帝歴284年・春 10話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
「うん、風邪ね風邪、感冒よ」
校医のシュバンヴィ・カルセリがわざわざ来てくれた。
ちなみに彼女は僕の歓迎会の時も居て、隅っこでひたすらに鳥肉を貪り食ってたのを覚えている。
「環境も変わったし疲れも出たんじゃないの?」
「そうなのよ、実践魔法学を効率よくするって寝る間惜しんで研究するわ、ヴィンチ町に日帰出張するわ」
と、ラバトが説明してくれた。
と言うかラバトがずっと看病してくれてる。
仕事は良いのか? あと壁をちゃんと直してくれ。
「教師の鑑ねあなた、若いのに。でもね、風邪引いたら元も子もないわよ」
仰る通りで何も反論できない。
「風邪薬処方して出しとくから、ラバトさん、飲ませてあげて?」
とシュバンヴィが言った。
「いいぞ。んで何出してくれんだ?」
「黒イモリの干物に……」
「ちょっと待ってくれ、そんなもん飲まそうとすんな」
僕はベッドから跳ね起きた。
「それはちょっと飲みたくない、まるで黒魔術の実験みたいじゃないか」
と僕は続けた。
しかしシュバンヴィはチッチッと言いながら指を振り、
「知らないの? 黒イモリに含まれる何かが胃液に反応してたぶん有機物がアセチル化するのよ?」
と言う。何かってなんだよ、初めて聞いたよそんな話。
「んで、アセチル化したら何になるんだよ!」
「たぶん治るわよ?」
ゆるく断言しやがった、疑問形だが。
「私、たぶん失敗しないんでね!」
人選を失敗してやいませんかね、学院長。
「ねぇシュバっち、あたし生姜酢もってるし、それじゃだめか?」
「だめよ! 診療報酬の点数稼がないと今月ピンチなのよ!」
うわぁ、すげぇ生臭な医者が居るよ……。
「それに今年は親方衆の歌謡大会が開催されるんだから!」
と言う。なんだよ、その親方衆の歌謡大会って、僕が訊いた。
「知らないの? 街のギルド親方衆がオリジナルソングで自慢の美声とダンスを見せつける大会なのよ! 若い女の子たちにすごく人気があるのよ!」
「そ、……そーなんすか」
「今年はね、廃止寸前ギルドの親方衆たちが飛躍を信じて仲間を集めて勝ち抜こうとしてるのよ!」
「それと診療報酬ってどう関係が……」
「あたしはねぇ歩合制なのよ! それにあたしたちの応援が無ければだめなの! そのためにも応援してグッズを買わなきゃ!」
「え、えっと……、やかましいわ!」
その後、黒イモリの干物をラバトが粉末にしてくれて飲ませてくれた。
何故だろう、すごく身体が楽になってよく寝つき、翌日には治ってた。
様子を見に来たシュバンヴィは
「だから言ったでしょ、私、たぶん失敗しないんでね!」
と。ラバトもこれは貸しやぞと言って帰っていった。
「快気祝いにきたぞ」
カオリルナッチがカリナを連れて通用口からやってきた。
「心配かけたね、申し訳ない」
と言ったら
「気にすんな、自習監督してたけどみんなおとなしいからよく寝られたわ」
と言ってた、寝るなよ。
確かに自習と訊いたらはしゃぎたくはなるが、相手はカオリルナッチ。
やかましくすればすぐに雷が落ちるだろう、学生があまりにも気の毒だ。
「お風邪を召したなんて、大丈夫なんですか?」
とカリナが訊いてきたので
「もう良くなったよ、ありがとう」
と応える。
「ラバトさんから地下の訓練所で倒れてたと伺いましたが、何があったんですか?」
心配そうに尋ねてくるカリナに僕は素直に顛末を話した。
「あぁ、実践魔法学を効率よく授業でやろうと試行錯誤してたら法力切れ起こして気を失ったんだよ」
「あら! それは大変。私も一度なりましたが、あれは身体中からいろんなものが抜け出るような感じがして気持ち悪いですわよね」
「そうなのかな。僕は気が付いたらベッドの上だったからさ、その抜け出るような感じがわかんなかったんだ」
「お、法力切れの話?」
カオリルナッチがワイン栓を開けてグラスに入れながら訊いてきた。
「そういや最初それで担ぎ込まれたんだよな、ここに」
「そうなんだよ、ラバト嬢がラベンダー茶を飲ませてくれて少しは楽になったんだけどさ」
その後風邪引いてることが解って今に至るのだ。
「ラベンダーって法力切れの諸症状緩和に良いっていいますもんね。私が生まれる少し前までエルフの秘伝だったそうですよ、ラベンダーって」
と、カリナが言う。そういえばカリナは見た目十五歳程度だが、霊体のため一五〇年以上は生きてるんだったな。
「つまり、カリナ嬢の祖母ぐらいの人はラベンダーの効能は知らなかったと?」
「そうですね。お祖母様はラベンダーをよく繁げる臭い雑草だと言ってよく刈り取ってましたわ。私の母がこの学院に居た頃にようやく気付けと香料として栽培されるようなったと聞いておりますわ」
ふーんそうなんだ、確かにラベンダーの香りは二番目の姉の髪の香りだ。
「そのラベンダーの効能を教え広げたのは、当時教師だったラバトさんなんですよ?」
「え? ラバト嬢って教師だったの?」
「そうだぞー? 元々は実践法力学を教えてたんだ。ただいろいろあって用務員やってる」
あとのことは本人の口から聞け、そうカオリルナッチは言った。
