帝歴284年・春 12話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
練習試合のあと、キュリルとホルヘから指導方針についての指導を受けた。
二人から、成長期の女性を指導するのは大変だろうから時々出稽古においでと言われた。
「それよりアンジェ先生って剣闘術の指導経験はあります?」
とキュリルに訊かれた。
「いえ、教士は帝立学院で放課選択すると取れますから……」
「え? 教士試験の筆記は?」
「教本から出ますからね、それぐらいなら全部覚えれば……」
そう言ったらホルヘがげんなりとした表情を浮かべ、
「どんだけ大盛飯食べさせられても覚えられませんでしたよアレ」
と言う。食べて覚えられるものでもなかろうに。
「私も筆記は三回落ちたからなぁ」
とキュリルが涙を浮かべながら遠くを眺めて言う。
なお筆記試験では『稽古とは?』や『打込について』など指導概念について書き示すのだが、教士四級なら合格率は六割程度らしい。
なお実技は稽古通りやれば良いので余程のことがないかぎり落ちることは無いが。
「それより……こちら薄謝でございます。どうぞお納めください」
とお渡ししようとしたら
「アンジェ先生、それは受け取れませんよ」
とキュリルは固辞した。
「道場の子たちの良い刺激にもなります、いつでも出稽古しに来てくださいな。お待ちしておりますよ」
と笑顔で言われ、ホルヘからも困ったことがあったら何でも相談してくださいなと言われた。
「親切にありがとうございます」
とお礼を言って後にする。
昼前にリガン道場を出たので、皆に今からどうすると聞くと
「先生! ご馳走してください!」
とラフェルが腕に絡んできて言う。
「おいおい、安月給に集らんでくれよ」
と言ったが、加減して食べますから! と返された。
どれだけ食べる気だよ。
「あ、それなら安くて美味しいお店ありますよ!」
とジョルジェの耳打ちをジェイリーが言葉にする、
「七番街まで歩きますけど!」と。
五番街はトロボ川の合流地点付近なのだが、実は六番街以降は中街南側の新市街にある。
街の規模が想定より大きくなったので南側に拡張していったたかららしい。
なお七番街は拝星宗徒の寺社町のため、多くの信者がいると前にシュトレーメの歴史を調べたときに書かれてた。
学院を通り過ぎて領主館を過ぎ、新市街へ入ってしばらく南へ歩く。
「ここ、ここだよ」
着いた場所は『鳥と星』という料理屋だった。
そういえば拝星宗徒は鳥と羊肉以外の獣肉がタブーだったはず。
「大将まいどー!」
スイングドアを押し開けてジェイリーとジョルジェが入る。
「お! ジェーとジョルじゃん! 久しぶりだなぁ、なーしたん?」
「剣闘術のメンバー連れてきたからご馳走して!」
「おーおー! いいぞいいぞ、好きなぁとこ座れぃや!」
「お世話になります。ザントバンク修身学院の剣闘術会です」
僕が挨拶するとコック帽を被った、二コーリン近くありそうな大柄な男は
「お? 先生けぇ? こりゃこの子らがお世話になってまったい、宜しぅ願いまっさぁ」
と言い脱帽して頭を下げる。
少しハピウォタ語訛りがある。
店には星が描かれたタペストリーが下がっており、ジョルジェとジェイリーがそれに聖句を唱えて祈りを捧げる。
「ここらへん拝星宗徒が多いから鳥しか出ないけど、ダメな人いる?」
とジェイリーが言う。
店名も『鳥』がついてるし看板にも鳥の絵が描かれていたからな。
なお獣肉がダメな樹光教徒は居ないようだ。
「ジェー、いつもの人数分出せばいいか?」
大将がそう言うと「任せる、お願い!」とジェイリーは応えた。
「先生はワイン、飲むぇ?」
「ごめんなさい、飲めないんで」
