」
「その葉っぱのモケモケ部分が肌に刺さるとかぶれるんですの。ちょっと待って下さいまし」
彼女は腰だめの革ポーチから小瓶を取り出す。
「これお酢ですの。一度これで流してから痒み止めを塗るといいんですのよ」
「あぁありがとう。痒み止めはラバト嬢から貰ってるからな。お酢は使わせてもらうぞ」
患部にお酢を掛けて痒み止めを塗る、スッとした清涼感が気持ちいい。
「ラバト嬢、お薬ありがとな」
と言うと、苦艾を刈り取るラバトはこっちを見ず、親指を突き上げてた。
「ひょっとして、ラバトさんが使うんですか? このモケモけ……」
「よっしこのガキぃサシで語り合おうぜぇ? 本気でそのでこっぱちにデコピンしたろーか!」
鉈刀を地面に放り投げるとラバトは腕まくりをしてデリッカに詰め寄ろうとする。
彼女の沸点はいつも低すぎる。
なお、カオリルナッチはずっと寝ており、カロリーナが看病を続けてた。
籠一杯に詰めた苦艾を馬にぶら下げる。
陽は完全に西に傾いててあたりを朱色に染め上げていた。
「デリッカ、これ本当に借りていいのか?」
「えぇ、パパも問題ないとおっしゃってた。どうぞお使いくださいまし」
大八車を馬に括り付けた。
「収穫前までお貸ししますわよ」
カオリルナッチはぐったりしたままなので馬に乗せるわけにもいかない。
結局大八車に乗せて学院まで戻ることになった。
出来ることならここに置いていきたいのだが……。
「デリッカ君、じゃあ休み明けにな」
「アンジェ先生もうお風邪引かないで下さいまし!」
馬の腹を蹴り、「デリッカ君もな」と言って走り出す。
「アンジェ先生、もう日も暮れます。なるべく急いで帰りましょう」
そう言うとカロリーナが手綱を扱くとサクサク進んでいく。
後ろの大八車がギャップを拾ってポンポンと車体が浮き、時折ギャッと聞こえる。
やはりカロリーナは馬に慣れているのだろう、自然と加速していきいつの間にか遠くに見える。
「アンジェ先生、馬は夜でもちゃんと見えてるんで、あたしの後ろ付いてきてー!」
とラバトが言うと駆け出していった。
僕はそれを追いかけようと手綱を扱き下半身で駈歩を指示したが、ラバトとの差はどんどんと引き離されていく。
過去に帝国中を転戦し続けた猛者なだけはある。
黄昏時に早駆けなんていつくらいぶりだろうか?
小さい頃、こんな時間によく走ったよなぁと思い至る。
街に入る頃にはもうそろそろ日没、城門の兵士に身分証を見せて入城する。
この中街は囲郭都市のため入城門があるのだが日没後は保安上の理由で入城できなくなる。
あやうく準備もなく城門前で野営するところだった。
「ザントバンクの先生ですか。先ほども来られましたけど何かあったんですか?」
と門兵に訊かれる。
「一人は死体を運んでたみたいですが」
「いえ、あれちゃんと生きてるはずですよ」
カオリルナッチは死体とカウントされたんだ。
まぁ今日一日グロッキーだったんだ、本当に昇天したのかもな。
「学校の研究でちょっと必要でして、これ」
鞍にぶら下げた籠を見せると兵士が耳打ちをしてきた。
「……いけないお薬でも作るんですかい?」
「な、なんですか! いけないお薬って!」
「だってどう見ても普通の雑草じゃないですか、こんなもんの研究っていけないお薬って相場が決まってるじゃないですか」
この門兵の相場がどうなってるのか気になるが、敢えて突っ込む必要は無いだろう。
「ちなみに、この草ってなんて名前か知ってます?」
「え? 雑草ですよね?」
どうもこの草の名はよく分かってない。むしろ本当に苦艾って名前なのかもわからないが。
学校に戻ったらレックが門前で衛士の仕事をしていた。
「あ、アンジェ先生おかえりなさい」
ところでカロリーナ先生らは帰ってきたかい、と訊いたら、カロリーナ先生は馬房で世話してると思います。ラバトとカオリルのババアはもう飲みに行きましたよと言う。
「え、カオリル先生飲みに行ったんですか?」
「え、えぇ、大八車で運ばれた時はついに昇天したかこのクソババアと思ったんですがねぇ、しばらくしたら復活したみたいで、ラバトのババアとさっき飲みに行きましたわ」
忘れがちだけど、カオリルナッチは吟遊詩人が歌うカルグストゥス叙事詩の登場人物だ。
何度も首ちょんぱされてるぐらいだし、塩でくっついたというぐらいの丈夫な人だ。
あれだけグロッキーになっても飲みに行けるんだな。
「五番街の呑平で待ってる言ってましたわ、ちゃんと伝えましたからね」
とレックに言われたが、忘れることにする。
馬房前でカロリーナが馬を洗っていた。
「カロリーナ先生お疲れ様です」
と僕が声を掛けると桶たっぷりの水にタワシを入れて身体をこするカロリーナが振り返る。
「アンジェ先生お疲れ様です、無事に城門通れたんですね。私たちの後にもう一人先生通りますから、遅刻しても入れてあげてくださいとはお伝えしたんですよ」
「おかげさまで入れさせてもらいました、ありがとうございます。良かったらお手伝いしますよ」
馬具は外してあったので残りの馬を洗おうと手を伸ばす。
「アンジェ先生、ブラシ掛けをお願いできます? なるべく声を掛けて労をねぎらってあげてくださいね」
と、カロリーナから毛足の長いブラシヘッドを渡された。
「その子はお腹のブラッシングが好きなんで、それで強めにかけてあげてください」
「背中とお尻はこのブラシ使ってあげてください」
「尻尾はこのブラシを使ってくださいね」
「たてがみはこれなんですよ」
カロリーナが言うには馬に様々な個性があり、好きなブラシ、好きな場所があるそうだ。
逆に嫌いなのもある。
「その馬は鼻の周りは……」と言いかけた時には遅く、かぷりと噛まれてしまった。
「この子、鼻の周りをこするとお礼に噛もうとするんですよ」
後日、噛まれた二の腕は大きな青あざになった。
馬にとってじゃれ合いでも人間には大けがです。
その日は疲れたのでさっさと寝た、もちろん呑平には行ってない。
もちろん二人から後々しっかりと叱られた。
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