「それで、カオリル先生らに聞いたんか」
「あぁ、気分を害したらすまない。が、やはり真理を極めたいって欲求は僕にどうしてもあってさ」
夕飯を持ってきたラバトにちょっと良いワインをプレゼントする。
質問に対するお代だ。
「つまんねぇ話聞いてどうすんだよ、別に黒歴史ってわけでもねぇけどさぁ」
コルク抜きが無かったため、ラバトは法力で栓を切り飛ばすとカップに注いだ。
「前にも言ったはずだぞ、好奇心は猫をも殺す。アンジェ先生に同じ轍を踏んで欲しくないから言わなかったんだぞ」
「あぁ。多分僕はこのまま突っ走ると何かをやらかしてしまう。だから頼むラバト嬢、実践法力についてもう少し詳しく教えてほしい」
「……わかったよ。こんなワイン一本じゃ割が合わんがな」
そう言うとラバトは煙草に火をつけ、語り始めた。
あたしは戦線が終結した後、森に帰ろうと思ったんよ。
父も帰るって言うし、そろそろ行き遅れって言われる時期に差し掛かってたからさ。
でもあたし、人間と共に戦争してたろ? だから森の中に帰るのに躊躇いが出たんよ。
そりゃそうさ、今まで色んな仲間達と寝食を共にし戦ってきたんよ。
今更刺激もなんもない森で大人しく帰って生きてくってきっとつまんねぇだろうなって。
そしたら姉ぇが「それなら人間界に残って楽しめばいいじゃん」って言うのよね。
跡継ぎの兄ぃもおるし、きっと父もだめだって言わないからと姉ぇが言うからさ。
就職先は案外早く見つかったんよ。
この学校が礼節学校として創立するから護身術程度の法撃が使える教官として来ないかって。
この頃はまだ法撃って名前だったし、当時から護身術程度のレベルが要求されてたんよね。
人間界に残ればいいと言ってた姉ぇってさ、実は法撃学の研究者としてギュースのオッサンの元でずっと働いてたんよ。
後に姉ぇが研究結果を纏めあげた本が、この国での法撃テキストになったんよ。
嬉しかったなぁ、姉ぇは優しいし頭良いんよ。
でも実はギャグつまんないし片付け出来ないダメ女なんだけどね。
あたしも最初はそのテキスト通り教えてたんよ。
だってテキスト通り教えただけで給金が出るし、好きな酒だって毎日飲める。
ただ、護身術程度とはいえ法撃は人を殺めることはできるから、扱いをどうすべきかって議論は帝都ではあったらしいんよ。
指導者として教壇に立ってから年が経つにつれ少しずつ疑問が出てきたんよね。
法撃が法術って言葉に代わった頃からかな?
年を追うごとにデグレードされてって法力を使いにくくする教育方法やテキストに。
そんな時にあたしにも功名心ってのが出てきたんよ。
もっと使いやすく、やりやすくて攻撃力のある法力について教育しようと。
アンジェ先生と同じやね、だからあたしは姉ぇが書いた本を片っ端から読んで研究し、そして自分で教材を作り上げたんよ。
これだったら最小消費で最大効率があげられるって。
どうなったって? 爆発したんよ。
あの当時のザントバンクの学校は一学年に百人以上もおったんよ。
みんな一斉で的を撃ちぬこうとしたら大爆発。
法力の暴走、というべきかな。
当時はこの小屋の前にも小さな校舎があったんよ、それが全壊よ、爆発よ。
亡くなった子が四人、手足欠損などの大けがした子が十六人、顔に傷を負って嫁の貰い手を失った子が七人。もう大事故よ。
一番心に来たのが顔に傷を負って悲観して自ら死を選んだ子が一人。
ほら、これでわかったっしょ?
あたしはそれで教師クビ、温情と贖罪のためにここに居さしてもらってるだけ。
だってほら、森に帰ろうにも帰れないんだよ?
慰謝料治療費払おうにも貯金が無いんだよ?
アンジェ先生なら帰れるところやお金があるかもだけど、あたし無いのよ。
しかも姉ぇのテキスト改悪してこのザマだから、姉ぇに合わす顔ないし。
でも姉ぇは優しいから今もしょっちゅう手紙をくれるの。
あの事件から百五十年は経ってるけど、まだ姉ぇに会えてない。
アンジェ先生、あたしと同じことになると思う、今のうちに辞めておかんか。
テキスト通りにぶっ放しておしまい、これでいいんよ、うん。
「そんなことがあったんだな」
「前任者は良かったよ、ぶっ放すだけだったし。でもあたしは自習と称して管理監督もせず学生らだけでぶっ放すのだけは許せんかった。法力が暴走することなんて、ままあるのよ? それを知ってるカオリル先生が一言注意してくれたんやけどね」
空瓶を水場へ持っていくと魔冷庫からワインを一本出して栓を吹き飛ばし、テーブルに寄りかかる。
「約束してくれ、これ以上深入りせんって」
と言ってラバトは一気に飲み干す。
「……わかった。これ以上は辞めておくよ」
ありがとう。ラバトはそう言うと涙をいっぱい貯めて微笑みながら部屋を出て行った。
あまり自分を責め続けないでくれよ、僕はそう心の中で言った。
ベッドに寝転って天井を眺める。
熱も下がったし明日から授業に立たなきゃ、でも昼間寝すぎて眠気が来ない。
こういう時に寝転がっていられるほど僕は弱ってない。
テーブルに向かい、ペンを走らせた。
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