と断りを入れた。
食事が来る前に今日の練習試合の総括をした。
「ミノン君は不戦勝だったから何もないな」
「まさか泣かれるとは思いませんでした、私も泣きましたが」
あの子が、そしてミノンがトラウマにならなきゃ良いのだが……。
「ジェイリーはもう少し強い子に当たった時に総括するか」
「あはは、お願いしますー」
「マリとパティは完全に作戦負けだな。攪乱担当が実は吶喊してきたモニス嬢でなくチセリ嬢だったとはな。それにパティが動けなかったのを見極めた向こうが一枚上手だったな」
「パティの防衛に入ろうか打って出ようか迷ってたら……、私ばかり狙ってくるからどうすればよかったのかなって」
とマリは言う。パティは俯いたままうんうんと頷くだけだった。
「こればかりは稽古と実践経験を積まんとどうしようもないな」
「ジョルジェはかなり善戦したんだがお互い決定打や攻め手が無くて引き分けたな。打込稽古と地稽古を重点的にやって手数を増やしていこうな」
「………はい」
「ラフェルは、その……」
「大丈夫です、ちゃんと用意してきます」
食事は鶏むねステーキに温野菜サラダ、スープとパンだった。
とにかく大きい鶏むね肉のため小柄なジョルジェやパティは食べきれるのかと思ったのだがしっかりと食べきっていた。
ジェイリーが言うにはジョルジェはかなりの健啖家だそうな。
「でも栄養が身体に出ないのよね」
ジェイリーはジョルジェにそう言ったら、あんたも同じじゃんよぉ食べる癖にとマリが言ってた。
「私はもうすぐで成長期が来るんです!」
と涙目で反論してたが。
「で、ミノンはいつから成長期なん?」
とジェイリーは話を振っていた、ミノンはあわあわしてたが。
「それよりミノンて今、身長どれぐらいあんの?」
とラフェルが訊くと「百六十九ボウです」と消え入りそうな声でミノンが応えてた。
しかしどう見ても僕と同じぐらいはあるので百八十ボウはあるはずだ、十ボウ近くも鯖読んでるのだろうか。敢えて指摘はしないでおいた。
ラフェルがみんなの身長を聞きまわった結果。
一番小柄なのがパティの百四十四ボウ、
ジョルジェが百四十七ボウ、
ジェイリーが百五十二ボウ、
マリが百五十五ボウ、
ラフェルが百六十ボウだった。
なお僕は百八十ボウなはずだ、縮んでない限り。
「先生ら、これサービスでさぁ、たんと食べて強くなってくださぇ!」
と、大将はデザートを出してくれた。
「お! 大将のスペシャルクレープ!」
とジョルジェが言う、クレープにしては黒っぽいが。
「先生、ちょっと驚いてるぁ? ここらのクレープは蕎麦粉が入ってるんでさぁ。ささ、自慢のデザート食べ下さぁ!」
ナイフで切るとふんわりさが伝わる、バターと蕎麦の香りがする純朴な味だった。
「みんなは牛のバター使ってるんでさぇ、ジェーとジョルにゃ羊バター使ってるでさぁ!」
なるほど拝星宗徒への配慮なんだ。
なおここまで質量ともに充実したのが出てきて食事代は思っていた以上に安くてびっくりした、一人四〇ハンズもしないとは。
あとで聞いたら、この『星と羊』は非常に安価で美味しいレストランで街でも有名らしい。
七番街に住むジョルジェはこの近くらしくここで別れて僕らは帰路に就く。
六番街でマリとパティと別れ、領主館前あたりでラフェルとミノンはお疲れ様ですと帰っていった。
「そういえばジェイリーはジョルジェと幼馴染だったな」
「そうなんですよ、ちょっと前まで私も七番街に住んでたんですよー」
「これからも仲良くな」
「言われなくても解ってますよ、もー」
そう言いながら二人で学院まで歩く。
「ところでアンジェ先生、今日はママとかに散々打ち込まれてましたけど大丈夫ですか?」
「あぁ……、明日は筋肉痛かもな」
「ママもホルヘさんも戦闘民族みたいなもんですし」
「確かにね」
帝国の東にあったトリンド共和国、別名『戦闘民族国家』。
荒涼な山地に囲まれた共和制国家で、場所柄産業育成が非常に困難なため外貨獲得手段として傭兵業と冒険稼業が盛んな国だった。
こんな血気盛んな国民を皆は戦闘民族と言い、帝国民でもそんな好戦的で血気盛んな人間をそのように表現するのだ。
別にキュリルもホルヘもトリンド共和国民ではない。
残念ながらトリンド共和国は政治腐敗と分断を招いて隣国ルレーナ公国に併合されて存在しない。
が、旧トリンド共和国内は今も傭兵業と冒険稼業が盛んだ。
「ところでジェイリーは将来道場を継ぐのかい?」
「んー、弟が居ますから継がないですね。ほら、ジョリーと戦ったパスフィロ、あれ実は弟なんですよ」
「そうなんだ。将来有望な嫡男様がおるんだね」
打込は単調だが剣筋鋭く足さばきも素早いあの少年が弟だったか。
確かに言われてみればジェイリーやキュリルと同じ亜麻色の髪で琥珀色の瞳だった、きっと将来はイケメンになるだろう……爆発しろ。
「それにね、私と対戦したナッキス、パスフィロと結婚するってこの前言っててね」
と、そのようにジェイリーが言うと「……爆発しろ、もげろ」と続けてた。
「お姉ちゃんなら、弟の幸せを願ってあげなさい」
と僕は言った、もちろん心の中で「だよな、同志よ」と思ったが。
学院前でジェイリーと別れ、木剣や防具を整備する。
この木剣などはリガン道場で安く譲ってもらった中古品なんだが、長く使えるよう木剣のささくれを小刀で取って胡桃油を塗って磨く。
そして防具を消毒する、ちゃんと手入れしないと後日とてつもない芳香を放つからだ。
整備を終えたので片付け、夕飯までどうしようかと悩む。
「おーい、手紙届いてるぞー」
ラバトがノックもせずドアを開ける。「また帝都からだぞ……今日は剣闘術の出稽古だっけ?」
「あぁ、やっぱ汗くさいかぁ」
身体の匂いを嗅ぐ、自分では判らないんだが。
「風呂行くか? お勧めは中街五番街の……」
「それ前も言ってた花街のお店だよね」
「そっちじゃない。呑平の近くにケロリーヌと書かれたところないか?」
「あぁあるね」
「この前、領主が公共事業の一環で風呂を再開させたんよ」
「公共事業の一環……?」
「ほらほら、来年からアレが始まるでしょ? それの一環らしいわ」
アレとは公共衛生令の事だ。
リーフェス四世肝煎りで出来たこの法令は、「整理・整頓・清掃・清潔・躾」、略して「5S」に基づいて決められたらしい。
確か国家はうがい手洗など国民に衛生観念を啓蒙し、領主には衛生環境整備を義務とすると定められている。
マスコットに鉄兜を被った猫がヨシと言ってるのだが。
「んにしても手洗いなんかして意味あると思うか? アンジェ先生よ」
「え? どうして?」
「ほらほら、あたしの手ぇ見てよ。めっちゃ綺麗じゃん。これを洗う……のか?」
「法令上、石鹸で洗うことが決まってるな」
「きっと石鹸業者からお金貰って出来た法令だよ、どこが汚いよあたしの手、政治のほうが汚いよ」
とぶつぶつ言いながらラバトは帰っていった。
五番街まで行き、ケロリーヌへ行く。
番台に百ハンズ支払い湯着を羽織って浴場へ行く。
「あ、アンジェ先生だぁー!」
「アンジェ先生もお風呂ですかぁ?」
湯舟に浸かり、湯着が完全に透けてるジェイリーとキュリルが居た。
「すんません何も見てません帰ります……」
混浴かよ!
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活動報告と言う名の『おっさんの独り言』もコツコツ書いてますので良かったら目を通してくださいませ。




